2019年下半期の「芥川賞」に『幼な子の聖戦』がノミネートされ話題となった木村友祐。出身地である青森県の南部弁を用いた作品を多く手掛けています。この記事では、これまでに発表された木村の小説のなかから特におすすめのものを紹介していきます。
1970年生まれ、青森県八戸市出身の木村友祐。日本大学の芸術学部を卒業し、2009年に『海猫ツリーハウス』で「すばる文学賞」を受賞しデビューしました。
デビュー作をはじめ、多くの作品が故郷である青森県など東北地方を舞台にしていて、南部弁が使われることが多いのが特徴です。
2012年『イサの氾濫』で「三島由紀夫賞」の候補に、2014年『聖地Cs』で「野間文芸新人賞」の候補に、そして2019年下半期に発表された「芥川賞」候補に『幼な子の聖戦』がノミネートされています。
主人公は、25歳の青年、亮介。服飾デザイナーを目指して専門学校に通っていた時期もありましたが、夢を追い切れずに中退。その後は実家の農家の手伝いをしながら、親方のもとでツリーハウスづくりに精を出しています。
そんななか、都会に出ていた兄の慎平が、自給自足の生活を求めて帰ってくることになりました。慎平の帰郷をきっかけに、亮介の送っていた平穏な生活のバランスが崩れていき……。
- 著者
- 木村 友祐
- 出版日
- 2010-02-05
2010年に刊行された木村友祐のデビュー作です。「すばる文学賞」を受賞しました。
なんとなく夢はあるものの現状に甘んじて行動に移せない亮介と、社交的で明るい慎平は真逆の性格。亮介は兄に不満を抱きながらも、一緒にいる時はつい従ってしまいます。田舎で暮らす若者たちの鬱屈とした心情が、南部弁で語られることでよりリアルに感じることができるでしょう。
特に主人公の亮介が、焦燥感や閉塞感を抱きながらも一歩踏み出すことができない様子に、共感する読者は多いはず。だからこそ、いつまでたっても足踏みをしている彼を見ていてやりきれないし、後半にようやく自立へ向かう兆しが見えた時に希望を抱けるのです。
物語自体はとても短く、あっという間に読み終えてしまいますが、読後も長く余韻をもたらしてくれる作品になっています。
原発事故のあった福島第一原発から14km。警戒区域に指定されている土地にある牧場に、「わたし」は東京からボランティアに訪れました。
暴力を振るう夫との生活から逃げるように福島にやって来た彼女は、セシウムに侵され、ただ死を待ちながら生きている牛の世話に没頭することで、自分自身を見つめ直していきます。
- 著者
- 木村 友祐
- 出版日
- 2014-08-29
2014年に刊行された木村友祐の作品。福島県浪江町にある「希望の牧場」がモデルになっています。
放射能を浴び、食肉として出荷することもミルクを搾ることもできない牛たち。それでも殺処分することは選ばず、ボランティアの手を借りて世話をすることは正義心からなのでしょうか。世話をしているのか、飼い殺しているのか……牧場主は、やりきれない怒りを抱えながらもどこか活き活きとしているようにも見えます。
そんななかで生きる牛を見て、社会からはじき出されていると感じている「わたし」の心が徐々に動かされていくのです。
作者は本作を「フィクション」だと断り書きをいれていますが、けっしてなかったことにはできない問題。作中で描かれているのはたった3日間の出来事ですが、強く心に訴えかけてくる一冊です。
青森県八戸市出身の将司。東京に出て40代になりましたが、仕事に行き詰まり、故郷へ帰ることにします。それは、最近頻繁に夢に出てくるようになった「イサ」と呼ばれていた叔父について調べるためでもありました。
親戚に聞いてまわると、イサは傷害罪などの前科をもつ乱暴者で厄介者の一族。しかし彼らは「今の東北にはイサみたいなやつが必要だ」と語ります。
イサはどのような人物だったのか、そして東北の人々は何を訴えようとしているのでしょうか。
- 著者
- 木村 友祐
- 出版日
- 2016-03-07
2016年に刊行された木村友祐の作品。「三島由紀夫賞」の候補になりました。
3.11以降、多くの震災文学が生み出されてきました。本作は、メディアが取りあげるようなインパクトのあるものではなく、小さな声に耳を傾けることの必要性を教えてくれます。
イサは、「まつろわぬ(従わない)人」と呼ばれた蝦夷の末裔。破天荒にみえる言動は、生きるために怒りをぶつけたものでした。「がんばれ」と言われることへの違和感や、被害が少なかった地域は辛いと言いづらい状況などにがんじがらめになっている青森の人々は、イヤなものはイヤだと言えるイサを求めていました。
力強い南部弁が、イサのパワーをより一層感じさせてくれます。どうすれば東北の怒りはおさまるのか、どうすれば決着がつくのか……まさに被災地の魂の叫びともいえる作品です。
物語の舞台は、近未来の日本。主人公は東京と神奈川の境目に位置する河原で、猫とともにホームレスとして生活をする柳さんです。悪政により、河川敷にはホームレスが大勢暮らすようになり、地域住民と対立していました。
東京で開催される「世界スポーツ祭典」を2年後に控えたある日、柳さんの住む河原に「野良ビトに缶を与えないでください」と書かれた看板が立てられました。それは、空き缶の収集で生計を立ててた柳さんたちの収入源が絶たれることを意味します。
- 著者
- 木村 友祐
- 出版日
- 2016-11-30
2016年に刊行された木村友祐の作品です。
「野良ビト」と呼ばれ、人間として扱われずに社会に存在を認められないホームレスたち。行政は「野宿者一掃計画」を実行し、国ぐるみで彼らを隔離しようとします。河川敷の近くにそびえたつタワーマンションに暮らす人々の感情の連鎖はリアリティがあり、異物を排除しようとする集団心理に心が冷たくなるでしょう。
小説ですがまるでルポルタージュのよう。冷静で淡々とした文章のなかに、作者である木村友祐の強い想いが込められていることを感じられます。
東京でアルバイトをしながら小説家を目指しているゆずる。なかなか芽がでないまま、まもなく40歳になろうとしています。
故郷の八戸に帰省して、父と兄とともに下北半島にある温泉旅館を訪れることになりました。
- 著者
- 木村 友祐
- 出版日
- 2017-12-26
2017年に刊行された木村友祐の作品。表題作のほか、小説「突風」と、エッセイ「黒丸の眠り、祖父の手紙」が収録されていて、3編それぞれに異なる紙質を用いた装丁にも注目です。
ゆずるの父は、自分の夢を諦めて家族のためにすべてを捧げてきた人物。脳梗塞で身体が不自由になっています。兄弟2人はそんな父の生き方に共感できずにいました。そんななか旅館で起きたある出来事をきっかけに、その人生の重みに気付くのです。
癖のある南部弁は読みづらく、それは作中の登場人物にも「何言ってるのかわからない」と言われる始末。ただ父の想いは、たとえ標準語で話したからといって理解できるかというと、そうではないと痛感させられるでしょう。家族の絆や地方の誇りを呼び起こしてくれる作品。最後の最後まで方言が効果的に使われているので、見逃さないでください。