本作は『神の雫』や『金田一少年の事件簿』の原作者による、ワインにまつわる小説です。東京で夜な夜な開かれる華麗な宴「ワイン会」を舞台に、ワイン初心者のOL主人公が、虚飾と真実が交錯する世界へと誘われていきます。ワイン通にとっては「待ってました!」の1冊。ワインに詳しくない人でも、充分楽しめる作品です。映画化も決まった本作の見所を紹介していきます。ネタバレも含まれますので、苦手な方はご注意ください。
文藝春秋社から出版された『東京ワイン会ピープル』は、ワインの味も知らず、ましてや知識もほとんどないOL・桜木紫野(さくらぎしの)が、さまざまなワイン会で個性的な参加者やワインと出会っていく過程が描かれ、ワインの虜になっていく物語。
知識ゼロ。そんな彼女の頼りは、グルメだった亡き父ゆずりの舌と、味を語る豊かな感性のみ。
- 著者
- 樹林 伸
- 出版日
- 2017-11-15
ちょっと敷居が高そうな「ワインの世界」が舞台の本作。しかし、主人公もワインのことをほとんど知らない設定なので、自然に知識を吸収していくことができるでしょう。ワイン上級者は、本作に登場するワイン会での癖の強い面々に、「あるある」を楽しめるのではないでしょうか。
『東京ワイン会ピープル』は映画化が決定され、2019年10月4日に公開が決まりました。キャストには、主人公のOL役に乃木坂46の松村沙友理、彼女をワインの世界に引き込む若き経営者・織田一志役には劇団EXILEの小野塚勇人が選ばれました。監督は精神科医としても働く和田秀樹が務めます。
- 著者
- オキモト・シュウ
- 出版日
- 2005-03-23
作者の樹林伸(きばやししん)は、姉である樹林ゆう子との共同名義「亜樹直」の名前で、超人気ワイン漫画『神の雫』の原作を手掛けた売れっ子作家です。
ジャンルごとに異なるペンネームを持ち、天樹征丸名義で『金田一少年の事件簿』、安童夕馬名義で『サイコメトラーEIJI』などの大ヒット作を生み、世に送り出しています。2019年7月現在では『神の雫』の続編である『マリアージュ~神の雫 最終章~』も人気連載中です。
『神の雫』での成功とともに、2010年には、フランスの代表的なワイン誌による「ワイン今年の人」で、再交渉ともいえる特別賞を受賞するなど、ワインに対する知識の深さ、正確さを実証しています。
本作は、ワインを知り尽くした作者ならではの小説であり、読まずにおけない作品です。味や香りを楽しむワインの世界を、どのように文章で表現しているのかを楽しんでいただける作品といえるでしょう。
本作は、ワイン会を巡る連作短編集です。各会(ワイン会になぞらえ、回ではなく会の字が当てられています)では、物語の重要な場面で登場するワインの名がタイトルを飾ります。
本作の主人公・桜木紫野(さくらぎしの)は、中堅不動産会社で働く20代半ばのOL。同期の雨宮千秋(あまみやちあき)に誘われ、合コン気分でワイン会に参加。 浮かれた会の雰囲気になじめなかった紫野は、二次会をパスし、30代半ばの会社経営者・織田一志(おだかずし)と出会います。
第1会のタイトルとなったDRCエシェゾー2009年は、ブルゴーニュのヴィンテージワイン。
紫野は織田にねだり、このワインを呑ませてもらいます。ワインに捕らわれたかのように、幻想とも妄想ともつかない感想を告げる紫野。味覚や香りを表現する彼女の言葉のセンスを気に入ったのか、織田は自分のワイン会に紫野を誘います。彼女は誘われるがままに、ワインの世界へと足を踏み入れることに。
ワイン初心者の紫野と千秋の行動は、コメディドラマを見ているようなテンポの良さを楽しめる本作。自身で気づいていない才能が、ワインを前に開花するところは見所です。
心を揺さぶり、人生観さえ変えてしまうチカラがあるワイン。紫野はそのチカラを感じ取り、味や香りを素敵な言葉に変える才能を持ちます。ワインはどちらかというと苦手で、美味しい食事のほうに惹かれいた彼女が、気づけばワインの虜になっている。
紫野の知識はないけど、素晴らしい感性を活かすのは、ワイン通である織田の存在。本作は、ワインへの深い知識と感性を兼ね備えた作者でなければ描けない世界です。紫野のようにワインの香りや味について語れたら、うらやましいとさえ感じてしまうでしょう。また、語りたくなるようなワインを呑んでみたいと思うかもしれません。
ワインの入門書と用語集を買って、勉強を始める紫野。織田は自ら彼女を誘ったワイン会に参加できなくなり、紫野ひとりで会場である西麻布のレストランへ向かうことに。
ワイン会のメンバーは、赤坂でアンチエイジングのクリニックを開業している女医や弁護士、投資家など、みな華やかな肩書きを持っていました。なかでも、日仏クォーターのモデル、ロジェ=デュカス楓(かえで)の美しさが際立ちます。メンバーは、織田から「面白い子がいる」と紫野について聞かされているようです。
