時に実在する組織や事件を題材にして、現実世界にはびこる問題を描く社会派小説。世相を反映したものも多く、重厚なテーマが充実した読書体験をもたらしてくれるでしょう。この記事では、社会問題を考えられる人気作のなかから、文庫で読めるものだけを集めてご紹介していきます。
ある冬の日、14歳の冬野ネガは、中学校の同級生である春日井のぞみを殺害した犯人として逮捕されます。ネガは犯行をすぐに認めたものの、動機については一切口を開こうとしません。
この事件の捜査を担当することになったのは、神奈川県警捜査一課に配属されたばかりの真壁警部補と、多摩署生活安全課の女性刑事、仲田巡査部長でした。
- 著者
- 天祢 涼
- 出版日
- 2019-10-09
2017年に刊行された天祢涼の社会派青春ミステリー小説です。
貧しい母子家庭で育ったネガ。食事や入浴など、日々の営みすら危うい極貧生活をしていますが、母親思いの少女です。一方ののぞみは、社交的なお嬢様。いつも友達に囲まれていてネガとは対極にいます。しかしそんなネガとのぞみには、共通の秘密がありました。
攻め役の真壁と、落とし役の仲田のコンビで硬軟織り交ぜた取り調べがおこなわれるうちに、少しずつ事件の真相が明らかになっていきます。
ネガが犯行を認めながら動機を黙秘した理由は、あまりにも残酷で切ないものでした。懸命に生きる少女たちの姿を通して、現代の社会問題をあぶり出した作品。読後はタイトルの意味が胸に迫ってくるでしょう。
わずか7日間しかなかった昭和64年に起きた、少女誘拐殺人事件、通称「64(ロクヨン)」。未解決のまま時効目前となったある日、警察庁長官の視察が決定しました。
当時捜査に関わっていたものの、刑事部から警務部へ不本意な異動を命じられていた三上義信。自身の娘の家出に関して口利きをしてもらったため、上層部に逆らえずにいます。しかしこの視察に違和感を覚え、警察組織の内部の闇に切り込んでいくのです。
- 著者
- 横山 秀夫
- 出版日
- 2015-02-06
2012年に刊行された、横山秀夫の「D県警」シリーズ第4弾。「週刊文春ミステリーベスト10」や「このミステリーがすごい!」で1位を獲得し、ベストセラーになりました。その後はテレビドラマ化、映画化もされています。
物語は、主人公の三上と妻の美那子、家出して行方不明になっている娘のあゆみの関係、警察組織の縦社会、警務部と刑事部の対立、ロクヨン事件でD県警が犯した重大なミスとその隠蔽、第2の誘拐事件の発生と多岐にわたる軸をもちながら進んでいきます。それぞれに伏線が張られ、無関係だと思われていた事象が結びつき、真相に近づいていく重厚感のある構成が魅力の社会派小説です。
何とかまっとうに生きようともがく人間ドラマが熱く、意外すぎる犯人にも涙すること間違いなしの傑作になっています。
東京第一銀行で花形テラー(窓口担当者)だった花咲舞は、「狂咲舞」という異名をとるほどの優秀なベテラン銀行員。頑固一徹で跳ねっ返り、言いたいことは言わずにいられない性格をしています。
新たな配属先である事務部には、かつての上司だった相馬健が待っていました。2人はコンビを組み、「臨店」と呼ばれる、トラブルを抱えた支店の業務改善を指導する任務を遂行していきます。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2011-11-15
2004年に刊行された池井戸潤の作品。池井戸自身も元銀行員で、その経験を活かした作品を多く執筆しています。
本作は、そんな池井戸の作品のなかでも唯一女性が主人公の社会派小説。不正を暴き、悪事を未然に防ぐヒロインの活躍を楽しめるでしょう。
3000万円の誤払い事件、得意先の給与データ紛失事件、隠蔽工作発覚スキャンダル事件など、8つの問題を次々と解決する短編仕立てのテンポの良さが魅力的。痛快なハッピーエンドが読者のストレスも吹き飛ばしてくれる、エンターテインメント性の高い作品です。
池井戸潤の作品を読んでみたい方は、こちらの記事もご覧ください。
池井戸潤のおすすめ文庫作品ランキングベスト14+最新作!経済×エンタメ小説
