灰の魔女と呼ばれる少女・イレイナは、若干15歳で魔法使いの最高位にのぼりつめた、旅する天才魔女。本作は、彼女がさまざまな人や出来事に遭遇しながら、旅を続けていく物語です。 よくある旅モノかと思いきや、時にシリアスで読者をドキリとさせたり、笑わせてくれるコメディだったりと、エピソードのバリエーションがとても豊富。特に明るい話とシリアスな話のバランスが絶妙です。 2016年に1巻が刊行されて以来、じわじわと人気が高まり、漫画化やドラマCD化、テレビアニメ化も決まるなど注目度の高い本作。今回は、そんな『魔女の旅々』の魅力を各巻のエピソードからご紹介します。
まずは簡単にあらすじを紹介します。ご存知の方は読み飛ばしても問題ありません。
灰の魔女と呼ばれるイレイナは、わずか15歳で魔法使いの最高位となった少女です。見た目は自他ともに認める美少女ですが、ふいに毒舌を吐くことがあり、ギャップが魅力のひとつです。
そんな彼女は幼い頃から旅に憧れていました。本作は彼女の旅行記。行く先々でさまざまな人との出会いや、トラブルなどを経験します。
1日しか記憶が持たない少女、迫害されている獣人、不老不死の少女や、競箒と呼ばれるレースに参加する少女など……。さまざまな事情を抱えた人々と関わりながら、この世の明暗、両面と向き合うことになります。
明と暗、両サイドに振り切ったエピソードが共存するのは、この作品の大きな特徴といえます。
当初は3巻で終わる予定だったところ、人気が高まり現在11巻まで続いている本作(2020年1月現在)。テレビアニメ化も決定し、今もなお人気上昇中の注目作です!
『魔女の旅々』には、悲しみも楽しみも明暗両方のお話がつづられています。それが本作の大きな魅力をつくっています。
旅モノ系のライトノベル作品の魅力のひとつは、旅先での出会いや別れ、さまざまな国の情景などがふんだんに盛り込まれているところでしょう。
本作でも、国だけでなく、登場する人の様子もさまざま。本当に異世界にいるかのような錯覚を覚える描写がたっぷりです。
しかしそこで描かれているのは、どれも他人事ではなく、共感できる内容。読み進めるのが切ない話や、思わず考えさせられる普遍的なテーマを持つ話、あるいは底抜けに明るい話や、思わず笑ってしまうほどおかしい話……。
ファンタジーの中に、リアルな人の営みを描いているのです。それがリアルな理由こそ、明るい話、少しシリアスな話がうまく織り交ぜられており、私たちの人生のようだと感じるのです。
今回は、そんな明るい話とシリアスな話をいくつか抜粋してご紹介します。それぞれに味のある物語から、本作の魅力が伝われば幸いです。
まずは1巻のエピソードからご紹介。魔女のイレイナは、「魔法使いの国」に立ち寄りました。彼女はこの国とは関係ない人物ですが、入国審査はありません。
なぜなら魔女は誰でも入国が可能で、彼女もその証としての「魔女のブローチ」をしていたからです。しかし、サヤという少女とぶつかった際、そのブローチを失くしてしまいます。
大切な思い出の品物でもあるということで、必死にブローチを探すイレイナ。それを見ていたサヤはその間でいいから、魔女の試験に合格するために魔法を教えてほしいと頼みます。
その必死な姿に、承諾することにしたものの、実はブローチを拾って隠していたのはサヤだったのです!
