5分でわかるイスラエルの歴史!宗教や治安、パレスチナ分割などをわかりやすく解説

更新:2020.7.27

古代より迫害の歴史を歩んできたユダヤ人。シオニズム運動を経て、1948年にユダヤ人国家であるイスラエルが建国されました。しかし現在でも、パレスチナ問題などさまざまな問題を抱えています。この記事では、イスラエルとは一体どういう国なのか、その歴史をわかりやすく解説していきます。

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イスラエルってどんな国?首都、人口、宗教、言語、産業、治安などを簡単に解説

 

第二次世界大戦後の、1948年5月14日に建国されたイスラエル。中東のレバント地方に位置しています。

国名の「イスラエル」は、ヘブライ語で「神の支配」という意味。『旧約聖書』において、神がユダヤ人の祖であるアブラハム、イサク、ヤコブに与えると約束した土地が由来です。イスラエルという国名のほかにも、「ユダ」「エレツ・イスラエル」「シオン」「新ユダ」などが候補として挙げられました。

国土面積は約2万2000平方キロメートル。南北に470km、東西に135kmと細長い形をしています。北でレバノン、北東でシリア、東でヨルダン、南でエジプト、南西でパレスチナ自治政府と国境を接していて、西側が地中海、南側が紅海に面しています。

首都はユダヤ教やキリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレムだとしていますが、国連はこれを認めておらず、そのほかの多くの国もテルアビブを首都とみなしているのが現状です。

2013年の統計によると、人口は約800万人。そのうち約75%がユダヤ人で、約20%がパレスチナ人です。ユダヤ人の人口が減少傾向にあるのに対し、パレスチナ人は増加しつつあります。しかしイスラエルで「民族自決権」を有するのはユダヤ人のみとされていて、パレスチナ人を含む非ユダヤ人に対する差別がおこなわれ、国際社会からもたびたび批判の声が寄せられてきました。

イスラエルにおける「ユダヤ人」とは、「ユダヤ人の母から生まれた者」「ユダヤ教に改宗し、他の宗教を一切信仰していない者」と定義されています。

古代から実施された「ディアスポラ=民族離散」によって各地に散ったユダヤ人の子孫たちの帰還事業を重視していて、建国してからも多くの移民を受け入れてきました。同じユダヤ人でも、欧米出身者を「アシュケナジム」、アジアやアフリカ出身者を「セファルディム」、オリエント出身者を「ミズラヒム」と呼んで区別しています。

一方のパレスチナ人は、ディアスポラの際にイスラエルの地に残ったユダヤ人の子孫のうち、イスラム教に改宗してアラブ語を話すようになった人々。先祖をたどれば彼らもユダヤ人です。

イスラエルでは宗教の自由を認めていて、国民の約75%がユダヤ教、約16%がイスラム教、約2%がキリスト教だそう。古代ヘブライ語をもとに復元されたヘブライ語のみが公用語。アラブ語などは認めていません。

イスラエルのGDPは約2600億ドルで、規模でいえば埼玉県ほど。しかしハイテクおよび電子ベンチャー産業で世界最先端の技術を有し、マイクロソフトやインテルなどの世界的企業の研究所が集積するなど「中東のシリコンバレー」と呼ばれています。

治安は、中東のなかでは比較的安定しているといわれていますが、ユダヤ人とパレスチナ人の緊張状態が継続していることに変わりはありません。外務省が発表している危険情報では、ヨルダン川西岸地区が「レベル2:不要不急の渡航は止めてください」、レバノン国境地帯およびガザ地区が「レベル3:渡航中止勧告」となっています。

長い間自民族の国家をもつことがなかったため、これまでヨーロッパ各地で迫害を受けてきました。その極致となったのが、ナチス・ドイツによるホロコーストです。この教訓からイスラエルは「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残ること」、つまり「生殺与奪の権を他人に握らせないこと」を国是としています。

これを実現するために、独自開発を含む最先端兵器を装備したイスラエル国防軍やモサド(諜報特務庁)、シンベト(イスラエル総保安庁)、ママッド(政治調査センター)、アマン(参謀本部諜報局)などの情報機関を有し、満18歳で男子は3年、女子は2年の兵役が義務化。また「公然の秘密」として核兵器も保有していると考えられています。

 

イスラエルの歴史をわかりやすく解説!古代イスラエルからユダヤ戦争まで

 

古代イスラエルの地は、ペルシア湾からチグリス・ユーフラテス川をさかのぼり、シリアを経てエジプトにいたる「肥沃な三日月地帯」の一部でした。

もともとこの地には、紀元前3000年頃からカナン人をはじめとする複数の民族が暮らしていたそうです。しかしモーセに率いられて「脱エジプト」をしてきたユダヤ人に征服され、紀元前995年頃にイスラエル王国が建国されます。

