夢枕獏おすすめ小説11選!伝奇バイオレンス、山岳、陰陽師……好きですか?

更新:2021.12.14

夢枕獏というとバイオレンスにエロスに伝奇というイメージですが、優しくやわらかい物語も描いています。今回は、柴田錬三郎賞、泉鏡花文学賞、吉川英治文学賞など数々の文学賞を受賞する、夢枕作品をご紹介します。

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10歳から作家志望だった、夢枕獏とは?

1951年、神奈川県小田原市で生まれた後、神奈川県立山北高等学校を経て、東海大学文学部日本文学科を卒業。

10歳の時点で小説家を志すよう担っていた夢枕獏ですが、デビュー当時は、得意であるところの密教要素を含む伝奇バイオレスや格闘小説ばかりでなく、『猫弾きのオルオラネ』などのような詩情溢れた大人の童話風の作品も書いていました。

現在はさらにジャンルを広げ、『陰陽師』シリーズや山岳作品、時代小説なども手がけるようになっています。

また、旅行や釣りが趣味で、熱心なプロレス・格闘技好きでもあります。夢枕獏というペンネームの由来は、夢を食べる獏と夢のような話を書きたいという意味があるそうです。

獣を体内に抱える少年?『幻獣少年キマイラ』

多くの作家が絶賛する伝奇バイオレンスアクションシリーズの第1作目。

タイトルにある「キマイラ」とは、ギリシャ神話に登場する、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持ち、口からは火炎を吐く怪物のことです。本作では、そんな幻の獣を体内に宿した少年の運命が動き出します。

大人しい少年が自分の中の獣に気づき、暴力や性に目覚めていく過程が臨場感たっぷりに描かれていて、どきどきわくわくしてしまう作品です。

 

著者
夢枕 獏
出版日
2013-08-24


平凡な毎日を過ごす高校生・大鳳吼は、自らの身体の奥に潜む獣に喰われるという悪夢を見ていました。そんな中、不良たちとの諍いをきっかけに、内に秘めていた「幻獣キマイラ」の力が目覚めます。「強くなりたい」と願い、その強さを手に入れていく一方で、やがてその力に振り回されていく大鳳の運命は、大きく変わっていくのです……。

本作は1982年に記されたものですが、今のライトノベル礎を築いた作品だといえるでしょう。主人公の大鳳以外にも、己のキマイラを制し学園の支配者として君臨している久鬼麗一や、他のシリーズ主人公の弟としても登場する九十九三蔵など、主人公級の魅力ある登場人物がそろっているのが夢枕獏のすごさです。

特に、大凰が強敵・九鬼と出会うことで「強くなりたい」と痛感する姿は、その後の展開を予期させる印象的なものとなっていて、さすがの上手さ。バイオレンス作品がお好きな方に、おすすめです。

夢枕獏自らおもしろいと言い切った作品「魔獣狩り」シリーズ

伝奇と格闘のおもしろさがつまったシリーズ「魔獣狩り」。別名「サイコダイバー」シリーズとも呼ばれる作品群です。

本作ではひとの神経に潜入して、記憶情報を入手したり、隠されたトラウマを発見したりするサイコダイブが描かれています。超能力ではなく素質と知識をもった者が専用機械で行う科学技術ですが、それを機械なしでできてしまう人間が主人公なのです。


 

著者
夢枕 獏
出版日
2014-03-28


過激派集団から金を強奪した上に、追跡を返り討ちにした文成仙吉は、丹沢の山中で女を生贄に捧げる邪教「ぱんしがる」の集会を目撃します。そのため、巨大な獣人に襲われることになるのですが、その後仙吉は、もぐりのサイコダイバー・九門鳳介や、密教僧・美空らとともに「ぱんしがる」と対決していくことになるのです……。

サイコダイブの発想の原点は、小松左京の小説に出てくるサイコ・ディテクティブなんだとか。現在でも多くのSF作品が扱う、ひとの心に潜入するサイコ系の部分を、既に描いている点には驚きます。むしろ、夢枕獏のこのシリーズから、サイコダイブというモチーフがエンタテインメント作品に広まっていったのかもしれません。そんな架空の能力を架空に思わせないリアリティと、また文成、九門、美空が繰り広げる熱いアクションシーンには、衝撃を受け惹きこまれることでしょう。