彼女は、先に魔女試験に合格した妹に置いていかれたような孤独を感じていました。ブローチが見つからなければ、イレイナが自分といっしょにいてくれる……。いけないことだと分かっていても、誰かにそばにいてほしかったのです。
褒められはしないものの、その気持ちは理解できるところもある方が多いでしょう。イレイナも同じことを感じ、サヤに魔女の帽子を贈ります。
そばにいなくてもひとりではない、と伝えて。
ふとしたきっかけで、一気に孤独という悲しみに囚われることって、ありますよね。そんなときには、実際にそばにいることよりも、その人が立ち直るための手助けをすることが重要なのかもしれません。それがこのエピソードの「ひとりじゃない」という言葉から感じられます。
淡々と語られる物語でありながら、イレイナの洞察や優しさを感じられるエピソードです。
- 著者
- 白石 定規
- 出版日
- 2016-04-14
旅の途中、ひょんなことからイレイナが助けた少女・アムネシア。彼女に懐かれたイレイナは、しばらくの間ともに旅をすることに。
17歳のアムネシアは、信仰の都エストを目指していました。しかし、なぜ目指しているのかよくわかりません。なぜならアムネシアは、1日が終わるとイレイナのことを忘れてしまっているようなのです。
アムネシアの目指す信仰の都は閉ざされた国ともいわれている全容の見えない国。そんなところに行って何をしようとしているのかは、2人が国についたら分かることになります。
1日ごとに自分を忘れてしまうアムネシアに、何ともいえない寂しいような気持ちになるイレイナ。その様子からシリアスな側面もあるのですが、己の環境に飲み込まれず、明るくふるまうアムネシアからは、生きる強さを感じさせられます。
- 著者
- 白石 定規
- 出版日
- 2017-07-14
とあるレストランで、1人の女性が血まみれになって殺されて――と思いきや、赤ワインまみれになって倒れているところが発見されました。
女性は、レストラン内で行われていたカップルのお祝いのために明かりが落とされた時、誰かに胸を触られ、とっさに飲んでいたワインを犯人にかけたのだといいます。
そしてワインボトルを振り回し犯人を追いかけようとしましたが、あいにくの暗闇で、転んでワインまみれになってしまったのだそうです。
その場に居合わせたのは、両手にパペットをはめた探偵、パペット探偵。彼女から依頼されて事件の謎を解くことになったイレイナでしたが、果たしてその事件の真相は……。
パペット探偵という設定がユニークなこのエピソード。シャーロックホームズがつけているような、いわゆる探偵帽を被り、両手には教授と助手ちゃんと呼ばれるパペットをはめています。
パペットそれぞれにも設定があり、2人(?)のコントのような会話がくり広げられるたび、読者はイレイナと一緒に苦笑してしまうでしょう。
気づけばあっという間に読み終えている、テンポのよいコメディタッチのエピソードです。
- 著者
- 白石定規
- 出版日
- 2019-11-14
ある雪国を訪れたイレイナは、そこでエリーゼという少女に出会います。一見可愛らしい少女ですが、なぜか周りからは「化け物」扱いされています。そしてお金を持っているのに商品を売ってもらえなかったり、家を燃やされたりと、迫害を受けていました。
そんな彼女と出会ったイレイナは、ある日、国の役人からエリーゼの追放を依頼されます。実は、エリーゼは獣人でした。それが、2人が迫害されている理由だったのです。イレイナは思わず「そんな理由で、その子をここから追い出せというんですか?」(『魔女の旅々』2巻より引用)とつぶやき……。
差別や偏見というのはどんな世界にも存在します。そんなものなくなることが理想ではありますが、すぐには難しいことです。本作ほどに大きな差別でないにしても、日常でそんな悲しい現実を感じたことがある人はたくさんいるでしょう。だからこそ、読者の心にもずしりと重くのしかかってくるエピソードなのです。
さらにエリーゼには、ともに生き延びてきた妹のミリーナにまつわるさらなる悲しい出来事が襲います。そこからの描写は迫力とともに、読者の心すら引き裂いてくるような辛い内容です。ダークで重たい話ではありますが、その分考えさせられる部分が多く、印象に残る話になっています。
