『金閣寺』や『潮騒』で知られる、日本近代文学を代表する三島由紀夫。彼の功績を記念して、「三島由紀夫賞」が創設されました。通称「三島賞」とも呼ばれ、優れた作品を数多く発掘しています。この記事では、歴代受賞作のなかから特におすすめの作品をご紹介していきます。
戦後の日本を代表する作家、三島由紀夫。ノーベル文学賞の候補にもなり、海外でも広く認められています。
16歳で発表した『花ざかりの森』で評価され、1度は大蔵省で働いたもののすぐに辞職。職業作家として歩み始めます。『金閣寺』『潮騒』などいくつもの話題作を発表し、ベストセラー作家として活躍しました。
晩年は自衛隊に入隊して、政治的な主張が増えていきます。市ヶ谷の駐屯地でマスコミに囲まれるなか、クーデターを促す演説を慣行。その直後に割腹自殺をして社会に衝撃を与えました。
そんな彼の功績を称えて、1987年に創設されたのが「三島由紀夫賞」です。生前から親交のあった新潮社が主催しています。
対象となるのは、直近1年間に発表された小説、評論、詩歌、戯曲。「文学の前途を拓く新鋭の作品」に与えるとしています。受賞作は雑誌「新潮」上で発表され、作家には記念品と副賞の100万円が贈られます。
選考委員は任期制で、4年ごとに入れ替わることになっていますが、再任もあり得るためひとりの作家が20年以上にわたって務めたこともありました。
よく「純文学の芥川・三島、大衆文学の直木・山本」といわれますが、「三島由紀夫賞」の対象は純文学に限っていません。評価されるべきなのに見過ごされてしまう作品がないようにと、「芥川賞」や「直木賞」と同様のカテゴリでありながら間口を広げています。
物語は、ある夜に家のリビングで玄の遺体が見つかるところから動き出します。彼らは、父親の玄を中心に、息子で語り手の桂、兄の律、玄の弟の喬、喬の息子の千尋という親族5人でブルーグラスバンドを結成していました。
遺体は警察に引き取られたはずなのに、翌朝になるとなぜか死んだはずの玄が家にいます。そして夜にまた死ぬ。朝に生き返って、また死ぬ。増えていく死体……。
ホラーともファンタジーとも異なる、緊迫感をともなう幻想的な物語が紡がれます。
- 著者
- 古谷田 奈月
- 出版日
- 2018-07-13
2018年に「三島由紀夫賞」を受賞した古谷田奈月の作品です。同賞を受賞したのは「無限の玄」で、もうひとつの「風下の朱」は「芥川賞」にノミネートされています。
「無限の玄」の登場人物は男ばかり。玄や喬に息子がいるということは、どこかに母親がいるはずなのですが、その影は一切描かれていません。
彼らはバンドのリーダーである玄を中心とした世界で生きています。当初は何度も生き返る玄に驚くものの、すぐに受け入れていく残された4人。家系や血の繋がりに執着する異様さが浮き彫りになります。曖昧でもやもやとした雰囲気なのに、断ち切ることのできない強い関係を感じる作品です。
主人公は、サンフランシスコで暮らす日系3世のレイ。友人とIT企業を立ち上げ、プログラマーとして働いています。子どもの頃に受けたいじめと、母親との確執から心を痛め、VRを使った最新の治療を受けていました。
カリフォルニアを旅している道中で、以前祖父母が収容されていたという日系人強制収容キャンプの跡地に向かうことになるのですが……。
- 著者
- 宮内 悠介
- 出版日
- 2017-01-11
2017年に「三島由紀夫賞」を受賞した宮内悠介の作品です。
「『カブールの園』は3世の問題。1世、2世のように強烈な体験が就職とか、結婚のたびにくるわけではなく、もっと複雑な形で差別の問題が日常の中にある。物語の中心では母親の関係が描かれていて、差別の問題は否認され続けているけれど、探って行くと個人的な問題を超えた背景に自分が経験してきた差別の問題に突き当たらざるを得ない。」(「三島由紀夫賞」選評より引用)
レイの抱えるトラウマの原因は、幼いころに受けたいじめであり、いじめられていることを隠してきた母親との関係です。物語の中盤では、そのトラウマが3世であることに対する根深い人種差別と関わりがあることが明らかになります。