すべての生き物への慈しみを描く『陰陽師』

陰陽師とは、占い師のような、呪い師のような存在です。彼らは、古代日本の中務省の陰陽寮に属した官職で、木、火、土、金、水の五行に、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸の陰陽をそれぞれふたつずつ配する陰陽五行説に基づく陰陽道によって、占筮や色相を行います。

この役職にある安倍晴明と、相棒のようである貴族の源博雅が活躍する、伝奇小説『陰陽師』。短編連作形式で、1冊目には「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」「梔子の女」「黒川主」「蟇」「鬼のみちゆき」「白比丘尼」の6作が収録されています。

またこの作品も、他の夢枕獏作品同様にシリーズ化し人気を博しており、さらには1993年に岡野玲子により漫画化、2001年にはNHKにてテレビドラマ化、その後も映画化や舞台化もされています。

 

著者
夢枕 獏
出版日


本作には鬼、生霊、死霊といった"ものの怪"が登場しますが、晴明は、彼らの存在理由を明らかにし納得させていく形をとり、そこに「退治」はありません。派手な活劇にはならないので、ほかの夢枕作品に慣れていると少し驚くかもしれないです。

バイオレンスやエロの代わりに、人間が生きていく上での哀しさ、誰かを想うがゆえの切なさが描かれており、怨みとしてはじまった物語でも憂鬱な読後感にはならないという魅力があります。読めば読むほど、生き物すべてへの慈愛に満ちた晴明に、どんどん魅せられる作品です。
 

夢枕獏の柴田錬三郎賞受賞作!『神々の山嶺』

45歳以上で構成されたエベレスト登山隊が失敗に終わったとき。参加していたカメラマン・深町は隊員たちと別行動となったあと、カトマンズの古道具屋で年代物のコダックのカメラを入手します。エベレストへの登山史上最大の謎を解く可能性のあるジョージ・マロリーの遺品と思われましたが、購入後、カメラはホテルから盗まれてしまうのでした。

やがて深町が購入したカメラは、ビカール・サンと称される日本人から盗まれたカメラだと判明します。深町の前に姿を現した彼はなんと、日本国内で数々の登攀(とうはん)記録を持ちながらも、ヒマラヤ遠征で姿を消した羽生丈二だったのです……。

 

著者
夢枕 獏
出版日
2000-08-18


登山隊の失敗から古いカメラに遭遇し、エベレストを目指した男の真実に辿り着いていく、という練りこまれたプロットと、目の前に氷壁が見えるような描写に引き込まれ、重たいテーマの割にはあっという間に読み終えてしまうことでしょう。

本作にも名前が出てくるジョージ・マロリーが言ったとされる言葉「そこに山があるから」の意味が、読む側に生々しく伝わってくる傑作です。

なおこの作品は、谷口ジローにより漫画化もされています。フランス政府や高級ブランドに評価される谷口ジロー氏の詩情あふれる筆致で描かれた漫画版『神々の山嶺』は、想像力を掻き立てる夢枕獏小説とはまた違った名作に仕上がっており、読んでおいて損のない一冊です。
 

釣り好き夢枕獏が描く物語『大江戸釣客伝』

泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をそれぞれ受賞した作品です。

『大江戸釣客伝』の主人公は、実在したの津軽采女(うねめ)という旗本の釣り好き殿様。釣りにはまった采女は、将軍側の小姓に任じられて光栄だけれど、大好きな釣りができないのがつらくて……。そんな釣りバカぶりが丁寧に描かれています。後半には忠臣蔵騒動も絡んできて、元禄の世の華やかながら悲しい様子が染み渡ります。

 

著者
夢枕 獏
出版日
2013-05-15


江戸・元禄の世では釣りは一大ブームだったらしく、本作でも豪商の紀伊国屋文左衛門、浮世絵師の多賀朝湖(後の英一蝶)、芭蕉の一番弟子・宝井其角、水戸黄門までが釣り三昧です。そこに迫り来る、天下の悪法・生類憐れみの令。

生類憐れみの令の時代、釣り好きには大変なことも多いでしょうが、そこを飄々とやり過ごし、やはり大好きな釣りをするのです。夢枕獏も釣りを好むそうですから、その部分がしっかり生かされたのでしょうね。

