エンタメ文学の最高峰「直木賞」。2019年上半期である第161回の候補者は、全員女流作家だと話題になりました。これは今までの歴史のなかでも初めてのこと。そこで今回は、全候補作のおすすめポイントと見どころをご紹介。6人6様のテーマや魅力に、すべて読みたくなること間違いなし。ぜひチェックしてみてください。
主人公は、50歳の男性、青砥健将。都内で妻子と暮らしていましたが、ほどなく離婚しました。現在は、3年前に脳卒中で倒れた母親の介護をするため、地元の埼玉県でひとり暮らしをしています。
それは忘れもしない2016年7月14日のこと。身体に不調を感じた青砥は、胃の検査のため病院を訪れました。すると売店のレジに、中学時代の同級生、須藤葉子がいたのです。実は青砥は、かつて彼女に告白したものの、あえなくふられたという過去があります。
須藤も青砥と同じく離婚歴があり、現在はひとり暮らし。他にも似たような境遇をもつ2人は「互助会」を結成し、近所でお酒を飲む仲になるのです。ところがそんな楽しい日々も束の間、須藤の大腸がんが発覚しました。
- 著者
- 朝倉かすみ
- 出版日
- 2018-12-13
本を開くと、冒頭で彼女の死が明かされます。そこから時は2人の再会まで遡るのです。人生経験を積んで、分別を学んだ50代の男女の恋愛は、若い頃のような衝動的なものとは違います。落ち着いて少しずつ、でも確実に距離を縮めていくのです。
そんな穏やかな日々を過ごすなか、突然須藤の大腸がんが明かされ、闘病をし……。50代にとっての「死」とは、遠いようで近くて、納得できるようでできないもの。その年代で「好きな人が死んでしまう」という体験をした青砥は、しみじみとした悲しさを噛みしめるのです。
『平場の月』の「平場」とは、ごく一般の人々がいる場所という意味。青砥や須藤が普通の凡庸な50代だからこそ、読者は彼らの境遇に共感し、涙するのでしょう。
冒頭で彼らの行きつく先を知っているので、読み進めるほどに切ない気持ちに襲われるはず。すべての平場を生きる人々に贈る、胸がしめつけられるようなラブストーリーをお楽しみください。
物語の舞台は、江戸時代の大阪。芝居小屋が対並ぶ道頓堀です。そこには人形浄瑠璃作者として活躍する近松半二がいました。かの近松門左衛門と同じ姓を名乗ってはいますが、血のつながりはないし、面識もありません。
半二は、儒学者で私塾を開いてる穂積以貫の次男として産まれました。本名は、穂積成章。浄瑠璃好きの父に芝居小屋へと連れられ、物心もつかないうちから親しみます。
その影響か、浄瑠璃の魅力に取りつかれた成章は、日に日に学問から遠ざかっていきました。熱心に読みふけるものといえば、浄瑠璃の本や伝奇ばかり。息子の将来を案じた以貫は、彼に近松門左衛門が愛用していたという硯を渡し、浄瑠璃を書けと投げかけるのですが……。
- 著者
- 大島 真寿美
- 出版日
- 2019-03-11
江戸時代の道頓堀で活躍した人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた時代小説です。
本書の魅力のひとつは、大阪の言葉を用いた、いきいきとした描写でしょう。江戸時代の道頓堀に集う、人々の熱気や猥雑さが文中から立ち上ってきて混じり合い、ごうごうと渦を作っているさまがありありと感じられます。
まだ何者にもなりきれていない無気力な若者である半二は、弟弟子に追い抜かされたり、愛する人が逝ってしまったりと、さまざまな経験を糧としながら物書きとして成長していくのです。そして名作「妹背山婦女庭訓」を完成させました。
人形浄瑠璃の世界をまったく知らなくても大丈夫。半二とそれを取り巻く人々を飲み込む混沌とした渦にどんどん飲み込まれて、無我夢中で読んでしまうはずです。
鈴子・妙子・登紀子。1940年代に生まれた3人は、東京五輪が開催される1964年に、とある雑誌の編集部で出会いました。目指すものが違った彼女たちは、それぞれフリーライター、イラストレーター、専業主婦となり、別々の道を歩むことになります。
そして時は流れ、72歳になった鈴子のもとに、1本の電話が届きます。それは妙子の訃報を知らせるものでした。その斎場には、登紀子も来るというのです。
- 著者
- 窪 美澄
- 出版日
- 2019-03-29
まだ女性が社会進出することが珍しかった時代を生きた、3人の女性を描いています。作者は、女性に寄り添うテーマの作品を書き続けている窪美澄です。
「トリニティ」とは、「かけがえのない3つのもの」という意味。男、仕事、結婚、子ども。このなかから3つだけしか選べないとしたら……。彼女たちは、悩み、苦しみ、時には時代の流れに翻弄されながらも自分だけのトリニティを選択し、年を重ねていきます。
読者は3人の選択を見守りながら、自分にとってのトリニティは何なのか自問することになるでしょう。生き方に迷いを感じている人ほど、胸にしみる一冊。この世界を生きるすべての人の人生にスポットライトを当て、肯定してくれます。人生の選択によって得たものを、他と比べて落ち込むことはないのです。
