『夜のピクニック』などで高い人気を博している恩田陸。彼女の作品は膨大な読書歴と実体験に基づいており、ジャンルは実に広範です。この記事では恩田陸の物語を、青春、ミステリーといったジャンルごとにランキング形式でおすすめしていきます。
恩田陸は1964年に宮城県仙台市に生まれました。その後は父の仕事の影響で各地を転々とするようになり、大学は早稲田大学教育学部へ進学。卒業後は生命保険会社で働くようになりますが、激務の末に入院することに。幼少期から本を読むことが好きだった彼女は、いつか遠い先に作家になれたら……という希望を持っていました。しかし、本を読むことも書くこともままならない生活に嫌気がさし、退職します。
1991年、退職後に書いた『六番目の小夜子』が日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となり、その翌年に刊行。突然、念願の作家デビューを果たすのです。いきなりデビューして作家としての修業期間に不安があったため、いろんな作品をたくさん手がけようと一念発起すると同時に、生活のために不動産会社の派遣社員としても働きだしました。作家として安定してきた1997年からは、完全な専業作家として執筆を続けています。
小さい頃から本を読み続けてきた恩田陸。作家になると従来のように読書を楽しめなくなってしまうという方もいらっしゃいますが、彼女は本を読むということが何よりも好きで、本当に色々なジャンルの本を読んできたそうです。多くの名作に触れ、影響を受けてオマージュとして自分の作品に落とし込むそうで、時には話のタネだけでなく装丁なども参考にするんだとか。
彼女の作品は、実際にある風景から物語を創り出していく特徴があります。電車やバスに乗って旅行をして、自分の目で見たものから紡ぎだしていく物語は、恩田陸の果てしない読書歴とその眼に映る情景の融合なのでしょう。
ここからは、恩田陸の作品を青春、ミステリー、ファンタジー、ホラーといったジャンルに分けてご紹介。ジャンルごとに、ライター独自のおすすめ1作品と代表作をランキング形式で選んで解説していきます。
全14編の奇妙、不思議、不穏な感じを受ける短編集です。「麦の海に沈む果実」や「七月に流れる花」「八月は冷たい城」のスピンオフも収録。様々な媒体に載っていた短編を集めてあるので、様々に凝らされた趣向を堪能できます。
青春あり、ブラックなショート・ショートあり、SFっぽいものもあります。著者のファンには、読み逃せない1冊です。
- 著者
- 陸, 恩田
- 出版日
理瀬シリーズのスピンオフ「水晶の夜、翡翠の朝」は、同シリーズからヨハンという少年を主人公に置いています。この物語を一言で表すと、「ヨハンの邪悪な青春」です。ジャンルとしては「特殊青春ミステリ」でしょうか。
ミステリとしても楽しめるのはもちろんのこと、特殊な学校生活での特殊な青春を読むことができます。理瀬シリーズのファンにはもちろんのこと、初めてこのシリーズを読む人にもヨハンの邪悪性に魅力を感じると思います。
たとえば、「ご案内」はたった数ページのショート・ショート。しかし、最後まで読み終わったときに、背筋が凍ること間違いなし。まるで現代の様々な自由を揶揄しているかのように感じます。
一概に「これは青春系の短編集だ」とは言えないかもしれません。ヨハンの邪悪な青春である一編を読むだけでも価値があるのではないでしょうか。
通称「夜ピク」と呼ばれ、恩田陸の代表作品として親しまれている作品です。吉川栄治文学新人賞、本屋大賞にも選ばれ、映画化もされています。
物語はというと、歩いて歩いて歩き続ける……というお話。作中では
「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね」
(『夜のピクニック』31ページ)
というセリフも出てきます。『夜のピクニック』というタイトル通り、ひたすら夜通し歩くということのなにがそんなに特別なのか。そこが本作品の肝です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2006-09-07
主人公の西脇融と甲田貴子の通う北高の名物行事「北高鍛錬歩行祭」では、朝の8時から翌日の朝8時まで4時間の仮眠を除き、歩き続けます。80キロほどある道のりを一日かけて完歩するのですが、60キロまでは団体歩行、残り20キロでは自由歩行となって、それぞれが思い思いにゴールを目指すことになります。
