日本の歴史文学のなかで「最長」といわれる『太平記』。長いだけでなく、魅力的な登場人物たちがいきいきと描かれているのが特徴です。この記事では、ジャンルや内容、有名な武将楠木正成などをわかりやすく解説していきます。また、おすすめの現代語訳本や漫画なども紹介するので、参考にしてみてください。
南北朝時代を舞台にした軍記物語『太平記』。後醍醐天皇の即位から、鎌倉幕府の倒幕や建武の新政、観応の擾乱を経て、2代将軍・足利義詮(よしあきら)の死去と細川頼之の管領就任までの激動の50年間を描いています。
タイトルについている「太平」には、怨霊を鎮魂し、平和を願うという意味が込められていると考えられていますが、作者や成立時期について正確なことはわかっていません。多くの研究者は、ひとりが短期間で書いたものではなく、複数の人物によって長期にわたって編纂されたものだと考えています。
そのうち、有力な編纂者の候補が2人います。ひとり目は、鎌倉時代後期から南北朝時代に活躍した天台宗の高僧、円観(えんかん)。ふたり目は、後醍醐天皇や室町幕府と密接な関係があった玄恵(げんえ)です。そのほか、3代将軍・足利義満や管領だった細川頼之が関わっていたと考える意見もあります。
構成は全40巻。しかし江戸時代の時点で22巻は欠落していました。理由は不明ですが、天皇家や武家にとって何か不都合なことが書かれていたのではないかと推測されています。
『太平記』のジャンルは、軍記物語です。鎌倉時代から室町時代に書かれた、主に合戦を題材にした作品のこと。歴史書とは異なり、説話や虚構も交えながら語り部たちによって世に広まっていきました。同じく軍記物語では、『平家物語』や『将門記』『保元物語』『平治物語』などが有名です。
『太平記』は、後醍醐天皇が即位した1318年から、細川頼之が管領に就任する1368年までの50年間を描いたものです。
3部構成で、第1部では後醍醐天皇の即位から鎌倉幕府が滅びるまで、第2部では建武の新政から後醍醐天皇の崩御まで、第3部では南朝方の怨霊の跋扈と、それを受けて室町幕府が混乱する様子が記されています。
『太平記』全体の内容には、儒教に由来する「大義名分論」や、仏教に由来する「因果応報」などが通底しています。この考え方にもとづいて、後醍醐天皇が作中で徳を欠いた天皇として描かれているのも特徴的です。
ちなみにこの考え方は、江戸時代に編纂された『大日本史』にて正統な天皇だったと修正され、後の尊王攘夷運動や太平洋戦争における天皇中心の歴史観に大きな影響を与えることになりました。
『太平記』は、戦国時代から江戸時代にかけての武士にとって、必須の兵法書と捉えられています。同時代に日本にやってきたキリスト教の宣教師たちも、本作を教材として日本の歴史や思想を学んだそうです。
『太平記』では、鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍した武将、楠木正成が非常に美化して描かれました。楠木正成は豪族の出身だといわれていて、「源平藤橘」のひとつである橘氏の後裔を自称しています。
後醍醐天皇の倒幕の呼びかけに応じて挙兵。河内の金剛山で鎌倉幕府の大軍を迎え撃ち、地の利を活かした知略を駆使して活躍しました。建武の新政では後醍醐天皇の側近として仕え、後醍醐天皇が足利尊氏と袂を分かった後は南朝方として北朝方と戦い、最後は「湊川の戦い」で足利尊氏の大軍を相手に奮戦した後、亡くなっています。
多くの武将が後醍醐天皇を見限り、足利尊氏に従うなかで、最後まで後醍醐天皇を支えた彼の生きざまを、『太平記』では「智仁勇の三徳を兼ねて、死を善道に守り、功を天朝に播す事は、古より今に至るまで、正成程の者は未だあらず」と絶賛しています。
ちなみに作中では一貫して「楠正成」と表記されていますが、そのほかの歴史的資料では「楠木正成」と記されていることから、実際の表記は「楠木」が正しいと考えるのが一般的です。
- 著者
- 出版日
- 2009-12-25
古典文学を読みやすくまとめた「ビギナーズ・クラシックス 」シリーズです。全40巻もある『太平記』をいきなりすべて読破するのはやはり難易度が高いもの。興味はあるけれど手を出すのは躊躇している人におすすめです。
各巻のあらすじが要約されているので、大筋のストーリーを理解できるうえ、名場面については原文と現代語訳を掲載。気軽に『太平記』の世界観を楽しむことができます。
『太平記』が描いている時代の知名度は、戦国時代や幕末と比べると低いのが現状です。しかし楠木正成をはじめ、後醍醐天皇や足利尊氏、新田義貞など個性あふれる魅力的な人物たちが活躍する、日本史上でも屈指の面白い時代でもあります。『太平記』を知る最初の一冊として、お手にとってみてください。
- 著者
- 吉川 英治
- 出版日
- 1990-02-05
多くの大衆小説を手掛け「国民作家」と呼ばれる吉川英治最後の大作が、『私本太平記』です。1991年に放送されたNHK大河ドラマの原作にもなりました。
明治時代以降、後醍醐天皇に背いた大悪人とされてきた足利尊氏を主人公にし、南朝の英雄だった楠木正成を温厚な性格で苦悩を抱える「河内の気のいいおじさん」風に描くなど、戦前のタブーに挑んでいます。両者が雌雄を決する「湊川の戦い」が本作のクライマックスです。
いまだ『私本太平記』を超える関連本はこの世にないといわれるほど。1度は読んでおきたい名作です。
- 著者
- さいとう たかを
- 出版日
- 2000-09-01
『ゴルゴ13』で知られるさいとう・たかをが、『太平記』を漫画にしました。上・中・下巻と読みやすいボリュームにエッセンスが凝縮されています。
さいとう・たかをといえば、劇画タッチの分野を確立した代表的人物のひとり。その世界観が『太平記』とマッチし、登場人物たちの迫力を惹きたてています。武将たちが着用している甲冑や闘犬など、細部まで再現されているのが魅力です。
内容も『太平記』に忠実で、文章だけで読むよりも格段に理解がしやすいので、漫画で読むのもおすすめです。