毎年本屋さんが一番読んで欲しい本を選ぶ本屋大賞。本屋さんが選んでいることもあって、歴代の評判はどれも高く、幅広い世代に愛されている本ばかりです!今回はその中でも特に人気の高い作品をご紹介します。
家政婦として働く「私」が新しく派遣された先は、偏屈な元数学者博士の家でした。博士は数学に関して天才的な知識を持っているが故に、「私」とのコミュニケーションも数学から始めます。また、そんな博士は過去に起きた事故が原因で、事故後の記憶を80分しか保てません。
博士は「私」に会うたびに同じ質問をします。しかもそれは全て靴のサイズや誕生日等数字に関するもので、そこから毎回コミュニケーションを取り始めるのです。初めはその不思議な様に戸惑っていた「私」ですが、だんだんと博士の語る数学の魅力に惹かれていきます。そこに「私」の息子(平らな頭の形から、彼はルートと呼ばれます)も加わって、三人で穏やか且つ数学の魅力に満ちた刺激的な日々を過ごすのです。
- 著者
- 小川 洋子
- 出版日
- 2005-11-26
博士はルートに出会う度に、毎回愛おしいものを見つけたという喜びを身体中から表現し、初対面であるルートを抱きしめて愛します。ルートとの何度も交わした会話は、博士にとって大事なものであり、ルートも子どもながらに何度同じことを聞かれても決して博士を嫌がらない聡明さを持っています。
その日々には出会いと別れが繰り返されます。普通、人は忘れたくない記憶も忘れたい記憶も、どちらも抱えながら生きています。しかし博士は、そのどちらもが過去で止まっており、現在は80分しか記憶を持つことができません。
三人はいつも三人で穏やかなコミュニケーションを取りますが、昨日共にいた博士は、今日そこにはいません。記憶を無くすということは、その人そのものを亡くすようなもの。毎日三人は出会い、そして別れるのです。
その80分で必ず記憶が消えるという数学公式のような絶対的なルールに、よるべない感情が沸き上がります。例え数学が苦手でも、博士の美しく淡々とした説明はその数字・記号を愛すべききちんとした理由を教えてくれます。そのため、数学が苦手な人にこそおすすめしたい一冊です。
貴子が通う北高には、「歩行祭」という伝統行事がありました。それは全校生徒が夜を通して80キロ歩くというものです。貴子は高校生最後のそのイベントにかける想いがありました。そしてついに始まる歩行祭。各々の想いを抱えながら、歩き始めていきます。
例えば停電の時や修学旅行の夜、暗い中に一人でいると怖いのに、皆でいると急に結束感や連帯意識が芽生えたりしますよね。電気を消した後に、秘密の話を誰をきっかけとするでもなく話しだしたり・・・・・・。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
この物語は、そういった暗闇×集団の魔法とも言える、この暗い中に皆でいるのなら何をやっても楽しいしうまくいく気がする、という根拠はないけれど誰もが感じたことのあるような想いを、何気ない文章で書き上げています。それは読者にとってはするりと飲み込むことができますが、決してたやすく生み出せるものではないでしょう。
貴子もその夜に魅せられて、一度も話したことがなく、寧ろ避けられていると感じているクラスメイトの融(とおる)に話しかけてみよう、という決意をしています。そして融はそれに返事をしてくれる、と信じています。
そこには「高校生最後のイベント」という名の限定的な時間的スパイスも加わり、今この一瞬を逃してはならないことを、胸中に匂わせます。暗闇、集団、高校生最後。何気ないこれらのワードが、一瞬を彩って巻き込んでいきます。
「みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう」。貴子の一言が正にこの物語そのものを表しているように思います。
才能のある兄を追いかけるように日々サッカーに励んでいた新二でしたが、コンプレックスに悩み、中学校でサッカーにケリをつけます。入れ替わるように高校に入り出会ったのは、陸上部。そして天才スプリンター・連との再会もあって、新二は陸上にのめり込んでいきます。
- 著者
- 佐藤 多佳子
- 出版日
- 2009-07-15
『夜のピクニック』がタイトル通り夜の青春だとしたら、こちらは正にきらきらとした太陽を思わせるような昼の青春です。必死に練習する新二の姿や、ライバルたちとの対決風景等、どこまでも真っ直ぐで純朴な物語です。陸上行為の走る行為に比例するように、疾走感のある文体が心地よく、自らもそこに立って共に部活を励んでいるように、染みこんできます。
三部構成の長編であるにも関わらず、「卑怯者」はいません。何故なら皆が皆、自分と戦っているからであり、主要登場人物は「努力家」と「天才」という構図で描かれた者だからです。
新二の傍にはいつも天才がいました。サッカーの天才である兄と、天才スプリンターである連です。特に連は、個人別種目が中心の陸上競技において、所謂「孤高の天才」として生きてきたがために、チームで勝とうとする意思や練習への意欲が薄いです。対して努力家であり、サッカーに打ち込んできた新二は、チームワークや練習を何よりも重んじています。
正反対であるからこそ、連の存在は、新二を奮い立たせます。そして決して天才ではないけれど、努力し続けることで天才に並ぼうと、新二はまっすぐに我武者羅に、走り続けるのです。その姿にがつん、と心をうたれます。自らの思春期・熱かった青春時代にカムバックさせてくれるような物語だと思います。
全く覚えのない、首相殺しの罪にかけられた主人公・青柳は気付くと全国指名手配犯になっていました。警察と世間の目から逃げまどいながら、この事件は誰かが自分を犯人にするために仕組まれたものだと考えます。
この話、何が凄いって、青柳の逃げ様です。全国指名手配という絶望的な状況で、彼の今まで積んできた人徳や彼自身の人柄が彼を生かしていくのです。学生時代の友人、数年前に助けたアイドル、さらには連続殺傷事件の犯人までが。
- 著者
- 伊坂 幸太郎
- 出版日
- 2010-11-26
誰が自分を裏切り、誰が信用に足るのか?
