2015年に『道徳の時間』で「江戸川乱歩賞」を受賞してデビューした呉勝浩。丹念に練られたストーリー構成や、細やかな心理描写を得意とし、ミステリー小説の新境地を開いてきました。現代社会が抱える問題を浮き彫りにしている作品が多く、社会派ミステリー作家とも呼ばれる呉勝浩の小説のなかから、おすすめを紹介していきます。
1981年生まれ、青森県出身の呉勝浩。姉の影響で、小学4年生の頃から有栖川有栖などのミステリー小説を読み始めたそうです。おこづかいで作品を買いそろえたり、自分で小説を書こうとしたりした時期もあったんだとか。
映画制作に憧れを抱き、高校卒業後は大阪芸術大学の映像学科に進学。その後、再び面白さに目覚め、執筆活動を開始しました。
2015年に『道徳の時間』で「江戸川乱歩賞」を受賞してデビュー。『ロスト』『白い衝動』では「大藪春彦賞」を受賞しています。さらに『スワン』が2019年下半期の「直木賞」候補となり、今後ますます活躍が期待されている作家だといえるでしょう。
ショッピングセンター「スワン」で、21人の死者と多数の負傷者を出した無差別テロ事件が発生。事件は犯人の自殺によって幕を閉じましたが、それは生還した被害者たちの苦しみの始まりでもありました。
巻き込まれた被害者のひとりである女子高生のいずみは、事件を振り返るための会合に呼ばれます。真相を知りたいと、遺族が弁護士を通じて協力を求めてきたのです。
5人の関係者から語られる、事件発生時の様子。真相が少しずつあらわになっていきます。
- 著者
- 呉 勝浩
- 出版日
- 2019-10-31
2019年に刊行された作品で、「直木賞」にノミネートされました。
テロ事件で使われた武器は3Dプリンターで自作した大量の銃、さらに殺害シーンを動画サイトに投稿するという、まさに現代技術を駆使した凶行でした。そして犯人たちが自殺をしてしまったため、世間の目は生き残った被害者たちに集まります。
なかでも、犯人とやり取りをしていたことがマスコミにリークされたいずみは、さまざまな責任を問われてバッシングを受けることに。人生が一変します。そんななかで参加した会合にて、事件の裏に隠された謎や、被害者たちの過去などが明らかになっていくのです。
人間の弱さや、社会という枠組みの恐ろしさが如実に語られていくのが魅力的。まさに社会派といえる作品でしょう。
ビデオジャーナリストをしている伏見が住む町で、有名な陶芸家が殺害される事件が起こります。現場には「道徳の時間を始めます。殺したのは誰?」という不可思議なメモが残されていました。
同じ頃、伏見は13年前に起きた殺人事件のドキュメンタリー映画を制作する依頼を受けます。調べてみると、完全に黙秘を続ける犯人が唯一残した言葉は、陶芸家の殺人事件現場に残されたメモとよく似ていて……。
2つの事件の繋がりを感じた伏見は、真相解明に乗り出します。
- 著者
- 呉 勝浩
- 出版日
- 2017-08-09
2015年に刊行された呉勝浩のデビュー作。推理小説界の登竜門である「江戸川乱歩賞」を受賞しています。選考委員の間でも意見が分かれ、大幅な修正を施して出版に至ったそうです。
映画制作の依頼を受けた過去の事件と、地元で起きた事件に関連性を見出して調査を始めた伏見。彼は一癖も二癖もある性格をしていますが、ジャーナリストとして真実を伝えたいという信念は本物です。そんな彼が真相をひとつ明らかにするたびに、新たに謎が生まれる展開で、構成の巧さと展開のスピードはまさに読ませる一冊だといえるでしょう。
過去と現在を交錯させながら、物語のテーマは教育や虐待、貧困、売春などにおよびます。道徳とはいったい何なのか、やってはいけないことをしたら反道徳なのか……高みの見物で道徳心をふりかざす社会に一撃を与える作品です。
