オカルト要素を取り入れた伝奇小説から、長編歴史小説まで手がける高橋克彦。東北に暮らすからこそ生まれた作品群が魅力です。そんな高橋克彦の作品のおすすめを6作、ご紹介します。
高橋克彦は1947年、岩手県釜石市に生まれました。岩手高等学校を経て早稲田大学商学部を卒業します。現在は盛岡市に在住しています。
大学卒業後、久慈市にあるアレン短期大学の専任講師をつとめ、浮世絵の研究者でもありました。
1983年『写楽殺人事件』で江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。以降、アクション伝奇小説、歴史小説、ミステリー、ホラー、時代小説など多岐のジャンルで執筆し、作品は東北地方が舞台となることが多いです。
鎌倉時代って戦国時代や幕末に比べると地味なイメージをお持ちではないでしょうか?
源頼朝や義経、北条政子あたりは有名ですが、その後は印象薄いですよね。気がついたら滅びていたなんて思っていませんか。そんな鎌倉時代には、実は前代未聞の大事件があるのをご存じですか?
それは蒙古の襲来です。一応学校の授業で教わると思いますが、記憶に残るのは「たまたま台風が来たおかげで蒙古軍が壊滅して日本が助かった」という程度ではないでしょうか。
事態は決してそんな単純なものではありません。日本が外国に侵略されるかもしれないという空前絶後の大事件です。
- 著者
- 高橋 克彦
- 出版日
- 2003-04-07
この作品は、知恵と勇気の限りを尽くし、命をかけて日本を護った鎌倉武士とその仲間たちの活躍を描いた、文庫本全4巻からなる長編小説です。このテーマで書かれた小説はあまり多くありません。高橋克彦はこのマイナーな題材を、まず前半では登場人物の揺れ動く心理や政敵同士の駆け引きを巧みな描写と読みやすい文体で表現することにより、導入から読者を引き付けます。
内容を少し紹介しますと、物語は時宗が生まれる前、時宗の父・時頼が執権になるところから始まります。時の執権・北条経時は長く病床にありましたが、ある夜、弟の時頼を密かに呼び寄せ、自分の病気の原因が何者かに毒を盛られたせいだと打ち明けるのです。
先代の執権であった経時と時頼の祖父が、後を継ぐべき息子(経時と時頼の父)が早くに亡くなったため執権の座を幼い孫の経時に譲った事から、同じ北条家の叔父との間に深い確執が生じていました。その他にも経時のまわりには彼の死を願う政敵ばかり。経時は時頼に執権の座を譲り、一旦政界から身を引いて健康が回復したら反撃する目論見だったのですが、もはや手遅れで回復することなく死んでしまったため、思いがけず執権になった時頼は、政敵たちとの間で壮絶な頭脳戦を繰り広げていくことになります。
元々出家を志していた時頼は、権力欲にまみれ民や政治を顧みない政敵の姿を見るにつけ、執権として正しい政治・理想の国のあり方を考えるようになっていくのです。
いつの世にも自分の事だけを考えてまわりを不幸にする人がいますよね。歴史の悲劇はその繰り返しと言っても過言ではありません。その愚かさを本作は教えてくれます。そんな時頼の志を理解し支えてくれる仲間も増え、時頼は次々と政敵を退け執権として確固たる地位を築いていく中で、息子の時宗が誕生します。
国内を安定させ、いよいよ蒙古に備えるという時に父・時頼は若くして病死。執権を継いだ時宗は未だ若輩。そして遂に蒙古の大船団が!若き執権とその仲間たちは、この最大級の国難をどうやって乗りきるのか。最終巻の日本軍と蒙古軍との戦闘描写は圧巻の一言!2001年のNHK大河ドラマの原作になった名作です。鎌倉時代って実はとっても面白い。読み終わった後、もっと鎌倉時代を知りたくなること必至の本作、ぜひ読んでみて下さい。
「東洲斎写楽とは誰だったのか?」――これを主題にしたミステリー作品『写楽殺人事件』。
大学助手の津田は、骨董市で明治時代に発行された秋田蘭画の写真集を安く入手します。その中の蘭画の落款(らっかん: 作者による署名や押印の意)に『東州斎写楽改近松昌栄画』との文字があったのです。それは東州斎写楽と名乗っていた人物が、近松昌栄と名前を変えて描いた画という意味で……。
