日本を代表する豪華な執筆陣たちが、子どもたちを怖がらせるために本気で書いた「怪談えほん」シリーズ。子どもはもちろん、大人にも読みごたえのある作品が揃っています。今回はそのなかでも特におすすめのタイトルを厳選してご紹介。読む前は、心の準備を忘れずに……。
岩崎書店から発売されている「怪談えほん」シリーズ。怪談専門誌「幽」の編集顧問も務める文芸評論家、東雅夫が企画・監修し、2019年6月現在は9作品刊行されています。
人生で初めて出会う読み物である「絵本」を通じて、子どもたちに良質な怪談の世界に触れてほしいというコンセプトのもと成された「怪談えほん」シリーズですが、驚くべきはその豪華な執筆陣たちでしょう。
宮部みゆきや綾辻行人、恒川光太郎に京極夏彦、恩田陸と、新進気鋭から大御所まで、日本を代表する人気小説家や画家たちをずらりと揃えています。作者が異なるため、一冊一冊のテイストもさまざま。同じシリーズ内の作品で、多種多様な怪談を味わうことができるのです。
対象年齢は、小学校低学年前後。もちろん大人でも充分楽しめます。
あなたは『悪い本』を知っていますか?この世の中の悪いことを、この世の中で1番よく知っている本です。
はじめまして
私は悪い本です(『悪い本』より引用)
悪い本は、そうあなたに話しかけてくるのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2011-10-08
「怪談えほん」シリーズの記念すべき1作目『悪い本』を担当したのは、作家の宮部みゆき。言わずと知れた日本を代表する小説家のひとりです。現代ミステリーからファンタジーまで多様なジャンルの小説を手掛けていますが、どの作品にも一貫しているテーマが「人の心に宿る悪」。これは今作にも共通しています。
『悪い本』で描かれるのは、人の心の中に潜む、得たいの知れない邪悪さです。『悪い本』はそれを呼び起こそうと、さまざまな言葉を投げかけてきます。
いちばん 悪くなったら
なんでも できるようになる
きらいな だれかを けすことも
きらいな なにかを こわすことも(『悪い本』より引用)
吉田尚令が描く、かわいらしさと不気味さが混在する少女やぬいぐるみのイラストも、本書の邪悪さを増幅させ、読者をじわじわと追いつめます。幽霊やお化けが出てくるわけではないのに、とても怖いのです。
絵本ならではの美しくも奇怪な世界に、子どもはもちろん、長年の宮部ファンもどっぷりはまってしまうでしょう。
ぼくは、おばあさんのとても古い家で暮らすことになりました。おばあさんの家の天井は、梁という太い木がわたっていて、うんと暗くて、とても高い。ぼくは、上の方が気になって何度も見上げてしまうのです。
ある日、また梁の上の暗がりをみていたぼくは、見つけてしまいました。ずっと下を見ている、怒った男の顔を……。
- 著者
- 京極 夏彦
- 出版日
- 2012-01-28
『いるのいないの』は「怪談えほん」シリーズの3作目。まがまがしい世界観の小説に定評があるベストセラー作家、京極夏彦が手掛けています。
町田尚子が描く、昼間なのに常に薄暗くて古い家は、とても寂しくて不気味。なんてことない風景のはずなのに、そのリアルさが妙に生々しく、これから不穏なことが起きそうな予感にあふれています。
ある日、天井の暗がりに、怒った男の顔を見つけてしまうぼく。でもおばあちゃんは、見なければいないのとおんなじだ、と男の子の訴えをまともに聞いてくれません。「いるの」か「いないの」か、読者の不安を煽ってくるのです。
そんな不安定な気持ちのなか、最後の見開きページをめくったあなたを襲うのは、トラウマになるほどの衝撃。思わず声をあげてしまうかもしれません。これぞ「怪談えほん」というほどにストレートな怖さを味わえる作品です。本物の恐怖を体験したい方は、ぜひ手に取ってみてください。
ねえ これから あそびにいこう
こんばん もりのむこうに