誘拐犯からの脅迫電話を受けたのは、なんとコールセンターです。そして誘拐されたのは、芸能活動をしながらそのコールセンターに勤務していた村瀬梓でした。
犯人が要求した身代金は1億円。それを100人の刑事たちに分割して持たせ、SNSで連絡を取りあうという手の込んだ方法を指示してきます。その後も多くの関係者たちが犯人に翻弄され……。
- 著者
- 呉 勝浩
- 出版日
- 2018-01-16
2015年に刊行された、呉勝浩の2作目。徳間書店が後援する「大藪春彦賞」を受賞しています。
事件の舞台がコールセンターという、通常の誘拐事件とは一線を画す衝撃的な始まり。その後も次々と予想だにしない展開が続きます。
コールセンターの社員や現場の刑事、捜査一課の主任など、物語はさまざまな人物の視点で語られる構成です。事件解決に奔走する彼らが抱える問題も丁寧に描写され、おのおのが抱えるバックグラウンドが、少しずつ事件に関わっていくことで深みを増していきます。
文庫版で600ページを超えるボリュームで、読みごたえも抜群。後半で一気に謎が解明されて、結末も納得のできる終わり方です。
過去のトラウマによって、高校卒業後は地元に寄り付かないようにしていた澤登巡査。勤務中に失踪した警察学校時代の同期、長原の行方を探るため、実家近くの交番に転属することになりました。
「交番」という場や、地域住民との関係に四苦八苦しながらも、長原のことを聞いて回る澤登。しかし有力な情報を得ることはできません。そんななか、いつしか大きな事件に巻き込まれていき……。
- 著者
- 呉 勝浩
- 出版日
- 2019-12-24
2017年に刊行された呉勝浩の警察小説。僅差で惜しくも受賞を逃しましたが、「山本周五郎賞」の候補となりました。
主人公の澤登が勤務するのは、過疎化が進んでいる田舎の交番です。刑事でもなれけば大都会でもないので、目の覚めるような事件が起こるとは思えないようなところのはずでした。それなのに、ゴミ屋敷の火災が起きたり、ヤクザの銃殺死体が見つかったりと、何かが起こりそうな気味の悪さが漂います。
序盤はスローペースですが、町の合併問題や開発事業、地元の有力者などが関わるようになって物語は一気に加速。呉勝浩が施したミスリードも効果的で、もう1度読みたくなる衝撃が隠されています。
依子のもとに、葵と名乗る金髪の女性が突然現れました。彼女は、依子が3年前に巻き込まれた猟銃乱射事件の犯人の、妹。兄である犯人は、事件で3人を射殺した後に自殺しています。
葵は賠償金を捻出するために、事件のルポを出版したいとのこと。そして被害者である依子に協力を求めてきたのです。
事件の裏に隠された真相を解明するために、破天荒な行動を起こす2人。しだいに依子が抱えている問題も明らかになり……。
- 著者
- 呉勝浩
- 出版日
- 2018-09-19
2018年に刊行された呉勝浩の作品。意味不明でコミカルなようにも見えるタイトルですが、決してコメディではありません。バイオレンスなのに、くすりと笑える要素もある、これまでの呉の著作とは様相が異なる仕上がりになっています。
主人公の依子は、幼い頃から不幸続き。監禁や洗脳、暴力に囲まれ、自分の置かれている環境が異常だということも認識できないほどでした。身体的な痛みも精神的な不条理も、読んでいてけっして楽しいものではありません。しかも当の依子がどこか平然としているところに、狂気すら感じてしまいます。
一方の葵は、江戸っ子口調が特徴的で、へらへらしているように見えて強い信念をもっている人物。彼女と依子の不屈の精神はまさにあっぱれで、その大胆さと、物語の疾走感に圧倒されながら読み進めることになるでしょう。
過去と現在が交互に語られ、すべてが繋がった時の予想外の結末にも驚いてしまうはず。一気読み必至の一冊です。