集中せよ【小塚舞子】

集中せよ【小塚舞子】

更新:2021.2.9 作成:2020.4.1

先日、東京でロケがあったので新幹線に乗った。新大阪を出た時、車内はそれほど混雑しておらず快適だった。ディレクターさんは気を使ってくれて、少し離れた席に座っている。私の隣には若い(と言っても同い年くらいか)サラリーマンが座っていてパソコンを広げ何やら仕事をしている様子だった。

小塚舞子プロフィール画像
タレント、女優
小塚舞子
奈良県生まれ。カレー屋巡りの趣味が高じて、カレー本やカレーロケなどに度々登場している。2018年末に女児を出産、絶賛子育て奮闘中。 ■主な出演番組 ABC:「おはよう朝日です」 KTV:「発見たまご!ころころコロンブス」 TVO:「おとな旅あるき旅」 NHK:「ごごナマ」 他ラジオ、CM、舞台、ナレーターなど幅広い分野で活躍中。
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隣の集中力がすごすぎる

旅の記事の時にも書いたと思うが、私は閉鎖された空間がわりと好きだ。それは『これしかやることがない』という状況になると、読書でも書き物でもいつもより集中できることが多いから。ネットが使えるので飛行機よりは自由度が高い(最近は飛行機でも使えるんでしたっけ?)が、それでも大阪から東京までの約2時間半、決められた席にちょこんと座っておくしかないその時間を、どう過ごすか。それを考えるのが楽しいのだ。

この日も台本を読み終えると、持ってきた本を広げた。しかし、どうにも気が散ってしまう。別のことを考えてしまったり、同じ行を何度も読んでいたり、もう読み進めたはずの箇所の内容がまるで頭に入っていなかったりする。頭から雑念を振り払い集中しようとするがうまくいかない。私は諦めて、1ページも読むことなく本を閉じた。

今まで読書の時間と言えばもっぱら湯船に浸かっているときだったのだが、それも娘と一緒にプラスティックのカニやらゴム製のアヒルで遊ぶ時間に変わってしまい、いよいよ一日のうちに読書に集中できる時間がなくなっていた。なので、せめて仕事の空き時間が長くなった時や、移動時間が長い時くらいはゆっくり本が読みたい。

しかし、読めない時に無理矢理読んでも内容を楽しむことはできない。東京まではまだまだ時間があるのだし、ちょっと眠ろうか・・・と考えていたところ、ふと隣のサラリーマンの姿が目に入った。彼はパソコンを閉じて、スマホに集中していた。YouTubeか何かだろう。漫才を見ている。お笑い好きとしては誰の漫才かが気になったがわからなかった。

そして彼は、笑っていた。ニヤニヤではない。思わず吹き出してしまったのとも違う。小さな声ではあったがはっきりと「ウフフ」と笑っていた。

ある意味すごい集中力だ。イヤホンをつけているとは言え、画面はスマホ。その小さな世界にそれほどまでにのめりこめるものなのか。それに隣には私がいるし、新幹線の中はいつもの独特の雰囲気に包まれている。走行音が聞こえるので静かではないが、何となく声を潜めて話したくなるような閉鎖的な空気。この状況下で何度もウフフと笑える度胸。私は寝ることにも集中できなくなってしまった。定期的に聞こえるウフフと、それが誰の漫才によるものなのかが気になって仕方なかった。

つい隣のウフフに集中してしまう私

そんな中、新幹線が減速し始めた。名古屋に着くのだろうか、それにしては早いなと思っているとアナウンスが流れた。どうやら前を走る新幹線が車両点検をするせいで、後に続く新幹線も全てストップするようだった。車内が一瞬、苛立ちのようなピリッとした空気に包まれる。しかしまぁ車内点検なんてそれほど時間はかからないだろう。私もそう思ったし、他の乗客も同様に感じたようだった。新幹線が完全に止まると、走行音を失った車内は、シンと静まり返ってしまったが特に文句を言っているような人はおらず、通常の空気に戻った。

が、私の隣にいたウフフは違った。あんなに集中していた漫才を見るのをやめ、イヤホンを外してアナウンスを聞き、何やらそわそわしている。急ぎの仕事でもあるのだろうか。そして、アナウンスが終わるとほぼ同時ぐらいに誰かに電話をかけ始めた。

「もしもし・・・」笑い声と同じくらいの小声ではあるが、ここは新幹線の中。止まっているとは言え、新幹線が出発する際には通話はデッキでしてくださいというアナウンスがされている。それに最近では、電車内の通話がマナー違反だということは、もはやわざわざ言う必要もないくらいに浸透しているではないか。緊急事態と呼ぶには前の列車が車内点検だなんて緊急性が低すぎるし、そうだとしてもデッキには出られるだろう。もしやイヤホンの通話だったら許されるとでも思っているのだろうか。まったくもう!

