純愛とは、邪な気持ちが介在しないひたむきな愛。対して性愛は、本能に基づく愛欲。2つはイコールで結ばれることなく、対極に存在しています。しかし、共存することはないのでしょうか。小説『ロマンスドール』は、両者が混在した、衝撃の物語。映画化もされる本作の5つの魅力をネタバレ有りでご紹介します。
『ロマンスドール』は、タナダユキの小説作品です。総合文芸誌「ダ・ヴィンチ」誌上に連載された後、後半部分を加筆して2009年2月に発表されました。2013年には、文庫も発売されています。
美術大学の彫刻家を卒業した主人公の哲雄は、職にあぶれたフリーター。ある日、大学時代の先輩から勧められ、ラブドールの制作会社に就職することとなります。
ラブドールとは、男性が疑似的な性行為をすることを目的として作られた人形のこと。肌の質感なども実際の女性に近く作られています。
哲雄は、作業中女性のリアルな乳房の型を取ることになり、現れた絵画モデルの園子に恋をしてしまいます。
- 著者
- タナダ ユキ
- 出版日
- 2019-11-21
その後、夫婦になった2人でしたが、哲雄は自分の仕事について彼女に話すことができません。穏やかな時間を過ごしますが、哲雄は仕事に熱中するあまり、2人の性行為は疎遠に。哲雄の浮気も重なり、夫婦仲は最悪な状態に陥ります。離婚の危機が迫る中、園子の病気が発覚してしまうのでした。
本作は、夫婦の愛を描いた作品ですが、ラブドールの製作会社という普段、関わりの少ない職業を知れる、お仕事小説の一面もあるといえるでしょう。
本作の作者、タナダユキは1975年8月12日生まれ、福岡県北九州市の出身です。作家や映画監督、脚本家とマルチに活躍されています。自身が監督と脚本を務めた『百万円と苦虫女』が大きな話題となり、2009年第49回日本映画監督協会新人賞を受賞しています。
高校で演劇を学び、イメージフォーラム映像研究所に入学。映画製作を開始します。2000年、自身が監督、脚本、主演を務めた『モル』を発表。初監督作品が第23回ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2001で賞を獲得するなど、高く評価されました。
- 著者
- タナダ ユキ
- 出版日
- 2012-02-09
自身の監督作品だけでなく、蜷川実花監督2007年公開の『さくらん』では脚本家、杉作J太郎監督2006年公開の『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』では主演女優と多方面に活躍。その後も2015年『ロマンス』や2016年『お父さんと伊藤さん』など、監督作品を次々に発表。2013年には『復讐』を発表するなど、作家としても精力的に活動しています。
ちなみに「男の気持ちがなぜここまでわかるのか」と評されているタナダユキ。本作でも、1組の夫婦の結婚から始まる悲喜こもごもを描いていますが、ご本人が結婚されているか否かというのは情報が公開されておらず、不明です。
日本では特に性に関する話題は避けられており、口にするのもはばかられる場合も少なくないでしょう。ラブドールに恐れおののいてはいけません。本作は衝撃的な1行目から始まります。
「妻が、腹上死した。」(『ロマンスドール』より引用)
これでもかという衝撃。ページを開いた瞬間から、妻が死亡しているうえに、状況が腹上死ともなると、状況が把握できないでしょう。
腹上死というのは、性行為中、およびその後に発生する突然死のことです。園子はその最中に死亡してしまいます。哲雄も彼女が亡くなったことを理解できず、茫然としてしまうのでした。
その後に続く物語で、園子と哲雄がどう夫婦関係を築き、離れてから修復していったのかが語られていきます。2人の過ごした時間と、実は園子が病魔に侵されていたと知った時、冒頭の死に対する感情は、まったく別のものとなるでしょう。
冒頭のインパクトもさることながら、本作はラブドールを作る職人が主人公、という大変珍しい設定も目を引きます。ラブドールの画像を見ると、その美しさや精巧さに目を奪われるでしょう。性行為のための人形であることを忘れてしまいそうです。
美術大学で彫刻を学んでいたことから、哲雄は造形に詳しく、ラブドールにも、より人間らしいリアルさを求めていきます。リアルさを追求するなら、本物を参考にするべきという考えは理解できます。しかし「ラブドールを作るため」と言われても、多くの女性はモデルになることを嫌がるでしょう。
そのため目的を説明する必要がない、絵画モデル事務所の斡旋に助けられています。そこでやってきたのが、園子です。哲雄は、彼女に自分の職業を正直に伝えることなく、結婚してしまうのです。
職業を言わずに結婚できるのか、という若干の疑問を持ちながらも、話は進んでいきます。主軸は哲雄と園子の夫婦ですが、哲雄の会社の社長や同僚たち、不倫相手のひろ子など、様々な人物が登場し、二人に関わっていきます。
純愛は尊いものであり、性愛はどこか即物的なものである。そういうイメージをお持ちではありませんか?
本作は、純愛と性愛は決して別のものではなく、延長線上に存在し合うのではないかと私たちに問いかけます。本能からくる欲望の処理が性愛というわけではなく、肉体が結びつくことにより繋がる想いもあるのではないでしょうか。
哲雄と園子は恋愛結婚をしました。しかし仕事に没頭し、その間に他の女性に惹かれ、夫婦の行為はレスに。身体の距離が開くのと同様に、心の距離も開いてしまいます。
純愛だけで結びついた夫婦ならば、そのような行為がなくても互いを尊重し、思い続けることができるのでしょうか。性行為は愛情を表現するひとつの手段のはず。簡単に分けて考えられるものはないのでしょう。
哲雄と園子はその後、夫婦の絆を取り戻し、再び性行為をおこなうようになります。1組の夫婦の関係を見ながら、「愛の表現とは何か」を考えさせられます。
- 著者
- タナダ ユキ
- 出版日
- 2019-11-21
浮気がバレ、園子との心の距離が開き、もう離婚かと思いきや、園子はガンに侵されていることを告白します。彼女の治療が進む中、夫婦はしだいに信頼を取り戻し、仲が深まっていきました。治療と再発を繰り返すなか、園子は息を引き取ってしまいます。
彼女の死後、哲雄の心にはぽっかりと穴が開いたようになってしまいました。彼はあるときから、内側も外側も園子そっくりのラブドールを作り上げようと、作業に没頭していきます。第2の園子が出来上がった時、哲雄は何を思うのでしょうか。
結婚したときから、哲雄がラブドール制作にのめり込んでいった理由も垣間見られる終盤。哲雄の彼女への想いがあふれ、胸が締め付けられます。しかし、悲劇だけではありません。物語の最後、彼の呟いた言葉に、愛おしいような切ないような、そんな想いとともに涙と笑顔がこぼれます。
性行為をするための人形、ラブドールを作る主人公と、その妻の物語が映画化されることとなりました。
キャストは、哲雄役を務めるのは高橋一生。園子役を蒼井優が演じ、監督と脚本は、原作者のタナダユキが担当、2020年1月24日に公開が予定されています。
淡く可愛らしいビジュアルも公開され、映画にも期待が高まります。
設定と冒頭のインパクトに目を奪われてしまいますが、1組の夫婦の絆を描いたラブストーリー。心や身体だけでもなく、夫婦の在り方や愛についても考えさせられる作品です。ラブドールを作る夫とモデルになった妻のどこか現実離れした『ロマンスドール』が劇場で見られることが待ち遠しいです。