「ヒューゴー賞」「ネビュラ賞」と並ぶ国際的な文学賞「世界幻想文学大賞」。主にファンタジー小説を対象としていますが、SFやホラー作品に贈られることもあります。この記事では賞の歴史を解説したうえで、長編部門を受賞した歴代受賞作のなかからおすすめ小説を紹介していきます。
1975年にアメリカで創設された文学賞「世界幻想文学大賞」。有名な「ヒューゴー賞」や「ネビュラ賞」と並ぶ三大賞のひとつといわれています。
対象となるのは、基本的にはファンタジー小説ですが、SFやホラーに与えられることも。当初は長編部門やアーティスト部門など7つの賞があり、その後新しい部門が追加されて、中編部門やアンソロジー部門、大会賞など10の部門で受賞作品が選ばれるようになりました。
各部門ごとに世界ファンタジー大会の参加登録者によるファン投票で2作が、残りの3~4作を選考委員が選出し、最終候補が決まります。
特に40000語以上の作品が対象となる長編部門、10000語未満の作品が対象となる短編部門はともに「世界幻想文学大賞」の創設当初から存在する歴史ある部門です。この記事では、長編部門の歴代受賞作のなかから、おすすめの作品を紹介していきましょう。
物語の舞台はケコン島と呼ばれるアジアンテイストの島。この島で産出される翡翠は、怪力や感知など、超人的な力を引き出すエネルギーをもっていました。
島では、貴重な天然資源をめぐって2つのマフィア組織「無峰会」と「山岳会」が常に睨みを利かせている状態です。
そんななか、無峰会を構成するコール家は、家族間の結束が試される事態に陥っていました。血がつながっているからこそ生じる憎しみや劣等感に翻弄され、翡翠を求める彼ら。山岳会との抗争も激化し、均衡状態が破られていきます。この戦いに勝利するのは一体誰なのでしょうか。
- 著者
- ["フォンダ リー", "大谷 真弓"]
- 出版日
2018年に「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した、カナダ出身の作家フォンダ・リーの作品。作者は2015年にデビューし、わずか2年での受賞となりました。
翡翠の権利をめぐるマフィア同士の血生臭い抗争と、超能力というファンタジーな設定が見どころ。相反する要素を組みあわせることで、独自の世界観を作りあげています。
最大の魅力は、派手な戦いや凄惨なバトルシーンの裏側にある、複雑な人間関係です。弟に劣等感を感じる無峰会の首領ランや、マフィアが嫌いな妹のシェイなど、それぞれが内に抱える想いに注目です。超能力を使った戦いのシーンも迫力満点の、重厚なファンタジー小説になっています。
16歳の時に突然、誰からも記憶されない特異体質となったホープ・アーデン。両親に忘れられた日に家を出て、生計を立てるために盗みを働いていました。
ある日、取引相手から次のターゲットの相談を持ち掛けられます。相手は自己啓発アプリ「パーフェクション」の開発会社とのこと。それは使うと完璧な人間に近づけてくれるとして人気のアプリですが、一方で自殺にも関わっているという噂があり……。
「パーフェクション」を深く調べるうちに、その恐ろしさに気づいていくホープ。やがて巨大な陰謀に巻き込まれてしまうのです。
- 著者
- ["クレア・ノース", "雨海 弘美"]
- 出版日
2017年に「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した、イギリス出身の作家クレア・ノースの作品です。
主人公のホープは、誰よりも自由でありながら、誰よりも孤独な存在。世界を股にかけた泥棒ですが、常に哀しみを携えています。自身の心を満たすために、膨大な知識を身に着けているというのも考えさせられるでしょう。彼女が同じ体質をもつ人と出会い、すぐに忘れてしまうシーンも印象的です。
また作中に登場するアプリ「パーフェクション」は、完璧を求める一方で、完璧でないものを排除してしまうというもの。その実態を探る冒険活劇としても読みごたえがあるでしょう。
主人公の田村カフカは、東京都中野区に住む男子中学生。母親はおらず、父親からおぞましい呪いをかけられたことをきっかけに、15歳の誕生日に家出を決意しました。深夜バスに飛び乗って四国に向かい、とある私立図書館で寝泊まりするようになります。そして、そこで出会った館長の佐伯にどことなく母親の面影を感じ、肉体関係をもつようになるのです。
一方で、もうひとりの主人公であるナカタは、カフカと同じ中野区に住む60代の男性。知的障害をもっていて生活保護を受けている彼は、殺人を犯して四国へ逃亡することになりました。道中で数々の奇妙な体験をします。
