恋愛小説を読んだことはありますか。時に優しく、時に切なく、胸を締め付ける作品や奥手な人に勇気を与える作品まで、たくさんの恋愛が小説の世界にはあるのです。今回は、文学が苦手な方にもオススメ出来る、恋愛短編小説を集めてみました!
隠れた名作揃いで知られる祥伝社の恋愛短編オムニバス。
作家陣は6名で、全員男性作家。直木賞作家である石田衣良、伊坂幸太郎、中田永一、中村航、本多孝好、市川拓司と、実力派揃いのラインナップです。
- 著者
- ["伊坂 幸太郎", "石田 衣良", "市川 拓司", "中田 永一", "中村 航", "本多 孝好"]
- 出版日
- 2007-09-01
伊坂幸太郎の「透明ポーラーベア」は、彼にしては珍しい恋愛モノです。セリフやちょっとした一文に伏線を忍び込ませておく「伊坂ワールド」は健在で、ただの恋愛小説に留まらない展開を見せます。青年と恋人、そして青年の亡くなった姉の恋人と、またその恋人と。複雑で事情アリの彼らの偶然の再会から、姉の恋愛について考えさせられ、そしてラスト数ページでの転結へと続きます。
「魔法のボタン」は石田衣良の作品です。ストーリーは至ってシンプル。男は失恋の傷を忘れるために、女はいつか出会う恋人のための予行練習と、何とも理由アリのふたりに、その女の過去をよく知るという男が現れるというもの。
中田永一の「百瀬、こっちを向いて」は、ミステリーの鬼才「乙一」の別名義でのデビュー作品となりました。学校の人気者だった先輩に呼び出され、本命の彼女からバレないように浮気相手の彼氏役を頼まれることがきっかけとなり、主人公であるノボルは浮気相手だった百瀬と関わるようになってゆきます。結果、百瀬は先輩にフラれてしまうのですが、主人公は百瀬に恋心を抱くようになります。
温泉を舞台とした全五編の短編集です。
吉田修一は2002年、同じ年に山本周五郎賞と芥川賞を受賞したことで話題になりました。その後『怒り』や『悪人』など、のちに映画化される作品をいくつも書き上げた人気作家です。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2009-05-20
表題作となる「初恋温泉」は、飲食店を何軒も構えるオーナー島田光彦と、その妻である彩子、二人による物語です。
離婚する夫婦の、最後の温泉旅行。欲しいものは全て手に入れてきた成功者の光彦と、そんな彼に嫁ぐことで自らも成功者となった彩子だが、墓場まで寄り添うことなく別れを選んだ二人。彼らの闇が、とある温泉旅館を背景に広げられていくのです。
「白雪温泉」は、おしゃべりな男女が古風な温泉旅館に泊まったところを描いた作品です。この旅館というのが、古いですから隣の部屋に声が漏れるのです。隣に泊まっていたのは別の夫婦。またこの夫婦にはある謎があるのです。
これらの他に三編を収録。どれも人の内面、あるいは体験に踏み込んだ作風揃いです。単に恋愛小説とは括れない、人間描写の豊な著者ならではの作品と言えます。
少し逸れますが…、芥川賞作家というのは、受賞当時は時代の人となる反面、短命な作家が多い傾向があります。ですがそんな受賞作家の中で、受賞後も多数の人気作品を作り続けたのが吉田修一です。
大人でもない子供でもないもどかしい時間。それは17才。
山田詠美による、恋愛小説です。「音符」は「キイノート」と読みます。
山田詠美は、女性作家の中でもはきはきとした言い回しや文章、過激な作品もとても多いことで知られており、タイトルも過激なものが多いのですが、この作品は『放課後の音符』と優しいです。意味合いとしては学生たちの「説明書」や「教科書」といった感じです。
- 著者
- 山田 詠美
- 出版日
- 1995-03-01
とても読みやすい全八編で、どれも女子高校生の繊細で甘酸っぱい言動が満載です。そしてタイトルはそれぞれ「Body cocktail」「Brush up」など、英語で付けられているのも特徴です。
出て来る少女達は、大きく分けて二つ。派手な子と奥手な子です。誰もが様々な環境や考えを持っているのですが、例えば「Jay walk」ではヒミコというその「スジ」の娘が出て来たり、「Red zone」では男を寝取るオトナの女性が出て来たりと。視点は全て女子高生からなのですが、オトナや外れ者にどこか憧れてしまう心情は正に青春そのものです。
大人にはどこか懐かしく、子供には未来と今を考える教科書として、読み継がれる作品です。
「Calling You」「失はれる物語」「傷」「手を握る泥棒の物語」「しあわせは子猫のかたち」「マリアの指」「ボクの賢いパンツくん」「ウソカノ」の8作からなる、乙一の短編集です。
- 著者
- 乙一
- 出版日
表題作「失はれる物語」は、愛の意味を深く考えさせられる名作です。
交通事故によって右腕の皮膚感覚以外の五感をすべて失ってしまった僕と、見舞いに来る妻。音楽教師だった妻は、僕の腕を鍵盤に見立ててピアノ演奏をします。僕の感覚は、治療の成果もあり、次第に戻ってきていました。そんな最中、妻のピアノを弾く指の感覚で、僕には妻の「心」がわかってきます。妻の愛、自己犠牲の精神。そして僕の出した答えとは?
