過激な人物や性描写を描き度々話題になる漫画家・山本直樹。そんな彼の世界観を詰め込んだ短編集『学校』の中に、今回ご紹介する「ファンシー」は収録されています。 ペンギンを主人公にしたシュールな世界観が特徴で、2020年に実写映画が公開されることになって再び注目を浴びている本作。この記事ではそんな「ファンシー」のあらすじと魅力、原作を踏まえた映画での注目ポイントの考察をお伝えします。
山本直樹の「ファンシー」は、短編作品です。『学校』という単行本に収録されているうちの1編なのですが、その世界観はとてもシュール。まず、主人公がペンギンなのです。
ペンギンは特に理由もなく詩人をやっていました。ある日、そんなペンギンのもとへ、ファンを名乗る女性が突然現れます。彼女は自分が熱烈なファンであることを告げ、妻として一生ペンギンの側に置いてほしいというのです。
しかし、何しろ主人公はペンギンです。女性の心はしだいに彼から離れ、やがてペンギンとも顔見知りの郵便屋との恋におぼれるようになっていきました。
主人公がペンギンという人外の設定でファンタジックではありますが、内容はリアル。恋愛において誰しも感じたことがあるであろう、孤独や理解について描かれます。心にじわじわと沁みてくるようなペースで進む、シュールな物語が原作の魅力なのです。
ちなみに「ファンシー」の映画版が気になる方は、予告編もありますので、どんな世界観かを動画で見ておくのもおすすめです!
原作では、主人公の詩人がペンギンでした。どうやって彼が詩人になったのかなどは謎のまま、とにかくペンギンが詩人として活躍している世界の話です。
このペンギンは、あとがきにて大正時代の詩人がモデル、とされており、読者の間では、横瀬夜雨という詩人がモデルにといわれています。
横瀬夜雨というのは明治から昭和にかけて生きていた詩人で、幼い頃にわずらった病気で脊椎が曲がっていました。それが原因で学校生活になじめなかった一方、若くして詩人としての才能が開花し、活躍を始めます。
その浪漫的な詩は多くの女性を魅了し、夜雨の家には次々に女性ファンが集まってくるようになりました。そのなかの数名は、妻になりたいと宣言するほど。
しかし、病気をわずらう夜雨の姿を見た女性達は、それまでの熱狂はどこへ消えてしまったのか、さっさと彼のもとから去っていってしまったのです。これらの様子は、横瀬夜雨の生涯をたどった『筑波根物語』という書籍に記されています。
- 著者
- 水上 勉
- 出版日
- 2006-08-25
本作でも、主人公の詩に憧れた女性ファンが突然押しかけてきて、一緒に暮らし始めます。しかし、ペンギンの主人公は女性の望む愛を与えてあげることができません。
触れ合いもせいぜい手を握るくらいで、体を重ねるということはできません。そんな主人公を前に、結局、女性は心変わりをしてしまうのです。
そのストーリーに、夜雨の境遇と重なるものを感じる方が多いのが、彼がモデルと噂される理由ではないでしょうか。夜雨は病気のために人と異なる部分がありました。その特徴が、本作ではペンギンという形で表現されているのかもしれません。
モデルとなった横瀬夜雨のことを知ることで、本作のシュールな世界観を理解する手助けにもなるので、興味のある方は『筑波根物語』などを読んでみるのもいいかもしれません。
すでにご紹介した通り、原作の「ファンシー」の主人公はペンギンです。詩人として活動する彼のもとへファンを名乗る女性が現れ、共同生活を始めるところから物語はスタートします。
女性は詩人のペンギンに憧れを抱いており、それは、自らを妻として一生ペンギンの側に置いてほしいと頼みこむほど強いものでした。しかし、いざ一緒に生活をしてみると、女性のその強い思いはしだいに空回っていきます。
- 著者
- 山本 直樹
- 出版日
- 2006-03-21
