毎年やってくる梅雨の季節。服や足元は濡れるし、髪は湿気を吸ってふくらむし、光を感じる時間は減って気持ちも沈みがちに。そんな時は、きらめく夏へ思いを馳せたいところですが、いっそのこと雨の気配にどっぷりと浸ってみるのはいかがでしょうか。
初めまして。イラストレーター&漫画家のアオノミサコです。文章を書いたり、占い業も少々やったりしています。今回は、梅雨の時期にオススメの本をご紹介したいと思います。
雨はどちらかといえば苦手なのですが、予定もない雨の日に一日中本を読んだり、絵を描いたりして過ごすことは、何にも代えがたい贅沢。雨というベールに覆われて外界の雑音が届かない部屋は、そこだけが独立した世界のようで、そんな空間で体験する物語は、いつにも増して心の奥に染みわたるのです。
今回はそんな贅沢な時間にふさわしい本3冊をご紹介します。いずれも日常から少しはずれたような不思議な余韻を味わわせてくれるはず。
では、温かい飲み物でも片手にどうぞ。
奇妙でユニーク、寓話的でありながら、どことなく根源的な寂しさを感じさせる、アメリカの作家エイミー・ベンダー。
彼女が描く女の子は、古い宝物箱に入ったままの壊れかけた人形のよう。現実をベースにしながらもどこか現実離れした設定は、ミシェル・ゴンドリーの映画のようでもあります。
彼女の作品の根底に流れているのは、傷つきやすく怖がりな人々への温かい目。不器用な方法でしか人と繋がれない、そんな人々へ向けた物語なのです。
主人公のモナは、父が病気になった10歳から19歳の今まで、色々なことをやめます。ピアノのレッスン、デザートを食べること、陸上、映画鑑賞、etc…。でも、木でできたものをノックすることと、数字を愛することだけはやめられません。
ボーイフレンドとの距離感に戸惑って、バスルームに駆け込んで石鹸をかじったりもします。モナのいびつな行動は、病気の父がいなくなることへの不安や罪悪感、そして外界に対する恐怖や不信など、色々なものが混じり合っているのでしょう。
自分を取りまく世界が崩壊する兆しを見せたとき、主人公はあらかじめ自分と世界を切り離すことで、正気を保つのです。
モナは20歳になって小学校の数学教師になり、周囲の人との関係を通して、徐々に世界との繋がりを取り戻していきます。教え子との触れ合い、同僚の理科の教師との恋愛、大好きだった代数の先生との再会。その過程はとてもいじらしくて切ない。
- 著者
- エイミー・ベンダー
- 出版日
- 2010-04-24
この物語に出てくる人たちは、みなどこか不器用ですが、作者は人同士がおっかなびっくりしながらも繋がること、他人を信じ愛すること、そして自分自身を乗り越えていくことなどを繊細な美しい文章で描き出し、読み手の心をギュッとつかんできます。
読み終えたときには、主人公を、世界を、抱きしめたくなる。そんな一冊です。
「芥川賞」を受賞した表題作を含む、3編からなる短編集。どの作品にも、印象的な雨のシーンがあります。
それぞれの雨の背後に流れる感情はバラバラなのですが、この短編集を読むと、雨というものがいかに人の行動に制限をかけてくるか、それでいて、ふだんは隠したり忘れたりしている無意識を、するすると引き出してくる触媒であるか、ということがわかります。
たとえば『妊娠カレンダー』では、姉が「わたし」の作ったグレープフルーツジャムを貪っているときに雨が降っています。それは妊婦である姉の不安を象徴するような雨です。自分の身体が自分のものでなくなっていく不安。妹の「わたし」もまた、姉の不安定さに引きずられる形で不安になります。
妊娠という現象は、こうやって人の機微を掘り起こすのだなと思っていると、不意に物語はラストを迎えます。全体を通して、冷ややかに姉を観察する妹と、日に日に横暴になっていく姉のコントラストがすばらしい。
「ドミトリイ」の最後のシーンに出てくる雨は、溶解と浄化の雨です。
主人公の女性は、いとこが入居したことをきっかけに、かつて自分が住んでいた学生寮に再び足を踏み入れるようになります。寮に行く毎に、寮の実情と、身体に障害を持つ管理人の一面を知ってはいくものの、肝心のいとこに会うことはできません。
主人公と管理人の温かい交流の中にゾクッとするような描写が挟み込まれ、物語はミステリーの様相を帯びてきます。退廃の匂いと、フェティシズム的な身体の描写がひたすら美しい作品です。
最後の「夕暮れの給食室と雨のプール」は、つかの間の白昼夢のような短編です。この作品の冒頭に降っている雨は、他人と他人をかろうじて繫ぎ止める雨。
結婚相手よりひと足先に新居に住みはじめた女性を訪ねてきた、見知らぬ男性とその小さな息子。彼は、禅問答のような会話をして立ち去ります。途切れた会話の合間、そして彼らが去った後には、雨の音だけが響きます。
別の日の昼間、主人公は小学校の裏門でこの親子に再会します。そこで繰り広げられる会話は、果たして……。
いずれの3編も、古い建物に迷い込んでしまったかのような、静かな孤独に満ちたお話です。
特に大きいことは起こらないけれど、日記にはしたためておきたいような、忘れがたい1日。そんな日々を集めていくだけで、人は豊かに生きていけるのかもしれません。
- 著者
- 小川 洋子
- 出版日
アンパンマンの生みの親として知られる、やなせたかし。詩や童話を書いたり、雑誌の編集長を務めたりしていることはご存知でしょうか?
1960〜70年代、サンリオから「ミニ詩画集」シリーズという、とても可愛らしい本が出ていました。やなせをはじめとする画家や詩人が、このシリーズで作品を発表していて(個人的に日本のKawaiiカルチャーの礎はここにあると思っています。それとやはりサンリオの「いちご新聞」)、文庫本よりふたまわりほど大きいこの美しいハードカバーの絵本を、私はこよなく愛しています。
前置きが長くなりましたが、この本は前述の作品と同時期に出版された12編の作品を集めたものです。どれも魅力的ですが、特にオススメしたいのは、以下の4編です。
星の王子様を思わせるような「バラの花とジョー」。
可愛らしい子羊が主人公でワクワクしながら読みはじめると、予想もつかない方向に話が流れていき、最後には生きていくことの厳しさを、これでもかと見せつけられる「チリンの鈴」。
今とはだいぶ形が違うけれど、アンパンマンの元となった、ずばり「アンパンマン」。そして、やなせたかしの自伝的な要素も見受けられる「星の絵」。
特に「チリンの鈴」は単独の絵本でも存在し、アニメーション映画にもなっている名作中の名作です。
- 著者
- やなせたかし
- 出版日
- 2012-09-22
やなせたかしのファンタジー世界の裏には、その夢見る力と同じくらいの孤独や絶望があります。それは彼の身体の弱さや、若いころの戦争体験に根指すもので、飢えやこの世の理不尽を体験したからこその創作だと自身でも語っています。
「やなせたかしって、アンパンマンの人でしょ?」と思っている人はぜひ読んでみて、気持ちよく裏切られてみてはいかがでしょうか。
雨の日は憂鬱になったり何もする気が起きなくなったりしますが、雨の日だからこそ、素敵な本を選べばその世界観にどっぷり浸かることができます。梅雨の時期におすすめです。