美術や学術をテーマにしたミステリーから歴史小説まで幅広く書き切る門井慶喜。その作品の中には多くの魅力的な「天才」が登場します。そんな門井慶喜のおすすめ作品をご紹介します。
門井慶喜は日本の小説家です。1971年に群馬県で生まれ、幼少時に転居し、栃木県宇都宮市で育ちました。栃木県立宇都宮東高等学校を経て同志社大学文学部文化学科文化史学専攻(現・文学部文化史学科)を卒業しています。
2003年『キッドナッパーズ』でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、2006年『天才たちの値段』で単行本デビューしました。はじめての文学賞応募は2000年の創元推理短編賞だったそうです。
また、門井は、学者世界を舞台にした「コミック・ノベル」で知られるイギリスの作家デイヴィッド・ロッジや多彩な作風で「文学の魔術師」と称されたイタリアの作家イタロ・カルヴィーノのような小説を書きたいとインタビューで語っています。
物語の中の大著「日本政治史之研究」で知られる宇野辺叡古は、東京帝国大学法科大学の教授で、法律や政治だけでなく、語学、文学、史学などにも通じる、まさに「知の巨人」でもあります。そんな彼が連続殺人事件に遭遇して……。
この「知の巨人」が生まれたきっかけは「ウンベルト・エーコのような実在の人物をモデルにした主人公でミステリーを書かないか」という編集者のアイディアでした。ウンベルト・エーコはイタリアの哲学者であり、記号学者であり、小説家であり、中世研究家で文芸評論家であり、かの歴史ミステリーの名作『薔薇の名前』を書いたまさに博識の人です。
- 著者
- 門井 慶喜
- 出版日
- 2016-04-06
そのアイディアを受けて、現代小説から歴史小説に移行中だった門井は「歴史ミステリーでやらせてほしい」と答え、企画はスムーズにいったのだとか。
顔の下半分が髭の40代の貫禄ある紳士と熊本から上京した学生・阿蘇藤太を軸に展開していきますが、藤太が「ひとはなぜ学問をするのか」という疑問にいきあたるなど、とても共感が出来ます。時代設定は明治なのですが、現代にも通じる内容がたくさんあって、構えずに読めると思います。
門井もインタビューなどで「予備知識なしでもだいじょうぶ、手ぶらで読んでほしい」と言っているくらいですので、気軽に手にとってみてください。
初等部から大学院まである名門校・雄弁学園の最大の特色は、その名の通り「雄弁」なるものを学ぶということ。新任教師の能瀬雅司は、6歳から訓練を受けて大人顔負けの弁論技術を持つ生徒から難問を出されます。
- 著者
- 門井 慶喜
- 出版日
- 2013-01-16
「テレポーテーションが現実に可能であること証明してください」「海を山に、山を海に変えられることを証明してください」「サンタクロースがほんとうにいることを証明してください」の三点をつきつけられて、「雄弁」術で証明しなければならなくなります。失敗したら教師失格の烙印を押されてしまうようなピンチを、能勢はどのように乗り越えていくのでしょうか。
学園を舞台に一筋縄ではいかない生徒たちと、主役である教師を軸に展開していく、日常の謎をとく連作ミステリーです。日本推理作家協会賞短編部門候補作として選考委員の福井晴敏に絶賛された作品。ぜひ読んでみてくださいね。
伊藤博文といえば、まっさきに「初代内閣総理大臣だ!」「前の千円札だ!」と結びつくと思いますが、そんな硬いイメージの彼の青年期をさわやかに描く一代記です。
- 著者
- 門井 慶喜
- 出版日
- 2016-07-23
「俊輔」とは伊藤博文の幼名です。「俊輔」は、周防の百姓の生まれなのに、武士に憧れ、更に一国の宰相となりたと大胆な夢を抱いていました。生まれ持ったひさむきさや明るい性格をもって、好奇心いっぱいに動乱の幕末を生きる「俊輔」に、吉田松陰、高杉晋作、桂小五郎、坂本龍馬などの志士たちが引き寄せられてきて……。
物語は伊藤博文がハルピンに行く少し前からはじまるのですが、1909年にハルピン駅で暗殺されてしまうことを考えると、切ない「序」となっています。その構成の妙に門井慶喜の力量を感じます。
歴史上にいる初代内閣総理大臣としての伊藤博文ではない、一人のまっすぐな若者「シュンスケ」の青春。おすすめです!
