「オリシャ戦記」大人こそ読みたい、差別を描くファンタジー【ネタバレ注意】

更新:2021.11.20

『オリシャ戦記 血と骨の子』は、ナイジェリア系アメリカ人作家トミ・アデイェミによる児童文学作品です。 差別や迫害、人間の持つ闇や醜さを生々しく描いた本作品は、児童文学というジャンルながら、大人が読んでも楽しめる深い奥行きを持っています。搾取される理不尽に抗い、尊厳の解放を求めて戦う少女の物語は、ドラマチックで思わず引き込まれる魅力を放っているのです。

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『オリシャ戦記 血と骨の子』が面白い!児童向けファンタジーながら、重厚!【あらすじ】

魔法を扱える者・魔師と、魔力を持たない者・コスィダンが共存していたオリシャ王国。しかし11年前、国王・サランは魔法と魔師を憎み恐れ、彼らの力を奪って魔師をみな殺しにしてしまいました。

それ以来オリシャでは、魔師となる可能性を秘めた「ディヴィナ」と呼ばれる白髪の子供たちは皆、迫害を受けてきました。

ディヴィナの少女・ゼリィは、かつて魔師として殺された母の復讐を胸に秘め、過酷な現実を父、そして兄・ゼインとともに助け合いながら生きてきました。しかし王の娘・アマリと出会い、彼女を助けた事で彼女の運命はさらに過酷なものとなっていくのです。
 

魔師に魔法の力を取り戻す巻物の存在。そしてそれを父王から奪い取って逃れてきた王女・アマリ。巻物に触れ、魔法を得たゼリィは仇の子であるアマリに反感を抱きつつも、彼女と行動をともにします……。

妹を追う兄王子・イナンは、魔法は悪で王国の敵だという父の言葉を盲信しており、アマリを救い、彼女をたぶらかしたディヴィナ、ゼリィを殺そうと迫ります。

巻物の秘密を知るため、伝説の神殿を探して旅立つゼリィたち。その旅路は、虐げられた魔師たちにもたらされた最後の希望、魔法の復活を賭けた戦いへと続いていくのでした。オリシャ王国を舞台に、失われた魔法を取り戻すための過酷な冒険の旅が幕を開けます。

著者
トミ アデイェミ
出版日
2019-05-20

2019年にアメリカのSFファンタジー作品を対象としたネビュラ賞のヤングアダルト部門、アンドレ・ノートン賞を受賞した本作品。2019年にはウォーターストーンズ児童文学ヤングアダルト部門を受賞するなど多数の賞を受け、20世紀フォックスが映画化権を獲得しました。

買収によって20世紀フォックスが消滅したその後は、ルーカスフィルムが映画化権の獲得に意欲を見せているとの情報もあり、映像化についてもまだまだ希望が持てる注目の作品です。3部作完結を予定しているという本作。今回ご紹介するのはその第1巻で、2019年の12月には原書第2巻が刊行の予定とされています。

西アフリカ神話をベースに作り込まれた神々、ナイジェリアのヨルバ族の言語、ヨルバ語を使った魔師の呪文。その深い世界設定はファンタジー好きの心をくすぐります。

そして描かれる差別、権力者による圧政と迫害とに抗うマイノリティの戦い……。テーマの重さに、これは本当に児童文学だろうかと驚きを隠せません。

思わず大人も引き込まれてしまうほど重厚な物語は、スピーディでドラマチックな展開が、重みのあるテーマをぐいぐいと引っ張って読み進められる構成になっています。1巻ラストの展開も衝撃的で続刊が待ち遠しく、長く楽しめる予感が持てる作品です。

 

作品の見所をモデルから解説!ヨルバ族の文化

ヨルバ族とはアフリカ、ナイジェリアの主要民族の1つ。ナイジェリア系アメリカ人である作者は、旅先のブラジルで見たアフリカの神や女神の美しい描かれ方にインスピレーションを受け、西アフリカにルーツを持つ物語を書きたいと感じたのだそうです。

そしてそれは、本作品の魅力の1つと強く感じられる要素として物語の中に息づいています。ヨルバ族の文化を感じられる、独創的で濃密な世界観は完成されたファンタジーとしての魅力に溢れているのです。

ヨルバ族といえば、ビヨンセのミュージックビデオで一躍有名になったナイジェリア出身のアーティスト、ラオル・センバンジョのアート作品などが思い出されかもしれません。ヨルバ神話のアートはいま、世界を引き付ける魅力を示しているのです。

目新しいヨルバ神話アートの独特な美しさを思い浮かべつつ、登場する装いや装飾品、食べ物、武器に建築と、想像力を駆使して本作品を読み込むのも面白いかもしれません。

映像化の話も持ち上がっているということで、いつかこの独自の美しさを視覚的に楽しめるようになる日を、待ち遠しく感じてしまいます。

作品の見所をモデルから解説!「ハリーポッター」などの西洋ファンタジーからも影響された?

