少女小説でデビューした後に一般小説へ転向。直木賞を受賞し、休業期を経てエッセイにて再起するなど、幅広いジャンルで活動している山本文緒の作品を紹介します。女性に向けて書かれたものが多い中で、男性読者からの支持も受けている作家です。
山本文緒は神奈川生まれの神奈川育ちの小説家です。大学を卒業後、OLとして働くかたわらで執筆した小説によりデビューを果しました。
代表作『恋愛中毒』ではタイトルの通り恋愛にのめりこみ全てを捧げてしまう女性が描かれるなど、大人が楽しめるような作品を書く作家というイメージも強いですが、実はデビュー作は少女小説でした。コバルト・ノベル大賞の佳作を『プレミアム・プールの日々』で受賞。その後も当時のコバルト文庫を中心に、数多くのジュニア小説を出版しています。
一般小説に転向したのは1992年の『パイナップルの彼方』からになります。1999年の『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞を受賞し、2001年に『プラナリア』で直木賞を受賞しました。その後一時期執筆活動を中断しますが、2007年に『再婚生活』というエッセイで復帰。文庫で新作を出しつつ、近年では昔の作品の改稿やアンソロジーへの参加なども多く、スローペースで活動しているようです。
「恋愛小説の最高傑作」という人もいるほどの一作です。主人公の水無月は一見何の変哲もない中年の女性。離婚歴のある彼女は、ある時長年ファンだった小説家と出会い、愛人関係を結んでしまいます。離婚という痛手を経験した上で恋に不器用な女性が歩んでしまう不倫の道。切ない恋愛の物語かと思って読み進めていくと、やがて水無月の狂気が垣間見えてきます。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
果たしてこれは恋愛小説なのか。ホラーやミステリーと表現することもできるのではないか。そんな声も聞こえてくる終盤の展開は必見。
水無月の本当の姿がわかってくるにつれ、決して正気の沙汰ではないことはわかる一方で、特に女性ならどこか共感できてしまうと感じる部分があるのではないかと思います。恋愛にのめり込んだことのある誰もに訪れる可能性のある狂気。年齢を重ね、恋愛経験を重ねていく中で読み返すことで、自分にとってまったく違う意味を持つことになる可能性もある作品です。
美しい雰囲気のタイトルですが、こちらもただの恋愛小説ではありません。丘の上で母親と妹と三人で暮らす女性さとると出会い、どこか浮世離れしたような不思議な雰囲気の彼女に惹かれていく大学生の鉄男。ある時彼女の母親と顔を合わせることになり、さとるの家族の異常性に気付き始めます。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
- 2014-01-25
やがて露呈していく歪んだ家族の姿は、実は現実のどの家庭でも起こり得ること。さとると鉄男の恋愛の先には家族があり、物語で描かれているのはそこにたどり着くまでの過程ですが、その先の「歪みの連鎖」を予感させるところがこの作品の怖さであり凄みです。果たしてハッピーエンドと言っていいのかどうか。ぜひ、確かめてみてください。
初期に執筆していた少女小説についても紹介したいと思います。山本文緒の一般小説のイメージを持って読むと驚かれるかもしれません。本当に明るく真っ直ぐな恋愛が描かれています。
登場するのは高校球児とその幼馴染の成績優秀な女の子です。周囲からは公認のカップルのように扱われるけれど、付き合っているわけではない二人の関係。そこにライバルの女の子が現れて……。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
少女漫画の王道のような、誰もが楽しめるキャラクターと展開。タイトル通りの心温まる青春恋愛ストーリーです。
また、1999年に出版された集英社文庫版では、デビュー作『プレミアム・プールの日々』も収録されています。プールの監視員のアルバイトをする高校生の男の子が新人として入ってきた女の子に思いを寄せていくストーリーは、日差しを受けるプールの水面のようにキラキラと輝いています。
人間の闇を映し出すような作品には疲れたな……という大人にぴったり。テイストの違った山本文緒作品をお探しの方におすすめします。