バイオレンスやエロスに溢れていた作品を読んだ経験があると、「あれ、これは夢獏作品なのかな?」と首をかしげてしまうかもしれません。江戸の華やかな文化と、そこに生きる人びとの姿が魅力的な良作。ぜひ一度手にとってみてくださいね。

螺旋が見える『上弦の月を喰べる獅子』

主人公の男はタニシの殻のような小さなものから宇宙の星雲に至るまで全ての螺旋状のものに惹かれていて、自らを螺旋収集家と称しています。男には大学時代、涼子という恋人がいました。その当時は学生運動が盛んな時期でしたが、男は時代の風潮に乗り切れず、自然の写真を撮る事と涼子が好きだという詩人の作品に没頭して過ごしていたのですが、ある日ニュースで涼子の突然の死を知り衝撃を受けます。

男は知らされていなかったのですが、実は涼子は学生運動の過激派組織の一員で、対立する組織との抗争で撲殺されたのでした。それから男は花や風景などの写真を撮る意欲が一切なくなり、戦場カメラマンになります。

数年後、戦場へと至るジャングルを抜け集落にたどり着いた男は3人の白人兵士と遭遇します。そこに現れた原住民の少女に兵士が銃口を向けた時、少女の兄が走り出て「撃たないで」と叫びますが兵士は兄妹ともに射殺し、男はその瞬間になぜか兄妹に向かってカメラのシャッターを押したのでした。その後、突然のゲリラの爆撃で3人の兵士は死に男は運良く助かります。しかしその爆撃の衝撃で飛んできた小石が男の頭蓋骨を突き抜け脳へと刺さり、手術で摘出できないまま脳の中に残されてしまい、その時から男には他人には見えない螺旋が見えるようになるのです。

著者
夢枕 獏
出版日
2011-03-10

男はある日、新宿のビルの中で自分にしか見えない螺旋階段を見つけ、誰もいなくなった夜を見計らい1人で螺旋階段を上り始めます。遥か上空へと続く螺旋階段を昇るうちに男の心の中に涼子が好きだった詩人の心が入り込み、2人の心が交錯して融合していくのでした。

気が付くと男は一切の記憶を失い見知らぬ海辺に倒れていて、魚を捕りに現れた兄妹に助けられ彼らの家に連れていかれます。そこは地平線が天空へと向かっている不思議な世界で、兄妹と年老いた両親の他には誰もいませんでした。そこで男は記憶を失ったまま妹と結婚して幸せな生活を送り始めます。しかし兄は唯一の女性である妹に以前から肉欲を抱いており、妹の夫となった男を激しく憎悪するのでした。

兄は両親を殺害しさらに男も殺して妹を手に入れようとするのですが、男は妹と共に逃げ出し上へと向かう旅に出ます。しかし追いついてきた兄と格闘するうち、男は穴に転落して地下水流に流され、妹とはぐれてしまうのでした。1人で上に向かう旅を続ける事にした男は、途中で大きなカエルのような姿をした人間の言葉を話す奇妙な生物と遭遇します。男を「縁」と呼び自分は「業」だと名乗るその奇妙な生物と共に男は旅をすることになるのですが、「業」は道中で脱皮を繰り返し、徐々に獣の様な姿へと変化していくのでした。

男が突然迷い込んだ世界は、異世界のようでもあり太古の地球のようでもあります。哲学的かつ神秘的で難解な部分もありますが、ファンタジーとアドベンチャーが融合したロールプレイングゲームのような展開は、読む者の心を主人公と共に謎に満ちた壮大な世界へと誘ってくれます。

果てしなく続く壮絶な輪廻転生『黒塚』

舞台のはじまりは鎌倉時代。クロウという名の主人公は、実は源義経で、大和坊(武蔵坊弁慶)とともに追っ手から逃げていました。その旅路の途中で、黒蜜という美しい女性と出会います。

黒蜜との出会いがクロウ、そして大和坊の運命を大きく変えます。黒蜜は不老不死の吸血鬼であり、その黒蜜の手によってクロウも不老不死の吸血鬼になってしまうのです。

著者
夢枕 獏
出版日
2003-02-01

不老不死の二人にとって、時間は果てしなく続きます。何度もその身体は倒れますが、また輪廻転生を繰り返し、記憶も都度リセットされ、ゼロから生きはじめなくてはならない壮絶さ。クロウは輪廻転生を繰り返しながらも黒蜜の姿を追い求めます。その壮絶さは、「このまま死なせてくれ」というクロウの一言に表れています。

