いまもなお愛され続ける夏目漱石は、処女作の『吾輩は猫である』から遺作の『明暗』まで、数多くの名作を残しました。この記事では、そんな漱石をリスペクトし執筆されたオマージュ小説を紹介していきます。原作と読み比べて楽しんでみてください。
夏目漱石の書いた『吾輩は猫である』のラストシーンで、酔っぱらってしまった猫は甕の中に落ちてしまいます。本作は、その後の猫のお話です。
意識を取り戻した猫が甕から這い上がると、そこは1943年になっていました。英語教師の苦沙弥先生ではなく、ドイツ語教師をしている五沙弥先生の家に上がり込み、原作同様五沙弥家に集まる風変りな人々の珍妙な会話を猫の視点から観察していきます。
- 著者
- 内田 百けん
- 出版日
- 2003-05-01
夏目漱石に師事した内田百閒が、ユーモアたっぷりに描き出す『吾輩は猫である』をオマージュした続編的立ち位置の作品です。
原作の『吾輩は猫である』では名前が付けられていなかった猫ですが、本作では「アビシニヤ」という名前が付けられていました。また完全に漱石の文章を模した作品ではなく、内田百閒の言葉で綴られているのもポイント。社会風刺などはみられず、会話文が多くて読みやすい印象です。
『吾輩は猫である』のオマージュ作品は数多くありますが、そのなかでも読んでおきたい一冊でしょう。
本作も『吾輩は猫である』をオマージュし、甕に落ちてしまった猫が生きているという設定で話は進んでいきます。しかし物語の舞台は苦沙弥家ではなく、上海です。猫は上海行きの船の上で目を覚まします。
そうして辿りついた上海で、野良猫として生きることを余儀なくされるのですが、フランスのシャム猫伯爵や、ドイツ軍人の将軍猫、ロシアの白猫マダム、ホームズとワトソンなど、個性豊かな友人に出会います。
そんなある日、偶然目にした古新聞に、かつての飼い主である珍野苦沙弥の撲殺事件が掲載されていました。猫は、国際色豊かな仲間たちとともに事件の謎を追うことにします。
- 著者
- 奥泉 光
- 出版日
- 2016-04-05
本作の魅力は、何といっても夏目漱石の文体までも模倣をし、世界観を近づけているところでしょう。また『吾輩は猫である』だけでなく、『夢十夜』など他の漱石作品のオマージュも取り入れられています。
さらにそれだけでは飽き足らず、ホームズとワトソンが登場することからもわかるように、漱石とほぼ同時代に活躍したコナン・ドイルの「シャーロックホームズ」シリーズからもエッセンスを取り入れているという手の込み具合。思わず感心してしまいます。
猫たちのくり広げる熱い推理合戦を、ぜひ楽しんでみてください。
夏目漱石の遺作『明暗』は、新聞上での連載中にに漱石が亡くなったため未完の作品。本作は、作家の水村美苗が『明暗』の続きを書き、完成させたものです。
物語は、『明暗』のラスト、津田と清子が再会する場面から始まります。しばらくは当たり障りのないやり取りをするのですが、2人きりになったタイミングを見計らって、津田は清子に自分を捨てた理由を問いただすのです。
雲行きが怪しくなってきたちょうどその時、津田の妻であるお延がやってきて……?
- 著者
- 水村 美苗
- 出版日
- 2009-06-10
夏目漱石の未完の対策の続編、という大物に果敢に取り組んだ水村美苗。なんと本作がデビュー作で、「芸術選奨新人賞」を受賞しました。
言葉の選択や言い回しなど、オマージュという言葉が当てはまらないほど緻密に漱石を表現していて、そのクオリティにはただただ脱帽。作者の、漱石に対する愛情の大きさを感じられます。
もちろん物語としても面白く、原作の伏線を回収しながらもドラマティックな展開があり、それでいて登場人物たちの行動に違和感がないのが魅力的です。
大学生の菊人は、姉を通じて作家の彼岸先生に出会います。彼岸先生は妻がいるにも関わらず、多くの女性と関係をもつ人物。菊人はそんな先生に憧れて、師と仰くようになるのです。
漱石の『こころ』では、先生からの私へ手紙が送られ、そのなかで先生の過去が語られますが、本作ではフィクションであることが明記された彼岸先生の日記がその役割を果たします。
菊人のもとへ届けられた彼岸先生の日記には、いったい何が綴られていたのでしょうか?
- 著者
- 島田 雅彦
- 出版日
菊人の目線で語られる彼岸先生との出会いや、先生の過去の独白ともとれる日記など、夏目漱石の『こころ』の構成をオマージュしている作品です。
ただ本作のポイントは、物語の終盤で菊人が日記を読み終えた後、後日談が語られるところ。今度は彼岸先生が、「拝啓 彼岸先生」と始まる手紙を受けとることになります。果たしてどんなことが書いてあったのでしょうか。
物語は夏目漱石の『坊っちゃん』で描かれた時代の数十年後、うらなりこと古賀が、山嵐こと堀田と東京で再会するところから始まります。
話は自然と過去の回想となり、うらなり目線で見た松山が語られることに。彼の目に、坊っちゃんや山嵐、マドンナはどのように映っていたのでしょうか。
- 著者
- 小林 信彦
- 出版日
- 2009-11-10
『坊っちゃん』のなかでは目立たない存在の「うらなり」を主人公にした作品です。「菊池寛賞」を受賞しました。うらなりは婚約者のマドンナを赤シャツに奪われ、延岡へ転勤を余儀なくされた人……くらいの印象しなない方が多いのではないでしょうか。
自分の意見を口に出すことが少なかった彼の内面にスポットを当てることで、原作である『坊っちゃん』の魅力もまた際立つように感じます。
真摯な文章は夏目漱石へのリスペクトを感じられ、どこか厭世的で切なさを醸し出す本文はもちろん、漱石への想いが書かれた巻末の「創作ノート」も一見の価値ありです。
ひょんなことから大学の研究室を追われ、奈良の女子高に赴任することになった主人公の「おれ」。最初の授業日に遅刻をしてきた堀田いとが、悪びれることもなく言い訳をしてきたため、学年主任に相談をします。指導を受けた堀田と「おれ」の関係は、ますます険悪になってしまいました。
そんなある日、近くの神社で人の言葉を話す鹿から脅されるような形で、あるものを手に入れるという任務を任されたのですが……。
- 著者
- 万城目 学
- 出版日
夏目漱石の『坊っちゃん』同様、本作の主人公は最後まで名前が出てきません。そのほか町中での行動を黒板に書かれるエピソードや、マドンナというあだ名をつけられる先生が登場したりと、ところどころにオマージュの要素が散りばめられています。
青春、歴史、神話、ファンタジーなどたくさんの要素がこれでもかと詰め込まれているにも関わらず、不思議と違和感なく読み進められるのが魅力的。原作の『坊っちゃん』を知らなくても十分に楽しめるでしょう。