『巨匠とマルガリータ』の難しさを分かりやすく解説!

更新:2021.11.21

教授を名乗る謎の外国人。その正体はキリストの真実を知る悪魔!? 彼によってモスクワの人々が混沌に巻き込まれていくという物語。本作は近代ロシア文学を代表する長編小説です。巨匠と愛人の物語を軸として、2000年前のキリスト処刑を交えつつ、奇想天外な物語がくり広げられていきます。 2019年に映画化の発表された本作の難しさ、だからこそ読みがいのある魅力についてご紹介したいと思います。

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『巨匠とマルガリータ』のあらすじ。映画化の注目作品!難しいけど、訳のおすすめはある?

『巨匠とマルガリータ』はとにかく奇想天外な物語です。あらすじをご覧になるだけでその独特な魅力が分かるかもしれません。ここで少しご紹介しましょう。

物語は、二部構成で展開します。

小説を認められず原稿を焼き捨てた巨匠と、彼が愛する女性、マルガリータ、教授を名乗る悪魔とその一味がメインの登場人物です。

第1部では詩人のイワン・ポヌイリョフと文芸誌編集長ミハイル・ベリオリーズの前に、怪しげな外国人ヴォランド教授が現れます。イエスの存在に懐疑的だったベリオリーズに対して、ヴォランドは見てきたかのようにイエス=ヨシュアの物語を語りました。

実は、このヴォランドの正体は悪魔。彼は次々と騒動を起こし、モスクワに混乱をおこします。

彼らが巻き起こす破天荒な出来事に作中の人物だけでなく、読者も翻弄されるでしょう。さらに2000年前、ヨシュア(イエス・キリスト)を処刑したポンティウス・ピラトゥスの悔恨が複雑にからみ合い、作品はどんどん深みにはまっていきます。

主役級の巨匠とマルガリータが本格的に登場するのは、第2部に入ってから。ヴォランドの手引きで魔女となったマルガリータが、離れ離れになった最愛の巨匠を求めて、非日常を体験することになるのです。

本作の厄介なところは、読むのが疲れるほど大ボリュームにもかかわらず、読んでも読んでも話の主題が見えてこない点にあります。

さらに物語のとっかかりである主人公がなかなか出てこず、その前にキリスト教圏の思想や文化など、日本人が理解しずらい要素がこれでもかと登場します。

本作は2005年にロシアでドラマ化されていますが、2019年12月に映画化が発表されました。『華麗なるギャツビー』や『ムーランルージュ』を映像化したバズ・ラーマンが監督を務めるというだけあり、期待も大です。

この映画化を機に、『巨匠とマルガリータ』に興味を持ったという方も多いのではないでしょうか。本作は読みやすいとはいえない作品ですが、読むほどに深い魅力のある作品です。この記事で難解な点を噛み砕いてその面白さを紹介したいと思います。

ちなみに本作は過去に、4回も日本語訳が出版されました。基本的に差はないので、特におすすめ、というのはなく、気になったものを手に取るのでいいでしょう。ただし、多少の文章の言い回しや固有名詞に違いがあるので読み比べる際はご注意ください。

600ページの大作!第1部が奇想天外?しかも主人公の登場が遅い?

まず本作を読むうえでハードルとなるのが、600ページ近い超大作だということではないでしょうか。さらに場面によってナンセンスコメディとエログロとサスペンス、ファンタジーまで入り乱れていることも、読むのに根性が必要な点でしょう。

第1部では、このジャンルごった煮状態が特に目立ちます

イワンとベリオリーズ、そこにヴォランド教授を交えた文学的、宗教的な会話があったかと思えば、サスペンスもかくやの惨殺事件が発生します。そうかと思えばコント喜劇のようなお笑い展開があって……と、よくいえばバラエティ豊か。

さらに通常、読者が自己投影し、物語に没入する手助けをする役割を担う主人公は、なんと第1部が半分過ぎるまで影も形も出てきません

物語の主題がまったく見えないため、面白い面白くない以前に、読むのが苦痛になりそうです。

この厄介な第1部を乗り切る方法は1つ。ある程度割り切って、多少読み飛ばしてください。第1部で起こる奇想天外な出来事は、すべて悪魔ヴォランド教授の暗躍によるもので、彼がショーを成功させるために布石を打っているということさえ理解すれば問題ありません。

ただ、2000年前のピラトゥスのくだりは、のちのちに伏線として活きてくるので注目しておいた方がよいでしょう。
 

『巨匠とマルガリータ』はソ連時代の社会主義を風刺している?過去に発禁にもなった!

 

本作が書かれた当時、ロシアはソビエト連邦(ソ連)という社会主義国家でした。当時のソ連では出版物が検閲され、社会主義の趣旨にそぐわないものが排除されていました。

社会主義とは平たくいえば、公平と安定と理想とする考え方です。

ここで少し本作の滅茶苦茶なあらすじを思い出してみてください。とにかくカオスで、公平も安定もありません。

また作中ではおかしな言動の人物が、次々に精神病院に送り込まれていきます。

これはつまり、作品の展開で現実のソ連を風刺しながら、逸脱した者が容赦なく取り締まられる閉塞感を表していると考えられます。

作者のミハイル・ブルガーコフの作品にはこういった作風が多かったため、多くが発禁処分となりました。『巨匠とマルガリータ』においては、そもそも出版することができず、長らく日の目を浴びませんでした。

