揺れ動く淡い甘い想いは、ときに残酷な一面を見せます。現実では批判されてしまうことも物語の世界では美しく見えることもあるはずです。今回はミステリアスな恋を堪能できる小説を5作品ご紹介します。
詐欺集団に立ち向かう元探偵の成瀬のハードボイルドな物語が綴られた作品です。
なんでもやってやる性分の成瀬将虎。通称、トラ。探偵業をかじった程度であるにも関わらず見栄から、事件の依頼を受けます。依頼人はトラが密かに思いを寄せる久高愛子。彼女は家柄の事情で警察に相談できずにいたのです。
- 著者
- 歌野 晶午
- 出版日
依頼内容は、亡くなった身内が詐欺集団の保険金詐欺に巻き込まれていた証拠を掴んでほしいというものでした。そして同じ時期に、トラは地下鉄で女性を助けます。それをきっかけに、その女性とデートをするようになるのですが、真相を追うトラとその恋はやがて交錯していくことになるのでした。
捜査を進めていく中でトラの価値観や道徳観が、私達には抱えられないものだと知ることでしょう。このことが本作に引きこまれる要因なのかもしれません。トラたちの状況下を浮かびあがらせ儚くも激しい愛が、胸に突き刺さる痛みを与え、苦しくなります。
トラの過去も語られていき、ときおり感じる違和感も最後にはすんなり理解でき、何度も読み返したくなる衝動に駆られます。ラストのトラの訴えは今、私たちが抱える社会問題と向き合わなければいけないと再認識させられ、未来に光を与えてくれているように感じました。そして感動のクライマックスには、胸を突き動かされることでしょう。
トラの溢れるエネルギーに、ハラハラドキドキのスリルが味わえるはずです。また視点や時系列が交差し、テンポよく進められるストーリーに読む手が止まらなくなります。最後の驚きのどんでん返しには、やられた!と思うことでしょう。
結末に、タイトルがすーっと入ってくる爽快感と、私たちの心に火を灯し希望や勇気を与えてくれる1冊です。
たっくんと繭子の複雑な恋愛模様がside-Aとside-Bにわかれて綴られます。
side-Aでは、静岡の大学に通う夕樹は、人数合わせで参加した合コンで繭子に出会い、一目惚れします。夕樹は名前の「樹」が「たき」とも読めるということで、繭子に「たっくん」と呼ばれるようになり、次第に距離を縮めていくのです。女性経験の少ない彼は、繭子に言われるままに自己改造していきます。夕樹の初めての彼女との初々しく描かれた恋愛模様に、胸が温かくなるのを感じることでしょう。
- 著者
- 乾 くるみ
- 出版日
- 2007-04-10
side-Bでは、繭子と付き合う彼が東京支社に行くことになり、静岡と東京の遠距離恋愛をすることになります。毎週静岡へ帰り、繭子との時間を作っていましたが、東京で魅力的な美弥子と出会います。そして、繭子の妊娠が発覚。繭子に罪悪感を抱きながらも、日に日に気持ちが傾いてしまい、ついには関係を持ってしまうのです。
気持ちと距離が比例し、生み出される恋のミステリーには悲壮感を感じてしまいます。また散りばめられた伏線を読者に気付かせない表現に、何度も読み返さずにはいられなくなるでしょう。本作は、様々な恋愛の形が真実の恋に繋がっていくことを教えてくれるようです。
乾いたテンポで進められていくストーリーですが、恋に揺れ動く心に共感できる部分が多く、あっという間に物語の中へ吸い込まれます。初恋の初々しい心情にドキドキし、移ろいゆく心の苦しさに胸が揺さぶられることでしょう。そんな中で迎えるクライマックスの隠された恋の真実には驚愕し、鳥肌が立つこと間違いなしです。
乾いたテンポだからこそ、恋のミステリーがより際立ち、大きな衝撃を走らせます。一味違うミステリーを味わえる1冊です。
三部作の第一作です。「本当に切ない」が言葉通りに味わえる作品です。
物語は、主人公が補習中に恐ろしい瞬間に直面する場面から始まります。何気なく窓から外を眺めていた主人公・榎戸川の前に、落ちていく少女。榎戸川は、なんとその少女と目が合うのです。
