文芸

実験小説おすすめ6選!不思議すぎる奇書を読み取れるか

更新:2020.11.29 作成:2020.6.8

「実験」といえば科学実験や生物実験など、理系にまつわるものを思い浮かべることが多いでしょう。仮説を確かめたり、いままでなかったものを試したりすることですが、実は小説にも「実験」があります。その歴史は古く、数多くの作家が文学の実験をし発表してきました。この記事では「奇書」ともいわれるおすすめの実験小説を紹介していきます。目に見えるものや常識を捨て、不思議な世界に入り込んでみてください。

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20世紀を代表するおすすめ実験小説『ユリシーズ』

第1部の主人公、22歳のスティーブン・ディーダラスは、作家を志しながら歴史の教師をしています。この日は朝食を食べ、授業をし、校長と話をした後、海岸にやってきました。パリでの生活、文学や哲学、そして亡くなった母親などに想いをめぐらせます。

第2部の主人公は、広告取りの仕事をしている中年の男、ブルームです。歌手をしている妻が、コンサートマネージャーのボイランと浮気するのではと考え、苦しんでいました。

第2部の後半でスティーブンとブルームが出会い、第3部は2人の会話を中心にストーリーが進んでいきます。

著者
ジェイムズ・ジョイス
出版日

アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスの作品。アメリカの雑誌で1918年から連載され、その後1922年に刊行されました。

古代ギリシア文学最古期の叙事詩であるホメロスの「オデュッセイア」と、登場人物や象徴、文体など構造的な対応関係をもたせているのが特徴。20年間の出来事を描いた「オデュッセイア」を、ダブリン市の1日に置き換えています。タイトルにもなっている『ユリシーズ』は、「オデュッセイア」の主人公オデュッセウスのラテン名です。

実験小説といわれるゆえんは、「意識の流れ」という手法を使っていることに関係するでしょう。これは登場人物の意識に去来する想いと思考を、切れ目なく映し出すもの。第1部で、スティーブンが海岸にいるシーンなどでみることができます。

そのほか、膨大な量の駄洒落やパロディ、謎かけ、暗示など実験的な文章にあふれていて、数々の称賛を受けた一方で、多くの反発も呼びました。ただ20世紀を代表する大長編小説といわれているので、1度は読んでおきたい作品です。

時制を軸にしたおすすめ実験小説『あなたの人生の物語』

女性言語学者ルイーズ・バンクス博士は、軍からの依頼で、地球を訪れたエイリアンとコンタクトをとることになりました。

7本足のエイリアンは2つの言語を使います。ひとつは発話言語の「ヘプタポッドA」、そしてもうひとつは書法体系の「ヘプタポッドB」。2つはまったく異なる構造で、とても複雑なものです。

未知の言語を解読するにつれて、時間の認識に影響が出たバンクス。驚くべき運命に巻き込まれていきます。

著者
テッド・チャン
出版日
2003-09-30

1998年に刊行された、アメリカの作家テッド・チャンのSF短編小説。「ネビュラ賞」を受賞しています。

主人公のバンクスは、「ヘプタポッドB」の書法に「書き手が文章の結末を知っている」という現象を突き止めました。これが、本作の時制に反映されているのが最大の特徴でしょう。エイリアンとのコンタクトと並行して、自身の娘の誕生以降の時が語られていくのですが、娘の誕生や死、そしてその後のことはすべて未来形の時制で書かれているのです。

人生の幸せな瞬間は一瞬。その先には苦痛や不幸が待っていることがわかっていたとしても、幸せを手に入れたいと思うのでしょうか。不思議な世界観とともに読者に問いかける実験小説です。

天才が生み出した文学的遊戯、詩と註釈から成る奇書『青白い炎』

老詩人のジョン・シェイドが999行からなる詩「青白い炎」を遺し、他界しました。シェイドの隣人だったキンボート博士は、その版権を買い取り、序文と註釈をつけて一冊の書にまとめようと試みます。

実はキンボートは、シェイドにつきまとって奇行を重ねていた人物。註釈は本来の詩の意味から大きく脱線し、キンボートの母国であるゼンブラの革命や、シェイドとの架空の友情を織り込み、曲解され、奇妙な本になっていくのです。

著者
["ナボコフ", "富士川 義之"]
出版日

ロシア出身の作家ウラジーミル・ナボコフの作品。1962年に発表されました。ナボコフは帝政時代のロシアから亡命し、アメリカやヨーロッパで活躍。難解さと言語遊戯にあふれた作風に定評があり、技巧派といわれています。

本作は、シェイドの詩と、それに対するキンボートの註釈で構成された実験小説です。まず読者は、本文の2倍以上の膨大な註釈に戸惑うでしょう。キンボートの過去の回想やエピソードをふんだんに盛り込んだ恣意的なもので、シェイドの詩をこじつけて解釈している点に思わず笑ってしまいます。それと同時に、キンボートの狂人っぷりに空恐ろしさすら感じてしまうでしょう。