表題作の「プラナリア」は、乳がんを経験し、それを自身のアイデンティティとして生きている女性が主人公。年下の男の子と付き合いながら、働くことなく実家でふらふらと生活しています。
っきりとはしない、後を引くような読後感があり、どこかにいるかもしれない登場人物たちのその後が気になります。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
- 2005-09-02
最後の作品だけは主人公が男性です。バツイチで居酒屋を営みつつ、客の一人である女を家に住まわせているのですが、彼女はまともに働こうとしません。そんな態度に嫌気がさす一方で、自由奔放な姿に惹かれてしまい……。
なんとなくけだるくぼんやりとした空気が全編を通じて漂う中、最後には光明が見えるような作品です。直木賞の選評においても多くの選考委員の好評を得ています。五編は全て「働くこと」がテーマになっており、何のために働くのか、なぜ働かなければならないのか、といった問いが自然と頭に浮かんできます。
最後に紹介するのは、一時期筆を置いていた山本文緒の復帰小説。2008年の比較的新しい作品です。表題作「アカペラ」、そして「ソリチュード」「ネロリ」の三作が収録されており、長さとしては中編になるでしょうか。長編や短編集の多い山本文緒の著作としては珍しい形態です。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
- 2011-07-28
不倫中の両親を置いて祖父と逃避行する女子中学生、久しぶりに故郷に戻ってくるふらふらしていた男性、病弱な弟を養っている秘書の女性……たった三作の中で幅広いキャラクターが登場します。「普通」とは少し違う、けれど現実にあり得そうな人物や家庭。どれも読後、じわじわと感じる切なさに、油断をすると涙が出てきそうになります。
『恋愛中毒』や『群青の夜の羽毛布』などは、いい意味で読むのに体力がいる作品ですが、こちらはもっと落ち着いた気持ちで読み通すことができそうな、新しい山本文緒ワールドです。人の温かさに触れたい時、さらさらと読める作品をお探しの際におすすめします。キャラクターに感情移入をするのに短すぎず、一気に読むのに長すぎない。そんな長さも魅力です。
口に出せば伝わるのに、うまく言い出せないことがあります。変わりたいのに、なかなか一歩踏み出せないことがあります。
主人公の冬乃は、家事だけが取り柄の主婦。夫と二人で住む久里浜に妹の菫が越してくるところから物語は始まります。菫とともにカフェを始めることになる冬乃。様々な人との出会い、身近な人とのすれ違い、大切な人と時間を一緒に過ごすことによって、毎日同じことだけをして過ごしてきた冬乃は変わっていきます。
- 著者
- 山本 文緒
- 出版日
- 2016-06-18
「同じ悩みに飽きろ。人生の登場人物を変えるんだ。」(『なぎさ』から引用)
この物語は、登場人物のそれぞれが悩みや不安を抱えています。夫婦、家族、恋愛、仕事、職場の上下関係……。大人ならだれもが経験したこと、感じたことがあるような悩みではないでしょうか。現状から脱したいのに変わるのがなぜか怖くていつも同じことで立ち止まっていたり、答えは見えているのになぜか行動に移せなかったり……。中には、それが当たり前になり、悩んでいることにさえ気づかない人もいるかもしれません。
周りの人たちとの出会いによってだんだん変わっていく登場人物たち。人は自分で変わることはなかなか難しいですが、周りの人のおかげで前へ進もうと思うことができる『なぎさ』は、そう思わせてくれる物語です。
物語は、丁寧にゆっくりと進んでいきます。個性豊かな登場人物たちやその登場人物たちの気持ちがとても細やかに表現されています。気持ちが入り込み、まるで自分のことのように、読み進めることができるでしょう。
読み終えた後、自分の周りを見渡してみたくなります。誰かに背中を押してもらったような気持ちになります。勇気がもらえたような気がして、頑張ろう!と思うことができるはず。ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
山本文緒の作品を6つ紹介させていただきました。ここまでお読みくださった方の、お好みに合う作品が見つかりますように。