口ではかったるいと言いながらも、3年生にとっては学生生活最後となる行事。自由歩行では、運動部の学生は少しでもいい順位になろうと走ったり、ひそかに想いを寄せる純情乙女は告白の機会を探ったり、果てはある事件の犯人捜しをしたり、正体不明の少年が混ざったりと奇想天外な展開をみせます。様々な学生による様々な思いが錯綜する行事ですが、中途半端に終われない、燃え尽きたいという各々の熱情がそこにはあるようです。
ごく単純に言えば、本当に夜歩くだけというお話ですが、普段の学校生活では絶対にありえない状況だからこそ、いつもは隠している本当の姿や気持ちといったものが表に現れてくるのかもしれません。学生時代という一瞬の輝きを感じさせてくれるお話です。
この「北高鍛錬歩行祭」ですが、茨城県にある高校の「歩く会」という夜通し歩く行事をモチーフにしています。実は恩田陸はここの卒業生で、実際に夜のピクニックをしていたそうです。そう思って読んでみると、登場人物たちの描写は恩田陸の実際に見てきた光景であり、なんだか生き生きとしたものを感じさせます。
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小説『夜のピクニック』恩田陸の名作!あらすじ、登場人物、名言などを紹介
小説家・恩田陸が書いき、本屋大賞・吉川英治文学新人賞も受賞した人気作品、『夜のピクニック』。著者が通っていた高校でおこなわれていた、全校生徒が24時間かけて80kmを歩く伝統行事をモデルとした物語です。中高生から大人まで、楽しむことができる普遍的な作品です。 この記事では、そんな本作について、わかりやすく紹介します。
また関連するお話として、歩行祭前日の話である「ピクニックの準備」が『図書室の海』という本に収録されています。こちらのセクションで紹介しています。
国際ピアノコンクールに挑むコンテスタント(演奏者)たちと、彼らを取り巻く人々の物語です。
優勝すると、世界最高峰のS国際ピアノコンクールをも制することが出来る。そんなジンクスがささやかれる芳ヶ江国際ピアノコンクールを舞台に物語が繰り広げられます。描かれるのは、このコンクールの出場者、風間塵、栄伝亜夜、マサル・C・レヴィ=アナトール、高島明石の4人と彼らを中心とした熱い戦い。彼らの他にも多数の出場者がいる中で、一体誰が優勝を手にすることができるのでしょうか。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2016-09-23
まず、この作品の魅力は確立されたキャラクター達にあります。特別なピアノ教育を受けたこともない風間塵は伝説的なピアニスト、ホフマンが認めた才能をもつ16歳の少年。母を亡くしてからピアノを弾けなくなってしまった栄伝亜夜は、かつては天才と呼ばれた音楽大学に通う女子大生。マサル・C・レヴィ=アナトールは音楽の名門ジュリアード院在学で“ジュリアードの王子様”と呼ばれます。
そして取り上げられる4人の中で最年長なのが高島明石28歳。彼は、音大卒業後プロにはならず、仕事をし、家庭を持ち音楽界からは離れていました。そんな彼は音楽奏者として感じている怒りをぶつけるつもりでコンクールに挑みます。
そんな彼らが熱く真っ直ぐコンクールに挑む姿に心打たれるのではないでしょうか。そして彼ら以外の周りの人間もしっかりキャラクターとして成り立っています。読み手によって感情移入してしまうキャラクターは様々で、それもこの作品ならではの楽しみになるでしょう。
また、恩田陸の表現力もこの作品の魅力といえます。言葉選びが洗練されていて無駄な表現がないためとても読みやすいのです。演奏シーンでも、その場の空気や緊張感がしっかり伝わってきます。演奏される音楽が聞こえてくるかのようにとてもイキイキと描かれています。
クラシック音楽をあまり聴かない人でも読みやすい内容です。キャラクター達の熱い思いに入り込み、そしてコンテストの結果が純粋に気になり、どんどんページをめくってしまうのではないでしょうか。またシーンごとに使用される楽曲をBGMに読み進めるのも面白いでしょう。ぜひ一度お手にとってみてください。
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小説『蜜蜂と遠雷』4人の登場人物、結末の見所をネタバレ!天才の葛藤を描く
