SF・ファンタジー小説に贈られる文学賞「ヒューゴー賞」。受賞作は面白いと太鼓判を押されたものばかりで、SF好きの方はもちろん、なじみのない方でも楽しめるはずです。この記事では、賞の概要を解説するとともに、長編小説部門を受賞した作品のなかから特におすすめの小説を紹介します。
世界SF大会(ワールドコン)に登録したSFファンの投票によって決定される「ヒューゴー賞」。アカデミー賞をヒントにして1953年に創設された、もっとも歴史の古いSF・ファンタジー文学賞です。
アメリカの作家で、SF界の功労者といわれるヒューゴー・ガーンズバックにちなみ、「ヒューゴー賞」と名付けられました。
対象となるのは、前年に英語で発表されたSF・ファンタジー作品。世界SF大会中に開催される授賞式にて、受賞作が発表されています。いくつかの部門がありますが、なかでも長編小説部門は40000語以上の作品が対象。「ヒューゴー賞」創設当初からの歴史ある部門で、読みごたえのあるものが選ばれているのです。
アメリカSFファンタジー作家協会の会員が投票で選ぶ「ネビュラ賞」と知名度を二分していて、「ヒューゴー賞」と「ネビュラ賞」を同時受賞した作品は「ダブル・クラウン」と呼ばれ、SFファンタジー作品として最高の名誉を与えられます。
文化大革命で父を惨殺され、人類に絶望した女性科学者の葉文潔(ようぶんけつ)が、異星人に「地球を侵略してほしい」とメッセージを送信しました。これをきっかけに、冷徹な社会体制をもつ「三体星」と地球の関わりがはじまります。
同じ頃、人類の未来に絶望した者たちが、地球の文明を滅ぼして三体星人を迎え入れようとする「地球三体組織」を結成。汪淼(おうびょう)は、彼らの動きを鎮圧しようと、組織が運営するVRゲーム「三体」のプレイヤーになって潜入します。そして「三体」に隠された驚愕の事実を目の当たりにするのです。
- 著者
- 劉 慈欣
- 出版日
- 2019-07-04
2015年に、アジア人で初めて「ヒューゴー賞」長編小説部門を受賞した、劉慈欣の作品です。
三体星は、3つの恒星によって絶滅と進化をくり返す過酷な環境にあり、他の星への移住を余儀なくされています。ニュートンが唱えた天文力学にある「三体問題」が基本設定にあるため、理系学問好きにはたまらないでしょう。
一方で、作中に登場するVRゲームは娯楽性が高く、エキサイティング。また個性的な登場人物や、巧みな場面の切り替え、後半に加速する謎解きでサスペンス要素などもあり、理系の知識がない方でも十分に楽しむことができます。
葉文潔が三体星人に「地球侵略」を依頼するにいたった人類の道徳に対する絶望や、三体星人による地球人の思想や行動の分析などは、人間の愚かさを直視させられるもの。SF小説でありながら、私たちの生き方を考えさせられる奥の深い小説です。
物語の舞台は、はるかな未来。主人公は、宇宙戦艦の感情をもっているAI「ブレク」です。自らの人格を何千もの生体兵器に転写し、惑星侵略に携わっていました。
しかし、任務中に裏切りにあい、何もかもを失ってしまいます。ただひとり生き残ったとはいえ、集団人格から切り離されたことは自身を破壊されたも同然。復讐を誓い、ある人物を探すために極寒の惑星を転々とする旅に出ます。
- 著者
- アン・レッキー
- 出版日
- 2015-11-21
2014年に「ヒューゴー賞」長編小説部門を受賞したアン・レッキーの作品。彼女は本作がデビュー作であるにもかかわらず、同賞をはじめ7冠を達成しています。
感情をもったAIは、人間なのか機械なのか。そんな曖昧な存在のAIが「正義」を抱きしめて、たったひとりで世界に立ち向かうまっすぐな姿に心が震えるでしょう。
本作の最大の特徴は、ブレクを含め、登場人物たちの性別がわからないこと。AIは男女の区別があいまいで、舞台となっている宇宙帝国にはジェンダーを表現する言葉がありません。それでいて三人称はすべて「彼女」と表現されているので、読者に混乱をもたらしつつも妙な色気を漂わせているのです。
秀逸な設定と重厚な世界観をあわせもつ、おすすめの作品になっています。
