歴史小説で曲者を描かせたら、トップクラスの富樫倫太郎。人物描写の巧みさ、展開のうまさは警察小説でも活かされています。そんな富樫倫太郎のおすすめ作品を5作、ご紹介します。
1961年に生まれた富樫倫太郎は、北海道函館市出身の小説家。北海道札幌東高等学校を経て、北海道大学経済学部を卒業しました。
15年間で60回以上投稿するものの、落選続き。1998年、『修羅の跫』で歴史群像大賞を受賞し、デビューしました。以降、歴史小説、時代小説、警察小説を執筆しています。
『修羅の跫(【改題】地獄の佳き日)』の舞台である平安の京では、白河法皇と孫にあたる鳥羽上皇が激しい権力争いを繰り広げていました。そんなとき鴨川の河原に、ばらばらにされた屍が積み上げられる不気味な事件が続きます。そのうちのひとつが上皇庁の女官のものだと判明し、鳥羽上皇は呪われているのではないかという噂が京の町に広がりはじめたのでした。しかしそれらは実は白河法皇が、邪神・阿修羅を呼び戻すためにはじめた儀式だったのです。恐ろしい企みを嗅ぎつけた陰陽師・安倍泰成は、方術で封印することにしますが……。
- 著者
- 富樫 倫太郎
- 出版日
- 2003-06-13
酒呑童子(しゅてんどうじ)や渡辺綱(わたなべのつな)といった昔話で聞いたことのあるような名前やエピソードが登場するので、嬉しくなってしまいます。また躍動感のある物語展開によって、読みやすく仕上がっています。
歴史や時代に興味や知識がなくとも充分楽しめますので、ぜひ読んでみてくださいね。
『早雲の軍配者』の主人公は、親を早くに亡くした孤児・風間小太郎。彼は、韮山様と呼ばれて民衆から慕われる北条早雲に非凡な才を見出され、日本最古の大学「足利学校」で学ぶことになります。双雲は孫の千代丸(後の北条氏康)の軍配者として、小太郎を育てることにしたのです。
- 著者
- 富樫 倫太郎
- 出版日
軍配者とは兵法だけではなく、占術や陰陽道、天候など様々な要素を基に戦術を立案する存在のことです。軍師と似ていますが、軍師は兵法に基づいた戦術を立案する傾向にありますから、軍配者のほうがより多くの知識が必要になってくるのです。
本作では、これらを「足利学校」で学んでいく主人公の姿、すなわち軍配者としての活躍ではなく、小太郎が成長していく様子が描かれます。民や兵たちを傷つけずに戦った早雲の極意を受け継いでいく過程には、明るい気持ちになるはずです。
さまざまな虚実を取り混ぜて戦国の世を描く、娯楽性の高い時代小説。カバーイラストの美しさも含めて爽やかな1作です。
ちょっとクセがあるけれど魅力的な『警視庁広域捜査専任特別調査室』の登場人物たち。警視庁刑事部に新たに設立された部署・広域捜査専任特別調査室「SRO」に在籍する7名は、室長の山根新九郎を含む調査官全員がキャリア(幹部候補生)でした。しかし彼らは全員ワケありだったのです。
- 著者
- 富樫 倫太郎
- 出版日
- 2010-11-20
アメリカで、犯罪行動心理学やプロファイリングを学び、階級は警視長というエリートなのに昆虫ヲタクの独身室長・山根。自宅がゴミにまみれているが、外では完璧な警視正(けいしせい)・芝原。マル暴風の風貌ながら、情にもろく部下思いの熱い男・尾形。レイバンのサングラスを愛用する「警視庁のダーティハリー」針谷。個性的な登場人物が揃っています。
ワケありエリートを集めた「SRO」の設定も展開もおもしろく、文章や事件解決過程の描写が巧みなので、さくさく読めるミステリー作品となっています。シリーズは番外編を含めて7作出ています。一度手に取ったら、一癖も二癖もあるけれど、ずば抜けた捜査能力を持つ登場人物たちに、また会いたくなること請け合いです。
杉並中央署生活安全課に新設された「何でも相談室」=通称0係は、役立たずばかりを集めた島流し専用の部署です。そこに科捜研から異動して来た小早川冬彦は、空気が読めないマイペースで無礼な警部。係員たち、特に叩き上げ刑事・寺田高虎のからは煙たがられていますが、プロファイリング能力だけは本物で……。
- 著者
- 富樫 倫太郎
- 出版日
- 2016-01-09
冬彦は空気が読めないだけでなく、オタク気質もあり、警察の隠語や府庁を誰かが使うといちいち説明したりもするのです。実際に近くにいたら、いらっとするだろうなと思えるキャラクターですが、とんでもない知識量と観察眼を持ちます。空気は読めないけれど、事件に絡んでくる関係者の行動や考えはわかるのかもしれません。
迷子をくり返す幼い女の子や、徘徊する老婆、立小便……などの日常に近いちょっとした事件が、放火、ヤクザ、カジノといった大事件と絡み合う展開です。
シリーズ化しているだけあり、単独の警察小説として充分おもしろい本作。ただし富樫綸太郎のもうひとつのシリーズ『SRO』との連動要素も気づくと、さらに楽しめる1作になるでしょう。
大坂を舞台にした男が困難を乗り越え、工夫を重ね、成長していく物語『堂島物語』。
江戸時代、貧しい小作農の息子の吉左は16歳のときに、自分が生んだ子を跡継ぎにしたがる継母との不仲もあり、大坂の米問屋・山代屋に奉公に出ることになりました。遅い奉公のはじまりだったため、先輩たちは年下も多く、いじめられます。店からも、下男のような扱い方をされるのでした。しかし生来勤勉な上に度胸もあり、相場観も持っていた吉左。彼は隠居である月照の指導のもと、非公認のコメ相場取引で頭角を現しはじめ……。
- 著者
- 富樫 倫太郎
- 出版日
- 2007-12-15
本作では、相場の売り買いを見極めるシーンが多く出てきます。自分なりのチャートを作ってみたり、米農家を巡って様子を確かめたりといった描写が的確なので、相場取引に参加しているかのような気持ちになることでしょう。
足りない資金を補うために得意先から借りて相場に挑み、失敗したら大事になるという緊張感が作品を引き締めています。キャラクターも活き活きしていて、文章も読みやすいですから、相場という言葉を聞いて「難しそう……」と尻込みせずに読んでみてくださいね。
時代もの、歴史ものだけでも充分楽しい作品を発表する富樫倫太郎ですが、警察小説の巧さこそおすすめしたいと思います!この機会にぜひ富樫作品に触れてみてくださいね。