アメリカSF賞のなかでもっとも重要ともいわれる「ネビュラ賞」の長編小説部門。受賞作はSFファンなら読んでおきたいものばかりです。この記事では賞の概要と、歴代受賞作から特におすすめのものを紹介していきます。
「ネビュラ賞」は、アメリカ国内で前年刊行された、英語のSFやファンタジー作品に贈られる文学賞です。
1965年に、作家や編集者、批評家など文学のプロたちで構成される「アメリカSFファンタジー作家協会(SFWA)」に所属する作家ロイド・ビッグル・ジュニアが提案、1966年に第1回が開催されました。
毎年11月から2月の間にSFWAのメンバーで予備投票をおこない、得票数の多い6作品が最終候補に選ばれます。3月に本投票が実施され、5月に開催されるセレモニーにて受賞作が発表される流れです。「ネビュラ」とは「星雲」を意味し、受賞者に贈られるトロフィーは、渦巻き状の星雲と惑星をかたどった宝石が埋め込まれたデザインになっています。
当初は長編部門、中長編部門、中編部門、短編部門の4つの部門が設けられ、2018年からはゲームライティング全般を対象とする「ゲームライティング部門」が加わりました。
「ネビュラ賞」は、アメリカのSFの賞のなかでももっとも重要な賞といわれ、SFファンの投票で選ばれる「ヒューゴー賞」と知名度を二分し、両賞を受賞した作品は「ダブル・クラウン」と呼ばれています。ここからは、「ネビュラ賞」の長編部門を受賞した作品のなかから、特におすすめのものを紹介していきます。
突如出現した謎の領域「エリアX」。もともといた住人は全滅し、異様な変化を遂げた生態系が拡大し続けていました。監視機構「サザーン・リーチ」は調査隊を送り込みますが、帰ってきた人は誰もいません。
主人公は、生物学者の女性。エリアXに入った夫の死の謎に迫るため、女性のみで構成される第12次調査隊へ自ら志願しました。
メンバーとともに奥へ行くと、地図にない構造物を発見します。そこに未知の存在を感知した彼女たち。先へ進むべきなのでしょうか。
- 著者
- ["ジェフ・ヴァンダミア", "酒井昭伸"]
- 出版日
2015年に「ネビュラ賞」を受賞したジェフ・ヴァンダミアの作品。「サザーン・リーチ三部作」の1作目で、アメリカにおける作者の地位を確立する代表作となりました。エリアXに漂う不気味さは独特のもので、「ニュー・ウィアード」という新しいジャンルに位置付けられています。
第12次調査隊のメンバーは、生物学者、心理学者、人類学者、測量技師というそれぞれ手に職をもった者。個人的な要素をエリアXに持ち込むことは禁止されていて、隊員同士で名前を呼ぶことを避けているため、主人公の名前は出てきません。
主人公の見たものだけが語られるため、読者に与えられる情報もとても限定的。何か恐ろしい気配だけがずっと漂っていて、胸をざわつかせながらも作品の世界に引っ張られていきます。
さらに、エリアXの不気味さもさることながら、調査隊のメンバー同士の確執もぞっとするもの。疑心暗鬼と不安が人間にもたらす怖さも感じられる一冊です。
物語の舞台は、はるかな未来。強大な専制国家ラドチは、他惑星の捕虜を生体兵器に改造して、宇宙戦艦のAI人格を転写した属躰を作り、宇宙侵略を続けていました。
主人公のブレクは、いくつもの属躰を持つ宇宙戦艦のAI。しかし最後の任務で陰謀に巻き込まれ、艦も、愛しい人もすべて失ってしまいます。
ただひとり属躰となって生き延びたブレクには、やがて人格が芽生えはじめました。ラドチの独裁者に復讐するため、過酷な宇宙への旅に出ます。
- 著者
- アン・レッキー
- 出版日
- 2015-11-21
2014年に「ネビュラ賞」を受賞したアン・レッキーの作品。デビュー作ながらアメリカとイギリスの文学賞を7つ獲得しました。
AIに人格があること、戦艦が人格の母体となりいくつもの属躰に意識を転写していること、性別はなく三人称がすべて「彼女」であることなど、その練られた設定が魅力的。スペースバトルがくり広げられられるわけではありませんが、宇宙という広大な空間にひとりぽつんと取り残された人格がいる情景は、読者の想像をどこまでも広げてくれるでしょう。
