日本SF界にその名を残す長編小説『日本沈没』が出版されたのは1973年のこと。作者の小松左京は、終戦後20年足らずで経済成長に浮かれる日本人に警鐘を鳴らす目的で本作を書いたといいます。昭和と平成に映画化され、2作とも大ヒット。そして令和2年、この伝説的SF作品がアニメ化されることに。本作のアニメ化は初のことです。
『日本沈没』は1973年に小松左京が発表したSF小説です。日本列島が海の底に沈むという「ありえない」ともいえるストーリーながら、綿密かつ膨大な科学的取材を元にした真に迫る内容で、累計470万部を誇る大ベストセラー作品となりました。
小説の発行年に早くも映画化され(監督・森谷司郎)、翌74年にはテレビドラマ化もされています。
- 著者
- 小松 左京
- 出版日
- 2005-12-06
さらに2006年には、キャストにSMAPの草彅剛、柴咲コウ主演をむかえて再映画化され(監督・樋口真嗣)、興行収入53.4億円を稼ぎ出しました。久保田利伸が書き下ろした主題歌「Keep Holding U」も大きな話題に。映画公開に合わせ、本作の25年後の姿を描いた『日本沈没 第二部』(小松左京・谷甲州共著)も発行されました。
- 著者
- ["小松 左京", "谷 甲州"]
- 出版日
- 2006-07-07
このほかにも、さいとうたかを率いるさいとう・プロや一色登希彦により漫画化され、ラジオドラマにもなっています。
そして2020年、動画配信サービスのNetflixがアニメ『日本沈没2020』全10話を世界独占配信することに。本作のアニメ化は初。監督はアニメ『夜は短し歩けよ乙女』などで知られる湯浅政明です。
舞台設定を2020年の東京オリンピック直後の日本に移し、どのような「沈没」が待っているのか期待が高まります。
『日本沈没』の作者・小松左京(1931~2011)は、星新一、筒井康隆とともに、「SF御三家」との呼び声も高い、日本SF界の巨人です。
本作や『復活の日』のように、博識の作者ならではの壮大でリアリティあるSF作品から、人々の太平洋戦争の記憶が消える『戦争はなかった』のような短編まで、多様なテーマ、斬新なアイデア、文明批評を盛り込んだ作品で読者を魅了してきました。
- 著者
- 小松 左京
- 出版日
- 2018-08-24
日本SF大会参加者の投票で選ばれる星雲賞を日本長編部門で4回、同短編部門で3回受賞するなど、SFファンの間での人気も不動といえます。
このほか、1970年の大阪万博ではテーマ館サブ・プロデューサー、1990年の国際花と緑の博覧会では総合プロデューサーを務めるなど、作家の枠にとどまらず、国際社会や未来を見据えて活躍しました。
本作の見所は何といっても、日本が沈没する「理論」にあります。そこにリアリティーがなければ、作品の魅力もなくなってしまうことでしょう。
主人公の地球物理学者・田所雄介博士が唱える、マントルの対流が日本列島を壊滅させかねないほどの地質的大変動を起こすという仮説は、実在する、当時最新の「プレートテクトニクス理論」が元になっています。ここに作者ならではの架空の理論が加味され、「ありえない災害」はたちまち「ありえるかもしれない」ものに姿を変えます。
巨大地震や火山の爆発に大都市が見舞われるさまは、自然の驚異を感じさせる、凄惨なものです。ただそれが絵空事でないことは、東日本大震災などを経験した私たち自身がよく知っていることではないでしょうか。「予言」に近い描写のリアルさは恐ろしいほどです。
作者は本作の執筆にあたり、地震学の権威・坪井忠二、地球物理学者の竹内均の著作を参考に発想を広げたといいます。
映画化にあたっては、1973年版では、竹内のほか、耐震工学、海洋学、火山学の権威も特別スタッフに名を連ねています。
2006年版は、原作発表から33年を経ていることもあり、最新の科学的知見なども織り込んでシナリオの見直しが図られました。たとえば、地殻の最下部がはがれマントルに落ちる「デラミネーション」や、バクテリアによるマントルへの影響などの理論補強をおこない、本作の最大の魅力である「リアリティ」の追求に抜かりがありません。
1973年版の特撮も当時としては見事なものでしたが、2006年版の流麗なVFX映像も圧巻で、描き出される被災映像はまさに「ありえるかもしれない」と思わされるものでした。