- 著者
- 柴村 仁
- 出版日
- 2010-02-25
自殺と断定された少女のことは、誰も口にしなくなります。しかし真相を知りたい、少女が自殺をするはずがないと訴える、男子高校生・由良が榎戸川の前に現れます。由良は、友達も作らず最悪な家庭環境を生き抜いてきたという生前の少女と、温かい絆を育んでいたのです。あまり関わりたくないと思っていた榎戸川でしたが、次第に由良と共に少女の真相を追い始めます。
常識や規範にとらわれない自由奔放な由良。彼の強い好奇心に引っ張られていく榎戸川が、隠された真実に導かれていく様子は新鮮でした。頼りない主人公が由良の存在を際立たせていて、主人公と一緒に由良ワールドへ吸い込まれる感覚に襲われます。
タイトルにある「プシュケ」は、ギリシャ神話でエロスが愛した美少女です。苦難の果てにゼウスに蝶の羽を与えられたプシュケの神話では、エロス(愛)がプシュケ(魂)を求め、永遠に結ばれ、真の悦びが生まれます。少女が恋した少年の愛しい手が差し伸べられる本作の表紙は、困難な状況下の中で彼女が手にいれた「悦び」を感じさせ、切なさを生み出します。
本作は、神話のようなハッピーエンドではありません。少女の死に至るまでの真相と、彼女を救えなかった由良の狂おしいまでの切なさ。本当の切なさを感じてください。
大正時代の男女の愛憎が「花」をモチーフに、深く切ない物語で紡がれた、文学ミステリーの短編集です。
- 著者
- 連城 三紀彦
- 出版日
最初から衝撃を受けるほど詩情と女性達の哀感に満ちた「藤の香」。艶めかしさ漂う、悲しく切ない「桔梗の宿」。理由もわからぬまま、ある人の殺害を命じられる悲しき仁義の世界を描く「桐の柩」。今までの現実を崩壊させ、悲しい真実を描く「白蓮の寺」。そして心中未遂事件で2人の女性を死なせ、歌を遺した歌人が主人公の「戻り川心中」。
人の醜さや儚さ、切なさなどが巧みに花でたとえられ、言葉の豊かさを堪能できるでしょう。流麗な風景描写には心を揺さぶられます。「花」にまつわる美を追求した詩情、胸が締め付けられる名編が詰まった作品です。また、犯人たちの繰り出すトリックを不自然に感じさせることなく巧みに隠す美しい文章を味わえることでしょう。
同級生の死の真相を追うべく立ち上がる高校生たちの青春ミステリーです。
物語は同級生の死を知らされるところから始まります。刑事を父に持つ主人公の戸川春一。同級生が変死したことにより、クラスメイトである酒井組の娘・麻子と関わり始めます。
- 著者
- 樋口 有介
- 出版日
2人は事件を解明すべく奔走しますが、自殺と断定され、事件を語ろうとしない家族。そんな中、麻子の母と春一の父がその昔、駆け落ちするほどの恋仲だったことを耳にするなど、2人は周りに振り回されていきます。しかし、またも変死を遂げる同級生。真実を追うことが正しいことなのかと葛藤しながら、様々な恋模様の行方と事件の真相に迫っていくのです。
自殺を物語る状況証拠に感じる違和感。それをそのまま流さず追及するエネルギーは、2人の好奇心を際立たせていて、その時期の男女の心情が引き出されていると思います。さらさら流れるテンポで展開される物語は、舞台背景も想像しやすく自然とその世界に引きこんでくれます。
激しく揺れる年ごろの男女の心情に焦点をあてながら解明されていく真実。隠された意外な真実に、ほろ苦い痛みが胸を締め付けます。
傲慢だと自称する春一と、かわいらしくも棘のある麻子とのやり取りは、共鳴できる部分が多く、恋の甘い香りに酔いしれてしまうでしょう。また親子の会話では思わず吹き出してしまうコミカルな部分もあり、いろいろな方向から楽しめる作品だと思います。ひと夏のあの頃を思い出させてくれる1冊です。
恋は盲目であるがゆえに、小さな罪を重ねてしまうという現実。この5作品があなたの恋のミステリーの謎解きのヒントになれば嬉しいです。