西村賢太のおすすめ文庫5選!これだけは外せない作品

更新:2021.12.14

酒ぶくれした太々しい相貌、相手をネメつける鋭い眼ざし、穴倉から這い出た熊のような風体。その圧倒的な存在感で異彩を放つ作家・西村賢太。世に背を向けるように無頼を地で行く、西村賢太のおすすめ作品を5点ご紹介します。

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作家・西村賢太ってどんな人?

西村賢太は東京都江戸川区出身。運送業を営む父親が性犯罪を起こしたため、両親が離婚。中学卒業後にひとり暮らしを始めます。肉体労働で生計を立てる傍ら、神保町や早稲田の古本屋に通い、戦後に出版された探偵小説を収集します。

20歳の頃から私小説作家・田中英光に傾倒しますが、29歳の時、酒の席での諍いから留置所に拘留された後は、藤澤清造の作品に感銘を受けて、以来、清造の没後弟子を名乗ります。2004年、同人誌に発表した『けがれなき酒のへど』が、『文學界』に転載されたことが弾みとなり、西村賢太は以後メジャー文藝誌に発表の場を移して続々と作品を発表。

2007年には『暗渠の宿』で第29回野間文芸新人賞受賞。2011年には『苦役列車』で第144回芥川賞を受賞しました。また受賞会見において「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」との発言から、西村賢太の特異なキャラクターにも注目が集まり、タレント活動をしていることでも知られます。

“私小説作家”の実際の生活とはいかに?『一私小説書きの日乗』

『一私小説書きの日乗』は、西村賢太が2011年3月から約1年間の日々を綴った日記です。ちょうどこの時期は、芥川賞を授賞した翌年にあたり、藤澤清造の『根津権現裏』の刊行を終えて、シリーズ第二弾の『藤澤清造短編集』を準備する期間と重なります。

この日記は、西村賢太の日々の仕事、深夜にかっ喰らう飯や酒の他、時おり挟まれる担当編集者への悪態、小説家としての嘲り、没後弟子を名乗る師・藤澤清造への思いなどで構成されます。芥川賞をきっかけに、“芥川特需”とも云うべきフィーバーぶりを呈して、多忙を極めるその生活ぶりが、さっぱりとした筆致で綴られています。

著者
西村 賢太
出版日
2014-10-25

本編では、ふだん知ることのできない西村賢太の律儀な一面を覗くこともできます。一躍彼の名が知れ渡った芥川賞のお礼参りに、芥川龍之介の墓前に手をあわせたり、唯一の師・藤澤清造の月命日である29日を向かえると、清造への思いが綴られていたりと、律儀で折り目正しい意外な一面も知ることができます。

また藤沢清造の研究者でもある西村賢太が、藤澤関連の品々を競り落とすオークションの落札方法は、読者の度肝を抜くことでしょう。他の追随を許さない豪快な手法で、一気呵成に目当ての品を競り落とすのです。私小説作家がどんな私生活を送っているかを知るには、格好の一冊となります。

西村賢太の小説の秘密はこの本にあり!?『小説にすがりつきたい夜もある』

本書は、前項の『一私小説家の日乗』で記載されたエッセイ群を中心に編まれた第1部、『色欲譚』と題されたスポーツ紙に連載されたエッセイ群の2部構成をとります。

西村賢太の緻密な文体を生む秘密や、私小説の世界には過去にどんな先達が名を連ねているかを知るには、最適の本といえます。たとえば本書には、『私小説五人男―私のオールタイムベスト・テン』と題されたエッセイが収録されています。

著者
西村 賢太
出版日
2015-06-10

この“私のオールタイムベスト・テン”には、西村賢太が師と仰ぐ藤澤清造の他に、太宰治の同郷であり酒にまつわる数多くの伝説をもつ葛西善蔵、太宰治を師と仰ぎその墓前で自死を遂げた田中英光、日本初のハンセン病文学者として知られる北條民雄、自宅の物置小屋でロウソクのわずかな灯を頼りに小説を書き続けた川崎長太郎といった破滅型の私小説作家・五人の名が挙がっています。

彼がどんな作品を読み、どんな作家たちに影響されてきたのか、といった内容はもちろん、その背後にはどんな作家たちが連なっているかといった、私小説の系譜を辿るうえでも参考となるエッセイが並んでいます。

西村賢太の作品に触れた後は、リストに挙がる作品を読むと、私小説という世界がより味わえると思います。ぜひ参考にして欲しいエッセイです。

西村賢太をいちやく有名にした青春ヒストリー 『苦役列車』

芥川賞受賞作にして2011年に映画化もされた『苦役列車』。西村賢太の小説として最も有名な作品になるでしょうか。主人公の北町貫太は、父親が性犯罪で拘留されたことを機に、母の財布からお金を奪い、ひとり家を飛び出します。将来の展望が開けぬなかで、日雇い労働で食い繋ぎ、砂を噛むような流転の日々を送ります。

一時はその境遇を忘れるような出来事があるものの、仕事先で知り合った数少ない友人との仲たがい、仕事をめぐる上司との言い争いなどで、ふたたび孤独な身に立ち戻り、先の見えない日常へと戻ってゆきます。

