女性芸人きっての読書家として知られる光浦靖子。芸能活動のかたわらでエッセイ本や手芸本などを発表し、雑誌での連載も担当するなど文筆活動に積極的です。今回は、テレビ番組「アメトーーク!」の読書芸人回で彼女がおすすめした本のなかから、6冊を厳選して紹介します。
1971年生まれの光浦靖子。1992年に大久保佳代子とお笑いコンビ「オアシズ」を結成した芸人です。ブサイクキャラとメガネが特徴の彼女ですが、東京外国語大学でインドネシア語を専攻した才媛で、手芸好きとしても知られています。
小学生の頃から読書は好きだったものの、図書館で借りられる本に限りがあるため、本離れしていた時期があったそう。芸人として売れてからは本を大人買いできるようになり、カルチャーショックを受けるほど面白い本が書店に並んでいることを発見して、大の読書家になったといいます。
やがて自分でも本の執筆をするようになり、「こじらせブス」の視点で書いたエッセイは女性読者から多くの共感の声を獲得。テレビ番組「アメトーーク!」にも読書芸人として出演し、ピースの又吉直樹らとともに常連のひとりになりました。
1984年と85年に起こった「グリコ・森永事件」を題材にしたミステリーです。昭和最大の未解決事件といわれていて、犯人は逮捕されないまま時効を迎えました。
可能な限り真実でストーリーを固めて、そこに主人公や真犯人などの創作を組み込んでいるので、リアリティにあふれた仕上がりになっています。
- 著者
- 塩田 武士
- 出版日
- 2019-05-15
2016年に刊行された塩田武士の作品。「山田風太郎賞」受賞を受賞し、2020年の映画化も決定しています。
物語の基盤となる「グリコ・森永事件」とは、江崎グリコの社長誘拐と身代金要求から始まり、青酸入り菓子のバラまき、脅迫、放火などが複数の食品会社にもたらされた企業強迫事件です。作中では「ギン萬事件」と呼ばれています。
主人公は、京都で背広の仕立屋を営む曽根俊也。亡き父親の遺品のなかから、幼い頃の自分の声が入ったカセットテープを発見します。そしてその声が、30年以上前に起きた「ギン萬事件」の脅迫テープに使われていたものと同じだと気付くのです。
中盤までは、綿密に調べ上げたノンフィクションの面白さで読者を引きつけ、後半からは謎解きへ。衝撃の犯人像と、関係者たちのあふれ出る感情に圧倒されたままラストを迎えます。
作者の塩田が「これを書くために作家になった」と自負する傑作ミステリー、ぜひ読んでみてください。
30歳になった妻の奈緒美。深夜に帰宅した夫の文行を問い詰め、不倫を白状させると、音をたてて骨がきしみ始めました。そして、身体がどんどん巨大化していきます。
カフカの『変身』を彷彿とさせる奇想天外な展開と、究極の夫婦愛を描いた恋愛怪奇小説です。
- 著者
- 吉村 萬壱
- 出版日
- 2016-09-02
2014年に刊行された吉村萬壱の作品です。選考委員の満場一致で「島清恋愛文学賞」を受賞しました。
夫の不倫にショックを受け、寝込んでいた妻。突然「御飯」と口走ります。大量の食事を摂取し、大量の排泄物を出し、巨大化していくのです。自分では思うように動けないため、夫は異形と化していく妻を必死で介護。グロテスクな描写も多いのですが、そのかいがいしい介護には尊さを感じるほど。これは狂気なのか、純愛なのか……。
やがて世間の目をごまかせなくなった時、2人はどのような行動をとるのでしょうか。ラストは思いもよらない展開で、人間の根源的な部分がえぐり出されるように締めくくられます。
不倫相手である秋山の家庭に生まれた赤ん坊を、一目見たい……。彼との間にできた子を堕胎させられた希和子にとって、赤ん坊は、秋山の不実さの象徴。その姿を見てキッパリ別れるつもりでした。
しかし、赤ん坊を抱きしめた瞬間に母性の虜となり、衝動的に連れ去ってしまうのです。
その子を薫と名付け、逃亡生活が始まりました。
- 著者
- 角田 光代
- 出版日
2005年から「読売新聞」で連載され、2007年に刊行された角田光代の作品です。「中央公論文芸賞」を受賞し、2010年にテレビドラマ化、2011年には映画化もされました。
事情を知らない友人や知人を頼り、やがて希和子は小豆島に辿り着きます。薫にありったけの愛をそそぐ彼女の姿は、母親として輝く存在でした。それゆえに、あることがきっかけで潜伏先が発覚し、逮捕されてしまうのです。