知的な悪ふざけを読むような面白さがあり、それでいて息をつめてページをめくってしまうような魅力のある作品。作者が「天才」と呼ばれるのも納得の奇書なのです。

デカダンスの聖書といわれたおすすめ実験小説『さかしま』

放蕩の限りを尽くして遺産を食いつぶした、貴族の末裔デ・ゼッサント。これまでの生活に飽き飽きし、先祖の遺した城館を売り払って、パリの郊外に家を購入し、隠遁生活を始めました。

俗悪な生活を忌み嫌い、召使い以外の人間との接触を断って、本や絵画などに囲まれた生活を送ります。数々の空想で趣向を凝らし、新しい住まいを理想の楽園に作り上げていきました。

ところが、しだいに神経症が悪化していきます。不眠と食欲不振に悩まされるようになり……。

著者
J.K. ユイスマンス
出版日
2002-06-01

フランスの作家ジョリス=カルル・ユイスマンスの作品。1884年に刊行され、退廃的で病的な感受性を重んじた芸術技巧「デカダンス」の聖書と評されました。翻訳は澁澤龍彦が担当しています。

タイトルになっている「さかしま」とは、「道理に背くこと」という意味です。ひねくれた高等遊民である主人公が、社会に反発し、趣味の小宇宙を築きあげる過程と末路が描かれています。

内容のほとんどはゼッサントの内省で、芸術感や審美論のうんちくが延々と語られます。しかしここで注目したいのが、彼自身が反自然的な生き方は長続きしないと、実は気づいていると感じられる点です。

自然と和解して神を信じたいのに、本心と向きあうことができず、不可思議な行動をくり返す主人公が描かれます。彼を蝕む神経症と不純な社会に対する嫌悪、自己の内部のみで生きることの限界と挫折。その姿はどこかユーモアもあり、喜劇としても読むことができるでしょう。

うごめく不気味な家を体現した実験小説『紙葉の家』

盲目の老人ザンパノが亡くなりました。彼が紙に書き記していた無数の文書を、ジョニー・トルーアントという青年が手に入れます。

文書には、不気味な家のドキュメントフィルムにまつわる調書が綴られていました。その家は、外観には変化がないのに、内側では奈落の空間が広がったり縮んだりしているというのです。

トルーアントはそれらを編集し、世に出そうとしましたが、しだいに不気味な家にとりつかれ、精神を失調させていきます。

著者
マーク・Z. ダニエレブスキー
出版日

アメリカの作家マーク・Z・ダニエレブスキーのホラー小説です。2000年に刊行されました。

不気味な体験を記録したジャーナリストの物語と、その記録を見た老人の物語、そして老人が遺した無数の紙を見つけた青年の物語が同時に展開される入れ子構造になっています。

ストーリーももちろんですが、本作を実験小説たらしめているのは、縦横無尽に詰め込まれた文字のレイアウト。物語と脚注を拾うために、読者は本を縦にしたり横にしたり、斜めにしたりして文字を追わなければなりません。これが家の不気味な変化を探る登場人物たちとシンクロし、ゾッとする感覚を呼び起こすのです。

テキストのコラージュ化や物語の中断など、本自体に家の変貌が乗り移ったかのような揺れ動く構造が読者を釘付けにします。トルーアントの精神状態がゆっくりと崩壊するさまがじわじわと伝わってくる、まるで生き物のような奇書です。

2つの「第一部」が存在するおすすめ実験小説『両方になる』

15世紀に活躍したイタリアの画家フランチェスコの魂が、突如現代のイギリスの美術館に降り立ちました。自分の描いた絵画を見つめる少女を見て、自身の過去を思い返していきます。

画家という職業が男性にしか許されなった時代に、絵の才能に秀でた少女は男性画家フランチェスコとして生きていたのです。

一方で、母親を抗生剤のアレルギーで亡くした現代イギリスの少女ジョージは、生前の母と一緒にイタリアへ行って見た、ルネサンス期の絵画を眺めていました。

著者
アリ スミス
出版日
2018-09-27

スコットランド生まれの作家アリ・スミスの作品。2018年に刊行されました。

作者は「良き読者、一流の読者、積極的で創造的な読者は再読者なのである」と述べていますが、本作はまさに再読を促す小説。というのも、2つの物語はともに「第一部」とされていて、1度読んだだけでは物語がどのように関連しているのか理解しづらいからです。

フランチェスコの物語を「目の章」、ジョージの物語を「カメラの章」といい、2つでひとつの二重螺旋のような構造になっています。それは登場人物の2人が繋がるという単純なものではありません。たとえば「カメラの章」に続いて「目の章」を読んだだけでは物語は未完成で、順番を逆にしてあらためて読み返すことで初めて成立するというものなのです。

ちなみに本作の原書にはまさに実験的な仕掛けがあり、2つの章の順番が逆になっているものが、まったく同じパッケージで書店に並んでいたそう。現代を代表する実験小説だといえるでしょう。