当初は感情が希薄だったブレクですが、差別や裏切りなどを経験し、徐々にその輪郭をくっきりとさせていくのも魅力的。壮大なスペースオペラをお楽しみください。
時間遡行技術が確立された2060年。オックスフォード大学の史学生3人が、研究のため第二次世界大戦下のイギリスに行くことになりました。
ポリーはデパートの売り子として空襲下の庶民生活を体験し、メロピーは屋敷のメイドとして疎開児童を観察。マイクルは記者としてダンケルク撤退戦を取材します。
ところが、それぞれ現地で原因不明の事態が起こり、3人は時間に囚われてしまうのです。力を合わせてもとの世界に帰ろうと試みますが……。
- 著者
- コニー・ウィリス
- 出版日
- 2015-07-23
2011年に「ネビュラ賞」を受賞したコニー・ウィリスの作品。2001年9月11日に起こった「アメリカ同時多発テロ事件」をきっかけに執筆されたそうです。「ヒューゴー賞」も受賞したダブル・クラウンで、そのほか「ローカス賞」とあわせて3冠に輝きました。
3人の主人公は、戦火が広がるイギリスを駆け巡ります。現地では過去の出来事に影響を与えないよう行動しなければいけないという難しさがあり、作品の見どころだといえるでしょう。戦争の恐ろしさと、もとの世界に戻れないかもしれないという恐怖が、物語に緊張感をもたせています。
続編『オール・クリア』も刊行されているので、ぜひそちらもあわせて読んでみてください。
チャリオンの国太后イスタは、若かりし頃、自身に神が宿るという不思議な経験をしていました。一時は錯乱状態となり、人には感知できないものもわかってしまうため、精神不安定とみなされます。
夫は亡くなり、国主は娘のイセーレが務めていました。イスタ自身は故郷の城で、幽閉同然の暮らしをしています。
しかし、母親が亡くなったことをきっかけに、この不自由な暮らしから逃れることを決意。数少ない仲間を連れて巡礼の旅に出るのですが、チャリオンの命運をかけた大きな事件に巻き込まれていき……。
- 著者
- ["ロイス・マクマスター・ビジョルド", "Lois McMaster Bujold", "鍛治 靖子"]
- 出版日
2005年に「ネビュラ賞」を受賞したロイス・マクマスター・ビジョルドの作品。「ヒューゴー賞」と「ローカス賞」も受賞しています。「五神教」シリーズの2作目ですが、未読でも問題ありません。前作を読んでいる人は、「気のふれた中年女性」として描かれていたイスタが主人公になっている点が面白いでしょう。
酸いも甘いも経験済みの40代女性の、冒険物語。イスタは世界を守るために戦い、不幸な境遇を返上するかのようにはつらつと過ごし、恋もします。
等身大の主人公の姿に、大人が読んでも満足できるファンタジー小説だといえるでしょう。
自閉症の治療が可能になった近未来。主人公のルウは、高機能自閉症の患者です。バイオインフォマティクスの専門家として働き、趣味のフェンシングをしながら充実した日々を送っていました。
ところが職場に新しい上司がやってきて、自閉症の新治療の実験台になるよう迫られるのです。ルウとほかの自閉症の同僚たちは、治療を受けるべきか受けないべきかを議論していきます。果たしてどんな決断をくだすのでしょうか。
- 著者
- ["エリザベス・ムーン", "小尾 芙佐"]
- 出版日
2004年に「ネビュラ賞」を受賞したエリザベス・ムーンの作品。彼女の息子も自閉症だそうで、そにほか多数の取材を重ね、「21世紀版のアルジャーノンに花束を」と評価されています。
『くらやみの速さはどれくらい』というタイトルは、作者が息子から投げかけられた言葉だそう。主人公のルウは「光の前にはいつも闇がある。だから暗闇は光より速く進むはず」と言います。
ルウが紡ぎだす言葉は繊細で危うい部分もありますが、それゆえに心から発されているものだと感じるはず。治療をし、健常者になって得るものがあるのか、そこに価値はあるのか、深く考えさせられる一冊です。