荻原規子の作品は少女を主人公とした瑞々しく透明感のあるファンタジー世界が魅力です。特に女性から強い支持を受け、日本にもこんなに良質のファンタジーがあるということを教えてくれます。
荻原規子は早稲田大学教育学部国語国文学科を卒業し、大学時代には早大児童文学研究会にも所属していました。ちなみにこの研究会は、寺村輝雄や古田足日など数多くの児童文学作家を輩出したことで有名です。
そして、1988年『空色勾玉』で作家デビューし、この作品で日本児童文学者協会新人賞を獲得。この後の『西の善き魔女』や『RDG レッドデータガール』などの作品では広くメディアミックスされて、その名を世に知らしめました。
デビュー以来児童文学界で活躍した彼女の作品はしなやかに強い少女たちが活躍する姿が楽しめるものが多いです。子供の頃に読み、今でも好きという女性ファンが多いのは、児童文学としておもしろい展開になっているのももちろん、大人が読んでも面白い、テーマ性があるから。ぜひ原作を読んでその面白さを味わってほしい作家です。
幼い頃、山でさまよっているところを助け出された、少女・狭也は、年老いた養父母と共に平和な毎日を送っていました。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2010-06-04
しかし彼女はある日、自らの一族とは敵対関係にある闇の一族の生まれだと知らされるのです。絶望の中、長年憧れていた一族の御子・月代王が、彼女を彼の都に連れて帰ります。狭也はそこで輝大御神の末子・稚羽矢と運命的な出会いを果たすのでした。
古語が多く、難しい印象を受けるかもしれませんが、徐々にそれが気にならないくらい物語に夢中になっていきます。舞台は古事記の世界であり、ボーイミーツガールであっても、神さまと人という一筋縄ではいかない設定。しかし恋に不慣れな二人はまるでただの少年少女のように、思いのままに悩んで泣いて喜んで、戦の中で苦しみながらも距離を縮めていきます。
輝の氏族と闇の氏族、神と人という立場の違いすぎる二人ですが、お互いかけがえのない者として必死に手を伸ばし合っているような関係が読む者の胸を切なくさせます。
その後の『白鳥異伝』『薄紅天女』と続く勾玉シリーズの初めであり、荻原規子の原点である『空色勾玉』は、少女の戦いと成長という荻原作品の骨子が見事に備わっています。荻原作品の入門書として、女性だけでなく、男性にもおすすめできる作品です。
女王の治める国・グラールの最北端・セラフィールド。そこに住む十五歳の少女・フィリエルは、天文学者ディー博士の娘です。天文学者の弟子であるルーンは、彼女の誕生日プレゼントにと豪華な宝石細工のペンダントを届けにきます。
フィリエルの亡くなった母の形見らしきそのペンダントをつけ、フィリエルは領主であるルアルゴー伯爵家のパーティーに出かけます。そこで彼女は伯爵家の跡継ぎユーシスに声をかけられ、大広間で夢のような一時を過ごします。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
しかしそんな時間もつかの間、そのペンダントがグラール王女エディリーンの所有していた首飾りだったと判明し、盗みの嫌疑をかけられます。しかし伯爵家令嬢のアデイルがフィリエルの危機を救ってくれました。アデイルは、王女エディリーンの姉の娘で、次期女王候補のひとりでした。
実はエディリーンの首飾りに飾られる石には、王族の血に反応して色が変わる不思議な力がありました。試しにフィリエルの血を垂らすと、石は鮮やかに変色していきます。フィリエルもまた、王女エディリーンの娘だったのです。
自らの血筋を知った彼女は、グラール王家の血を継ぐ者としてルーンと共に運命に立ち向っていきます。
この『西の善き魔女』は、日本の古典や歴史を題材に扱う事の多い荻原規子には珍しく、海外のような架空のファンタジー世界を舞台にしています。少女小説らしくお城での舞踏会や、皆の憧れの伯爵令息とのダンスなどのシーンなど、女子のときめくシチュエーションも押さえており、秘められた王女の血筋というドラマティックな要素が物語を盛り上げていきます。