難しそうな経済についてのテーマを小説としておもしろく魅せてくれる池井戸潤。ドラマで話題になった「半沢直樹」シリーズ以外にも楽しめる作品がたくさんあります。そんな池井戸潤の特徴が詰まったおすすめ作品をご紹介します。
時は1997年。バブル経済崩壊による不良債権問題で苦しんでいた日本が舞台です。
外資系投資ファンドの代表を務める鷲津政彦は、「ゴールデン・イーグル(イヌワシ)」と呼ばれる凄腕のファンドマネージャー。ニューヨークで成功し、大手都市銀行である三葉銀行が抱える不良債権を買収するために帰国しました。
- 著者
- 真山 仁
- 出版日
- 2013-09-13
2004年に刊行された真山仁の社会派経済小説。テレビドラマ化や映画化もされています。
鷲津が展開する「ハゲタカビジネス」は、不良債権を抱えた企業の株を買い叩き、我が物にしたうえで再生し、莫大な利益を得るというもの。腐敗した会社経営と崩壊の様子をあぶり出していきます。
日本の古い体質を引きずり、窮地に立たされてもなお感情に訴えることしかできない経営者の姿は、醜悪そのもの。鷲津のやり方はかなりの厳しさをともない、たくさんの批判も受けますが、それでも自分のなかの正義を貫く姿勢に読者は惹かれるでしょう。
駆け引きだらけの買収劇を楽しみながら、経済の仕組みも学べる一冊です。
両親を亡くした武島剛志と直貴は、兄弟2人でつつましく暮らしていました。剛志は肉体労働をしてお金を稼ぎ、優秀な弟を大学へ進学させようとしていましたが、腰を痛めて働けなくなった焦りから空き巣を実行。そして、鉢合わせた老婦人を殺害してしまうのです。
それからというもの、直貴には「強盗殺人犯の弟」というレッテルが貼られ、進学や就職などさまざまな場面で立ちはだかります。獄中の兄からは月に1度、手紙が届くのですが……。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
2003年に刊行された東野圭吾の作品。加害者家族の葛藤を描いた社会派小説です。文春文庫史上最速でミリオンセラーとなり、映画化、テレビドラマ化もされています。
直貴は、自分を犠牲にして育ててくれた剛志のことを嫌いになることはできません。しかし強盗殺人犯の弟として差別を受け、進学も就職も、恋愛もうまくいかず、世間から忌み嫌われることに傷つき、疲弊していきます。そしてついに、縁を切ろうと獄中の兄に向けて手紙を書くのです。
加害者家族が受ける制裁は、贖罪の一部なのか……最後まで読んでも、正解を見出すことは難しいことがわかります。加害者家族や被害者家族だけでなく、第三者が彼らに向ける目線や苦悩についても考えさせられる一冊です。
主人公の恩地元は、国民航空でエリートコースを歩む優秀な社員です。
しかし、なかば強制的に労働組合の委員長に仕立てあげられ、持ち前の正義感から職場環境の改善に取り組んだ結果、懲罰人事としてアフリカの辺境へ飛ばされてしまいました。
10年後、ようやく日本に帰国した後も閑職に追いやられるのですが、御巣鷹山でジャンボ機が墜落する事故が起こり……。
- 著者
- 山崎 豊子
- 出版日
- 2001-11-28
1999年に刊行された山崎豊子の作品。「アフリカ篇」「御巣鷹山篇」「会長室篇」の三部構成になっていて、半官半民という特殊な組織だった日本航空と、実際に労働組合員人物への取材にもとづき、社会派小説として再構築しています。
旧態依然とした組織に徹底的に押し潰される恩地。家族までもが巻き込まれる様子に読者の心も締め付けられるでしょう。彼のもっている能力が意味もなく消費されていく痛ましさと、彼を陥れて見捨てる同僚たちの冷酷さ、腐敗した企業の体質が徹底的に描かれているのが魅力です。
御巣鷹山の事故後、恩地は新体制になった国民航空で改革に奔走。不条理と闘いながら、まっすぐに生きる姿に励まされます。社会派小説の名手ともいえる山崎豊子の代表作、ぜひ読んでみてください。
社会派小説は、重厚なテーマに感情を揺さぶられてしまいますが、その分読後の充実感もひとしお。気になった作品からぜひ読んでみてください。