時は流れ、薫こと恵理菜は成人。アルバイト先の上司と不倫をし、妊娠してしまうという、希和子と同じ道を歩んでいました。彼女の運命は。そして、希和子はどこで何をしているのでしょうか。
1週間しか生きられないといわれる蝉の「八日目」という不吉なタイトルとは裏腹に、人間の愚かさとあたたかさを描いた傑作長編小説です。
日本人の母とスイス人の父のあいだに生まれた「わたし」。平凡な見た目をしている「わたし」に反し、妹のユリコは誰もが認める美少女です。
「わたし」はスイスで暮らす家族と離れ、名門のQ女子高に進学しましたが、ある時ユリコが帰国子女として編入してくることになりました。「わたし」とユリコ、そして友人の佐藤和恵を中心に、物語が進んでいきます。
本書は、昼は一流企業で働き、夜は娼婦として活動していた女性が殺人された実際の事件をモチーフに、被害者とその周囲の人々を子ども時代から追っていく構成です。
- 著者
- 桐野 夏生
- 出版日
2003年に刊行された桐野夏生の作品です。「泉鏡花文学賞」を受賞しました。
徹底したスクールカーストのなかにいる3人の独白や手記を中心に、物語は進んでいきます。
「わたし」は、努力が報われると勘違いしている和恵を徹底的に批判し、天から与えられた美貌のみで階級を簡単に飛び越えるユリコに激しい嫉妬心を燃やすのです。悪意という鎧を身に纏った「わたし」、そして自らの能力や天分を活かせずに転げ落ちていくユリコや和恵のさまは、まさにグロテスク。それぞれ自分に都合のよいストーリーを作りあげ、ますます歪んでいきます。
女性の本質にここまで迫った作品は、他になかなかないでしょう。怖いもの見たさの男性にもおすすめです。
当時流行していた「道徳教育」を皮肉って、三島由紀夫ならではの観察力と発想力で逆説の道徳を語ったエッセイ集です。
純文学には見られないウィットとユーモアが随所に散りばめられていて、不道徳から見事な論述展開をし、読者をきわめて健康的な正論に導いてくれます。
- 著者
- 三島 由紀夫
- 出版日
- 1967-11-17
1958年から「週刊明星」で連載し、翌年に刊行された三島由紀夫の作品です。映画化、新喜劇化、テレビドラマ化もされました。
各章のテーマは「大いにウソをつくべし」「友人を裏切るべし」「人の不幸を喜ぶべし」など、まるで不道徳を推奨しているかのよう。しかし綺麗ごとではなく、不道徳を知らなければ真の道徳に到達できないとする三島の考えには説得力があります。
彼自身の経験に絡めて語られているので、読み物として楽しめるでしょう。三島文学はハードルが高いと感じている方は、まず本作を読んで彼の素地を知るところから始めてみてはいかがでしょうか。
特に猫好きなわけではなかったけれど、ふとした縁で飼うことになった1匹の野良猫。しかし、ノラと名付けられたその猫は、ある日を境にいなくなってしまいました。
日本文学の白眉と名高い強面の大作家が、1匹の野良猫の失踪を嘆き、落涙し、ひたすら帰りを待ち続ける様子を描いたエッセイです。
- 著者
- 内田 百けん
- 出版日
- 1997-01-18
1957年に刊行された内田百閒の作品です。この時内田はすでに68歳。人目もはばからず悲しみにくれる老先生の姿は常軌を逸しているように見えますが、読み進めるうちにノラを想う作者の胸中が痛いほど伝わってきて、涙を誘われます。
警察署へ捜索願を届け、新聞に折込広告を出し、もしかしたらと英字新聞にも広告を打ち、考えつく限りの手を尽くす内田。慰めにと、新たに迷い猫のクルツを飼い始めるものの、今度はクルツが病気になってしまいました。
たび重なる不幸に打ちひしがれる姿は、見る人によっては滑稽に映るかもしれません。しかし、愛というものは、他人からは時に馬鹿馬鹿しく哀れにも見えることを読者に教えてくれるのです。
旧仮名使いはむしろ当時の状況がわかって読みやすく、昭和の文化教養人の暮らしぶりも興味深い一冊です。
光浦靖子が推薦する本は、人間の心の闇や、嘘偽りのない真の姿を浮き彫りにするものばかり。普通の人なら見過ごしてしまうような本質に目を留め、その深淵を覗いてみたいという彼女の好奇心や生き方がよく現れているといえるでしょう。