国際ピアノコンクールの予選・本選の演奏と、奏者の生きざまを描いた小説、『蜜蜂と遠雷』。コンクールには、ある4人の人物が出場しました。それは自他ともに認める天才、かつて天才だった者、音楽の道を諦めた者……。それぞれ道のりや音楽性が異なる彼らの勝敗は、果たしてどうなるのでしょうか。 この記事では、松岡茉優など出演で映画化も決定し、これからますます注目の本作について、あらすじから結末まで詳しく解説!ぜひ最後までご覧ください。
本作品は演劇をめぐるお話です。主人公は、役者の父と歌舞伎役者の母の間に生まれた東響子。芸能の道一筋に育てられた響子の役者としての能力はもちろんのこと、容姿端麗、人気抜群と非の打ちどころのない人物です。そしてもう一人の主人公が、一見なんの変哲もない、大学の演劇研究会に所属する佐々木飛鳥です。飛鳥は響子のような名門の血筋ではありませんが、演劇研究会への入団試験の際には、未経験ながら、即席の演技で類まれなる才能を見せつけました。
ズブの素人として役者街道を歩きだした飛鳥は、様々な苦難を抱えることになりますが、響子は響子で役者の名門一家としてのストレスや悩みを抱えているのでした。そんな2人があるオーディションで出会い……。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2011-06-23
演劇漫画の名作とされる『ガラスの仮面』のオマージュ小説です。漫画では描き切れない登場人物の心理描写がかなり書き込まれていたり、絵がない分読者は想像力をかきたてられたり、という面白さがあります。
また、『ガラスの仮面』の最大の魅力であるオーディションなどの演技合戦という要素を完璧に抽出。その他の余計な要素を省き、ある意味では原作より面白いオマージュ小説と言ってもいいように思います。
過去の作品をオマージュすることに関して「気持ちいいって感じるストーリーは、古今東西同じであって、見せ方を変えているだけという認識もあります」と恩田陸は語ります。
本作品はそんな作者が手がけたオマージュのひとつ。普通の作品よりも、ある意味作者の手腕が問われた稀代の作品ということで青春小説の代表作の1つに選びました。
二極化してしまった日本でくり広げられる学園アクションドラマです。
伝統を重んじる地域と、享楽的な生活をする地域に分かれてしまった近未来の日本。伝統を重んじる地域での最高権力者を決めるイベントが、妨害されてしまいます。
刀あり、バトルありの、アクションがふんだんに織り込まれたライトノベルのような小説です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
軽快な文体、軽快な会話文、そしてアクションが重なり爽やかな読み心地。近未来の学生が主人公ということもあり、いい意味で恩田陸らしくないのも特徴かと思います。
「ミヤコ」と呼ばれる伝統を重んじる地域の学生が帯刀をしているので、近未来だというのにまるで江戸時代のようです。
アクションが満載なので、「アニメなど映像化すると面白そう」と想像しながら読むのもおすすめです。
恩田陸の私小説を思わせるミステリです。現実と虚構、以下の3つのパートが交差して物語が展開していきます。
0は、「私」自身の物語。
1は、「私」が書いた小説。
(1) は、「私」がその小説を出版後、舞台化する物語。
主人公である「私」は、新聞の三面記事で数十年前に見かけた、女性2人の自殺のことがずっと気になっていました。当時には珍しく匿名性を使っており、新聞の三面記事のみの情報しかありません。
時を経て「私」は、あることをきっかけに、自殺した2人についての小説を書き始めます。その小説を書くことで、「私」の人生は徐々に自殺者2人に侵食されていくのでした。
- 著者
- 恩田陸
- 出版日
この物語は現実なのか、フィクションなのか、混乱を招く書き方をしています。そして、ジャンルは必ずしもミステリとは断定できないかもしれません。
しかし、自殺してしまった2人の女性の心の闇などはミステリとしても十分読めるでしょう。ほんのわずかな絶望が、人を死に至らしめる過程は恐ろしくも命の儚さを感じます。
自殺を絶対悪と解釈してしまう考え方などに、揺らぎを与える小説だといえそうです。生きるということ、そして、名もなき自殺者が世間に与える小さな動揺。そのすべてがこの小説に掌握されていると思います。