 

高い完成度を持つ『オリシャ戦記』の世界。作者・アデイェミは、何を源流としてこれほど魅力的な新しい世界を創造するに至ったのでしょうか。実は、意外な作品からもインスピレーションを受けているのだそうです。

そのうちの1つがJ.K.ローリングのファンタジー小説「ハリー・ポッター」シリーズです。少し共通点を考察してみましょう。

ハリーとゼリィは、同じように虐げられた環境から魔法によって脱却していく主人公です。また、受け継がれ続ける魔法使いの血を持ち、運命の子、他の魔法使いの命運を背負った子供という位置付けも類似性を感じさせます。

また、もっと大きなところでいうと、ヤングアダルト小説という枠組み、子供たちの気付きと成長の物語という点も共通しているでしょう。良質のファンタジーという以外にも、2つの作品は多くの人々から比較されています。

 

著者
トミ アデイェミ
出版日
2019-05-20

 

そして本作品が受賞したアンドレ・ノートン賞は、過去にJ.K.ローリングも『ハリー・ポッターと死の秘宝』で受賞しています。本作品が西洋ファンタジーと同じ土俵で評価されていることは、翻訳者・三辺律子が訳者あとがきで「ハリー・ポッター以来のファンタジー大作と言われる」と言及している事からも感じられるのではないでしょうか。

また本作品のテーマである差別の問題も執筆にあたって強く意識されています。映画『ハンガーゲーム』の公開後に起こったことも本作品執筆の原動力となっていたようです。

映画『ハンガーゲーム』では、原作ファンと称する一部の人々から人種差別ととらえられても仕方のないような意見があがったとされています。そういった意見への反発も、ストーリーからエネルギーを感じさせるゆえんなのかもしれません。

 

作品の見所をモデルから解説!西アフリカの神話

あまり馴染みのないと感じる方も多いかもしれない西アフリカの神話。それらをベースに創造されたオリシャ王国の神話、歴史、神々は、思わずルーツを探ってみたくなるような、奥行きと魅力を感じさせてくれます。本作品に登場するモデルではないか、と思われるあれこれを、ほんの少しですがご紹介いたします。

ブラジルのサルバドールで西アフリカの神話、宗教、文化について学んだという作者・アデイェミ。西アフリカのヨルバ人の神話・伝統宗教、そしてその影響を受けてアフリカ外で成立した諸宗教では神々や精霊の事を「オリシャ」と呼ぶのだそうです。そう、『オリシャ戦記』のオリシャです。

ヨルバの伝統を継承しているとされるブラジルの、ナイジェリア系民間信仰の1つ「カンドンブレ」でも神々をオリシャと呼び、それぞれのオリシャには自然現象や色などが割り当てられています。

作中でゼリィの魂は「潮の香り」がし、「刈る者」の魔法はラベンダー色の光、イナンが操る「結ぶ者」の魔法はターコイズ色の雲と表現されます。カンドンブレの神々は、魔法ごとに特有の色や匂いで表現され、オリシャ戦記の魔法のルーツを感じさせるものです。

物語中では、十の神々と十の部族(クラン)について語られますが、魔師はそれぞれ己の魔法とそれらを司る守護神を持っています。主人公の1人ゼリィは「オヤ」と呼ばれる生と死を司る女神の力をふるう魔師。

このオヤのモデルはおそらく、カンドンブレでいう女神「イアンサン」だと推察されます。イアンサンは別名をオヤといい、風と稲妻、嵐の女神で亡くなった人の魂の守り手でもあるといいます。

情熱的で冷酷な厳しさを持つ知的で美しいこの女神は、邪悪や不正を断固粉砕する戦争の神でもあるのだそう。弾圧に屈しまいと戦うゼリィの姿に、どこか重なる部分が感じられます。

知らなくても楽しめる、けれど知っていればより楽しいと感じるルーツの話。少し調べただけでも、西アフリカ神話や関連する宗教に多くの共通点がみられるオリシャ戦記の世界は、読後にそのルーツを探すという新しい楽しみを提供してくれるのではないでしょうか。
 