何しろ相手はペンギンなので、同じベッドで眠ってもコミュニケーションといえば手を握るくらい、お湯も苦手でお風呂はいつも水風呂、外出は暑すぎてできない、といった調子です。
その人間とペンギンという違いが、女性の心を彼から離していってしまったのでした。彼女は、ペンギンとの溝を、共通の友人である郵便屋との情事で埋めようとするのです。
同じ人間同士でも、違う場所で生きてきた他人同士が分かりあうことはとても難しいことではないしょうか。そんな違いを、本作ではペンギンと人間という表現で描いています。
理想と現実のギャップ、周りと違うことへのコンプレックス、そして違うもの同士が分かりあうことの難しさ……。真剣に恋愛をしたことのある人ならば、共感する部分の多い内容が本作の魅力といえるでしょう。
映画版の『ファンシー』では、原作の魅力を踏襲しつつも、オリジナルの設定や世界観を変更している部分もあります。
まず気になるところといえば、主人公のペンギンですよね。どうやって実写化するのだろうと思うところですが、映画では、窪田正考が人気ポエム作家として演じることになっています。もちろん人間の役ですが、どうやら「ペンギン」と呼ばれているようです。
ペンギンの友人の「郵便屋」は、映画では彫師としても働いている男です。何だかんだ一番くえないタイプのキャラクターで、その雰囲気がより一層強調されているように感じられます。
そして原作では押しかけ女房のようなことをしている女性ファンは、原作と同じくペンネームの「月夜の星」と呼ばれ、ペンギンのことを盲目的に崇拝しています。
またキャラクターだけでなく、映画の主人公がペンギンではなく、友人の郵便屋になっているのも大きな違い。
映画では、この3人の奇妙な三角関係をメインにしながらも、舞台となる温泉街でのヤクザの抗争なども描かれます。怪しい郵便屋が主人公ということで、官能的でバイオレンスな世界観となっているようです。
すでに公開されている予告映像からも、「月夜の星」の絡む濡れ場や暴力、入れ墨を入れるシーンなどはかなり過激なものになりそうな感じが読み取れます。
原作とはまた違う愛と、原作にはない暴力がどのように描かれるのか、とても興味深いですね。
原作の「ファンシー」は、『学校』という単行本に収録されている一編です。この短編集には「ファンシー」他にも、童貞のまま新婚初夜を迎えた男を描く「素晴らしき新婚旅行」や、鳥男と母娘を描いた「鶏男」など数編の短編漫画が収録されています。
- 著者
- 山本 直樹
- 出版日
- 2006-03-21
なかでも、タイトルにもなっている「学校」は、同じ時間の同じ学校内で起きている生徒達の話を同時進行で描いているユニークな作品です。
お金を出せば誰とでもセックスをすると噂の少女Aと彼女にお金を渡す少年G、少女Aの噂をばらまく少女D。少年Bは少女Fとセックスがしたいと思っていて、少女Fは少年Bの歌が聴きたい。少年Cはいじめの原因追及をしたい母親と学校にやってくる……。
これ以外にも様々な考えを持っているキャラクターが十数人以上登場します。しかもそれぞれのストーリーが特別に繋がっているわけではなく、ただ同時に進んでいくのです。
物語としては同じ時間と空間を共有していますが、キャラクターの視点から見るとまったく違う時間や空間があります。それぞれが同じ空間にいるのに違う世界に生きているような、不思議な感覚になれる作品です。
全体的には、山本直樹らしい不条理でシュールな空気感で満たされているので、山本直樹作品の雰囲気が好きな方は要チェックの1冊です。 映画「ファンシー」を見る前に、原作の世界観を味わっておくと、より一層楽しめるはずですよ。
いかがでしたか? 山本直樹は連合赤軍を描いた『レッド』なども有名です。過激な描写もその特徴としてあげられることの多い作家ですが、その奥には人間の本質が描かれているようにも感じられます。映画が公開される前に、そんな山本直樹の作品をチェックしてみてはいかがでしょうか。