日本に住んでいる日本人にとって、人種差別は実体験としてピンとこないかもしれません。本書では淡々とした文章でその実態が描かれ、実情を知ることができるでしょう。人が誰かと生きていくうえで避けては通れない軋轢を描いた作品です。
小学4年生の結佳は、クラスでは目立たない少女です。複雑な友人関係をなんとかやり過ごしながら生活していました。
ある時、習字教室が一緒の伊吹という少年と仲良くなります。結佳はしだいに彼を「おもちゃ」にしたいという欲求を抱えるようになり、唐突にキスをしてしまうのです。そして伊吹との徹底した上下関係を続けながら中学生になるのですが……。
- 著者
- 村田沙耶香
- 出版日
- 2015-07-07
2013年に「三島由紀夫賞」を受賞した村田沙耶香の作品です。
主人公の結佳は中学生になると、はっきりとした形で自身がスクールカーストの下位にいることを自覚します。周りの同級生は、自分が上位にいるためには、下位にいるかつての友人を平気で見捨てていくのです。そんな同級生を観察して批判することで、結佳は自尊心をなんとか保っていました。
その一方で伊吹は、カーストの存在すらも気付いていない超上位にいます。上位の伊吹と結んでいる本当の関係がバレないよう、結佳は必死に秘密を守ろうとするのです。
思春期の少女の心と体の変化、性への戸惑いが描かれた本作。複雑な環境のなかで本当の自分を見つめていく結佳の成長に注目です。
主人公のあみ子は小学生。自由奔放で常識にとらわれず、思いのままに生きていて、周りからは「変わった子」として認識されています。
優しい父親も兄も、書道教室の先生をしている母親も、彼女に振り回されっぱなしです。
- 著者
- 今村 夏子
- 出版日
- 2014-06-10
2011年に「三島由紀夫賞」を受賞した今村夏子のデビュー作です。
読者は、あみ子が何らかの問題を抱えた子であることにすぐに気付くでしょう。作中ではそのことについて一切触れられませんが、通常の小学校であれば「特別学級」に通うだろうことが想像できます。
彼女は自分の気持ちをうまく言葉にすることができず、悪気はないのに人を傷つけてしまいます。物語はそんなあみ子の視点で語られるのですが、客観的な描写がなくても周囲の人の気持ちが手に取るようにわかるでしょう。
タイトルにもなっている「こちらあみ子」は、電池の切れたトランシーバーを握りしめ、誰かと繋がろうと呼びかけているあみ子の叫びです。一方的にしかコミュニケーションをとることのできない彼女。まっすぐすぎて見ていると悲しくもなり、私たちがなくしてしまった何かをもっているあみ子が羨ましくもなるでしょう。
学生運動が全盛だった1968年、主人公の男は、殺人未遂の罪で指名手配をされました。中国へ密入国をし、文化大革命や下放運動を経験。いつのまにか50歳になっています。
30年ぶりに日本に帰国してみると、東京の様子はすっかりと様変わりしていました。戸惑う日々ですが、ヤクザをしている古い友人の庇護のもと、「浦島太郎的」な生活をスタートさせます。
- 著者
- 矢作 俊彦
- 出版日
2004年に「三島由紀夫賞」を受賞した矢作俊彦の作品です。
「写真の長嶋は、白髪の老人だった。先刻、洋服屋の店先に映った自分の姿より、それは胸に痛かった。彼はあわててページをめくった。サンケイはヤクルトに買われていた。愛称も、アトムズからスワローズに戻っていた。今夜の対戦相手は横浜ベイスターズとあった。消去法で、すぐに大洋のことだと判った」(『ららら科學の子』より引用)
30年という長い空白期間を経て、主人公の目の前に現れた東京。長嶋茂雄はすでに現役ではなく、続きを楽しみにしていた小説は作者が亡くなっています。携帯電話に戸惑い、消費税に驚き、Jリーグやコンビニという言葉に首をかしげるのです。
主人公を三人称の「彼」と表現する文章は力強く、ぐいぐいと読ませる勢いがあります。ノスタルジーのなかで少しずつ時間の穴を埋めていく過程を楽しめる作品です。