女性同士の性愛小説といえば中山可穂という印象でしたが、それ以外の「愛」も描くようになってきているようです。 そんな中山可穂の作品のおすすめを5作ご紹介します。
中山可穂は日本の小説家です。1960年、愛知県名古屋市生生まれ、早稲田大学教育学部英語英文科を卒業。
大学を卒業後、劇団を主宰し、作、演出、役者をこなしていましたが、のちに解散となり、30歳ころから会社員をしつつ小説を書くようになりました。
『ルイジアヌ』でTOKYO FMショート・ストーリー・グランプリを受賞し、1993年にマガジンハウスから『猫背の王子』でデビュー。
女性同士の恋愛をテーマにした作品が多かったのですが、『ケッケル』以降は世界を広げ、恋愛だけでなく親子愛などもテーマになっています。
寡作でマイペースな執筆をしており、「孤高の全身恋愛小説家」と称されることもあるようです。
王寺ミチルは、熱狂的なファンに支えられる小劇団の演出家で女優でもあり、少年のような容姿をしていて、女から女へ渡り歩くレズビアンでもあります。
やがて、信頼していた仲間の裏切りにより、ミチルはすべてをうしなっていく……。
- 著者
- 中山 可穂
- 出版日
「自分とセックスしている夢を見て、目が覚めた」というインパクトのある書き出しなんですが、これはミチルが自分しか愛していないという意味の表現なのかもと思いました。
「悪魔か天使かわからない。永遠の少年みたいな顔をして、ひどく淫らなセリフ言ってる」などと言われてしまうほどに、ミチルはとても不器用であやうくて、いつも切ない狂気に満ち溢れています。こんな姿を見てしまうからこそ、この劇団のファンは熱烈にミチルに惹かれるのかもしれませんね。
ミチルの行動と気持ちが描かれていくのですが、どの文章も切なくて重たくて、息苦しくなります。まるで刃こぼれしたナイフで刺されたように深い痛みを残す作品ですが、読んで損はありません。
新人公演でヒロインに抜擢された宝塚歌劇団の娘役・野火ほたるは、一期上の憧れの男役とコンビを組むことになりました。
ほたると運命的に出会ったヤクザ・片桐は、娘役として成長していく姿をひそかに見守り続けるのです。それも10年にわたって……。
- 著者
- 中山 可穂
- 出版日
- 2016-04-27
娘役の野火ほたるが主役となっていますが、実際に「主役」と呼んでいいのは彼女と運命的に出会い、以降ずっと見守り続けたヤクザの組長・片桐ではないかなと思います。
ほたるはとても可憐なのですが、それ以上に片桐の生き方、ほたるへの想いが胸に沁みます。宝塚とハードボイルドという意外な組み合わせながら、しっくりまとまり、巧みなストーリーとして構築されていくのはさすがとしかいいようがありません。
宝塚を描いたものとしては、この作品の前に『男役』という対になる小説があります。幽霊がメインにきている『男役』よりも、物語の構成、展開、キャラクターなどはこちらのほうがリアリティもあり、生き生きしていると思います。
宝塚が好きな人なら、綿密に調べられたディテールに感心するでしょうし、知らない人なら宝塚に興味を持つきっかけになるかもしれません。それほどしっかりと宝塚歌劇団という世界が描けているのです。
この1冊でも充分楽しめますし、対となる『男役』と続けて読んでみても面白いかもしれませんね。
平凡なOLの「わたし」は、雨の夜の書店で新人作家・塁と出会って恋に落ちます。塁はジャン・ジュネの再来と言われるほどの才能ある作家でした。
破滅的な性愛に溺れていく「わたし」と塁。周囲を不幸にし、互いに傷つき追い詰められても愛し合うことをやめられず……。
- 著者
- 中山 可穂
- 出版日
不幸になるとわかっているのに、ずるずるとはまっていく恋が描かれています。激しくて切なくて、甘くて、それでいて破滅的で、どうにもならない関係です。
裏切りも嫉妬も恋愛にはつきものですが、読んでいくほど切なくてやりきれなくなってしまうことでしょう。恋愛が幸せにつながるとは限らないのですよね。
でもよく考えてみれば、これほど全身全霊で愛せる存在に出会えた彼女たちが幸せなのかもしれません。
読み切るのに少々パワーはいりますが、しっかりと受け取ってほしい作品です。
凛々しい太鼓を打つ主人公とホタルの化身のひと夏の濃密な恋(『鶴』)
失恋した女性のある夜のできごとを描く(『七夕』)
別れた駄目な夫が転がり込んで来る……(『花伽藍』)
猫のアマントの習性をなぞりながら別れの余韻を感じる(『偽アマント』)
あるレズビアンカップルの老後の祈り(『燦雨』)
この5本が収録された短編集です。同性愛でも異性愛でも既婚でも未婚でもひとを愛するというのはこんなに切なくてややこしいのだと思えてしまう作品ばかりです。それでも、誰もがひとを愛するのをやめないから、物語が成立するのですよね。
- 著者
- 中山 可穂
- 出版日
- 2010-05-25
伽藍とは寺院などにある大きな建物のことです。そして花伽藍とは、桜の木が何本も並んだり向き合ったりして、絡み合うように咲き乱れる様子を言うのだそうです。うまく恋愛表現に結び付けているのがさすがだなと思ってしまいました。
とても美しい作品集です。
既婚の女性同士で恋に落ちて、互いに家庭を捨てて駆け落ちした木村伽椰は、相手が夫の追跡で病んでしまい、そこから逃げ出した過去があります。そんな伽椰とモーツァルトを好むピアニスト・遠松鍵人の人生が交錯し、その過程で残虐な復讐劇が浮かび上がるという物語です。
- 著者
- 中山 可穂
- 出版日
- 2009-05-08
ケッヘルとは、モーツァルトの作品を整理して時系列的に配列する作業をしたルートヴィヒ・フォン・ケッヘルのことで、作品目録を「ケッヘル目録」、配列番号を「ケッヘル番号」と呼んでいます。
日本では「交響曲第41番ハ長調 K.551」と言う感じで表記される、このK以降の数字が「ケッヘル番号」。
このケッヘル番号が、物語の構成にも展開にも謎にも大きく関わってきます。読み終わったら間違いなくモーツァルトが聴きたくなるのではないでしょうか。
ミステリー風の展開も恋愛要素も魅力的な1冊。しっかり楽しんでくださいね。
中山可穂は性愛の部分にどうしても目がいってしまう作家ですが、どれも、とても切なくて読ませてくれる作品ばかりです。そんな部分をぜひ味わってほしいと思います。