【第23回】逃げられない算数の話
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【第23回】逃げられない算数の話

更新:2020.12.1 作成:2019.6.10

見切り発車でフリーランスになって2カ月が経った。 吹けば飛ぶような生活の中で、さっそく壁になっているのが「算数」だ。 20年間ずっと算数から逃げてきたのに、うっかり逃げられない働き方を選んでしまった。 働いても請求書を書いて出さないとお金がもらえないなんて、嘘だろう。

石山蓮華プロフィール画像
女優
石山蓮華
埼玉県出身。「石山蓮華の電線礼讃オリジナルDVD」発売中。主な出演作は、映画「思い出のマーニー」、舞台「遠野物語-奇ッ怪 其ノ参-」、ラジオ「アフター6ジャンクション」、テレビ「ナカイの窓」など。趣味は電線、配線の写真を撮ること。 「石山蓮華の電線礼讃オリジナルDVD」 ●Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07M7TV8LG ●アスマート http://www.asmart.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?pid=10019484 公式ブログ https://note.mu/densenraisan 公式ツイッター https://twitter.com/rengege 公式インスタグラム https://www.instagram.com/renge_ge/
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見切り発車のフリーランス生活が始まって、2カ月が経った。

働き方自体は会社にいたときと大きく変わらないけれど、仕事をもらうことやスケジュール管理をはじめ、ひとつひとつを自力でさばいていくのは何ひとつ簡単じゃない。

前の会社のマネージャーさんが働いていそうな都心に向かって拝む。会社というのは超ありがたかった。

吹けば飛ぶような生活の中で、さっそく壁になっているのが「算数」だ。

私は筋金入りの算数ぎらいだ。小学生の頃は「算数をやりたくない」という理由で不登校になりかけたし、九九が全部言えるようになったのも6年生になってからだった。

今でも買い物や割り勘の計算を前にすると緊張感が走る。

中学に上がってからの数学は言うまでもなく、赤点補講のレギュラーメンバーだった。

高校は出来る限り数字に触れずに済むよう、2年生から文系科目だけを選べる学校に入った。

人生最後の補講は今でも思い出せる。

高校1年の夏の日、私は人のいない教室のなかで数Ⅰの問題を目の前に置かれていた。

一生懸命に考えて、ごくごく真面目に取り組んでいるのに全然丸をつけてもらえない。

泣きたくなるような怒鳴りたくなるような、もはや憎しみに近いような気持ちになっていた。

記号と数字を目の前にして脂汗と涙がどんどん吹き出してくる。喉がぎゅうっと締まって熱くて鈍く痛い。頭がぼうっとしてくる。サッカー部の練習の声と土煙が遠ざかる。

あまりに出来が悪かったのだろう。数学の先生が慰めに野菜ジュースをくれた。

どんな問題を解かされていたのかはまったく覚えていないけれど、今でもエクセルを見るだけで同じ気持ちが蘇る。

算数は私に悪いことなんかなんにもしていない、むしろ世界のたくさんのことを算数が助けてくれている。この文章だってどれくらい書いたのか教えてくれるのは数字だし、あと何分で家を出る必要があるか見せてくれる時計も算数の世界からやってきた。

私は算数に助けられながら、それを楽しんで解くことは出来ない。それだけなのに、一方的に憎まれる算数があまりに不憫だ。

小学1年生の頃、私の世界に算数がやってきて数カ月後の梅雨時の教室で私はぼんやりしていた。

「4−3= 」式を見るだけでもう、悲しかった。「ひく」が悲しい。

唐突にいなくなってしまった3という数字。4の後ろに横棒一本置かれただけで、急にどこへ行ってしまったんだろう。4だったときには、4は4という自分が好きだったかもしれない。けれど3も引かれてしまったらずいぶん色んなことが変わってしまうと思う。

どうしてそんなことする必要があるのだろう。その後の暮らしぶりも心配だし、たとえばそれが家族の数だったりすればかなりのおおごとなのではないか。それにしたって残りは1だ。

1からのスタート、ここから1は4になれるだろうか。

引かれた数はさっきまでいた問題用紙から急に消えてしまった。3はもしかしたら引かれた数の世界で1と1と1として、バラバラになっているかもしれない。引かれた数の世界はどんなところなんだろう。見えたのはなんとなく青く暗く、重苦しくだだっ広い地下室のような場所だった。みんな元気でやっているんだろうか、4だった1はいまどんな気持ちなんだろうか。そこまでのことは「4−3」から読み取れない。

そしてこれが「26−18」なんかになると悲しさの度合いも増し、手足の指を総動員しても数えることさえ出来ず、たしかな悲劇だった。

もうこれ以上、算数ドリルと引き算は、数から数を奪わないでほしい。

私の算数では足し算こそが仲良しの象徴であり、正義だった。

どんな数字も幸せでいてほしいし、笑っていてほしい。私は数字に目鼻や手足を描いた。

数字はただの記号ではなく、たしかに感情のある、生き物や妖精に近いものだったからだ。6や8や9などは、目鼻が描きやすかったから特に好きだった。

私の数字はいつもノートや計算問題のうえで笑っていた。授業にはまったくついていけなくなった。

引き算で悲しんでいた私に「20年後のあなたは算数をやらないとお金がもらえない。それどころかあなたの通帳は引き算を受け続けてほとんどゼロだ。しかも手足の指を総動員しても解けないくらい大きな数の計算から逃れられない」と言ったらどんな顔をするだろうか。

低い声でうなりながら、涙を流して「お腹が痛いから学校を休む」と言うだろう。

しかし、今の私には休める学校なんかない。どこへも逃げられないのだ。

フリーランスの算数は両手足の指だけで数えられないばかりか生活に直結するし、わりと気まずい。

どんなお仕事にもたいてい金銭的な交渉が生まれる。自力の交渉はいつもすこし気まずい。その気まずさを乗り越えて、日々の生活費や各種条件などなどを先方とすり合わせたうえでお仕事をしても、まだ口座に新しい数はやってこない。

なんと言っても請求書だ。

数と線だけのエクセルを使ってぽちぽちぽちぽち書かないと、働いたお金は一生口座に入らないなんて、嘘だろう?と思う。頭のなかで清志郎が「明日なき世界」を歌っている。

「世界が破滅するなんて嘘だろう?(嘘だろう?)」マジで。あー信じられない。

請求書を送らないと一生飢え続けて体重がばかすか減って私自身が消えてしまう。逃げられない、でもやだ。算数やだ。マジでやだ。

引き算に感じた深い悲しみは、20年後の通帳口座にあらわれるたくさんの引き算を予言していたのかもしれない。あー。

著者
マリリン・バーンズ
出版日
1985-10-01

アメリカの著名な数学の教育者が、小学校中学年くらいの子どもに向けて「自立した子ども」として社会を生きていくにはどうすればいいかを丁寧に説いた一冊。

1985年に日本で翻訳版が出版された本だけあって古さの目立つ箇所も多いが、子どもとして経済やメディアとどう向き合い、どのような視点からものを見て考えるのかに対するヒントが詰まっている。また、レトロな挿絵がかわいく見えたりダサく見えたり、古い本ならではの楽しさがある。

これを読んだのは25歳を過ぎてからだったけれど、大人になってから読んでも発見の多い本だった。もし子どもの頃に「別冊宝島」や「バカサイ」ではなくてこの本を熱心に読んでいたら、もうすこし自立した大人になれていたかもしれない。

せめて、算数を恐れる子どもがこれ以上増えないといい。

撮影:石山蓮華