「もしもしあなた、車内での通話はマナー違反ですよ」

なんて話しかける勇気はもちろんないので、私は一人プンスカしながら、せめて会話でも聞いてやろうと聞き耳を立てていた。スーツ姿で午前中に新幹線に乗っているということは、何かしらビジネスのために移動しているのだろう。重要な会議だとか商談だとか、遅れるわけにはいかない用件もあるのかもしれない。通話をしていることは腹立たしかったが、どれくらい遅れるのかは確かにわからないし、少し気の毒にも感じた。

しかしその思いは一瞬で払拭されることになる。ウフフはニヤニヤしながらこう続けた。

「もしも~し、朝早くにすみませんなぁ。起きてたー?・・・うん・・うん・・・」
「いやあ~、じつはぁ~、悲しいお知らせがありますぅ~。」

もしかして・・・と嫌な予感が走った。

「新~幹~線~!止まりました~!」

予感的中!

「なんかぁ?車両点検?いやわからんねんけどさぁ~・・・」

もしも私が電話の相手ならば、それが友達や恋人だろうが家族だろうが、電車が止まったことをメールやLINEでなくわざわざ電話で伝えてくる時点で、よほど大変な状況なのかと焦ると思う。しかしその内容が、前の列車の車内点検だと知ったら「え・・・そんなことで電話・・・」と途端にめんどくさくなるに違いない。電話の相手との関係性が気になるところだ。

ウフフはねちっこい声でしゃべり続けている。しかし、ゴニョゴニョとしゃべるのでよく聞こえない。会話の端々にわからないやら何やら聞こえてくるので、どれくらい止まりそうなのか、いつ着くのかなど尋ねられているのかもしれない。もしかすると、これから会う相手なのだろうか?ビジネスの関係性なのだとすると随分フランクだなと思っていると、次にはっきり聞こえてきたセリフがこうだった。

「いやあ、かなすぃ。かなすぃ~わぁぁぁぁ。」

すぃ~の部分だけ脳内で太字にして読んで頂きたい。

「かなすぃ~」

相手はおそらく付き合いたての恋人か、恋人になれそうな相手か、まぁそんなところだろう。甘い。普段の声を知っているわけではないが、明らかに甘い声を出している。オシャレメガネじゃないタイプのメガネに真面目なスーツ姿からは全く想像のできない「すぃ~」の連発。私は心の中で「なんやコイツ」を連発。・・・していると、また車内アナウンスが流れた。列車がまもなく動き出すとのことだった。

私はガッツポーズしたくなる気持ちと、電話口にむかって「もう電車動くわー!」と言いたい気持ちを抑えて窓の外を見た。いい天気だった。ウフフは電車が動くということは告げず(そもそも聞いてなかったのかもしれないが)「悲すぃくなったので、電話しました~」と言って、電話を切った。やかましいわ。

その後も、新幹線は動いたり止まったりを繰り返しながら約50分遅れて東京に着いた。ウフフは新幹線が止まる度にそわそわしていた。相変わらずYouTubeは見ている様子だったが、すっかり集中力をなくしたのか、もう笑い声は聞こえてこなかった。私はおかげで集中して小説を読むことができ、約2時間半+約50分を有意義に過ごせた。途中、イラッとした出来事はあったが、こうして話のネタにできたので結果オーライ。ウフフがしょうもないことで電話した罪に問われ、フラれていないことを祈る。どっちでもいいけど。

集中力ゼロの人も集中できる本

著者
登美彦, 森見
出版日

鞍馬の火祭りを訪れた六人の仲間の中から姿を消してしまった長谷川さん。当時学生だった彼らは別々の道を歩みますが、十年ぶりに再び鞍馬に集まります。そこで語られるのはそれぞれの身に起こった旅先での不思議な体験。そしてその話に共通するのは、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵。

物語を読み進めていくに連れて、自分もその中に迷い込んでしまうような、そしてそこから出られなくなるような感覚に陥ります。そうなってしまえば続きを読まずにはいられず、一日中本のことばかり考えていました。恐ろしいほどの集中力で一気に読んでしまった一冊です。

著者
木下 半太
出版日
2015-06-10

巨額の借金を抱え、一年間ニセの家族“鈴木さん”として暮らすことになった四人。見知らぬ者同士が家族として暮らしていくことに慣れてきた頃、四人に新たな命令が下されます。なぜ、借金を返済する代わりに“鈴木さん”として暮らさなければならなかったのか。そこには恐ろしい秘密が隠されています。

短い物語の中に、笑いやせつなさやミステリー、いろんな要素がギュッと凝縮されていて、こちらも集中力ない自分のことなんてすっかり忘れて読みふけっていました。電車の中で読めば、目的の駅で降りるのを忘れてしまう危険な一冊。

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