みないい人のようなのですが、自分だけ場違いな存在である感じが否めない紫野。
今回も、紫野の感性がワイン通たちをうならせます。第2会のタイトルになっているシャトー・マルゴー1981年は、フランス五大シャトーでつくられる、ボルドーワインの女王とも表現される品物。織田が大切にしている、とっておきの品として供されます。
ワイン会のメンバーがシャトー・マルゴー1981年のすばらしさを、解説し始めます。しかし紫野は、うんちくを聞かされる前に、そのワインの複雑な味の調和ぶりを舌で受け止めました。
そして「女王様」の名前を持ちながら威光をふりかざさず、全身から気高さを感じさせるその様子を、なんとひとことで言い当てるのでした。どのような言葉で表現されたのか……どうぞ本編でお確かめください。
ただほめておけば当たるものではないと、ワインの奥深さに読者もうならされます。そして、織田が紫野をワイン会に「ぜひ参加させたい」と言った意味を、納得できる気がしてきます。
織田とは直接会えずにいる紫野。2人をつないでいるのは、彼から届く短い手紙だけ。紫野は楓に誘われて、他のワイン会巡りをすることに。食い下がるように、千秋もついてきます。
派手で華やかな会、知識重視の地味な会など、会によって癖があるワインの世界。紫野は、楓に連れて行かれた先で、名前もわからぬワインと向き合うことになり……本会の見所は、恵まれているように見えた楓の感情が大きく揺らいでいくところです。楓はある秘密を抱えており、この秘密は今後、本作の柱の1つとなっていきます。
第3会のタイトルになっているドン・ペリニヨン・ロゼは、初めて織田が美味しさに感動したシャンパーニュ。華やかな香りと裏腹に、謎めいた味わいに魅了された織田は、一番好きなシャンパーニュとして常にこのロゼの名前をあげます。
今回も、紫野が直観で語ったことが、このドン・ペリニヨン・ロゼの本質をついていると、楓を驚かせます。ドンペリといえば、ホストクラブなどで賑やかに供されるイメージが強く、力強くて勢いのあるお酒のように思われるかもしれません。しかし本作では、繊細で端正な味わいが、紫野の口から語られます。
これまで飲んだことがなく、手にするのをためらっていた人も、一度味わってみたくなるのではないでしょうか。
依然として、織田とは会えないまま。届くのは手紙のみ。
そんな中、織田のワイン会メンバーは、華やかな肩書きをもちながらも鼻にかけるところがなく、紫野は彼らに好感を抱いていきます。それでも、メンバーのなかには、人に明かせぬ秘密を隠しもっている者も。
今回も楓の謎は深まります。遅れてやってきた布袋裕司(ほていゆうじ)に対して、「助けて」とつぶやきながら大粒の涙を流した楓。クールで毅然とした印象の彼女の変貌した様子に、紫野はびっくりしてしまいます。恋愛事情だけではない、秘め事の予感。
一方の紫野も、悩みともとれぬ思いを抱えています。織田に惹かれているのか、ワインの世界に恋をしているのか……自分の気持ちは、いまいち把握できません。そんな中、紫野は布袋に誘われて、別のワイン会に足を運ぶことに。
今回は、ある時には、人の人生を狂わせることさえある、ワインの魔力が語られるます。 タイトルになっているシャトー・ディケムは、ボルドーのソーテルヌ地区でつくられる最高級の甘口ワイン。ワインを飛び越えて、人の真正さ、欺瞞などの話にも通じる面白さと怖さを覗き見ることができるでしょう。
「秘密があるからこそ、深みがある」というのは、人もワインも一緒かもしれません。美味しいワインをただ呑むだけの話で終わらないのも、本作の魅力の1つといえるでしょう。
楓は何か大きな秘密を隠している様子。親しくなったと思っても、なんだか壁があるようで、何を隠しているのかは、紫野にはわかりません。
一方でようやく織田と再会を果たす日がやってきました。メンバーおすすめのワインボトルを次々に空にしながら、織田の登場をみなで待ちます。
最終会を飾るのは、ドメーヌ・フルーロ・ラローズの手によるル・モンラッシュ1991年。織田が心から感動した代物であり、仲間と一緒に飲みたかったというワインです。
- 著者
- 樹林 伸
- 出版日
- 2017-11-15
モンラッシュのすごさを、紫野の言葉で知りたかったという織田。彼女はどんな言葉で表現するのでしょうか。そして、楓が抱えている秘密についても、明かされていきます。
織田と紫野の今後とは。楓の秘密とは。人と人を結び付けるというワインの不思議さが、たっぷり味わえるでしょう。
また、ワインは人に似ているとさえ感じさせます。そのワインの奥深さを、紫野や心優しい仲間たちが教えてくれることでしょう。
ワインに詳しい人もそうでない人も「ワイン会に行ってみたい」「ワインを語りたい」という気持ちを掻き立てる小説を紹介しました。映画にも期待が高まります。