そんな、日常生活では突き詰めて考えることのない危機的な二択に脳みそをフル回転させます。それも青柳は、裏切られるかもしれないと思いながらかかるのではなく、あくまで性善説を唱えます。
「ただ、俺にとって残っている武器は、人を信頼することくらいなんだ」という台詞があります。果たして極限状態に陥ったときに、こう言い切ることができる人はどのくらいいるのでしょうか。そんな青柳の逃げ様はどこか美しく、応援したくなります。
伏線や過去との繋がりも多く、第三者視点で読んでいる読者は青柳が危ない方向に突き進んでいく度にはらはらする気持ちが止まりません。最後まで何が起こるかわからない、スペクタクルな展開を味わってください。
物語は女性教師・森口のとある告白から始まります。それは自分の娘が事故に見せかけて殺された、そして犯人はこのクラスの生徒であるという衝撃的な内容でした。さらに森口は、警察に事件を言及しない代わりに、個別で犯人への恐ろしい「復讐」をすると告げて第一章は幕を閉じます。
- 著者
- 湊 かなえ
- 出版日
- 2010-04-08
物語は異なる語り部によって第一人称ですすめられていきます。一方的な語りは、言葉を交し合うキャッチボールではなく、ただただ投げかけられている一方的な印象を感じます。その一方的な言葉とは、登場人物たちの建前ではなく「本音」をあらわしたもの。彼らの生々しい素顔です。
一見おとなしそうで私たちを安心させるような登場人物であっても、腹の中では何を考えているのかわからないもので……。疑心暗鬼になってしまうような、その章ごとでしかあらわれない顔は恐ろしく、しかし好奇心をくすぐります。
森口の行った復讐とは? 復讐を受けた犯人はその後どうなったか? 事件の真相とは?
復讐、というだけあり、この小説、なんといっても「怖い」です。元々は一章だけで終わるつもりだったと著者がインタビューで語っているのですが、納得してしまうほどに一章のラストは特に恐く、印象的です。しかし一章で終わらせなかったこともこれまた納得の、さらなる展開が待っています。恐い、けれども真相が知りたいがためにページをめくる手が止まりません。欠片もネタバレを許さない構造になっておりますので、恐怖への好奇心が旺盛な方はぜひ手にとるべき作品です。
国語辞典「大渡海」を作り上げるために日々奮起する玄武書房・辞書編集部。名前通り、「まじめ」で変わり者な馬締(まじめ)を筆頭に、癖の強い登場人物たち。
辞書は言葉の川を渡る舟であると例え、そんな舟に穴があいていたら大変だから丁寧に作り上げる……。ここに『舟を編む』というタイトルの由来があります。
- 著者
- 三浦 しをん
- 出版日
- 2015-03-12
あなたは辞書を作るとはどういうことか、考えたことがあるでしょうか?この言葉の意味ってなんだっけ、辞書を引けばいいか……あれ、載っていない、なんてことがあってはなりません。また、過去の辞書に載っている意味はそのまま全て受け継がれるということもありません。時代が変化するにつれて、言葉も変化するのです。
作中に、「愛」という言葉の意味について議論するシーンがあります。「愛」に「異性を慕う気持ち」という意味がついており、じゃあ同性愛者の愛は愛ではないと言うのか、と言い合うのです。みなが当たり前と思っている言葉についてもそのくらい繊細で慎重な作業を、長い月日をかけて、ひとつひとつ綴っていくのです。
その日々の中に挿入される、登場人物たちの日常風景や辞書あるあるに和まされ、笑わされることも。真面目な登場人物たちが、真面目に辞書作りに取り組み続けます。正しい辞書を私たちに与えてくれるために丁寧に丁寧に。彼らのそのひたむきな様子に、読んでいて安心してすっぽりと心が包み込まれるような物語です。
戦士団「独角」の長であったヴァンは部族同士の争いで敗れたことをきっかけに、奴隷になってしまいます。しかしある日、奴隷として働いていた岩塩鉱に突如犬のような獣が襲来し、人々に噛み付いていきます。噛まれた人たちは次々に謎の病におかされて倒れていきます。そんな絶望的な状況の中、なんとか生き延びたヴァンは、同じく生き延びた少女と共に脱出を試みます。
- 著者
- 上橋 菜穂子
- 出版日
- 2014-09-24
一方、謎の病に立ち向かうために腰を上げた医術師ホッサル。調べていくうちのヴァンの逃走痕跡を見つけ、病のヒントを掴むため、ヴァンを追うことに……。そんな二人をダブル主人公に、壮大で大容量な世界が上・下巻に目一杯に広がります。