物語の主人公は、22歳の僧侶、寛朝。天皇の孫として生まれながら幼いころに出家をし、祖父が開いた仁和寺で修行を積んできました。
いずれは寺を担う高僧として、手厚く教育を施されてきた寛平。もっとも得意としたのは、経典の読誦法のひとつである「梵唄(ぼんばい)」です。しかし、祖父は寛平の唄声を褒めてくれましたが、両親や弟たちの評価はいつも辛口なものでした。
もうこれ以上家族にあざ笑われたくない。寛朝は、「至誠の声」をもつといわれる楽人・豊原是緒の教えを受けるために旅立ちます。行き先は、群盗が横行し人々が恐れる野蛮な辺境地、坂東です。
- 著者
- 澤田 瞳子
- 出版日
- 2019-03-16
苦労のすえにたどり着いた坂東で寛朝を待っていたのは、前評判とは異なる魅力的な人々や、のびやかな文化でした。
「至誠の声」を持ちながらも、傀儡女たちに音曲を教えながら穏やかに暮らす楽人の豊原是緒。人懐っこく笑い、音楽を楽しみ、群盗にまで慕われる武将の平将門。琵琶で身を立てるため、豊原是緒がもつ琵琶の天下十逸物のひとつ「有明」を手に入れようと画策する従者の千歳……。
読者を魅了する個性的なキャラクターが次々と登場します。そして彼らが抱く思惑、仏教や音楽が交差しつながり合うことで、重厚な人間ドラマが構築されていくのです。
圧巻なのは、作者である澤田瞳子の緻密な筆力。平安時代の日本の空気、におい、音、高尚さを五感で感じとり、物語の世界へ没頭させてくれます。
歴史小説好きはもちろん、苦手な人でも充分に楽しめる傑作です。寛朝をはじめ、歴史の過渡期を生きた彼らが迎えるあっと驚く結末を、ぜひご自身の目でお確かめください。
日本を代表する美術史家である田代雄一は、フランス国立オランジュリー美術館の一室で、クロード・モネの連作「睡蓮」を眺めていました。目を閉じると、かつて実業家の松方幸次郎と一緒に、モネの家を訪れたときの思い出が浮かびあがります。
日本に美術館を作りたい。本物の名画を展示して、日本の画家や青少年の教育に役立てたい……この夢のために松方幸次郎は生涯をかけて、西洋美術品を私財で買い集めていました。「松方コレクション」と呼ばれるその数は、2000点を超えるともいわれています。
田代は、戦争が終わってフランス政府に没収された松方コレクションを取り戻すために、パリにやって来たのです。
- 著者
- 原田 マハ
- 出版日
- 2019-05-31
原田マハが、国立西洋美術館の創立60周年のはなむけにしたかったとして書いた作品。耳に残る響き「タブロー」とは、フランス語で「絵画」という意味です。
史実と創造を織り交ぜたノンフィクション風の小説。物語のカギとなる「松方コレクション」は実在し、彼の夢であった国立西洋美術館設立のもととなりました。
第二次世界大戦前後の激動の時代。松方幸次郎をはじめとするタブローに魅了された4人の男たちが、アートへの探求心と不屈の信念をもって、バトンのように情熱を引き継ぐ様子が描かれます。
挿絵があるわけではないのに、絵画の美しさを全身で感じられる表現力にも注目。不可能だと思われた「松方コレクション」の返還を実現させた、男たちの物語をご堪能ください。
主人公は、若い頃に女優になったもののこれといった代表作もないままに結婚し、引退をして主婦となった正子。もう75歳です。
映画監督である夫とは、結婚して50年近く経ちますが、家族になったという実感は得られませんでした。この4年間は、家庭内別居状態。1度も口をきいていません。
そしてついに離婚を決意した正子。自活できるだけのお金を得ようと、シニア女優として再デビューをするのです。当初は鳴かず飛ばずでしたが、先輩女優の勧めでグレーヘアにしたとたん、大手携帯電話会社のCM出演が決定します。
「日本のおばあちゃんの顔」として大ブレイク。ところが、突然訪れた夫の死により、世間に仮面夫婦だったことがバレてしまいました。
- 著者
- 柚木 麻子
- 出版日
- 2019-04-05
破天荒でキュートな正子から、元気をもらえる痛快コメディ小説。作者は、本作で5度目の「直木賞」ノミネートとなる柚木麻子です。
女優として再デビューを果たし、順風満帆な日々が始まったとたんに受ける世間からのバッシング。正子はこれをきっかけに、自分は優しくて穏やかな「マジカルグランマ=理想のおばあちゃん」を演じていた、ということに気づくのです。
こうして「マジカルグランマ」から卒業し、身も心も身軽になった正子を止められる人はいません。メルカリやスカイプなど、新しいことにどんどん手を出していき、しまいにはハリウッド進出までもくろみます。
彼女を「マジカルグランマ」だと決めつけた世間のように、気づかないうちに先入観を抱いていたり、差別的なものの見方をしていたりすることはありませんか。作られた理想像をぶち壊していく正子の姿を見ていると、固定観念にとらわれないことの大切さを感じます。