事故で双子の妹を失い、自身も片足に障害を負った15歳の少女モリ。感受性が強いため、フェアリーの姿が見え、魔法も使うことができます。母親が心を病んでしまったため、独りぼっちで女学校の寄宿舎に移り住むことになりました。
しかし孤独でプライドの高いモリは、学校になじむことができません。大好きなSFの本を拠り所にしていますが、殻に閉じこもってばかりいます。
そんなある日、町の図書館で開催される読書会に参加しました。そこで心を許せる仲間と出会い、本に救われ、少しずつ成長していきます。
- 著者
- ジョー・ウォルトン
- 出版日
- 2014-04-28
2012年に「ヒューゴー賞」長編小説部門を受賞したジョー・ウォルトンの作品です。
物語は、モリの日記という形で進んでいきます。はじめは死を考えるほどの精神状態だったモリ。本を読むことだけが生きがいで、そのほかのすべてに嫌気がさしています。読書だけが心の拠り所という彼女の心境は、本好きの人であれば共感できる部分ではないでしょうか。
モリが読書会で出会ったメンバーたちと少しずつ仲間になっていく物語の一方で、黒魔術で自分を呪縛しようとする母親に対し、自身も魔法を使って逃れるという母娘の暗い関係も語られます。
ただこれらは、すべてモリの日記に書かれたことというのがミソで、「魔法」の存在自体が曖昧。魔法なのか、空想なのか、読者の想像力を掻き立てるのです。そして魔法があろうとなかろうと、本を読むことで変わっていくモリの姿に、勇気をもらえるでしょう。
時は、石油が枯渇してエネルギー不足に陥っている近未来。地球には資源がなくなり、世界中に病気が蔓延。食べ物の供給もままなりません。
主要人物5人がそれぞれ生き延びることに執着する過程が語られていくのですが、少女型アンドロイド「エミコ」の隠れた能力が、世界を大きく動かすことになり……。
- 著者
- パオロ・バチガルピ
- 出版日
- 2011-05-20
2010年に「ヒューゴー賞」と「ネビュラ賞」を同時受賞したダブル・クラウン。そのほかにも主要なSF文学賞を総なめにしています。
エネルギー資源の限界や地球温暖化による水面上昇、疫病の蔓延などで多くの国が滅んでしまった地球。食料は一部の企業に独占されています。そんななか、侵略を免れていたタイのバンコクを舞台に、群像劇がくり広げられます。
タイトルにもなっている「ねじまき少女」のエミコは、生きるために娼婦をし、虐待を受けるという現状。作中には絶望と焦りが漂い、ひっ迫した緊張感が読者を襲うでしょう。
エネルギーや環境問題だけでなく、国家間の対立や男女の差別、道徳観などさまざまな要素が内包された作品。ただ希望を感じる結末になっているので、ぜひ最後まで読んでみてください。
物語の舞台は、19世紀のイギリス。かつて信じられていた魔法を使える人はおらず、「理論魔術師」という、文献などを研究する者だけが残っていました。
そんななか、郊外に住むノレルという老紳士が、唯一本物の魔法を使える「実践魔術師」として登場。さらに彼のもとには、予言を受けてストレンジという青年が弟子入りをしてきました。しかしノレルは、ストレンジのもつ驚異的な能力に恐れを抱き……。
- 著者
- スザンナ クラーク
- 出版日
- 2008-11-14
2005年に「ヒューゴー賞」長編小説部門を受賞したスザンナ・クラークの作品。教師として働きながら、なんと10年間もかけて書きあげたそうです。
ノレルは魔術の復権を目指すのですが、弟子のストレンジに自分の名声を奪われることや、自らの魔法が不完全であることを見破られるのを恐れる器の小さい人物。
一方のストレンジは、優れた魔術をもち、みんなから好かれる性格をした青年です。ノレルとストレンジという相反する2人の主人公がどのように関わっていくのかが見どころでしょう。やがてストレンジは、ノレルの規制から逃れるために、その昔北イングランドと妖精界を治めていたという魔術師に接近。魔術を論理的に検証するため、妖精の研究に没頭していきます。
フランスとの戦争など、実際の歴史上の出来事も絡めて描かれているので、まるで歴史小説のようにも読めるのが面白いところです。