古くから伝わる神道や仏教の教えを、特に意識をしないまま守り続けてきた日本人。そのせいなのか、救済を求める人の多くが新興宗教に流れていく傾向があります。この記事では、宗教を題材にした小説のなかから特におすすめのものをご紹介。隠れた名作やベストセラーなど、興味の湧いたものから読んでみてください。
主人公の山崎は、大手証券会社に勤めるエリートサラリーマンでしたが、あることをきっかけに失業。妻も家も失い、借金取りに追われるホームレスに転落します。所持金はわずか3円の極貧です。
路上で生活をするなかで、美形の高身長で独特のオーラを放つ仲村というホームレス、辻占い師の龍斎と出会います。そして仲村を教祖、龍斎を参謀にして、新興宗教「大地の会」を興すことを考えつくのです。
- 著者
- 荻原 浩
- 出版日
- 2013-11-15
2010年に刊行された荻原浩の作品。ビジネス社会を描くのが得意な荻原の本領が発揮され、「直木賞」にノミネートされました。カルト宗教の成り立ちはもちろん、ホームレスたちの様子を緻密に描いている点でも高い評価を得ています。
仲村のもつカリスマ性、龍斎の読心術、そして山崎の営業力がピタリとはまり、「大地の会」の信者はどんどん増えていきました。ところが組織が肥大化すると派閥ができ、意見の衝突が起こり、信者たちをコントロールするのが難しくなっていくのです。
自分の意志とは関係なく動き出す組織の恐ろしさや、人間の欲深さは、読んでいて空恐ろしさすら感じるもの。再び窮地に追い込まれた山崎は、どうするのでしょうか。
1984年の東京。スポーツクラブでインストラクターをしている青豆は、「証人会」という宗教を熱心に信仰する家庭で育ちました。その後は両親と決別し、いまは裏家業として、DV加害者を暗殺する仕事をしています。
ある時、宗教団体「さきがけ」にまつわる事件に巻き込まれ、命を狙われるなか、自分の知っている世界と今いる世界が微妙に異なっていることに気付きました。今いる世界を、パラレルワールドの「1Q84年」と名付けます。
同じ頃、青豆と小学校の同級生だった天吾は、「さきがけ」に父親を殺されて逃走していた少女、ふかえりとともに小説を書き、ベストセラーを生み出します。しかしある時空に浮かぶ月が2つあることに気付き、今いる世界が自身が手掛けた小説の世界とそっくりなことを知るのです。
- 著者
- 春樹, 村上
- 出版日
2009年から2010年にかけて刊行された村上春樹の長編小説です。ファンの要望に応えて事前の情報公開がないまま販売され、「BOOK1」「BOOK2」「BOOK3」すべてミリオンセラーという快挙を成し遂げました。
「さきがけ」という宗教団体を軸にして、青豆と天吾の物語が交互に綴られる構成で、2人の物語は時おりシンクロしていきます。
作中で登場する宗教は、すべて実在する団体がモデルになっているのも特徴。音楽や歴史、SF、恋愛の要素など村上文学独特の味付けもされ、何重にも折り重なった奥深い物語です。
大勢の人が行き交う渋谷のスクランブル交差点で、無差別爆弾テロが発生。一瞬にして数百人の命が奪われました。
事件が起こったのは、新興宗教「メシア神道」の教祖に死刑判決が下った直後のこと。刑事の鳴尾良輔が、テロの実行犯である照屋礼子の存在を突き止めます。
- 著者
- 野沢 尚
- 出版日
- 2004-09-14
2002年に刊行された野沢尚の作品。「江戸川乱歩賞」の候補になったものの、実在するオウム真理教をモデルにしていたために受賞を逃したといわれている、いわくつきの傑作です。
物語は、実行犯である照屋礼子の手記というかたちで進んでいきます。もともと礼子は、教団を探るために送り込まれた公安の捜査員でした。鳴尾は真相を知られたくない公安から、捜査の妨害を受けます。
一方の鳴尾も、妻が殺人罪で刑務所に収監されているという複雑な状況。取り調べをしているうちに恋に落ち、獄中結婚をしたのです。重罪を犯しているからなのか、妻は神懸かった勘をはたらかせ、夫の捜査に協力します。