作品の見所をモデルから解説!ブラック・ライヴズ・マター

作者・アデイェミは、本書のあとがきで述べているように、アメリカで実際に起こった事件に涙を流し、その事件が本作品を執筆する動機の1つとなったとしています。
 

Black Lives Matter(ブラック・ライヴス・マター)とは、黒人に対する暴力や形式的な人種差別の排斥を訴える国際的社会運動の1つです。

直訳すれば「黒人の命も大切だ」といった意味になり、通称BLMと呼ばれています。アメリカ・フロリダ州で黒人少年が白人警官に射殺された事件に端を発しています。特に白人警官による無抵抗な黒人への暴力や殺害などへの不満を訴えている運動です。
 

作品のなかでコスィダン、特に王国の兵士たちは魔師の卵・ディヴィナを迫害し、理不尽に貶めようとします。ウジ虫と呼び、暴力をふるい、重税や搾取を行います。それゆえに民間の人々もディヴィナたちを敬遠し、彼女は人々の中で孤立してしまうのでした。
 

肌や髪の色の違い、奴隷と為政者……。同じ人間とは思えないような差別に屈しまいと戦うゼリィの姿は、果敢で無謀で、時に痛ましさをも感じます。

アデイェミは、人種差別主義者にも面白いと思ってもらえるものを書きたいと言及しています。様々な価値観が対立し、交錯していくストーリーは、そんな思いを映し出しているのでしょうか。

また、魔師を虐殺した王の息子・イナンの葛藤と成長は、人種差別主義者のひとつのモデルケースのようにも感じられます。

ディヴィナに対する差別を当然としてきた彼は、物語の中で魔師として魔法に目覚めることとなります。狩る側から、狩られる側になることで、迫害されてきたゼリィたちの苦しみや哀しみ、そして恐怖の一端を肌で感じるのです。

盲信してきた父の行動に対する不審、敵であるはずのゼリィの苛烈で美しい魂に触れて芽生える恋情、魔師として目覚めた自分を父に知られたら殺されるのではないかという恐怖……。葛藤と苦悩の中で、1つの価値観に凝り固まっていた彼は、大きく視野を拡げ成長していくのです。

この物語で描かれる差別に理不尽や憤りを感じること、そして差別について知る、考えること。そういう体験を通して、差別に対する認識を改める一助になればという作者の思いが感じられます。
 

『オリシャ戦記 血と骨の子』の結末から感じることとは【ネタバレ注意】

 

巻物によって得られた魔法は、夏至までに神器を揃えて儀式を行わなければ消えてしまう……。

伝説の神殿でそのことを知ったゼリィたちは、失われた魔法を完全に取り戻し、虐げられた魔師を解放することを望みます。

そんななか、追手であるイナンは自身に魔師の能力が目覚めたことから、複雑な思いで魔法への反発を強くします。しかし互いの意見をぶつけ合い、ゼリィたちの本当の姿を知るなかで、しだいに彼女たちに心を寄せていくようになるのでした。

そしてイナンは、ゼリィの側で、魔師とコスィダンが手を取り合い共存する希望に満ちた未来の夢を見始めます。しかし、魔師の強大な力を恐れる心と父王への思いは根深く、葛藤は終わりません。

 

著者
トミ アデイェミ
出版日
2019-05-20

 

一方、今なお魔師の根絶を願う王は、裏切り者の王女・アマリと、魔師解放の鍵を握るゼリィを殺すために挙兵し、ついにゼリィを捕らえます。

捕らわれたゼリィ、彼女を救うために父の側に付くイナン。王女・アマリと惹かれ合いながらも、妹の恋心を知り、認められずに苦しむゼイン……。それぞれの心を激しく交錯させながら、戦いはクライマックスへと突入していきます。

そしてマイノリティの戦いの物語は、たくさんの死と哀しみの末に第1幕を閉じます。その幕引きは、大きな痛みをともなう喪失と託され掴み取った希望に集約されるもの。この物語は、どこまでも残酷に、そして鮮烈に生と死を描き出し、人間の光と闇という両側面を見せてくるのです。

続く物語への期待と不安が膨らむ衝撃のラスト。次巻以降も待ち遠しい内容です。

 

シリアス多めですが、物語の結末が気になって読み進めてしまう、パワーのある作品です。

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