真相が明らかにならない、作中の謎が解決しない……物語の肝の部分を読者にゆだねる「リドル・ストーリー」というジャンルがあるのをご存知でしょうか。読後の考察で、長いあいだ物語に浸り続けられるのが醍醐味でしょう。この記事では、想像が広がるリドル・ストーリーの代表作を紹介していきます。
リドル・ストーリーとは、直訳すると「謎・謎かけ」という意味。物語のなかにある謎に対し、明確な答えをあえて書かないことで、読者の想像力と読後感を楽しむ小説のジャンルです。
作者が伏線を回収するのを忘れてしまったり、絶筆したりと意図したものでない場合は、リドル・ストーリーにはあてはまりません。
突然の幕引きとなるのは、まさに物語が最高潮に達するオチや結末の直前。主人公が緊迫する状況下で二者択一を迫られたり、事件の真相がいよいよ解明されるシーンなど、「ここで終わっちゃうの⁉」と驚きつつも、自分だったらこういう結末にすると読後の考察が広がるのが醍醐味です。
19世紀後半から20世紀前半に書かれた不思議な物語15篇を収録したアンソロジーです。
「世界三大リドル・ストーリー」と呼ばれるフランク・R・ストックトンの「女か虎か」、クリーブランド・モフェットの「謎のカード」、マーク・トウェインの「恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス」を1度に読める贅沢な一冊になっています。
- 著者
- 出版日
- 2012-02-01
1991年に刊行された作品です。リドル・ストーリーの典型といわれる「女か虎か」は、もともとはパーティの余興として考えられた物語だといわれています。
身分の低い若者と王女が恋をしたことに怒った王様。2つの扉を用意して、若者を公開処刑にかけることにしました。1つには飢えた虎が控えていて、開けたらたちまち食べられてしまいます。もう1つには宮廷で1番の美女が控えていて、開けたら若者は彼女と結婚できるそう。
若者の命を救いたい王女は、虎と美女それぞれがどちらの扉にいるのかを突き止めるのですが、若者の命を救いたいと思うものの、美女と若者が結婚することも耐え難いと悩むのです。
物語は、王女がどちらの扉を開けるよう教えるのか、若者が最終的にどちらの扉を選んだのかわからないまま終わります。答えを読者にゆだねるリドル・ストーリーの代表作、ぜひ読んでみてください。
時は平安時代。藪の中で男の死体が見つかり、木こり、旅法師、容疑者を捕らえた役人、死んだ男の妻の母親という4人の証言を役人が聞き出しました。
また、捕らえられた容疑者の多襄丸、死んだ男の妻、そして死んだ男の霊が、それぞれ己の罪を告白します。
- 著者
- 芥川 龍之介
- 出版日
- 2009-08-12
1922年に文芸誌「新潮」に掲載された、芥川龍之介の短編小説。初出時のタイトルは「将軍」で、芥川が得意としていた王朝ものとしても知られています。
4人の証言と3人の告白は、似ているように見えて実は重なる内容がひとつもありません。そのため、誰が男を殺したのか、真相を探ろうとすると証言の食い違いや矛盾にぶつかり、推理を先に進めることができないのです。
誰もが己を美化したり正当化したりするため、それぞれの立場によってひとつの事実が異なる解釈をされてしまうということがよくわかるでしょう。「真相は藪の中」という言葉どおりの、リドル・ストーリーになっています。
東京で暮らしている妹の園子から、「信じていた人から裏切られた」という内容の電話を受けた和泉康正。愛知県からアパートに駆け付けますが、すでに妹は死んでいました。
現場の状況を見るかぎり自殺のように見えましたが、警察官の康正は、直観で他殺と判断。犯人捜しをはじめます。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
1996年に刊行された東野圭吾の作品です。
死ぬ前の園子は、大好きだった恋人に振られ、その理由が自分の親友と付きあうためだと知り、絶望していました。康正は、妹を殺した犯人は元恋人か親友のどちらかだと目星をつけます。
作中では犯人を明記せず、読者に推理をさせるリドル・ストーリー。文庫化された際に、袋とじの解説が新たにつきましたが、こちらにも犯人の名前は書かれていません。
犯人は元恋人なのか、親友なのか。それとも本当にどちらかひとりの犯行なのか……本文中にヒントはたくさん提示されているので、ぜひ謎解きに挑戦してみてください。
自分の妻子を殺害した罪で逮捕された仁藤。ハンサムで人当りもよく、誰からも好意的に迎え入れられるようなエリート銀行マンでした。
しかし家族を殺した理由は、「本が増えて家が手狭になったから」という驚くべきもの。この事件に興味を抱いた作家の「私」は、ノンフィクション本にまとめようと、彼を知る人に取材をします。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
- 2015-10-03
2012年に刊行された貫井徳郎の作品。作者自身が「ぼくのミステリーの最高到達点」と自負する傑作になっています。
仁藤の過去を探ってみると、彼の近くではほかにも不審死を遂げている人がいることが発覚しました。インタビューを進めるたびに新しい謎が生まれていき、目を離すことができません。ぐいぐいと先を読ませる、ルポのような文体も魅力です。
その人が語る言葉や表情が、真実なのか嘘なのかはわからないもの。結局最後まで真相はわからないリドル・ストーリーなのですが、「誰もが納得できるオチにしたくなかった」という作者のこだわりが垣間見える作品になっています。
伯父が経営する古書店でアルバイトをしている芳光。休学中の大学生です。
ある日、北里可南子という女が来店し、彼女の父が生前に書いた「5つのリドル・ストーリー」を探してほしいと依頼されました。報酬目当てに芳光が捜査を進めていくと、可南子の父は20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」の容疑者だったことが明らかとなり……。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2012-04-20
2009年に刊行された米澤穂信の作品。「日本推理作家協会賞」の候補になったほか、「このミステリーがすごい!」など4つのランキングで上位に入賞しています。
可南子の父が書いた5つのリドル・ストーリーには、実はそれぞれ最後の1文が遺されていました。5編すべてを集めることができた時、過去の事件の真相も明らかになるのです。
主人公が謎解きをすすめるミステリーに加え、読者には6つ目のリドル・ストーリーが提示されます。登場人物たちがこれからどのような日々を送ることになるのか、彼らの未来に思いをはせたくなる一冊です。