本作品は関連作品が多く、そのうちの基礎となるお話が収録されています。同等の長編として『三月は深き紅の淵を』『黒と茶の幻想』『黄昏の百合の骨』、短編作品として「睡蓮」「翡翠の夢、水晶の朝」があります。「水野理瀬」シリーズとしてところどころにつながりがある学園ミステリーとして親しまれており、理瀬が主人公となって登場するのが本作です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2004-01-16
物語の舞台は、北海道の湿原にひっそりと建てられた高校。ここには3月以外の月に転校してきた生徒は学校に破滅をもたらす、という噂がまことしやかに語り継がれていました。そんな奇妙な高校に、2月の最後の日に主人公である理瀬が転校してくることになります。ある事件をきっかけに記憶を失くしてしまった理瀬は、強制的に転校させられたのです。
自分のことも周囲のことも分からない理瀬ですが、学校では次々と不可解な事件が発生して生徒がひとり、またひとりと謎の失踪を遂げていきます。この失踪は理瀬が破滅をもたらしたということなのか、そして理瀬の記憶は戻るのでしょうか……。
関連作品が3作あり、本作品は2番目に刊行されたものですが、これらは読む順番が非常に大切です。他の作品は後日談や登場人物の入り組んだ話になっているので、それらの前提となるお話として『麦の海に沈む果実』を読んだ方がいいでしょう。
学校ものを描き出すことの多い恩田陸ですが、『六番目の小夜子』や『夜のピクニック』などとは一線を画します。本作品の特徴は、文化祭や歩行祭といった行事と普段の学園生活ではない、どこかこの世のものとは思えない、不思議な感じのする閉ざされた学園生活です。全寮制の学校ということもあるのかもしれませんが、校長先生から生徒たちに至るまで、俗世からかけ離れた雰囲気は他に類をみません。萩尾望都の『トーマの心臓』をオマージュしたような感覚も味わえます。
ちなみにタイトルの『麦の海に沈む果実』とは、作中でとある人物が主人公に贈る詩の題名でもあります。
恩田陸の記念すべき第1作目です。日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作に残ります。大賞とはなりませんでしたが、翌年に刊行されるにいたりました。
物語は、とある高校が舞台。学校というのは、それぞれに都市伝説やちょっと変わった伝統や行事などがあるものですよね。この高校にも他の学校にはない、一風変わった行事がありました。その行事は「サヨコ」というもの。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2001-01-30
この行事はある女学生が「サヨコ」となって決められた行動を起こす、というものでしたが、先生や学校に公式に認められたものではなく、生徒たちの間でひそかに受け継がれているのです。しかも「サヨコ」はその正体を知られてはならず、独自に隠密行動をとらざるを得ません。「サヨコ」という存在自体は確かにあるのに、それが誰だかわからないのです。
代々「サヨコ」となるのは一人だけであり、今の「サヨコ」は6代目。「サヨコ」は自分の役割を果たして過ごしていますが、ある日、この行事に異変をもたらす人物が登場します。津村沙世子という聡明でかわいらしい女の子が転校してくるのですが、ここから「サヨコ」の伝統に一筋の影がさすことになるのです。
学校というのは、なんとも独特な雰囲気のあるところです。昼間は多くの人で賑わっているのに、夜になると誰もいなくなって恐怖に包まれてしまいます。昼間は青春、夜はホラー。「サヨコ」の伝統にも、青春の要素とホラーの要素を感じることができます。
本作はジャンル分けの難しい作品ですが、恩田陸が自らの豊富な読書歴を料理し、ジャンルの融合をはかった作品として、作者の今後の執筆像がうかがえるものになっています。デビュー作として、作者の可能性を示唆するものになっていると言えるでしょう。
また、本作品はテレビドラマ化もされていますが、原作と主人公が変わっていたりするので、別の作品として捉えたほうがいいかもしれません。
九州にある水郷都市・箭納倉で起こる不可解な失踪事件を追うホラーミステリです。
これまで3人の老女が失踪するのですが、いずれも無傷で帰ってきます。しかし、記憶が喪失したままで。
この失踪事件に興味を持った、元大学教授協一郎と協一郎のかつての教え子・多聞が調査に乗り出します。老女の失踪に見え隠れする「人間もどき」の正体とは?