カフカとナカタ、2人の物語が交互に進んでいく先で、彼らは一体何を見るのでしょうか。
- 著者
- 村上 春樹
- 出版日
- 2005-02-28
2006年に「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した、村上春樹の作品。物語の各所には、古代ギリシアから伝わる悲劇や、『源氏物語』『雨月物語』などの古典の要素が散りばめられています。
カフカは、愛に飢えた少年。サービスエリアで出会った若い女性を夢のなかで襲い、図書館館長の佐伯のことを母親ではないかと考えながら関係をもつのです。
またカラスと呼ばれる協力者や、トランスジェンダーの図書館司書、カーネルサンダースの扮装をした老人など個性的な人物がたくさん登場。もうひとりの主人公であるナカタも猫と話せる能力をもっていて、物語を彩ります。
現実と想像の境界があいまいで、メタファーも多用され、読んでも読んでもすべてを理解しきることは難しいかもしれませんが、不思議な世界で語られるのは、愛や死など普遍的なこと。これこそ「世界幻想文学大賞」にふさわしいといえる一冊です。
物語の中心にあるのは、夢のように甘く、食べると不死身になるといわれている「白い果実」です。ある日、辺境の教会に大切に保管されていたはずのその果実が盗まれてしまい、観相官のクレイは犯人を捜すことになりました。
その過程でクレイは傲慢な態度をくり返すのですが、ひとりの女性と出会い、独学で観相学を学ぶ彼女に初めて心を動かされます。しかしそれと同時に自尊心を傷つけられ、ついには取り返しのつかない状況に陥り、重大な罪を犯してしまうのです。
- 著者
- ["ジェフリー フォード", "Ford,Jeffrey", "悠子, 山尾", "瑞人, 金原", "暁美, 谷垣"]
- 出版日
1998年に「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した、アメリカの作家ジェフリー・フォードの作品です。
本作の最大の魅力は、その情景描写でしょう。クリスタルとピンクの珊瑚で作られた「理想形態都市」や、ブルースパイアの発掘の影響で鉱夫までもが青く染まるアナマソビアなど、読んでいるだけでまるで楽園に迷い込んだかのような気持ちになってしまうのです。
そんな世界で、高慢で冷酷な性格のクレイが、ひとりの女性と出会い、心を繊細に揺れ動かしていきます。徐々に変化するクレイの心情が、色彩豊かな情景描写と相まって幻想的な雰囲気を作り出していくのです。醜悪な行為や恐怖におびえる人々もまた美しく描かれており、独特の世界観を堪能できるでしょう。
主人公のアンドルーは、奇術師アルフレッド・ボーデンの末裔。昔から、記録にはありませんが双子の片割れがいるという確信があり、常に感覚的なやりとりが続いていました。
そんなアンドルーのもとに、ある日アルフレッド・ボーデンの著書が届きます。送り主は、会ったこともないケイトという女性。彼女のもとに赴くと、双子の兄弟について尋ねられたうえ、お互いの祖先が天才奇術師でライバル関係にあったことが発覚。その確執がアンドルーたちにまで影響を与えているというのです。
数々の謎を、アンドルーの祖先であるアルフレッド・ボーデンの回想録と、ケイトの祖先であるルパート・エンジャの日記によって解明していきます。
- 著者
- ["クリストファー・プリースト", "古沢 嘉通"]
- 出版日
1996年に「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した、イギリスの作家、クリストファー・プリーストの作品です。2006年には映画化もされました。
ミステリー要素も含む本作は、読者をも煙に巻く語り口が特徴です。主人公だけでなく、その祖先である奇術師が紡ぐ言葉は奥が深く、それぞれのももつ秘密をなかなか暴くことができません。しかも途中からはもっと大きな謎が出現し、読者をとんでもないところへと連れていきます。
また瞬間移動という華やかな催し物とは反対に、奇術師がお互いの舞台を邪魔しようと陰湿な妨害工作をくり広げるところもポイント。報復の連鎖に終わりはくるのでしょうか。
「世界幻想文学大賞」長編部門を受賞した作品のなかから、おすすめの小説を紹介しました。普段とは違った本の選び方をすると、新しい世界が広がっていくこともあるので、これを機にそのほかの受賞作も読んでみてください。