この物語に描かれているのは紛うことなきファンタジー世界です。次から次へと飛び出す儀式や現象の名前、部族争い、不思議な動物たち……。読みすすめていく上で見慣れない単語や設定が多く、ファンタジーが苦手な人はストーリーに入り込めるかどうか不安、なんて人もいるかもしれませんが、そんな心配はいりません。
このファンタジーの中に落ちている一つ一つの要素を見ると、実は現実に根ざしているんです。過去の因縁、権力、恐怖など、リアルで少し重たい内容だと感じることでしょう。それでも、読み進めるとそんなことが気にならないほど、最後まで一気に読み進められるはずです。スピード感あふれる重低音に酔いしれてください。
物語の舞台は日本で開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。このコンクールで活躍した演奏家が後に大きく世界に羽ばたいたことから高い評価を得ており、多くの才能がこのコンクールには集まります。
天才と呼ばれながらもステージに上がることをやめていった栄伝亜夜。養蜂家の家庭に生まれ、その他のコンテスタント(コンクールの出場者)とは全く異なる音楽の道を生きてきた風間塵。そのルックスや演奏から王子様の異名を持つ優勝候補の呼び声高いマサル・カルロス・レヴィ・アナトール。楽器店で働きながら出場年齢制限ぎりぎりで出場を果たす高石明石。
その他多くの音楽的才能を期待される若手演奏家が刺激し合い、時には共感しながら、自らの音楽と向き合い、昇華していきます。才能が才能を目の前にしたとき、お互いの才能がやすりのようにお互いの才能を磨き上げ、輝いていくさまが書かれています。
そうした経験を経て風間塵たちコンテスタントにとってコンクールは順位を競うだけのものではなく、他のコンテスタントの演奏を聴くことで刺激を受け自らの音楽性を高めることのできる場所となり、さらにうまくなりたいという欲を引き出す場ともなるのです。彼らはライバルであり、戦友であり理解者となっていきます。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2016-09-23
この作品は青春小説であると同時にピアノコンクールを舞台にしている音楽小説でもあります。音楽を扱った作品にとって最も重要な要素は、音楽をどのように表現するのかということです。そして音楽の表現こそこの作品の読みどころでしょう。演奏している人がどんな気持ちでどんな解釈で曲を演奏しているのか、聴いている側がどんな情景を思い浮かべているのかをこの作品では目に浮かべられるのです。
この明確にイメージを頭の中で浮かび上がらせることができる音の表現はとても細やかかつ緻密でとても密度が高く、それでいてほどよいテンポで読めるように書かれています。読むことと聴くことが同時に成立していて、まさに音を読んでいるという感覚です。
多彩な語彙とそれらの言葉を紡いでいく表現力の高さは恩田陸だからこそのものだといえます。彼らのコンテスタントたちが音楽を通してより心理的に壁を乗り越えてゆく様子が輝いてみえるのです。
またクラシックになじみがない人にとっては、作品に登場する曲を読む前に聴き、自らが抱いた曲の印象と比較しながら読み進めていくという一味違った小説の楽しみ方をしてみるのもよいかもしれません。
恩田陸の作品を他にも読んでみたい方は、こちらの記事もご覧ください。
恩田陸おすすめ26選!代表作から最新作までジャンル別ランキング
『夜のピクニック』などで高い人気を博している恩田陸。彼女の作品は膨大な読書歴と実体験に基づいており、ジャンルは実に広範です。この記事では恩田陸の物語を、青春、ミステリーといったジャンルごとにランキング形式でおすすめしていきます。
いかがだったでしょうか?本屋大賞を受賞した小説は、特定のジャンルに絞られるものではなく、ただ「この本を読んでほしい」「この本が売りたい」という本屋さんの想いによって決まっています。そのため、似たような作品というのもなく、賞をきっかけに毎年連続で読んでも楽しめるでしょう。また、多くがクロスメディア化されており、映画やアニメになったものもあります。でもまずは是非原作を読んでから!筆者にしか出せない味を楽しんでみましょう。