- 著者
- 高橋 克彦
- 出版日
- 1986-07-08
本当ならば大発見となる出来事を発端に、写楽の謎と現代の事件とが絡まり合って話が進んでいきます。冒頭に「写楽が誰だったのか」ということが明かされているため、ただ単純に写楽の謎を追いかける話ではありません。読後、最初に種明かしをしてしまう手法の意図に気づき、唸ることでしょう。
高橋克彦のデビュー作でもある本作。本格的なミステリーを読みたい方におすすめです。
吉川英治文学新人賞受賞作『総門谷』。
岩手県でUFO目撃者が続出。超能力者の霧神顕たちは、この騒動に疑惑の念を抱きます。彼らは闘い、傷つき、魔の本拠地である総門谷へと向かうのでした。
- 著者
- 高橋克彦
- 出版日
- 1989-08-02
サイキックバトルとしてよりも、隠れ里や古代文明、オーパーツ、秘密組織、人類滅亡の危機……と大胆な展開をしていきます。同時に、深い知識に裏打ちされた薀蓄を並べて謎を論じ、読者は小説の世界へとしっかり引き込んでしまう筆者の力量に圧倒されることでしょう。
オカルト作品が好きでも、そうでなくても、ぜひページをめくってみてくださいね。
表題作「緋(あか)い記憶」の他には、「ねじれた記憶」「言えない記憶」「遠い記憶」「膚の記憶」「霧の記憶」「冥い記憶」と記憶をテーマにした7作品が収録されています。
表題作「緋い記憶」では、主人公が、古い住宅地図収集が趣味の友人から、かつての故郷の町が載る岩手の住宅地図を借ります。記憶を辿ってみるものの、どうしても見つからない、子どものころに遊んだ女の子の家。帰郷したときに友人とともに探すことにするのですが……。
- 著者
- 高橋 克彦
- 出版日
徐々に記憶を取り戻していく中で、見えていなかったものが見えてきたり、見えていたはずのものが見えなくなったりします。しかし自分以外誰もわかってくれないという不安と恐怖。
記憶は無意識に改ざんされゆくものなのかもしれません。ぜひ手にとってみてくださいね。
『火怨』は、日本史の授業でも出てきた征夷大将軍・坂上田村麻呂と、蝦夷の長・アテルイの戦いを、アテルイ側から描いた長編歴史小説です。
蝦夷と仲間たちのために戦い続けるアテルイの生き方が、かっこよく描かれます。それと同時に、アテルイと敵対し、蝦夷人を人間として認めようとしない朝廷側の坂上田村麻呂も、アテルイを同じ人間として認め、尊敬すべき武人として考えている姿も描写されているのです。
- 著者
- 高橋 克彦
- 出版日
- 2002-10-16
自分が生まれ育った土地、育ててくれた人、家族といったなによりも大切なものを脅かそうとする外的に対して、力で歯向かうことは悪いことだろうかと考えてしまう作品でした。歴史を負けた側の視点に立って考えると、見えてくる景色は違ってくるのでしょう。正義はひとつではなく、それぞれの価値観に見合うそれぞれの正義があるのかもしれませんね。
敵同士でありながら、互いを認め合うふたりのキャラクターがあってこそ、本作はおもしろいのではないでしょうか。
平安時代の前九年の役、後三年の役から、源頼朝による奥州藤原氏の討伐までを描く歴史小説『炎立つ』。巻の壱が前九年の役にいたるまで、巻の弐から参が前九年の役、巻の四が後三年の役、巻の伍が奥州藤原氏の興亡という構成がとられています。
- 著者
- 高橋 克彦
- 出版日
- 1995-09-06
東北の歴史を中央(京の朝廷)からではなく、住む者の視点で描く点、荒くれでも軍略化の安倍貞任や、藤原姓を持ち、朝廷側の人間でありながら安倍側に寝返る経清といった登場人物たちの描写は素晴らしく、手に汗握る壮大な歴史絵巻となっています。
特に安倍氏から藤原清衡が長じて奥州に移り住むまでの物語は、おもしろいとしか言いようがありません。奥州藤原氏に関してよりも、熱く詳しく描いているように思えます。
東北の歴史が好きならもちろん、詳しくないひとにもぜひ読んでほしい作品です。
東北への愛をこめて、東北を舞台にすることが多い高橋克彦。オカルトでもミステリーでも歴史小説でも、その力量に圧倒されるばかりです。ぜひ手にとってみてくださいね。