ノワール小説(暗黒小説)のイメージが強い、新堂冬樹。そのせいで手に取るのを悩んでしまう方も多いと思いますが、一度読んでみると作風にハマってしまうこと請け合いです。そんな新堂冬樹の作品のおすすめ作品をご紹介します。
新堂冬樹は1966年に大阪府で生まれ、『血塗られた神話』でメフィスト賞を受賞してデビューしました。
10代の頃から闇金融の世界で働いていたと公表しており、作品は欲望が渦巻く裏社会を舞台にしたノワール作品が目立ちます。一方で純愛小説も執筆しており、ファンには「黒新堂」「白新堂」と呼ばれているそうです。これは、オフィシャルブログのタイトルは「白と黒」とするくらい、本人も認める呼称となっています。
えげつない手口で街金融の世界でのしあがってきた野田秋人のもとへ電話秘書会社の社長が融資を申し込みます。担保をとって融資した翌日、野田のところへ社長の死体の一部が郵送されてきて……。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
野田の幼い頃のことや過去の事件、かつて愛した女性なども関わってくる中で、謎が謎を重ねていく展開です。復讐、新堂の職歴を活かした金融という要素、キックボクシングをストリートで駆使したり、暴力と恫喝で債務者を追い込んだりするバイオレンスなテイストが加えられた作品です。
デビュー作ですが、露骨に欲や女が絡んでくるノワールな部分は、のちの作品のキャラクター作り、特に暴力と金への執着に満ちた野田のキャラクターは『無間地獄』に通じるように思えます。
新堂冬樹の出発点、ぜひお楽しみください。
ヤクザ系金融小説の中に、金や欲に絡む人間の堕落や崩壊、過去の自分や本能から逃れられない弱さを、これでもかと見せつけてくれる作品『無間地獄』。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
- 2002-08-01
暴力団富樫組の若頭・桐生保は、闇金融の返済を滞らせている顧客から徹底的に借金を回収する金の亡者。玉城慎二は、生まれ持った美貌を武器に女から金を巻き上げる金の亡者。このふたりが出会ったことで、玉城は桐生にはめられ、借金を背負ってしまい……。
タイトル「無間地獄」は、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫地獄、灼熱地獄、大灼熱地獄のさらに下にある、他の地獄の千倍苦しむとされる地獄を意味しています。残酷な出来事などから逃れられずに苦しみ続ける登場人物たちの姿を、的確に表現する言葉ではないでしょうか。
前後編の長編ですが、展開、描写、筆致のすべてに勢いがあって、凄まじい勢いで読者を飲み込んでいくため、あっと言う間に読み切ることができます。桐生の過去、そこから発生する認めたくない「自分」自身。
あまりにも意外なラストに、びっくりするかもしれません。
本作は、新堂冬樹の裏社会の造詣と息を呑むような心理描写がもりだくさんの作品となっています。
物語の舞台は、東京杉並区に本部を構える宗教法人「神の郷」。教団設立10年で2000人近い教徒を獲得し、350億円もの大金を巻き上げた巨漢の神郷(しんごう)宝仙(ほうせん)と、人間の弱さや矮小さを体現したような男である城山、そして自分の弱さに気づきながらも流されていく麗子、この3人を中心に、話は進んでいきます。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
この小説のおもしろさは、なんといっても新興宗教とその手口を克明に描写した部分でしょう。
休むことなく唱えさせられ、食事中や眠っているときもヘッドホンから流れ込んでくる「マントラ」。涅槃を得るためと称して振るわれる竹刀。そしてメシアである神郷の思わず共感してしまう説法。
大金を払い、集団生活を送り、悲鳴をあげ、ついには焼殺事件にまで発展する。その様子の一つ一つが、くり返し描写されています。
「人間(ひと)はなぜ、そこまで信じることができるのか?」
「人間(ひと)はなぜ、そこまで堕ちることができるのか?」
(引用はいずれも『カリスマ』下巻 P693)
が、この小説のテーマと言えるでしょう。
作者の新堂冬樹は、「闇金融」に勤めた経験がある異色の作家。もしも人間の心理をえぐるような作品が読みたいと言う人には、ぜひこの作品をおすすめします。マンガ版も双葉社から出ているので、これを機に手に取ってみてはいかがでしょうか?
