旅に求めるものは様々だ。ツアーで観光地を効率的に巡りたい人もいれば、環境の良い宿で何もしない時間を満喫したい人もいる。ある時は思い出を懐かしむために、またある時は、夢を叶えるために旅立つ。今度はどんな場所に出かけようか。次の旅を待つあいだ、ちょっとひととき ”おやつのじかん”。
「どこかに旅してみようかな。」
近ごろそう思うようになった。スケジュールが不規則な上に変動的な職業、個人的な旅行のために休暇を宣言するのがなんとなく後ろめたくて、社会人になってからというもの、旅することから遠ざかっていた。
家族旅行では、たとえそれが日帰りの小旅行だったとしても、「どうかこの期間、急なオーディションやロケが入りませんように…!」と、前日までヒヤヒヤしながら過ごすのが常だ。プライベートな予定を理由に仕事の可能性を逃すことがないよう、まだ目に見えないスケジュールまでも最優先にして過ごしてきたのだ。
そんなことだから、”簡単に変更が利かない類の旅行” を計画することは【一か八かの空きスケジュール予想】に心を砕くこととイコールになり、いつしか私の中で “億劫なもの” としてカテゴライズされてしまった。
旅することが仕事だった時期がある。私の役割は、日本各地を巡り、その土地で楽しむことができる旅と釣りを紹介すること。番組ロケや関連するイベントで、北は秋田県から南は四国や九州、石垣島まで、多くの土地を訪れた。
《週の半ばは地方ロケ・週末は地方でイベント・そのまま首都圏のホテルに前乗りして、月曜早朝の生放送》なんていうスケジュールも珍しくなく、”いつもキャリーバッグを引きずっている人” というイメージを持たれていたほどだ。
ロケの旅は少し特殊だ。大抵は都内から ”ロケ車” と呼ばれる車に乗り込んで、現地に着いたら即撮影が始まる。たとえ一人で飛行機や新幹線に乗ったとしても、降りたらスタッフさんが迎えに来てくれていて、そこから、さらにそのまま車で移動が始まるか、もう少し自力の移動が続くとしても、せいぜい近くのホテルにチェックインするところまでだ。
自分自身を撮影チームと無事に合流させたら、私が担う旅程と時間の管理は、ほとんどおしまい、となる。そこからは、車の乗り降りとリポートの繰り返しだ。私が集中すべきは、現場でどんなコメントができるか、メイクが崩れていないか、次の撮影地までに衣装を着替える必要があるか、現場の空気感が良好に保たれているかどうか、主にこういった事柄なのだ。
旅を紹介する番組において、限られた時間でどれだけの情報を視聴者に届けられるかは、明らかに番組の見応えに関わってくるのだろう。だから私たち撮影チームは、時に分刻みで収録を進めていった。
けれど、どんなに急ぎ足でロケを進行しなくてはならない時でも、コメントは丁寧に、番組コンセプトに沿ったものにできるよう心がける。現場の空気感が映像に映るのと同じように、手抜きは不思議と映像を通して透けて見えてしまうのだ。
しばらくそんな生活が続いた。旅は生活の一部だったけれど、そこには常に《どう伝えるか考えること》がセットになっていたから、習慣的に【旅=ロケ】という感覚を持つのは自然なことだった。そうなると、不確定なカレンダーをにらみながら旅行を計画しようという気持ちが薄れてくるものだ。
念のため補足しておきたいのだが、私はその番組の撮影チームが好きだったから、みんなで頑張る毎回のロケを楽しみにしていた。だからこそ、ロケ以外で旅行に出かけなくても満足だったのだと思う。
そんな、プライベートではすっかり旅無精だった頃の私でも、変わらず楽しんでいたのが、映画の中を旅することだった。見慣れない組み合わせの色彩や、独特のテンポで進む会話。景色も価値観も違うどこかの街に思いを馳せる。
映画を通した異国の旅は、短時間で実に効率的に、私をリフレッシュさせてくれた。これならどんなに疲れていても、外に出ることなく、約2時間で世界中のあらゆる場所に意識を置くことができる。いつか別の作品で見たジャンクフードを再現して、白ワイン片手に没頭するのも良いものだ。
そんな風に過ごしていると、それまで馴染みのなかった国、例えばメキシコやキューバ、北欧の国々にも関心を持つようになった。作品の中に登場するスパイスの効いた料理を食べに行ったり、同じ地域を舞台にした作品をいくつも鑑賞しているうちに、実際に訪れてみたいと思うようにもなってきた。
映画の中で見ていた場所へ、きっといつかは出かけていくのだろう。究極にインドアな旅は、考え過ぎてしまった私に、旅することへの純粋な興味を与えてくれたのだった。
子どもの頃から、どこかに出かけるとなると、荷物の中に必要以上の本を詰め込む癖がある。
読みかけの本はもちろん、買ったまま読むタイミングを図っているうちに忘れかけていた本、空いた時間に勉強しておくといいような教材だったり、旅行気分に合わせて新たに買い足した本まで連れて行きたくなるものだから、みるみるバッグが膨らんでしまう。
私は乗り物に乗っているほとんどの時間を眠って過ごすので、お察しの通り、それらの本が全く開かれずに帰宅することもままある。けれど、束の間でも読書に耽っていたと気づいた瞬間、あの何とも言えない心地良さは、旅の充足感を一段と高めてくれるのだ。
中でも、旅先で読む短編集は楽しい。カラフルなキャンディを一粒ずつ味わうように、短い物語たちは、旅の景色にゆっくりと溶けていく。合間に読んだ短編作品が、記憶の細部に彩りを与えることもある。それになんとなく、日常で読むのとは一味違って感じるところも面白い。
これだから、本を持ち歩く癖は止められそうにない。
- 著者
- 角田 光代 森 絵都 江國 香織 井上 荒野
- 出版日
- 2013-10-18
- 著者
- 出版日
- 2012-10-19
理想的だと思う旅支度がある。それは、訪れる先に関連する本を読んでおくことだ。
歴史書でも小説でも、その土地で生まれた作家が書いた作品や、著名人のエッセイでもいい。とにかく、現地の空気に触れて生み出された言葉やイメージを、自分の中に持って出かけられたらいいなと思っている。ちょっとしたフックになるようなものがあるだけで、流れる時間を、より繊細にキャッチできるような気がするのだ。
もしその本が小説ならば、作品の世界に足を踏み入れたような感覚を体験できるかもしれない。舞台となった土地の空気を吸って、空の色を眺めたら、新たな発見が作品への理解を深めてくれることだろう。
そんな時間と心の余裕を持って旅に出かけることを、なんだかとても贅沢に思う。
- 著者
- 岡田 光世
- 出版日
- 2007-02-09
- 著者
- 出版日
- 2008-12-20
そろそろ、ちょっと冒険してみようなんて、考えている。自分で航空券やビザを用意して、知らない国に出かけてみるのもいいかもしれない。
行きたい場所が決まったら、まずは本を読むことから始めたい。それともどこか、行き先は本の中から探してみようか。
おやつのじかん
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