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
骨子はミステリなのですが、超常現象のようなことが起きる物語。郷愁と謎と超常現象とが互いに上手に作用し合っており、読後感は絶妙です。
「水」がキーワードになるのですが、「この物語を読むと水が怖くなる」という意見も。雨が降る箭納倉の情景が、どこか懐かしさも感じさせます。
数十年前に起きた名家大量毒殺事件を、インタビュー形式で真相を探っていくミステリです。
一度は犯人が判明したものの、主人公は改めて関係者へと話を聞いていきます。事件の関係者は、独白のように当時のことについて語り始めます。
果たして、真実は語られるのか?事件の本当の真相は分かるのか?恩田陸が描く人間の心の闇と悪意の世界です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
ミステリの手法に「信頼できない語り手」というものがあります。小説内において語り手の信頼度を下げ、読者をミスリードするというもの。
この手法を「ユージニア」が取っているとは必ずしも言い難いですが、とても似ています。
インタビューを受けている相手は本当に真実を話しているのか?様々な思惑と証言が錯綜する、極上のミステリが味わえます。
『月の裏側』の塚崎多聞が再登場するトラベル・ミステリ短編集です。今回の多聞は自らが探偵役として、各物語で活躍をします。
都市伝説めいた不思議な物語「木守り男」「悪魔を憐れむ歌」。ホラーテイストの「幻影キネマ」。
ミステリの中にホラーが織り込まれた「砂丘ピクニック」。そしてどんでん返しのトラベルミステリ「夜明けのガスパール」。不思議な世界観が楽しめる5編です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
恩田陸の物語は着地点が安定しません。結末をぼかし、あえて読者に委ねるという傾向があるように感じます。
しかし、この短編集の最後に収録されている「夜明けのガスパール」は別。
真相も結末もはっきりしており、なおかつどんでん返しの友情ミステリでもあります。それまでの4編とは毛色のまったくちがう、静かな感動を覚える一編です。
1人の少女がひと夏に体験する悲しくも、優しい物語です。恩田陸初の児童文学作品。
6月という中途半端な時期に転校してきた大木ミチルは、学校の美術の時間に不思議な体験をします。
「夏の人」を描くという課題でスラスラと絵を描き始める同級生。不思議に思うミチルのもとに、さらなる不可思議な現象が襲います。
「みどりおとこ」に帰り道に追いかけられ、気が付けばおかしな招待状を手にしていたのです。
招待状により集まった、少女5人での「夏の城」での奇妙な共同生活。やがてミチルは、この城に秘められた本当の真実を知ることになります。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
あなたは大切な人をきちんと大切にしているでしょうか。この物語を読むと、真っ先に大切な人のことを抱きしめたくなると思います。
ミチルも含め5人の少女は「夏の城」で共同生活を送るのですが、それぞれ何か秘密を抱えているのが伺えます。しかし、ミチル自身は何も知りません。知りたいと思いつつも、誰も教えてくれないのです。
その設定がファンタジーなのですが、ミステリーの要素も感じるかもしれません。解き明かされていくであろう大きな謎には、多少の伏線が張ってあります。
最後に知ることになる「夏の城」の切ない真実。読者はミチルに突きつけられた事実に、きっと涙するでしょう。悲しくも、温かい涙が流れると思います。
「常野物語」シリーズは恩田陸が手がけたファンタジーの連作小説です。全部で三作となっており、刊行順に『光の帝国』『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』となっています。『蒲公英草紙』は直木賞の候補作にもなっています。
物語の中心となるのは「常野一族」という、不思議な力を持つ一族。予知能力、記憶力、地獄耳、長寿など一人一人が特殊な能力を持っています。彼らは群れることなく、各地に散り、権力にその力を資することなく暮らしています。その力を使って人々に貢献し、ある時は悪に立ち向かっていくのです。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
第一作である『光の帝国』は短編集になっており、常野一族の様々な人物についてのお話がまとめられています。常野一族とはどんな人たちなのかを知るのにぴったりの1冊です。二作目となる『蒲公英草紙』と、三作目の『エンド・ゲーム』はそれぞれが一本のお話になっていて、温かな感動とスリルを醸し出しています。
それぞれがまとまっているため、どれから読んでも話のつながりが分からなくなるようなことはありませんが、常野一族の全体像を把握するという意味でも刊行順に読むことをおすすめです。
不思議な能力を持つ常野一族シリーズの第2作です。前作「光の帝国」は連作短編集でしたが、こちらは長編になっています。
舞台は古き良き東北の農村。その農村の旧家・槇村家の末娘・聡子の話し相手の峰子の視点で物語は進みます。
あたたかく、やさしく、切ない読後感を味わえます。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
「光の帝国」で常野一族の物語を長く読みたいと思った人におすすめ。
「静かに感動できる」「余韻にひたれる」という感想を持つ人もいます。様々な過去を背負いつつも、強く、たくましく生きる常野一族の姿には確かに感動を覚えることができます。
前作とのつながりもしっかり感じることができ、一気読み必須のファンタジー小説です。
本作の他にもファンタジー小説のおすすめを知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
日本のファンタジー小説おすすめ20選!難易度別に紹介!