鎌倉時代から始まった旅は平成、さらに近未来へとつながり、その長すぎる時間を生きながら、黒蜜を探し続けるクロウ。人は長生きしたいと思うけれども、さすがに1000年以上生き続けるのは辛いなぁとしみじみ感じます。

夢枕獏が描く伝奇版源氏物語『秘帖・源氏物語 翁‐OKINA』

物語の舞台は平安時代の日本です。京の都のとある館に招かれた高麗人の人相見は、そこで1人の高貴な少年の人相を見るよう命じられます。引き合わされたその少年は、類まれな美しさを持っていました。しかし人相見は少年の背後に、普通の人には見えない妖しい老人の姿を見てしまいます。人相見は恐れおののき、少年は王の相を持っているがその未来は自分には予想もつかないと言うのでした。

その少年は大人になり、「光る君」と呼ばれるようになります。光る君の妻の葵の上は、数日前から熱が下がらず苦しんでおり、様々な坊主や陰陽師に祈祷をさせてもまったく効果がありませんでした。葵の上には得体のしれない物の怪のようなものが取り憑いており、それが葵の上を苦しめていたのです。

光る君は妻を救うため、葦屋道満という法師陰陽師を探し出します。法師陰陽師とは朝廷に所属する陰陽寮の陰陽師ではなく、民間の陰陽師のことです。道満は有能な陰陽師ですが、死んだ後にその人の魂をもらうことを報酬としている謎の多い人物で、光る君に対しても「金は要らぬからそれを喰わせろ」と言います。光る君はそれを承知し、道満と共に葵の上を苦しめる物の怪の正体を探るのでした。

著者
夢枕 獏
出版日
2011-11-30

本作は紫式部の「源氏物語」を下敷きにしていますが、「源氏物語」とは全く違う物語となっています。光る君の常人には無い能力と道満の不思議な術とで次々に現れる正体不明の敵や妖怪のようなものに立ち向かっていく筋立ては、まるで冒険活劇のようです。

作中には仏教をはじめとする宗教についての難解な記述もありますが、謎解きの一環として難なく読み進むことができます。歴史的要素とSF的要素が融合した、あらゆる角度から楽しめる質の高い知的で贅沢な娯楽作品です。

夢枕獏の非凡で幅広い想像力を楽しめる短編集『鳥葬の山』

主人公の夏木は32歳の独身男性です。都内で小さなデザイン会社を経営しており土日も休みなく働いているため、年に1度だけまとめて休みを取り海外旅行に行くことにしています。もともと山好きな夏木が今年の旅行先に選んだのはチベットでした。そこで知り合った日本人のバッグパッカーの青年から、鳥葬が見物できるという話を教えてもらいます。

他人の葬式が見られるということに驚いた夏木ですが、「けっこうえげつない光景だが感動した」というその青年の話に興味を覚え、鳥葬業者に依頼して見物させてもらいました。それ以来夏木は、夜眠ると自分が鳥葬されている夢を見るようになります。そして周囲の鳥たちが明らかに自分を見ているように思うのでした。

著者
夢枕 獏
出版日

本作には表題作を含む8作の短編が収録されています。

「柔らかい家」は、山で道に迷った男性がたどり着いた家で恐怖を味わう話です。その他の話も、最初は現実にありそうな話かと思いきや全く異世界の話であったり、人間以外の話であったりします。ほとんどの作品に死の臭いが漂い、読者は違和感を覚え不安を感じるでしょう。

「羊の宇宙」という作品だけはほのぼのとした雰囲気で語られ、読者を和やかな気持ちにさせてくれます。年老いた物理学者とカザフ族の羊飼いの少年が2人だけで語り合う話です。世界は見方を変えると実にシンプルで美しい法則から成り立っていることを教えてくれます。