乙一は元々ライトノベルを書いていました。のちにミステリー作家となり、恋愛小説にも挑戦し書き上げた一つが「失はれる物語」です、乙一はその後、山白朝子、中田永一などのペンネームを使い分け、その度に作風にも変化をつける一風変わった小説家となりました。
本作で取り上げられているのは、恋愛というよりは情愛と言った方がしっくりくるようなかたちの愛ばかり。愛欲に溺れた末の道行を描く「溺レる」、SMのような関係を描く「亀が鳴く」と「可哀相」、不死になった夫婦を描く「無明」などです。しかし描写によっては生々しくなってしまう場面も、川上弘美は「交合」「情交」「行為をおこなう」といった古風な言葉や「アイヨクにオボレる」といった片仮名表記などで干草のような乾いた匂いにしてしまいます。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
作品の1つ「百年」をご紹介しましょう。
妻子あるサカキさんと抜き差しならない関係になった40代の「私」とは情死することにし、断崖から身を投げます。しかし死のうと言い出したサカキさんは助かり、「私」だけが死んでしまうのです。サカキさんは元の生活に戻り、87歳まで生きます。死んだサカキさんは「私」のところには来ずに消えてしまい、100年経っても「私」の思いだけは残っています。
「サカキさんという人がいたのかいなかったのか、わからなくなることさえあるのに、強い思いだけがある」(『溺レる』「百年」より引用)
100年も残る強い情念というとおどろおどろしいもののように思いますが、「百年」の読後感はもっとさらさらしています。この川上の感覚は、彼女が生物教師だったことと無縁ではないのかもしれません。「私にはこの人しかいない!」と思い詰めるような激しい恋も深い愛も、生物全体としての命や種の営みを考えた時には淡く小さなものでしかないからです。しかし、命のリレーは思い込みから来る激しい恋愛事なくしては続かないのもまた事実。
ページが進むごとに幻想的な色合いが濃くなりますが、1冊を通じて描かれるのは様々な愛のかたちです。一般的な恋愛小説とは一線を画す、不可思議な世界をお楽しみください。
この作品は、俗にいう恋愛小説に対しての挑戦、あるいは批判を書いたのではないかと言われています。しかもこの一冊は2004年の芥川賞候補に選ばれました。賛否両論分かれるなか、当時審査員を勤めていた石原慎太郎には「うんざりだ」と酷評されました。
- 著者
- 舞城 王太郎
- 出版日
- 2008-06-13
物語は、冒頭も含めると全7編となります。どの作品も愛をテーマにしながら神や宇宙的な設定があります。奇抜なストーリーが得意な方には好まれます。ちなみにですが、舞城王太郎作品の中では今作はずいぶんまともだと言われています。
冒頭で書かれる「愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい…」の一文は、「恋愛」に対する一般的な感情や思いを根本から考え直し、覆しました。これが上記した、恋愛小説に対する批判作品だと言われる理由です。
またこれは短編としてだけではなく、元々のストーリーとリンクしたものになっています。それは、小説家である治が、亡くなってしまった恋人との記憶の断片を小説にしていくというもの。そのどれもが結局は「死」につながるのであり、「死」に対する価値観と愛によって受けるその影響についての、治の考察が多く見られます。
以上、「読みやすい」をテーマにした恋愛短編を5作紹介しました。ストレートな作品から、一風変わった作品、はたまた過激なほどの描写を含む作品まで目白押しです。
短編というのは、長編小説のそれに比べて、起承転結がスムーズです。気軽に読み進められるので、出勤時間のお供に、また寝る前のちょっと読書に、「恋愛短編」いかがでしょうか。