魔法使いがいたり、異世界を冒険したり、日常ではありえない非日常を描くファンタジー。世界的に有名なものならだれもがご存知かもしれませんが、今回は日本が誇るファンタジー小説について難易度別にご紹介いたします。
恩田陸が描く無国籍なノンシリーズ短編集。「奇想短編シリーズ」として「J-novel」という雑誌に媒体に連載にされたものを集めたものです。
指や手の形をした岩が転がる村を訪れる「観光旅行」ほか、恐ろしくもどこかノスタルジーあふれる、不思議な15編です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
ファンタジーのような、ホラーのような、様々なテイストが混じっています。「正体不明の不穏さを感じる」という感想も見受けられ、ブッラク・ユーモアにも富んでいます。
各々の短編の楽しみ方は人それぞれですが、どの短編も結末が灰色がかっているものが多いのも特徴。恩田陸は読者に結末を委ねることが多いのですが、それゆえに十人十色の結末があるというわけです。
抽象的終わり方で、白黒がついた結末ではなくても、著者の筆致のおかげで想像力を働かせることができます。
恩田陸のファンタジー色が強めのノンシリーズ短編集の3冊目です。
様々な文体を楽しめるのが特徴です。例えば「忠告」「弁明」などは視点が人間ではなく、動物。
その視点の豊かさ、文体の自由さを楽しむこともできるのではないでしょうか。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
「それは目に見えないけれど、やはりすぐそこに、死者の気配を漂わせ、確かに存在しているのである」
(『私と踊って』から引用)
ファンタジー色は強めですが、「死」や「消失」の雰囲気が漂っています。
ふいの近しい人の死や、失ってしまった人間関係など、物語は不穏ではあります。しかし、同時に喪失の悲しみではなく再生も感じさせてくれるはずです。
「二人でお茶を」はピアニストの物語であり、直木賞受賞作「蜜蜂と遠雷」を思わせてくれます。
「七月に流れる花」と対になる、少年側から描かれる続編の物語です。
夏流城に集められた4人の少年たちは、不気味な、事故のような出来事に次々と遭遇します。
「みどりおとこ」の本当の正体と、そのあまりにも残酷で切ない真実。少年たちのひと夏の冒険譚です。
- 著者
- ["恩田 陸", "酒井 駒子"]
- 出版日
「七月に流れる花」は少女側から書かれていましたが、こちらの視点は少年です。少女たちの物語では踏み込まれることがなかった、「みどりおとこ」のとある真実を知ることができます。
その真実は、とても悲しく恐ろしいもの。大人でも子供でも、悲しみを消化することは容易ではないということを知ることができます。
読む順番は、「七月に流れる花」から読むことをおすすめします。胸が締め付けられる物語ですが、読んで後悔はないと思います。
丘の上に建つ2階建ての小さな屋敷を巡るゴースト・ストーリーです。
以前住んでいた叔母から屋敷を受け継いだ女性作家が、その家に住み始めます。しかし、その家は「幽霊屋敷」。様々な「いわく」がささやかれる怪しい家だったのです。
旦那様のために子供をさらってくる女。台所でアップルパイを焼きながら殺し合った姉妹。幽霊屋敷を修理した大工の話。
記憶の重なり合った「幽霊屋敷」に潜む数々の物語を読むことができます。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2016-11-25
家には、そこに住んでいる人の記憶が堆積していきます。良いことも、悪いことも。この物語で語られるのは、すべてがその家に住んでいた歴代の人間たちの記憶です。
連作短編集の形を取っており、一連の物語は徐々に鎖のように繋がりを見せます。
多少、過激なものもありますが、極端な恐怖表現はほとんどありません。しかし、遠回しな表現にこそ感じる恐怖があると思います。
ゴースト・ストーリーなので、もちろん幽霊は登場するのですが、誰もその存在を「幽霊」とは言いません。その屋敷に住んでいる女性作家は、「幽霊屋敷」ということを否定すらします。そこがまたとても不気味なのです。
読んでいればおのずとその存在が幽霊だと、読者にはわかるというのに。
時間の経過とともに移り変わる家の歴史と、儚い人間の生を感じることができる上質な幽霊屋敷譚です。
『私の家では何も起こらない』の他にもサイコホラー小説を読んでみたい方は、こちらの記事もおすすめです。
サイコホラー小説初心者におすすめの5選!怖いけど止められない!