作者の野沢は脚本家としても活躍していて、映像が目に浮かぶような文章を得意としています。凄惨なテロ現場、緊迫の爆弾処理、ワケあり刑事の追及劇と追い詰められる犯人など、手に汗握る展開が続く一冊です。
主人公の結木輝和は、豪農の跡取り息子。しかし40代になっても冴えなく、嫁探しに困り、ついにはネパール人女性のカルバナタミを金で買い結婚しました。輝和は、妻となった彼女のことを理解しようとせず、「淑子」と初恋の相手の名前で呼び、暴力までふるう始末です。
やがて彼女の周りでは不思議な出来事が頻発し、淑子は周囲から「生き神」として祀りあげられるようになります。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
- 2002-10-10
1996年に刊行された篠田節子の作品。「山本周五郎賞」を受賞しました。
神となった淑子は新興宗教を形成し、ご神託に従って貧しい者に輝和の財産をバラまいていきます。俗世の象徴のような家で生まれ育った輝和も、自らの業から逃れたい思いもあったのか妻に従い、全財産を費やすのです。
やがて一文無しになると、日本での役割を終えたと言わんばかりに淑子は姿を消しました。失踪した妻を探して輝和はネパールに行き、未開の奥地をさまよったすえに神の山ゴサインタンの麓に辿り着きます。
何もかもを失って神の山と呼ばれる辺境へ行き、そこで初めて生きる意味を悟る輝和の姿が感動的。自然と宗教と文化が絡み合う壮大な物語で、読後も心に余韻が残るでしょう。
主人公は、アフリカの呪術医を研究している大生部多一郎。超能力ブームにあやかってテレビ番組に出るようになり、タレント教授の地位を獲得した少々うさん臭い男です。
しかし家族で訪れた東アフリカの村で長女を亡くしてから、大生部は酒に溺れ、妻は新興宗教「聖気の会」にのめり込んでいきました。
- 著者
- 中島 らも
- 出版日
- 1996-05-17
1993年に刊行された中島らもの作品。「日本推理作家協会賞」を受賞しました。
あぐらをかいたまま宙に浮くなど、「聖気の会」が信者に見せていたのはただのトリックだと見破った大生部。宗教にはまってしまった妻を奪還するために、奇術師のミラクルとともに動き出します。
その後はテレビ番組の企画で、再びアフリカに。呪われた村「クミナタトゥ」を訪れるもののバキリという呪術師に呪いをかけられてしまうのです。番組の関係者が次々と死ぬ事態になり、ミステリー調だった物語はスプラッタホラーさながらの展開に。ラストはバキリが東京にやって来て、大生部と直接対決。テレビ局で異能者バトルが実現します。
宗教や呪術、民俗を扱いつつも、エンターテインメントへのこだわりも強く感じられる一冊。3巻までありますが、読み始めたら最後まで止まることができません。
時は1931年。母親の遺骨を抱えた少年、千葉潔が極貧の東北地方から旅立ち、「ひのもと救霊会」の本部がある京都を訪れるところから物語は始まります。
「ひのもと救霊会」は全国に100万人の信徒を抱えていた宗教団体ですが、戦時下で弾圧を受け、邪宗門、すなわち邪教として壊滅していく様子が描かれていきます。
- 著者
- 高橋 和巳
- 出版日
- 2014-08-06
1966年に刊行された高橋和巳の作品。戦前に実際に起きた、日本政府の宗教弾圧「大本事件」をモチーフにしています。
天皇君主制と距離を置く教団が、戦前の日本社会から受ける弾圧は凄まじいもの。作者は多数の登場人物を弾圧の嵐の中に投げ込んで、それぞれの闘いと人間模様を描いています。
主人公の潔少年は、憂いがあって女心を惹きつける魅力があり、教主の娘姉妹をはじめ登場する女性たちから好意を寄せられます。戦後は3代目の教主に指名されるのですが、再び弾圧を受け、教団はやがて壊滅へ……。
昭和初期の日本と、宗教の社会性を考えさせられる一冊です。