医学部合格間違いなしの少女・桂木涼子。彼女は次々と動物を毒殺し、ついに母親にも猛毒タリウムを飲ませるようになります。日ごとにタリウムは致死量に近づいていき、涼子は母親が衰弱していく様子をブログに書き綴るのでした。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
現実で起きた例の事件の少女がモチーフなのだろうと、読み進めれば読み進めるほどに感じるのではないでしょうか。もちろん現実の事件の真相が同じだったとは思いませんが。
涼子が愛犬を失ったときに周囲の大人たちが都合よく刷り込んだ嘘が、のちの彼女の善悪の判断、命への考え方といった部分に大きく影響していくという息苦しい展開となっています。
帯に『善悪ってなに?』と書かれており、作品を通して「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いかけが常になされる作品です。その答えを、涼子の姿を通して探してみませんか?
本作は、4作が収録された小説集です。
グロテスクな容姿と執念深い性格をもつ半蔵の自分勝手な妄想と狂気を描く『半蔵の黒子』。一度の夫の浮気を知って以降、彼の帰りを玄関マットに正座して待つようになった妻がどんどん支離滅裂になり、暴力行為にまでおよんでいく『お鈴が来る』。大怪我を負ったショックで口のきけない女性を、看病していくうちに、恋に堕ちていく男とその女の謎を描く『まゆかの恋慕』。実の娘に虐待を受ける、寝たきり老人の嘆きを綴る『英吉の部屋』。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
- 2007-07-30
登場人物たちの自分勝手な言動や、作中の料理までもが、まさにタイトル通り「吐きたい」気持ちになり、げんなりしそうになりますが、どうしても読む手を止められません。醜いことから目を離せなくなる不思議な感覚をぜひ味わってください。
傷ついた子犬を拾い、途方にくれていた深雪の前に現れたのは、獣医志望の高校生・桜木でした。桜木の家が営む動物病院で治療を受け、子犬は一命をとりとめます。桜木にはじめての恋をした深雪は、京都に住む叔父の家に引き取られるまでの短い間におもちゃの指輪で婚約をし、7年後の再会を約束します。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
深雪は成長しても桜木を一途に思っており、やがて桜木もほんとうに惹かれるようになっていきます。しかしなぜかすれ違う二人……。
表紙通りのピュアラブストーリーが描かれていく中で、殺人事件が起きて巻き込まれたり、深雪の義理の父親や桜木の親友の父親が絡んで政界の話が出てきたり、サスペンスの様相も呈していきます。
白新堂の真骨頂であるサスペンスとロマンスの合わせ技を感じられる作品、ぜひ読んでみてくださいね。
七瀬拓海は小笠原のダイビングショップに勤め、観光客のガイドなどをしている青年です。拓海にはテティスという名の年老いたイルカの友達がいます。昔テティスとその母イルカは心無い観光客に追われ、母イルカは命を落としテティスも体に傷を負いました。
テティスの心には深い傷と人間への不信感が残っていましたが、なぜか拓海にだけは心を開き、自ら近寄ってくるのでした。拓海は海の申し子のような青年で、世界チャンピオン並みの潜水能力と海の生物と心を通わせる力を持っています。
ある日拓海は、浜辺で歌を歌う1人の女性と出会いました。その歌声は極めて美しく、拓海以外の人間にはまったく寄り付かないテティスですら浜辺に顔を出していたのです。拓海はその女性を海の女神のように思い、この出会いは運命だと感じるのでした。
女性は柏木流香といい、声楽家を目指して東京の音楽大学に通う女子大生です。同じ大学の友人に誘われ、小笠原に小旅行に来ていました。流香は幼いころの悲しい経験から人の愛を信じられなくなっているのですが、流香の心の傷を察した拓海は、流香の力になりたいと願います。後日、流香の出場するコンクールに招待され東京に出てきた拓海は、流香の過去と苦境を知り、ある決意をするのでした。
- 著者
- 新堂 冬樹
- 出版日
- 2006-02-01
邪念がなくひたすら優しく純粋な拓海は、青く美しい小笠原の海を象徴するような存在です。一方、様々な出来事に傷つきながら必死に生きている流香は、雑多な都会を象徴するように思えます。
人を思いやる余裕がなく些細な事で意地を張り、拓海に酷いことを言う流香に読者は腹立たしさを覚えるかも知れません。しかし海のように全てを包み込む拓海の心はそんな読者の心すらも浄化してくれます。海と空の美しい青が心に広がる、透明感に溢れた切なく哀しく、そして優しい物語です。
グロい作品が多い、新堂冬樹。しかしその中にも必ず人間の弱さ、切なさが巧みに織り込まれており、読者を引きつけて離しません。不思議なバランスを保つ魅力に、ぜひ触れてみてくださいね。