『乳房に蚊』は、売れないシナリオライターで、妻のヒモ状態のクズ男が主人公の小説。脚本家として活躍する、足立紳が発表した作品です。タイトルを『喜劇 愛妻物語』として、2020年に映画化が決まっています。今回は、脚本家ならではのテンポのよさと、個性的なキャラクターが特徴的な本作の魅力を、ネタバレしながら紹介していきます。
売れないシナリオライターの柳田豪太は、結婚10年目の妻・チカと、5歳になる娘との3人暮らしですが、年収35万円しかありません。
もちろん、シナリオライターとしての稼ぎで家族を支えることはできず、生活はチカの稼ぎにかかっていました。つまり、豪太は「ほぼヒモ状態」なのです。
そのうえ彼はプライドが高く、チカに対してもほとんど愛情が残っていません。しかし、セックスはしたいので妻に体を求める……という典型的なクズ男。
- 著者
- 足立 紳
- 出版日
- 2016-02-25
一方、チカは稼ぎのない豪太に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせる日々。彼らはギリギリのラインで、どうにか家族の形を保っていました。
しかしある日、豪太は四国に実在する「うどんの早打ちの女子高生」をモデルに、シナリオを書くことになります。家族で四国へと取材旅行に行くこととなりますが、いざ出向いた先では、意外な事実が待ち受けていました。
脚本家として活躍する著者が描く、クズ男と辛らつな妻の家族の形を描いた本作。映画化も決まったことで、あらためて注目を集めている作品です。
2020年に映画化が予定されており、豪太役に俳優・浜田岳(はまだがく)、妻のチカ役に女優・水川あさみ(みずかわあさみ)のキャスティングが決定しており、そのイメージがとてもぴったりだと、読者からの声があがっています。
本作の著者・足立紳(あだちしん)は、脚本家として『デメキン』『いつかティファニーで朝食を』など、数々の映画やテレビドラマを手掛けている作家です。2015年には、『百円の恋』が日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞しました。
また、演劇や映画などの専門学校・ENBUゼミナールで講師をするなど、幅広い分野で活躍しています。
本作は、そんな足立紳が最初に発表した小説です。本作を皮切りに『14の夜』『弱虫日記』など、複数の作品を発表しており、さらに活躍の場を広げています。
- 著者
- 足立 紳
- 出版日
- 2017-09-13
足立紳の脚本は、主人公がどこか受動的でありながら、周りの個性豊かなキャラクターたちに振り回されたり、影響されたりしながら変わっていく、というものが多くあります。
たくさんのキャラクターが登場しますが、それぞれに個性があり、なおかつ自然体であることも魅力のひとつ。そんな脚本の魅力は、小説にも反映されています。
ダメ人間が、いきなりスゴイ人間にはなりませんが、それでも少しずつ成長していく姿には、面白さのなかにもリアリティを感じられるでしょう。
本作の主人公・柳田豪太は、売れないシナリオライターです。その年収は、なんと35万円。とても生活できる額ではなく、生活費は妻のチカの稼ぎに頼っていました。
夢を追う夫とそれを支える妻……というと、ロマンのある話のようにも聞こえますが、本作はそんなに美しい話ではありません。豪太は、売れないだけならともかく、自意識もプライドも高く、さらに結婚10年目にして、妻への愛情はなくなっています。
ただ、セックスの相手はしてほしいので、チカになかば強引に求めます。もっとも、そんなときはチカに拒まれるので、事はなされません。
とにかく「クズ男」という表現がピッタリ当てはまる豪太なので、読者としてはイライラするし、ダメだなコイツと思うことも多いでしょう。
しかし、それでも読み進めていくうちに、いつの間にか感情移入して、ハラハラしながら読み進めることができるのは、彼が「根っからのダメで悪いヤツではない」ということが、わかってくるからです。
ダメなヤツだけど、なぜか憎めない……という感覚が、自然と沸き上がってくるでしょう。ちょっと不思議な魅力がある彼の物語を楽しんでください。
稼ぎは少なく、妻への愛情もないクズ男だけど、どうしてか憎めないキャラクターの豪太。
一方、妻のチカは働き者で、5歳の娘を育てながら一家を支える大黒柱。豪太のクズっぷりが目立つぶん、チカへの好感度は高くなりそうですが、本作ではそう簡単に話は進みません。
チカの特徴は、なんといってもその容赦のない毒舌。稼ぎのない夫に、これでもかと罵詈雑言を浴びせ、もちろん彼からの夜の誘いなんか、もってのほかです。豪太がちょっと強引に出れば、容赦なく裏拳で制します。
豪太がクズであるだけに、チカの罵詈雑言には、正当性があるようにも見えますが、あまりにも容赦がなさすぎて、少し苦手な方もいるでしょう。むしろ、どうして離婚しないんだろう?と思うこともあります。
しかし、読み進めていくうちに、チカは豪太のことを夫として、また家族としてのギリギリのラインを守っていることがうかがえます。そんな彼女の微妙な心情を、察しながら読んでみるのも面白いでしょう。
本作の著者である足立紳は、ふだんは脚本家として活動している作家です。そのため、売れないシナリオライターの豪太の日常は、とてもリアルに描かれます。
細部がリアルだからこそ、豪太やチカのキャラクターが映えるのでしょう。同時に、もしかしたら「これは、著者自身がモデルなのでは?」とも思えます。
またストーリーが小気味よいテンポで展開されるので、飽きずに読めるのも脚本家だからこそ。キャラクターのインパクトはもちろん、小説が専門の作家とは、ひと味違った面白さを感じることができます。
本作のメインストーリーとなるのは、豪太がプロデューサーから「うどんの早打ち女子高生をモデルにしたドラマを書かないか?」と言われたことをきっかけに、女子高生のいる香川県へ、家族とともに取材しに行くというもの。
チカの収入が頼りの一家なので、彼女は節約旅行を計画し、3人は出かけることになります。しかし、そこで待っていた、意外な展開とは……?
- 著者
- 足立 紳
- 出版日
- 2016-02-25
本作は、家族を描いた物語でもあります。ほとんどヒモ状態の豪太は、本人がいくらポジティブにしていても、やはりどこか惨めに見えることも。
後半になるにつれ、そんな彼の惨めさや、人生に追い詰められているようなヒリヒリした感覚が、より色濃く感じられます。
愛情を失いながらも、妻とのセックスを望む豪太と、それを拒むチカ。2人がどんな道を選ぶことになるのかも見所のひとつです。つい応援したくなってしまうラストは、ぜひ実際に手に取って確認してみてください。
脚本家が描くからこその魅力がある本作。原作から脚本家が書いているので、映像化にあたっても、とても期待値の高い作品です。映画に興味がある方も、ぜひ原作から読んでみてください。