本作は、田所雄介博士と、彼の計画に協力する深海潜水艇の操縦者・小野寺俊夫を中心に話が進みます。両者とも組織の中で孤立しがちな存在です。特に田所は、日本の深海で起こっている謎への執着ぶりから、時に狂気の塊、野人のように描かれています。
一方の小野寺の前には、大手財閥の令嬢・阿部玲子や西銀座のバーに勤めるマコ(麻耶子)といった美しいヒロインがあらわれ、作品に色を添えます。
ポリティカルSFとしての面白さも本作の魅力のひとつです。日本各地で頻発する災害により、百万人単位で国民の命が失われていきます。日本沈没が防ぎようのない現実となったときに国民をどう救うのか。途方もないスケールの話だけに、作者は多くのページを割いて、日本の上層部たちの動きを描きます。
首相や政府高官、政官財の黒幕たちが日本を動かすさまは、大規模な自然災害に匹敵するほど大きなスケールを感じさせる展開です。
1973年版、2006年版、両作とも映画化にあたって日本を代表する豪華なキャストが集結。なかでも1973年版では、田所博士役の小林桂樹の鬼気迫る演技が話題となりました。
1973年版の小野寺役・藤岡弘(現・藤岡弘、)はアクション俳優らしいワイルドさがありましたが、2006年版の草彅剛はナイーブな印象に。ヒロインの阿部玲子も、2006年版の柴咲コウはハイパーレスキュー隊員に設定が変わり、印象が変わりました。
さらに1973年版にはなかった危機管理担当大臣役を大地真央が務めたことも合わせて、2006年版では女性が主張・活躍する存在となっています(同時に2006年版では、小野寺と玲子との恋愛要素が強まっている点にも注目です)。
原作では東京を襲う直下地震で250万人もの死者が出ますが、映画2作によってこの扱いも異なります。国難に立ち向かう政治家たちの姿勢も2作品では大きな違いが見られ、映画がつくられた時代に隔たりを感じるかもしれません。
作者は、太平洋戦争で国を失ったかもしれなかった日本人が経済成長に浮かれるさまを見て、フィクションの中で国を失うという危機に直面させてみたかった、と語っています。
SF小説の古典ともいえる本作ですが、ネットには「古さを感じない」「緻密で濃い内容」という感想が今も多く見られます。その結末は時代を経ても私たちに警鐘を鳴らす、学びあるものです。
1973年版の映画は、小林桂樹や丹波哲郎など名優たちの演技の素晴らしさや作品の重厚さに惹かれる声が多く聞かれます。また同時に、その結末から自然災害が続く日本において、「日本はどうあるべきか」というメッセージを作品から受け取った人が多いようです。
2006年版の映画でも、旧作や原作者への敬意やCG・特撮のすばらしさとともに、未曾有の災害に直面した人々の織り成す人間ドラマが多くの人に深い感動を与えたことがうかがえます。
1973年版が日本人や日本国全体というとらえ方であるのに、2006年版は、自分の命より大切な守りたいもののために行動する自己犠牲の姿をはじめ、個人的な感情が掘り下げられているという意見も多いようです。
2作の映画の違いは、結末に向けても現れます。ぜひ、原作とともに、映画同士を見て比べてください。
2020年のアニメ化作品の舞台は、2020年東京オリンピック後の日本です。
- 著者
- 小松 左京
- 出版日
- 2005-12-06
旧作を引っ張っていたのは、異変にいち早く気づいた科学者や政府高官といったエリートたち。しかし今回のアニメ作品では、天変地異の中を避難するひとつの家族とそこにかかわる人々にフォーカスが当てられるとのことです。
監督を務める湯浅政明と、作者の次男であり原作の著作権管理を務める小松実盛両氏が共通して『日本沈没2020』では「家族」に焦点が当たっていることを強調しています。それだけ視聴者に近い視点の作品になることが予想されます。
自分が同じ災害に見舞われたとしたらどのように行動するか、自分は生き延びられるのか、貢献できることはあるのか。
毎年のように自然災害が起こる日本にいるからこそ、この令和の時代に生まれ変わった『日本沈没』をよりリアルに感じられるのではないでしょうか。
いまの日本では、だれもが災害を扱った作品の目利きになっているといえます。それだけに、作り手も相応の覚悟で臨んでくることでしょう。この機会に、昭和・平成・令和に生まれたそれぞれの『日本沈没』を見比べてみるというのもよいのではないでしょうか。