心理的な恐怖感を煽る題材を扱った小説、それがサイコホラー作品です。猟奇的な殺人や異常行動を描いたものが多く、グロテスクな描写もあってなかなか手を出せない人もいるかと思います。今回はそんなサイコホラー初心者におすすめしたい5作をご紹介します。
舞台は東北。I市にある4つの高校を舞台に語られるモダン・ホラーです。ある日、I市にある4つの高校の間で不吉なうわさが流れます。
「5月17日にエンドウさんが如月山に消える」
後日、実際に遠藤という苗字の女子高生が行方不明になります。「谷津地歴史文化研究会」のメンバーである4人は、次々に現れる不吉なうわさの出所を突き止めようと調査を始めます。
- 著者
- 陸, 恩田
- 出版日
モダン・ホラーとは「現代社会の闇や他者への不条理に由来する恐怖を描いたもの」のことを言うそうです。
この物語では現代社会の闇というよりも、他者への不条理な思いを描いているように感じます。多感な高校生という時期に、自分にも他者にも鬱屈した思いを抱えているのがわかると思います。
描かれる東北の地方都市は、恩田陸自身の出身である仙台市を思わせるという考察もできそうです。
『六番目の小夜子』など、恩田陸作品のスピンオフが収録されたホラーテイストの短編集です。
人気作品『夜のピクニック』の前日を描いた「ピクニックの準備」。理瀬シリーズの理瀬の幼少期を描いた「茶色の小壜」。バラエティ豊かな10作品を読むことができます。
- 著者
- 陸, 恩田
- 出版日
ホラー色が強めですが、何よりファンにとって著者の作品のスピンオフが読めるということがうれしいところ。
『六番目の小夜子』からは、主人公の幼馴染・関根秋の姉の物語が書かれています。
シリーズ作品として人気キャラクターである・理瀬が幼い頃に出会ったとある人物とは……?
ホラーが多く、ノンシリーズではありますが、恩田陸作品のファンには必読です。
ウイルスハンター・神原恵弥が謎の遺跡に挑む、シリーズの1作目です。
イラク国境付近に昔から白い遺跡が存在します。それが通称・豆腐です。その遺跡の中は迷路になっており、何人もの人間が行方不明になっています。そこに魅惑のウイルスハンター・恵弥と、恵弥が選んだパートナー・時枝満が挑みます。
タイムリミットは7日間。果たして恵弥と満は謎多き古代遺跡・豆腐の正体を解明できるのでしょうか。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
人が消失してしまう古代遺跡。謎多きこの遺跡に恵弥と、恵弥と同じ中学校出身の満が迫るタイムリミットの中、挑んでいきます。
物語はSFやファンタジーやミステリなどの様々なジャンルを圧倒します。
そのストーリー展開もさることながら、軸になっていく「神原恵弥」という人間がとても魅力的です。
女性の言葉遣いをしますが、その見た目は精悍な顔つきの男性。まずはそのギャップに読者は悶えることになるでしょう。頭もキレ、策士であること。際立つ人間性が癖になってしまいます。
恵弥がチラリと話すジェンダーの問題も、書かれた当時は話題にすら上がっいことだと思います。決して穏やかな口調を崩さない恵弥ですが、秘めるものを感じることができます。
「だが、その場所は今もある」
(『MAZE』より引用)
悠久の時間を生きる遺跡のSF的ロマンに、思いを馳せることができる物語です。
外資系製薬会社のウイルスハンター・神原恵弥シリーズの第2作目です。
今回の恵弥が訪れるのは北海道・函館。不倫相手を追いかけて行った妹を連れ戻すと同時に、未知のウイルスの存在を探ります。
ウイルスの名前は「クレオパトラ」。
恵弥は妹に翻弄されつつも、その未知のウイルスを見つけることができるのでしょうか。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
前作『MAZE』では周りの人たちをことごとく翻弄していた恵弥。しかし、今作では恵弥の方が様々な人に翻弄されます。
登場する人間がとても個性的で、キャラクター小説の一面もあると思います。
「MAZE」でもチラリと話されていた、恵弥の女性言葉を使う理由についても触れられます。女性にも男性にもスポットが当たっているジェンダーの問題に対する、恩田陸の考えも読むことができます。