ゆうれいのまちが あらわれるんだ
みにいこうよ(『ゆうれいのまち』より引用)
真夜中に窓をノックした友だちから、そう誘われたぼく。夢のような春の夜をかけぬけて、丘の向こうにひろがる「ゆうれいのまち」にたどりつきます。
- 著者
- 恒川 光太郎
- 出版日
- 2012-02-16
『ゆうれいのまち』は、「怪談えほん」シリーズの4作目。作者は、幻想的な作風を得意とする作家、恒川光太郎です。
物語の舞台は、タイトルのとおり、ゆうれいたちが暮らす「ゆうれいのまち」。むっとする熱気を感じる草むらや、形が定まらない化け物、 真っ赤に染まる空……。大畑いくのの圧倒的な画力と切り貼りを多用した独特の手法が、「ゆうれいのまち」という異世界のおどろおどろしさを見事に表現しています。
「ゆうれいのまち」で幽霊に捕まったぼくは、何もかも忘れて大人になります。そしてそのまま永遠に、「ゆうれいのまち」を放浪し続けるのだろうという余韻を残してお話は終わります。
子どものころ、迷子になると、足元が崩れるような恐怖にかられたことがある人は少なからずいるはず。お父さんやお母さんがいない世界の片隅で、ずっとひとりぼっちで放り出されるということは、子どもにとっては耐えがたいほど恐ろしいでしょう。
もしぼくと同じことが自分に起こったら……?と思うと、背筋が凍るほどぞっとしてしまうのです。
家の中で、まちかどで、お店の中で……鏡を見ない日はありません。
鏡はいつもあべこべで、右手を出せば左手を出し、左手を出せば右手を出す。そして、ときどき間違えて、ときどき嘘をつくこともあるのです。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2014-07-21
子どものころ、学校の暗がりにある鏡になぜか恐怖を感じたことはありませんか?この世とあの世の境界線ともいわれている鏡には、いつも不気味な雰囲気が漂います。
「怪談えほん」シリーズの6作目『かがみのなか』は、直木賞作家の恩田陸が担当。鏡がもつ漠然とした恐さを、巧みに表現しています。淡々とした短い文章で書かれるからこそ、読者は不吉な想像を膨らませて、身震いしてしまうのです。
そして、お話をよりおそろしく仕上げているのが、樋口佳絵の絵。白く浮かびあがるのっぺりとした女の子の表情や、無数のちょうちょ……直視できない恐ろしい世界が広がっています。
私たちの日常に当たり前のようにある鏡を見るたびに怖さが蘇る、厄介な一冊です。
誰も気づいていないけれど、この世にいるといわれている「くうきにんげん」。くうきみたいに目に見えなくて、軽くて、形も変幻自在です。戸締りをした家の中にも、鍵のかかった部屋の中にもするりと入りこみます。
くうきにんげんは、普通の人間に襲い掛かって、空気に変えてしまいます。空気に変えられた人は、目に見えなくなって、誰にも気づいてもらえなくなるのです。
知らないうちに、くうきにんげんは君に襲いかかろうとしているかもしれません。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2015-09-24
「怪談えほん」シリーズの8作目『くうきにんげん』は、本格ミステリー作家の綾辻行人と、絵本作家の牧野千穂がタッグを組んだ作品。
動物のかぶりものをかぶったような人々、西日が差す教室、鮮やかな黄色い風船……。物静かな街並みの風景に、当たり前のように溶け合う異質なものたち。優しいタッチのとても美しい絵なのに、じわじわとした薄気味悪さが漂います。
学校から家に帰ってきて、手を洗って、おやつを食べる。そんな当たり前の日常を過ごすうさぎの子を狙う、見えないくうきにんげんの気配に、読者は胸をぐっとつかまれたような苦しさを覚えるのです。
ゆっくり、ゆっくりと忍び寄ってきて、私たちを空気に変えてしまうくうきにんげん。もしかしたら、あなたの後ろにもひそんでいるかもしれません。