どん底に生きる貫太は、いつも肌身離さず大正期の私小説作家・藤澤清造のコピー原稿をポケットに忍ばせていました。社会の底辺に生きる暗澹たる日々を描く西村賢太の青春小説です。

著者
西村 賢太
出版日
2012-04-19

ドス暗い青春小説を描く作家が、いまの時代にいるのかと口をつきたくなるほど、作者の強烈な個性がきわだった作品です。精密な文体もさることながら、主人公・貫太の造形力が素晴らしく、憎らしいほどに心地良さをもたらす妙味あふれる西村賢太の作品です。

石原慎太郎は、「(中略)人生の底辺を開けっぴろげに開いて晒けだし、そこで呻吟しながらも実はしたたかに生きている人間を自分になぞらえて描いている」と評します。自らを投影した主人公の造形力に、作品の核心があることを見てとるのです。心が沈みきった夜に、ぜひ手に取ってほしい西村賢太おすすめの一冊です。

もしも、モテないDV男が年下の女性と暮らすと・・・『焼却炉行き赤ん坊』

その名も『焼却炉行き赤ん坊』という不穏なタイトルの付く小説です。この作品は『小銭をかぞえる』に所収されています。語り手の“私”は、念願かなって年下の女と、同棲生活を始めることになります。ある日、女が犬を飼いたいと、“私”へ申し出たことから、物語は大きく展開してゆきます。

私は犬にまつわる過去の忌まわしい思い出が拭えずに、彼女の懇願をかたくなに拒み続けます。なんとか彼女を説き伏せ場を収めたものの、彼女を説得する際の物言いに、どこかひっかかるものを感じて、後日、彼女をデパートへ買い物に誘います。

先日の一件もあり、その埋め合わせに犬のカレンダーでも買ってやろうとデパートにやって来たものの、突然、彼女は小走りに駆けてゆきます。そして立ち止まった先で、彼女が手に抱えていたものは、巨大なゴールデンレトリバーのぬいぐるみ。このぬいぐるみが、同居する部屋に闖入することから、ふたりの関係が大きく揺らぎ始めるのです。

著者
西村 賢太
出版日
2011-03-10

西村賢太の作品には、貫太と秋恵との同棲生活を描く一連のシリーズものがあります。『焼却炉行き赤ん坊』の登場人物には、貫太と秋恵という名が与えられてないものの、後に登場する、ふたりの同棲生活を下敷きに描かれた作品としても読むことができます。

シリーズ同様に、物語の結末は、些細な女の言動が“私”の神経を逆なでして、悲惨な結末を向かえるお約束の展開が待ち受けることになります。なかでも西村賢太のこの作品は、女が執拗に抵抗を示す、稀な展開を見せてくれます。

堅苦しいイメージを抱きやすい私小説ですが、キャラクター小説かと見まがうほど、ゲラゲラと笑える内容となっています。案外、私小説とキャラクター小説とは、それほど隔たりがないのかと思えてくるほど。従来の小説観を覆す作品として、おすすめしたい西村賢太の一冊です。

臭いの向こうに哀しい人々の姿が立ちのぼる 『腋臭風呂』

その名も『腋臭風呂』という強烈なインパクトをもった短編小説です。『二度はゆけぬ町の地図』に所収されています。物語は、日雇い仕事を終えた語り手の“私”が、深夜に自宅のアパート近くに風呂屋を見つけることから幕を開けます。

後日、客の少ない時間を見定め、風呂屋通いを続けていた私の前に、ひとりの男が現れます。更衣室で一緒になった労務者風のこの男、実は只者ではありません。

“私”は、思わず客の顔をマジマジと眺める羽目に。あろうことか男は、腋の下から強烈な悪臭を放つ、腋臭もちの身分だったのです。ろくに体も流さず湯船に浸ることから、銭湯を独り占めしていた気分を台無しにされたあげく、腋臭風呂に浸らなければならなくなります。

そして後年に、その忌まわしい記憶をある場所でふたたび思い出すことになりますが、それは本編で確かめてください。

著者
西村 賢太
出版日
2010-10-23

西村賢太作品でたびたび重要なモチーフとなる臭い。他人に不快を与える悪臭は、現代ではタブーとする傾向にありますが、彼はそれに真っ向から反発するように、強烈な臭いを放つ人物やシーンを作品内に頻繁に登場させます。

そんなシーンに遭遇すると思わず顔を背けたくなりますが、人物から発散する臭いは、どこか笑いと不快を通り越して、どこかもの哀しさを漂わせます。それは否が応にも体から発散される臭気というものが、生きることと分かちがたく結びついたところに理由があるのかもしれません。臭いをモチーフとした一篇として、おすすめしたい西村賢太の小説です。

以上5作品をご紹介しました。西村賢太の作品は各人各様それぞれに好みがハッキリ別れるように思います。その小説世界に分け入ってみると、私小説特有の毒気にあたり、意外にも病みつきになるかもしれません。まずは上に記したリストを参考に、西村賢太の作品を堪能してみてください。

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