作者・キスガエが描く『リリィ・マーブル』は、ウェブコミック配信サイト「スキマ」で連載されている作品です。本作は、フィットネスクラブ「リリィ」を舞台に、そこで働く女性従業員たちの恋模様を描く、オムニバス形式の百合漫画となっています。 ネタバレを含みますのでご注意ください。
トレーニングや運動不足解消、あるいはダイエットのために、多くの人が通うフィットネスクラブ「リリィ」。在籍スタッフには、男女ともに見た目のよいスタッフがそろっています。
爽やかな笑顔でお客さんからの評判は上々。とくに女性インストラクターたちは、プライベートでも仲がよく、「リリィ」は内側も活気にあふれています。
そんなフィットネスクラブの女性スタッフ同士の恋模様、同性愛を描いたオムニバス短編漫画です。
主要登場人物は8人4組で、このなかから1組のカップルがピックアップされつつ、話のメインとなったカップル以外の主要人物もからんできて、悲喜交々(ひきこもごも)が描かれます。
リリィ・マーブル
『リリィ・マーブル』には、特定の主人公はいません。これから紹介する「リリィ」関係者8人が、ストーリーによってメインの語り手となります。
まずは、栗原(くりはら)ひかりと青葉萌(あおばもえ)。2人とも女子大生のバイトで、そろってうわさ好き。ひかりは明るい髪とお団子頭が特徴的で、「リリィ」の男性マネージャーと不倫中です。萌は黒髪ボブカットで、ひかりのツッコミ役。2人は仲のいい友だちなので、百合カップルというよりは、百合一歩手前の健全な関係です。
つぎに、麻間美裕(あさまみゆ)と高城(たかぎ)のぞみは、「リリィ」社員のインストラクター組。美裕は糸目でポニテ、のぞみは外ハネが元気なスポーツ娘です。こちらも交際してないのでカップルとは言えませんが、ノーマルののぞみに美裕が片想いしています。ひかりと萌より親密なのに、想いが通じないもどかしさが見所です。
ガチ百合なのは、フリーインストラクターのAYAとRISA。本名は、それぞれ彩(あや)と理沙(りさ)です。彩は少し前まで男性と結婚していたバイセクシャル。理沙は完全な同性愛者で、学生時代に2人は付き合っていました。しかし彩の離婚を期に、理沙は再度アプローチをかけるようになります。
最後に、いろいろな意味で癒やし枠の荒井翼(あらいつばさ)と岩下瑞穂(いわしたみずほ)。翼は19歳のバイトで、女性ながら、ジュノンボーイのような中性的な外見から「ジュノン」と呼ばれています。瑞穂はリリィの会員として翼と出会い、理想の美少年と勘違いしてしまいます。翼は瑞穂の女性らしさに憧れており、すれ違っている姿を見るのが楽しい2人です。
エピソードごとに取り上げられるカップルが異なりますが、どのカップルもひとつとして同じところがなく、読んでいて飽きません。
たとえば、理沙と彩は文字通りに大人の関係ですが、ひかりと萌は友情の延長線上の関係です。彼氏のいない萌が、ひかりに不倫という不健全な関係を忘れさせるため、「恋人ごっこ」と称した疑似的な恋愛関係を持ちかけます。
美裕とのぞみは、友達以上恋人未満。子どものように天真爛漫なのぞみに惹かれつつ、その無邪気さに振り回される美裕が、悲しくも愛おしく感じられます。
翼と瑞穂にいたっては、近くにはいるけど手が届かない、アイドルとファンのような関係。
このように、カップルそれぞれで百合のレベルが違います。お遊びのようなソフトな感覚から、肉体関係まで描写されるハードなものまで、多彩に楽しめるのが本作の魅力です。
セクシャル・マイノリティを正面から描くと、ジメジメとした後ろ暗さがついて回ることも。
その点、本作はどこかさっぱりとした、サバサバした印象です。舞台はフィットネスクラブで、登場人物の大半がトレーナー、もしくは利用客だからでしょうか。爽やかな百合漫画で、都合のいい設定などはなく、普通の初心者にもおすすめです。
作者自身がインストラクター経験者だけあって、フィットネス要素も、とてもリアリティある描写が楽しめます。あくまでヒューマンドラマがメインなのであまり目立ちませんが、レッスンの手順や機材、ジム提供サービスの細かいところまで、しっかり作りこまれているのが特徴です。
利用客では見られないような、裏側のやりとりもなかなか興味深く読むことができます。
美裕と理沙は同じ職場の同性愛者として、気さくに話をする間柄です。お互い見知った仲なので、時には腹を割った恋愛談義にも花が咲きます。
美裕は、のぞみにちょっかいを出してからかうのが大好き。同じく理沙も好きな人にちょっかいをかけるのですが、しつこさが祟って彩を頑なにさせがちです。その点、美裕はアフターフォローが万全なので、のぞみを手なずけています。
このエピソードでは、仕事上がりに飲み屋で打ち上げする2人が、それぞれの近況を話して、現状の問題点を指摘します。……とはいっても、事実上の恋人関係にある理沙と彩に比べ、仲はいいとしても片想いから一歩も進めない美裕とのぞみでは、問題の質がまったく異なります。
理沙は同性愛を肯定し、好きな相手と幸せになるべきと考えています。美裕は奥手で、告白して関係を壊すよりは、友人のままのぞみのそばで幸せを願うタイプ。
どちらが正解で、どちらが間違い、という話ではありませんが、正反対の恋愛観や人生観が垣間見えるエピソードです。
リリィ・マーブル
フィットネスクラブの男性マネージャーと不倫するひかり。禁断の恋とは知りながら、関係を断ち切ることができませんでした。
秘密のドライブデート、2人だけの食事会、そして性行為の後は、とくに会話もなく自宅でまったり。ひかりはいつの間にか定型化した「お決まりのデートコース」に、マネージャーへの想いとは別の不満を持ち始めていました。
そんなある日、「恋人ごっこ」と称する萌との戯れの延長で、2人はデートに出かけます。プランをばっちり考え、しっかりとおしゃれをして、日の当たる往来で堂々と出かけられる……。
ひかりは萌との休日を満喫します。映画館、ウィンドウショッピング、ランチとごくごく普通のデートコースにもかかわらず、楽しげなのが印象的です。不倫デートが後ろめたいうえに、マンネリ化しているため、このデートは余計に輝くのでしょう。
不倫相手とはできないのに、友人とならできる普通のデート。帰宅後につらそうな表情を見せるひかりに、思わず胸が締めつけられるでしょう。
本作は百合漫画ではありますが、内容はサバサバしているのでさらっと読むことができます。百合好きにもそうでない人にも、手軽に読める一冊としておすすめです。