外資系製薬会社のウイルスハンター・神原恵弥シリーズの第3作目です。
今回の舞台はT共和国。副作用がないという夢のような鎮痛剤「D・F」を恵弥は追い求めます。
同時に友人から依頼された、T共和国で消息不明になった女性科学者も捜すことに。恵弥のかつての恋人や、前2作に登場したある人物の再登場もあります。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
エキゾチックで神秘的な雰囲気が漂う、T共和国の雰囲気の描写がとても素敵です。恵弥や満たちと一緒に観光をしているかのように、錯覚します。
物語の途中に、
「正直言って、感染爆発が起きるのは時間の問題ね。」
(『ブラック・ベルベット』から引用)
というセリフが登場します。
未来を予測するかのようなSFめいた恵弥のセリフに、ある種の恐怖を感じることもできます。
総勢27人と1匹が繰り広げるドタバタコメディです。
たくさんの登場人物たちが、各々の「思い」や「計画」を遂げるべく行動していきます。そして、その行動の「結果」が東京駅に集結。
一見、つじつまが合わないような一人ひとりの振る舞いがまるでドミノのようにどこかで繋がってくる。恩田陸が描く極上のエンターテインメントです。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
- 2004-01-01
巻頭に登場人物の一覧と、「登場人物より一言」というものが載っています。もちろん物語もおもしろいのですが、この「一言」がとても効いているのです。登場人物たちの性格をよく表し、物語の世界へと踏み出す序曲にもなります。
物語は大きなうねりを見せるのですが、至って平和なストーリー運びです。群像劇が好きな人にはぴったり。シリアスな物語が苦手な人も安心して読めると思います。
『ドミノ』の他にも、危機的状況で展開するパニック小説を読んでみたい方は、こちらの記事もおすすめです。
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海や空で起きる事故、ウィルスによるパンデミックなど、危機的状況にハラハラドキドキが止まらないパニック小説を紹介します。怖いのに、結末が知りたくなるものばかり。一気読み必至の作品を集めました。
今度は25人と3匹が繰り広げるドタバタコメディが帰ってきました。
舞台は中国の上海。前作『ドミノ』で活躍した登場人物たちも再登場します。登場人物たちの意外な関係性や、初登場した人物たちの活躍を読むことができます。
恩田陸の描く至上のエンターテインメントが体験できます。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
場所を上海に移しても、ハチャメチャ度やドタバタ度はまったく変わりません。むしろその度合いは上がっていると言ってもいいかもしれないです。
総ページ数562ページと、かなりボリュームのある本です。しかし、怯むことなく読み始めてみればそこに広がるのは人間同士の思惑のぶつかり合いです。
ラストに集約される最高の「修羅場」に、読者はきっと目を見張ることでしょう。
著者が17年ぶりに放つ「理瀬シリーズ」の最新刊です。
理瀬は、英国へ美術史を修めるために留学しています。そこで知り合ったアリスに誘われ、ブラックローズハウスを訪ねることになります。
奇しくも、その館の近くでは凄惨の死体が見つかり、「祭壇殺人事件」とセンセーショナルに呼ばれていました。しかし、理瀬が訪れたブラックローズハウスでも悲劇が起こってしまうのです。
成長した理瀬の姿が読める、ファン待望の1冊です。
- 著者
- 恩田 陸
- 出版日
読者は17年待ちましたが、物語の中ではあまり時間が経っていないことに驚きます。どんなに長い時間が空いても理瀬は理瀬のままということに、安心感を覚えるでしょう。
没入できる世界観はそのまま、物語はゴシック・ミステリの様相を呈して読者を誘惑してきます。一気読み必須の本格ミステリでもあります。
以上、ジャンルごとのおすすめランキングでした。学校を舞台にした作品もふくめ、作品によってジャンルや世界観が異なっており、これだけ書き分けられるのかと作者の奥深さを感じられることでしょう。ぜひ色々と読んでみてくださいね。