本作がきちんとした本になったのは、ブルガーコフの死後数十年経ってからのことです。

著者
["ミハイル・A・ブルガーコフ", "水野 忠夫"]
出版日

『巨匠とマルガリータ』は、キリスト教をベースとした信仰の物語

本作の物語の根底には、良くも悪くもキリスト教の思想が色濃く影響しています。しかし面白いのは、ヴォランド教授のような悪魔が登場しても、神が姿を見せないことです。

2000年前、ヨシュア=イエスがゴルゴだの丘で磔になって死んだとされています。キリスト教にとって、この一連の出来事は神聖なものです。

ロシア(当時ソ連)は国教こそ持たないものの、キリスト教系のロシア正教が広く信仰されていました。それにもかかわらず、作中に現れるのは悪魔だけ。ここにはブルガーコフの宗教への疑問が見て取れます。

しかしその一方で悪魔ヴォランドは、光があるからこそ影があり、影があるから光も存在できるという意味のセリフを言います。これは、神と悪魔は表裏一体、悪魔がいるなら逆説的に神も存在し得ることを示唆したものに感じられます。

ところがそこで、1つの疑問が生じます。作中では使徒レビ・マタイの神への願いも虚しく、ヨシュアは処刑されてしまうのです。

ヴォランド教授の言葉通りに神が実在するのなら、なぜ救済されないのか? これはヨシュアに限ったことではありません。救いを求める信者がいるのに、それを救済しない神の意味とは何か?

ブルガーコフは終盤にかけて、キリスト教の信仰のあり方に疑問を投げかけているように思えてなりません。

音楽の造形が深いとさらに楽しめる!曲が聞こえる!

作者のブルガーコフは劇作家でもありました。そのため音楽に関する造詣が深く、本作の作中でもクラシック音楽に関係した描写があちこちで出てきます。

例えば序盤でイワンがヴォランドを追跡する場面です。街中どこからともなく歌が鳴り響いて、どこまでもイワンを追いかけ、オーケストラの重く美しい音が彼を悩ませました。

その歌とはチャイコフスキーのオペラ楽曲『エヴゲニー・オネーギン』です。これはある少女を想う愛の歌なのですが、オペラの中で愛が成就しないことから、イワンがヴォランドに追いつけないことを表現しているのでしょう。

まさに劇作家ならではの仕掛け。ご存知の方なら、読みながら『エヴゲニー・オネーギン』が聞こえてくることでしょう。

この他にもシューベルト『白鳥の歌』に由来する言い回しや、バイオリンの名演奏者や作曲家を引用があるので、本作は読む時にクラシック音楽の知識があればより深く楽しめるようになっています。

でも『巨匠とマルガリータ』は、難しさを乗り超えて読んだら、面白い!

 

ここまでご紹介した内容から、本作を読むには少々高いハードルを越えることになる、とわかってもらえたでしょうか。しかし、その難しさを乗り越えて読み込むと、新しい世界が見えてくるはずです。

第1部と第2部をとおして、入り組んだ話が展開されますが、実はそのあちこちに、終盤のための伏線が張られているのです。

全体としてまとまりに欠ける、ように見える物語を読み終えた時、それがすべて必要な要素だったことがわかります。これこそが本作の醍醐味であり、魅力といえるでしょう。

なにより作者ブルガーコフはロシア近代文学の礎となった人物です。本作を通して、ロシア文学の世界観や宗教観に触れるだけでもきっと楽しめるはずです。

難しい作品といわれますが、深く考えず、気負うことなく読んでみる、というのをおすすめします。

このあとは最後に、本作の作者についてや、彼の他のおすすめ本などをご紹介します。

著者
["ミハイル・A・ブルガーコフ", "水野 忠夫"]
出版日

『巨匠とマルガリータ』作者・ブルガーコフが好きになったら他の作品もおすすめ!

ミハイル・ブルガーコフはウクライナ出身の作家でした。小説以外にも戯曲を書くなど、劇作家としても活躍しています。

キエフ大学で学んだブルガーコフは、ロシア帝国の白衛軍の軍医となりました。戦後、ロシア帝国はソ連となり、ブルガーコフは作家の道に進みました。

ブルガーコフの作品の多くは、科学や社会に懐疑的な作風でした。そのため当局から社会主義の理念に反すると見なされ、発禁処分が下されることになりました。

たとえば『巨匠とマルガリータ』の主人公・巨匠は、作品が評価されず、完結させられなかった小説家として登場します。いうまでもなくこれはブルガーコフ自身の反映で、社会主義体制下で自由に執筆できなかった鬱憤が作品に込められていることがわかります。

そんなブルガーコフの他の作品で特におすすめなのは自伝的小説『白衛軍』です。

内戦の結果、ロシア帝国の伝統様式や思想などが消えていくという内容なのですが、重苦しい中にも希望が描かれているのが特徴です。反革命派(つまりソ連反対派)がソ連色に染まっていくことから、ソ連指導者スターリンも気に入って愛読したとか。ロシアの歴史を知る上では必読の作品です。

著者
ミハイル・アファナーシェヴ ブルガーコフ
出版日

『巨匠とマルガリータ』は分量と難解さから、一筋縄ではいかない作品です。それだけに読破した時の達成感はひとしおです。普通の小説を読み飽きたという方は、ぜひ挑戦してみてください。

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