- 著者
- 白石 定規
- 出版日
- 2016-07-14
「時計郷ロストルフ」という国にやってきたイレイナは、そこでエステルという魔女と出会います。エステルは、短期間働ける魔法使いを募集していました。その理由は、時を超えて10年前に戻り、セレナという少女を救いたいからでした。
実はこのセレナかつて「二丁目殺人鬼」と呼ばれた恐ろしい人物。しかしそうなってしまうまでに、悲しい過去がありました。
セレナは、幼い頃に強盗に両親を殺されてしまい、叔父に引き取られることになるものの、今度はそこでひどい虐待を受けます。追い詰められた彼女は、叔父を殺し、それを発端に人を殺す快感を覚えてしまったのです。
人を殺すことはもちろん許されることではありません。しかし、セレナの不幸な生い立ちを追っていくとそうなってしまうのも無理はないと思えてしまうほど悲しいものです。
イレイナもまた、殺人は当然相応の罰を受けなければならないと思う一方で、セレナの過去を知って、ただ断罪をすればいいのか、と迷ってしまいますが……。
殺人は罪ですが、罪は罰すればそれで解決なのかという、現実にも通じるテーマが感じられるエピソードです。答えのないテーマで、重たい話になりますが、登場人物それぞれが抱える気持ちや葛藤に思わず引き込まれて、一緒に考えてしまいます。
- 著者
- 白石 定規
- 出版日
- 2016-12-14
休憩のつもりで箒を降りた先で、イレイナが見つけたのは木で首を吊った少女・マトリシカの遺体でした。側には遺書も置いてあり、自殺であることは明らかです。遺書には、自分を見つけた人は死体を海に捨ててくれと書いてありました。
それを読んでイレイナが困っていると、なんと首を吊っているマトリシカが声をかけてきたのです。
マトリシカは生きていました。彼女は不老不死の少女だったのです。
序盤はあらすじを追うだけでも分かるように、笑えてしまう展開です。しかし徐々に展開は暗い部分が出てきます。
イレイナはマトリシカとともに共和国アンルーニーへと行くことに。そこでは奇病によって人々が苦しんでいました。
そんな国でマトリシカは、自分の過去を明かします。それは、不老不死の理由とともに、それゆえに彼女が経験してきた悲しい記憶が詰まったものでした。
普段、マトリシカは、明るい印象の少女です。ヘラヘラとしているともいえるかもしれません。
しかし、笑いながら自分のことを、「ただ長く生きているだけで、何もできないんですよ」(『魔女の旅々』8巻より引用)と自嘲し、生きる理由がないと語るような一面もあります。普段の何も考えていないような雰囲気が、より彼女の悲しみや苦しみを深く表現しているようです。
そんなマトリシカを見て、イレイナも何かできないものか、と考えます。
確かにマトリシカは、まだ十数年しか生きていないイレイナより、魔法のレベルも知識の量も劣っているようです。その面だけ見ると、本当にただ長く生きてきただけで、何も成していないように見えるかもしれません。
しかし、本当に長く生きていただけなのでしょうか?生きているだけでは何も得ることができないのでしょうか?……。
そんなことを考えたイレイナが、マトリシカに対して言った言葉とは……。
生と死のテーマは、フィクションだけでなく、さまざまな分野でよく扱われる普遍的なテーマです。現実でも、不老不死ではなくとも、寿命が延び、人生100年時代なんていわれることもあるので、その時間をどう生きたいか、そして終わりに近づいたときにどう終えたいかを考える人も多いのではないでしょうか。
長く生きるということはどういうことなのか。それに対するイレイナとマトリシカのエピソードは、私たちにひとつの答えを見せてくれます。今の社会にもぴったりなテーマが含まれた濃厚なエピソードといえるのではないでしょうか。
いかがでしたか? さまざまな情景やたくさんのキャラクターの登場、その出会いと別れを描けるのは旅モノならではといえるでしょう。
また、イレイナのおかし味のあるキャラクターも魅力的です。時々ふと、ドキリとする台詞が現れたりするので、ぜひ探してみてください。