5月23日、Twitterのタイムラインが騒がしくなった。新宿区のマンションで21歳の女性が知人男性を刺したという。現場は「そういうこと」がよくあるとして有名な場所で、私もこの一報を聞いた時に「あ、ホストだな」と思ったことを覚えている。
この事件は一般のニュースでも大きく扱われた。移送される車の中で笑顔を見せる容疑者が印象深い。またインターネット上には、全身血まみれの状態でタバコを吸い、電話をかけている写真が流出し、まるで映画のシーンみたいだと話題になった。
容疑者の女性は、「好きで好きで仕方なかった」「相手を殺して私も死のうと思った」と発言している。
歌舞伎町、というと、どんなイメージを抱くだろうか。キャッチ、ホスト、キャバクラや風俗、ぼったくり、中国マフィア……。まあひと言でいえば「歓楽街」だ。
しかしちょっとだけ深く足を踏み入れてみると、お金と愛に飢えた街だということがわかる。みな愛されたくてお金を稼ぎ、お金を使うのだ。
その代表的な例がホストクラブだろう。ホストクラブに行くと、どんな女の子でも「姫」と呼ばれる。ちやほやされてかわいがってもらえて、楽しくお酒が飲めて、ひとりの人間として接客してもらえるのだ。愛情に飢えている女の子にとっては、夢のような場所だ。だから、はまりやすい。
しかし、人間として扱ってもらうためにはお金がかかる。シャンパンはだいたい1本十万円から。高いものでは数百万円のものまで。指名しているホストのバースデーイベントともなれば、一晩で1000万円近く使う人もいるのだ。
そうなると、女の子たちはお金を稼ぐ方法を模索する。昼間の仕事をしていたとしても、普通の会社の給料ではとても賄えない金額だからだ。
仕事終わりに掛け持ちでアルバイトをする。風俗で働き始める。体がきつくなって、昼間の仕事を辞めて夜1本にする……。1日に12時間以上、月に25日近く出勤する人も多い。売れっ子になれば、月に200万以上稼ぐことができる。
そうして、自分の体と時間を使って稼いだお金は、たった数時間でなくなってしまう。
この界隈の外の人から見たら、たいそう馬鹿らしい話だろう。せっかく稼いだお金なんだから、貯金をしたり、自分のために投資したりすればいいと思うはずだ。
でも、お金を使えば、その時間だけでも相手をしてもらえることを知ったら、抜け出せなくなってしまうのだ。そして歌舞伎町には、そんな人があふれかえっている。
歌舞伎町を目指して、歌舞伎町が好きで、この街にいる人はどれくらいいるのだろう。歌舞伎町でしか生きていけないから、ここにいる人のほうが多いのではないだろうか。
冒頭の事件で刺された男性も、ホストだった。事件のあった日は、同棲している家へ帰るのが遅くなったらしい。
容疑者の女性はこう供述している。
「悲しくて死にたくなり、どうしたら好きでいてくれるか考えた。一緒にいるためには殺すしかないと思ったので殺そうと思った。死んでくれたら、『好き』『一緒にいよう』という言葉が現実になると思った」
「刺した直後に男性が好きと言ってくれた」
- 著者
- 桜庭 一樹
- 出版日
- 2010-04-09
お金を介した関係で、本当の愛を築けるのだろうか。そんなことを考えた時、この小説を思い出した。あまりにも有名な作品だから読んだことのある人も多いだろう。
震災によって孤児となった少女が、実の父親に養子として引き取られる。北海道の紋別市という閉鎖された土地で暮らす2人は、やがて性的関係をもつようになる。近親相姦というタブーと、殺人を描いた作品だ。
父親となった淳悟は、当初から娘の花をそのような目で見ていたわけではなかった。花のほうが、淳悟の心に空いている穴に気付き、それを埋められるのは自分しかいないと思ったのだ。
時が経つにつれて、花は大人になっていく。同世代の恋人もできる。その一方で、淳悟は花から離れられなくなってしまう。その対比が印象的だった。退廃的だからこそ、美しさがあった。
作中では、「私のもん」「俺のもん」「私の男」など、所有欲を表す言葉がたびたび出てくる。新宿の事件を聞いた時、このセリフを思い出した。所有欲がいき過ぎれば、相手の生死さえも支配したくなるのかもしれない。現に彼女は、男性を刺した後に自ら110番通報はしたが、119番通報はしていないのだ。
今回の事件で描かれる愛と、『私の男』で描かれる愛。「歪んでいる」という人も多いが、逆だろう。まっすぐすぎるのだ。
倫理感とか、犯罪はいけないとか、そんなことはわかっている。ただこの世の中にどれだけ、ここまでひとりの人のことを想い、行動できる人がいるだろう。
自分の人生でそんな出会いは起こるのだろうか。もしそんな人と出会ったら、自分はその衝動を抑えることができるのだろうか。
答えは出ない。
困シェルジュ
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