設定だけ聞くと王道の洋物ファンタジーに感じるかもしれません。しかし、少女達が外交に政治に女性や人としての魅力を武器に生き生きと活躍していくところに、荻原作品の魂を感じるでしょう。可愛いだけで終わらない少女たちのまっすぐさ、強さが読者を惹きつけるのです。
フィリエルの相手役と言うべきルーンは、偏屈で自分の情熱を抑え込むタイプの人間で、フィリエルの幸せを思うあまり、泥を被って彼女から離れていく場面もありますが、行動的なフィリエルは一度覚悟を決めれば、何を投げ捨ててでもルーンを追いかける、はっきりしていて魅力的なヒロインです。対照的な二人なのでお互いのキャラクターが引き立ち、それぞれが生き生きと物語を動き回ります。
2006年にアニメ化もされ、よりエンターテイメントとして楽しめる作品だと思います。本編の他、番外編もいくつか出版されていますので、じっくり荻原規子作品を楽しみたい方にオススメです。
上田ひろみが、猛勉強の末入った辰川高校は、少々特殊な学校でした。東大合格者を多数輩出しながらも、辰川高校はイベント事に力を入れる校風で、生徒たちは日々忙しく過ごします。
ひろみは合唱祭で近衛有理という一人の少女に目を引かれます。一年ダブったという噂のある彼女に謎めいた笑みを投げかけられ、少しずつ話すようになった二人は仲良くなっていきます。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2016-04-23
旧制高校だった影響を色濃く残した高校で、有理は辰川高校を「女子の存在を認めないところ」だと言います。彼女の言う、女子の居場所をなくす「名前のない顔のないもの」とは?
そんな折、生徒会に届けられた、辰校祭で死者が出るという脅迫状。放火されたキャンバス。男達の世界の中で、少女たちがとる選択とは?
この小説は、作者の児童文学である『これは王国のかぎ』の主人公・上田ひろみの高校での物語を描いていますが、『これは王国のかぎ』を読まなくても楽しめる作品です。旧制高校の流れをくむ辰川高校に入学したひろみは、男の世界である校風に戸惑いますが、同じくそれを感じている少女・有理と感情を共感していきます。
荻原作品では、少女が生き生きと物語を展開させていく事が多いのですが、この学校に入ってしまった二人は、男にとって居心地が良い辰川高校の中で、自分の女性としての力を封じ込められているようです。
有理は学園祭で、自らのヴェールを脱いでいくサロメの「七つのヴェールの踊り」を愛してもらえなかった少年の前で踊ります。
「もしひと目でも見さえすれば、おまえとてあたしを愛してくれたであろうに……」こうサロメの台詞をつぶやく有理は、善悪を超えて女性の胸に訴えるものがあるでしょう。
また、ひろみと反発していた少年・江藤が少しずつ関係を変えて距離を縮めていく様子は、彼女の女性としての成長を感じさせます。
大人になる前の少年少女達の痛みと成長、そして男女を意識し始めた彼らのほろ苦い恋の詰まった青春小説は、中高生から大人まで、幅広くオススメできる作品です。
鈴原泉水子は、玉倉山にある神社の宮司である祖父に育てられた内気な女の子。中学三年生になった彼女は、仲が良い友達の行く地元の高校への入学を希望します。
しかし、泉水子の父親が推薦する高校は、東京にある全寮制の高校。友達がいない事、東京へ行くと言うことにおそれを抱いた彼女は、何とか父に地元の高校へ行くことをわかってもらおうとします。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2011-06-23
そんな折、パソコンの授業中に泉水子のパソコンで怪現象がおきた後、いきなり教室のパソコンが一斉にシャットダウンしてしまいました。途方に暮れる泉水子の元へ、泉水子の母・紫子に仕えるという相楽雪政が突如現われ、彼女を家へ連れ帰ります。
そして、雪政は泉水子と同い年の息子の深行を呼び出し、泉水子に仕えさせるため名門中学から無理矢理、同じ中学に編入させ、高校も同じ所に通わせようとしています。
深行は父の強引な手口と、大人しすぎる泉水子に苛立ち、反発する姿勢を隠しません。二人の関係はぎくしゃくするばかりですが、泉水子は母の紫子に深行を自由にさせるよう雪政を説得してもらおうと考えます。そして母に会いに行った修学旅行先の東京で二人は、泉水子が予言の力を持った姫神を憑依させる存在だと知るのでした。
