鎌倉、戦国、明治……過去を舞台にくり広げられる時代小説は、歴史のうねりを感じる壮大なスケールと、時代に翻弄されながらも生きる人々の熱さが魅力的。現代小説とはまた違った楽しみ方ができるでしょう。この記事では、本当に面白い時代小説に贈られる文学賞「本屋が選ぶ時代小説大賞」の歴代受賞作から、特におすすめの作品を紹介していきます。
「本屋が選ぶ時代小説大賞」とは、文藝春秋から発行されている雑誌「オール讀物」の編集部が主催する文学賞です。
その名のとおり時代小説を対象としていて、過去1年間に発表された作品から文芸評論家が候補作を選出し、候補作から選考委員である書店員たちが大賞を決定しています。編集部、文芸評論家、書店員とさまざまな立場の人が選考に関わり、「面白い」作品が選ばれているといえるでしょう。
第1回が開催されたのは、2011年のこと。これまでどのような作品が大賞に選ばれたのか、歴代受賞作のなかからおすすめの作品を紹介していきます。
金田一京助が「あいぬ物語」としてまとめた人物、山辺安之助。彼の本名はヤヨマネクフといい、樺太で生まれた人物です。開拓使たちに強制的に移住を命じられ、故郷を奪われました。移住した先の北海道では、天然痘やコレラなどの厳しい運命が待ち受けています。
一方で、リトアニアに生まれたブロニスワフ・ピウスツキ。ロシアの同化政策によって母語すらも話せない弾圧を受けていました。さらに皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、樺太に送られることになるのです。
そうして、自分たちの文化を強制的に奪われた2人が出会います。
- 著者
- 川越 宗一
- 出版日
- 2019-08-28
2019年に刊行された川越宗一の作品。「本屋が選ぶ時代小説大賞」だけでなく「直木賞」も受賞し、話題になりました。
物語の主人公は、ヤヨマネクフという実在するアイヌの人物。開拓使から集団移住を強いられ、天然痘やコレラで家族を亡くすなど、過酷な人生を生きていました。しかし、十数人の同行者とともに、船を使って自力で樺太に帰ります。そこでロシアに文化を奪われたリトアニア人のブロニスワフに出会うのです。
「文明」という名のもとに理不尽な行為を強制された2人が出会い、自分たちが大切にしたいものの正体を確認した時、そこに「熱」が生まれます。
樺太、リトアニア、北海道というそれぞれの土地の風土が克明に描かれ、民族としてのアイデンティティも考えさせられるでしょう。文明化されることで奪われる文化があることを、忘れてはいけないと痛感する一冊です。
応仁の乱がまさに始まろうとしていたある日のこと。京では貧富の差が広がり、日々の生活もままならない人々があふれていました。
そんななか骨皮道賢は、ならず者にも関わらず市中警護役を幕府から任されています。そしてその道賢に腕を見込まれた少年、才蔵は、町が襲撃を受けても生き残り、浮浪の徒である蓮田兵衛に預けられました。
蓮田兵衛は、道賢と同じようにならず者でありながらも人々の信頼を集めている人物です。2人の男から世の中を生きる術を教えられた才蔵は、やがて棒術の達人となり……。
- 著者
- 垣根 涼介
- 出版日
- 2019-01-27
2016年に「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞した垣根涼介の作品です。「無頼」とは、定職につかずに無法なおこないをする人のこと。本作は、まさに「無頼」を体現した3人の男たちの物語になっています。
幕府が機能しなくなった世の中で、ならず者たちが抱く野望は、幕府を打ち壊すというものでした。2人のならず者に見込まれた才蔵は、生死をかけた修業を乗り越え、たくましく成長。そして彼らは「一揆」を起こしていくのです。
骨皮道賢と蓮田兵衛は、実在する人物。史実に裏付けられたストーリーに、架空の才蔵という人物の成長譚を加えることで、一気にエンタメ性が高くなっています。とにかく登場人物がかっこよく、応仁の乱前夜の厳しい世の中を自分たちの力で生き延びようとするさまに、ほれぼれしてしまうでしょう。
1274年の文永の役と、1281年の弘安の役。鎌倉時代の日本が、モンゴル帝国の軍と戦った「元寇」です。
本作は、元からの襲撃を受けた日本と、日本を襲撃した元の双方の視点から元寇を描いた時代小説です。
- 著者
- 岩井 三四二
- 出版日
- 2014-04-15
2014年に「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞した岩井三四二の作品。
作中では、肥後に実在した御家人の竹崎季長、鎌倉幕府内の権力闘争に翻弄される役人、フビライ・ハンを支える元の官僚、元から圧力を受けて日本に行かされる高麗や南宋の兵士たち……さまざまな人物の視点から、2度にわたる元寇を描いています。
攻める側である元の兵士たちが、実はほとんどが元の支配に苦しんでいる高麗の者だったというのも興味深いところ。人物描写も情景描写も巧みで、当時の東アジア情勢を知ることができるでしょう。
樋口一葉の姉弟子、三宅花圃。明治時代以降、女性が初めて書いた小説『藪の鶯』の作者として有名です。
そんな彼女は、歌塾「萩の舎」に参加し、とある手記を見つけます。そこには、歌の師である中島歌子の心情が綴られていました。
歌子は幕末、天狗党の男に嫁ぎ、水戸で暮らしていたそう。しかし天狗党が暴走し尊王攘夷の運動を強めると、弾圧を受けるようになります。そして歌子は夫と引き離され、自身も投獄されることになってしまうのです。
- 著者
- 朝井 まかて
- 出版日
- 2015-10-15
2013年に「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞した朝井まかての作品。樋口一葉の師である中島歌子の手記を、弟子である三宅花圃が読むかたちで、歌子の人生をたどる物語が綴られていきます。武士ではなく、女性を主人公にした時代小説も珍しいでしょう。
男に恋をして嫁いだものの、時代の荒波に逆らえず、引き離されてしまう歌子。さらに夫を亡くし、失意に暮れますが、江戸に戻って歌塾を開くのです。
一途な恋は、まさにドラマチック。恋しい、尊い、苦しい……さまざまな感情を表現する文章が読者の心を掴み、ページをめくる手が止まらないでしょう。「君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ」という歌は切なく、涙なしには読めません。
豊臣秀吉がおこなった2度の朝鮮出兵を「文禄・慶長の役」といいます。
加藤清正の鉄砲隊をあずかった佐屋嘉兵衛忠善は、日本軍の戦いが勢いを増すなか、他国を侵攻するこの戦いに疑問を抱いていました。
そんななかで、都から逃げ延びてきた王子を守る朝鮮の役人、金宦と知りあいます。立場の違う彼らが出会った時、戦場に奇跡が起こるのです……。
- 著者
- 伊東潤
- 出版日
- 2013-11-11
2011年に第1回「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞した伊東潤の作品。秀吉の朝鮮出兵は、「大義名分がない」「無意味だ」と評価されることもある戦いです。
佐屋嘉兵衛忠善は、戦いのなかで捕虜となり、降伏。沙也可という名で朝鮮軍側について戦うことになります。一方の金宦は、加藤清正によって日本に連れてこられ、日本軍側として戦いをやめさせようと奔走するのです。また、暴走する秀吉に逆らうことはできないけれど、なんとか戦を収束させようとする加藤清正のキャラクターもいい味を出しています。
国も立場も異なるけれど、彼らが大切にしていることは同じ。男たちの熱いドラマが描かれた一冊です。