絵画をみたときに、贋物なら苦味を感じ、本物なら甘みをおぼえるという「舌」を持つ天才美術コンサルタントの神永美有が、女子短大の美術講師である佐々木昭友とともに美術鑑定にまつわる難題にいどんでいく4編の連作が収録されています。
- 著者
- 門井 慶喜
- 出版日
- 2010-02-10
美術の教科書にも載っていそうなボッティチェッリやフェルメールの名画がつぎつぎと登場し、その絵を表現する文章が実に美しくみごとです。未知の絵であっても、ちゃんと脳裏にイメージが浮かびます。門井慶喜の語彙が豊富さを改めて感じます。
更に真贋を判断できるという美有の「舌」をうまく使っていて、読んでいてうっかり煙に巻かれてしまいました。神永と佐々木の軽快なテンポを楽しみつつ、ミステリーとしてもかなり読みごたえがあります。
絵画が好きなひとにはもちろん、あまり興味がないひとにもおすすめできる1冊です。きっと絵に興味が出ますよ。
国民的作家である宮沢賢治の一生涯を賢治の父、政次郎の視点で描いている力作です。明治時代の父親らしく厳格であろうとする政次郎ですが、子供たちへ慈愛に満ちた行動が多く心が温まる1冊です。
- 著者
- 門井 慶喜
- 出版日
- 2017-09-13
宮沢家は岩手の花巻で有数の商家で、賢治の父の政次郎は祖父の代から続く質屋を継いだ家長です。当時の家長とは家を守るために常に威厳をたもち、笑顔を見せず、嫌われ者を引き受けなければいけない存在でした。
賢治はそんな商家の長男として生まれました。政次郎は賢治を質屋の跡取りとして厳しく育てなければいけません。しかし、政次郎はそれ以上に父親としての愛情に満ちていました。賢治が赤痢にかかった時には病院に泊まり込んで自ら看病をしますし、祖父から質屋に学問は必要ないと言われる中で賢治が望む中学進学と実業専門学校進学を叶えてやります。卒業後も政次郎は自分の希望に反する道を行く賢治の活動を精神面・金銭面で支えながら見守り続けるのです。
そんな父親のもとで、賢治が偉大な父を越えられないことに悩みもがきながら、最愛の妹の病死も経験して、童話の執筆までたどり着き生涯をとげる姿を描く物語です。
父政次郎が自分の希望に反する道を進む子どもたちに悩み、時に呆れながらも、子供たちに好きなことをさせて愛情を持って見守り続ける姿に心打たれます。
また、この作品で宮沢賢治の生い立ちや生きた時代背景、性格、苦悩、生きざまが描かれているので、宮沢賢治作品の世界観の原点がつかめます。この作品を読んだあとに、宮沢賢治の詞や童話に触れたらより理解が深まるでしょう。
物語は、天正18年夏、小田原攻めの最中、徳川家康が関白・豊臣秀吉から北条家の旧領地である関東8ヵ国を譲り受けるというシーンからからはじまります。現在の所領である豊かな駿河、遠江、三河などの東海5ヵ国と、広大な湿地ばかりが広がる関東との交換を家康は悩みながらもなぜか受け入れるのです……。
- 著者
- 門井慶喜
- 出版日
- 2016-02-09
水はけが悪い未開の地・江戸で、秀吉のいやがらせを受け入れて現代の東京の基礎ともなる街づくりをおこなえた家康は、天下を取って戦乱の世を宥め、そのあとに300年もの長きに続く太平の世を作り出せる器の人物だったのだと、彼の手腕が感じられる1冊で、2016年の直木賞候補作にもなっています。
身内でさえ敵となるような戦乱の世にあって、幼き日を人質で我慢し続けた徳川家康の賢さ、強さを痛感します。生き残るための巧みな選択をできなかった豊臣側と、ついつい比較してしまいます。
なにもない辺鄙な場所だった関東を、活気溢れる「江戸」に作り上げていく家康を思わず応援したくなる作品です。歴史小説が苦手でも、まったく気になりませんので、ぜひぜひ読んでみてくださいね。
少しずつ歴史小説の分野にスライドしている門井慶喜。どのジャンルを描いても痛快で魅力的な天才が登場するので、どの「天才」が好きか、探しながら読むのも楽しいと思いますので、是非いろいろ読んでみてくださいね。