強者を求め、餓狼が歩む『餓狼伝』

流浪の空手家、丹波文七を核として展開される格闘小説の金字塔。1985年に書き起こされ、長く愛されてきた人気シリーズです。

フィクションではありますが、当時の格闘技界を非常によく描いているのが特徴の一つ。作中における対戦方法は何でも有、主に総合格闘技、バーリトゥードを参考にしているような印象です。しかし、当時の格闘技界において総合格闘技という概念はまだ浸透していないこともあり、本作は非常に新鮮な驚きを持って世に送り出されました。現在の格闘技界を鑑みて、夢枕獏に先見の明があったことは揺ぎ無い事実となっています。

丹波文七が本格的に「何でも有」の世界に入るきっかけは学生時代。格闘技仲間が喧嘩でのいざこざで刃物によって斬殺されたことに始まります。その場に居合わせた丹波にもその凶刃は襲い掛かりますが、丹波は逃げずに返り討ちに、その経験が元で丹波の餓狼が目覚め、その後の修羅のごとき格闘技人生を歩き始めることに。

著者
夢枕 獏
出版日

冒頭でも少し触れましたが格闘小説だということをあえて何度も強調させていただきたいです。皆様は格闘小説と聞いてそれほどの珍しさは感じなかったのではないでしょうか、しかしどうでしょう、思い出していただくとそれほど多くの格闘技メインの小説はあったでしょうか、バトルやアクション、または昨今のファンタジーにおいても格闘の描写というのは決して少なくありません。少なくはありませんがそれは物語のアクセントとして格闘を扱っているにすぎません。

『餓狼伝』の特筆すべきところは恐ろしく真面目に格闘技や武道を追求していることにあります。主人公、丹波文七を筆頭に物語の登場人物達は全員強さの求道者といって過言ではなく、美麗の天才拳士姫川、本物の強さを求めるプロレスラー梶原、そして生ける伝説牛殺しの松尾象山、そのキャラクターには一癖も二癖もありますが、共通して言えるのはその誰もが強さに対して真摯であるということです。

登場人物達の各々のアプローチは全く違いますが求めるものは強さの一点に絞られ、時に対戦相手の急所を突くことも厭いません。眼球を指でえぐる、金的を蹴り上げる、時に咬みつくことも厭わない、必要があれば真剣にて相手の腕を切り落とす。時に残酷な描写も目立ちますが条件は常に対等で、本作ではそのような描写も不思議と受け入れてしまいます。

肉体を追求していく、技を追求していく、そして強い相手を倒したい。このクラシックなテーマをここまで求めきった物語を他に知りません。是非一読して後悔のない作品だとおすすめできます。

夢枕獏が描くカッコいい空海『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』

本作はかの有名な弘法大師こと空海が主役の伝奇小説です。遣唐使として唐に渡った空海は”密教”を修得したいと考えていました。ところが、唐の都長安では怪奇事件が起こります。妖猫や皇帝の死の予言。この騒ぎを解明してほしいと依頼される空海はどんどん事件に関わっていきます。空海は無事日本に密教を持って帰ることができるのでしょうか。

 

著者
夢枕 獏
出版日
2011-10-25


この小説の中で空海は親友の橘逸勢と共に行動します。いつも冷静沈着な空海に対し、問題が舞い込んでくるたびに慌てる逸勢。空海のキャラクターだけでは表現できない、感情の起伏やその場面の空気感を逸勢がうまい具合に表現しているのです。

空海が哲学的な難しい問題を問いかけるシーンが幾度かでてきますが、それに頭を悩ませる逸勢に空海がわかりやすく説くので、歴史や宗教に詳しくない方でも理解できるようになっています。また、その他の登場人物に白居易、阿倍仲麻呂や李白などが登場します。これは歴史ファンの方にとってとても楽しめる要素になっているのではないでしょうか。

全4巻のこの物語。夢枕獏は本作を完成させるにあたり17年の歳月を費やしたといいます。時間をかけ調べられただけあって、空海ファンの方も楽しめる内容になっているでしょう。そして空海が説く宗教の教えには、私たちを前向きにさせてくれる言葉がたくさんあります。そういった、歴史的、宗教的な面から読んでみるのもこの作品の楽しみ方の1つです。

空海がとてもかっこよく描かれた本作は、歴史が好きな方が読んでもそうでない方が読んでも、物語として面白い作品です。ぜひ、空海のかっこよさをその目でお確かめください。


バイオレンスやエロスを得意としていた夢枕獏。ジャンルを超えた良作を生んでいます。どの作品も良作ばかり。ぜひ読んでみてださいね。

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