大人も子供も楽しむことが出来るファンタジーというコンセプトでつくられた「ぎんのさじ」レーベルより出版されたこの本は、後にアニメ化も果たしました。
修験道、御子、陰陽師など、日本のオカルト知識を駆使した、本格的な和製ファンタジーです。巻を追う事に増えていく泉水子の周辺の人物は、陰陽師や忍者の末裔、神さまなど、人間からそうでないものまで、幅広く存在します。当たり前のように人と神が共存して日常生活を送っているのも、荻原作品の面白いところ。神さまであっても女装を楽しんだり、恋をしたり、嫉妬したり、やりたい放題。まさに日本の神さまならではの、人間くささとおおらかさが感じられます。
しかしなんといっても読者の心をつかむのは、内気で自分に自信がない泉水子と、文武両道でおまけにイケメンな深行が、親の思惑で無理矢理コンビにされ、反発しながらも惹かれ合っていく二人の関係です。泉水子を最初は見下し、冷たく接してすらいた深行・しかし、特殊な身の上ゆえよくないものに目をつけられやすい彼女を守るようになり、好意も抱いていくという王道の展開は、予想が出来つつも読者のカタルシスを誘います。
世界を行く末に影響する少女と少年の不器用な恋の行方は、ツンデレ少年と自分に自信のない少女という組み合わせも相まって、じれったくも少しずつ思いを通わせていく初々しい主人公達を、やきもきしながら応援したくなってしまいます。少女の心を持った全ての方へお届けしたい物語です。
渡会美綾は、父のイギリス転勤で、家族と留学するかひとりで日本に残るか選択を余儀なくされ、大学に受かった日本で一人暮らしをすることを決意しました。美綾はまだ入学前のキャンパスに立ち寄り、そこで道を聞いてきたモノトーンの服の男子学生が気になりますが、名前も聞けず、気の利いた案内が出来なかったことを悔やみます。
数日後、美綾は家の近くで迷子のパピヨンを保護します。モノクロと名付けられたその犬は、いきなり言葉を話し出し、なんと自分を八百万の神だと言いだしたのです。
- 著者
- 荻原 規子
- 出版日
- 2016-01-19
「この家が気に入ったから住むことにした」とのたまうモノクロの望みは、人間になること。そのため大学で学びたいという彼に、美綾は質問攻めにあいます。そして、ちぐはぐな少女と神さまとの二人暮らしに舞い込む、騒動の数々。
事故死した中学の同級生の幽霊とは、果たして本物なのか? ロッカールームでの盗難事件で、ドアの内側に残された赤い札の正体とは……?
これまでより少しだけ年齢の高い主人公・美綾と、彼女の元に舞い込んできた神さま・モノクロの物語は、舞台が現代で主人公が大学生ということもあり、ヒロインが十五歳前後が多かったいつもの荻原作品とは少しテイストが違います。しかし、神さまと人が優しく同居する世界に、不思議と日常が隣り合わせの荻原ワールドを感じて嬉しくなってしまいます。
この『エチュード春一番』はボーイミーツガールならぬガールミーツドッグな展開を見せているのですが、話せる犬モノクロと、美綾の遠慮のないやりとりが面白いです。
「かわいくないとペットは放置されるよ。ご主人様に気に入られないと」
「わしが始終会話をしないからって、そう気を落とさないでくれ。意識がよそに集中している場合は、犬本来の脳しか働かないのだ。そういうときでも、わしには違いないから」
(ともに 『エチュード春一番』より引用)
こんな会話を女子大生とパピヨンがしていると想像するだけで、おかしくなってしまいます。
彼らの周りには、色々な事件や奇妙な人が集まってきますが、モノクロの助けを借りてトラブルを解決していく様は、さすが神さまといったところ。パピヨンのモノクロが格好良く見えてくるほどです。読み終わった後、少しのほろ苦さと、優しい気持が残るような作品です。
荻原規子は、日本のファンタジー作家の一人であり、少女小説作家でもあります。古典や神話、日本の民俗学をモチーフにした重厚なストーリー展開をつくりあげます。その中で少年少女達が出会い、手を取合って世界を変えていくという王道ストーリーは、読者の胸をときめかせるもの。平凡で特別な少女達の冒険を、どうぞお楽しみ下さい。