紀元前922年頃、ソロモン王が亡くなった後の内乱で、イスラエル王国はイスラエル王国(北王国)とユダ王国(南王国)に分裂しました。イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアに、ユダ王国も紀元前586年に新バビロニアによって滅ぼされています。エルサレム神殿は破壊され、王族や貴族の多くは新バビロニアの首都であるバビロンに連行されました。

しかしその新バビロニアも、紀元前536年にペルシア帝国のキュロス2世に滅ぼされます。囚われていたユダヤ人は解放され、エルサレムへの帰還と神殿の再建が許されました。

紀元前330年、ペルシア帝国がマケドニアのアレキサンダー大王に滅ぼされます。その後はセレウコス朝シリアの支配を経て、紀元前140年頃、およそ450年ぶりにユダヤ人の王朝であるハスモン朝が誕生しました。

しかしハスモン朝は、王位継承争いによる混乱で弱体化。紀元前60年頃にローマ帝国の保護国となり、後にユダヤ属州となりました。

66年から73年にかけては、ローマからの独立を求めて「ユダヤ戦争」が勃発します。しかし敗北し、エルサレム神殿は破壊されました。この時に残った西壁が、ユダヤ教の聖地とされる「嘆きの壁」です。

ユダヤ人は、132年から135年にかけて「第二次ユダヤ戦争」を起こしますが、再び敗北。エルサレムは「アエリア・カピトリナ」と改称され、ユダヤ属州は「シリア・パレスチナ属州」となりました。

ユダヤ人には徹底的な弾圧が加えられ、世界各地へ離散することになります。この「ディアスポラ=民族離散」によって自民族の故国をもたない民族となり、以後1800年におよぶ苦難の歴史を歩むことになるのです。

 

イスラエルの歴史をわかりやすく解説!シオニズム運動とは

 

イスラエルの建国に大きく影響を与えたものとして、「シオニズム運動」が挙げられます。

これは「パレスチナの地に故郷を再建しよう」とする運動で、『旧約聖書』に書かれた「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう」という神の言葉に由来したものです。

1881年から1882年にかけて、ロシアでは「ポグロム」と呼ばれるユダヤ人に対する集団的迫害行為がおこなわれていて、多くの犠牲者が出る事態に衝撃を受けたオーストリアに住むユダヤ人、ナータン・ビルンバウムが提唱しました。

シオニズム運動は、オーストリアのジャーナリストであるテオドール・ヘルツルや、ドイツの社会主義者であるモーゼス・ヘスによって拡大。1897年には、スイスのバーゼルで「第1回シオニスト会議」が開催されるまでになります。

会議では、「パレスチナにユダヤ人のための、国際法で守られた故郷をつくること」が目標として定められ、「世界シオニスト機構」が創設されました。

世界シオニスト機構は当初、オスマン帝国の皇帝アブデュルハミト2世から入植の許しを得ようとしましたが失敗。ユダヤ人大富豪のナサニエル・ロスチャイルドから資金援助を受けながら、少しずつ土地を買い集め、小規模な入植地の獲得に努めることになりました。

その結果、1904年には4万人ほどがパレスチナに移住を果たし、1909年には首都テルアビブが築かれるのです。

「第1回シオニスト会議」を主催したテオドール・ヘルツルは、「イスラエル建国の父」と呼ばれています。

 

イスラエルの歴史をわかりやすく解説!パレスチナ分割と中東戦争など

 

「第一次世界大戦」真っただ中の1917年、ロスチャイルド家が軍資金を提供するかわりに、イギリス政府にシオニズム運動を支持してもらうという内容の「バルフォア宣言」が出されます。

これによってシオニズム運動は成就するかと思いましたが、実はイギリスはパレスチナの領有をめぐって、フランスとロシアとの間に「サイクス・ピコ協定」を、アラブ人との間に「フサイン=マクマホン協定」を結ぶという二枚舌外交を展開。混乱していきます。

1918年にオスマン帝国が降伏すると、パレスチナは国際連盟によって「イギリス委任統治領パレスチナ」とされ、高等弁務官にはユダヤ人のハーバート・サミュエルが就任しました。

これに反発したのが、アラブ人です。彼らは「フサイン=マクマホン協定」の遵守を求め、「バルフォア宣言」の撤回を要求しました。

しかしこの間にもユダヤ人の移民は進んでいて、ユダヤ機関の設立、ハガナーと呼ばれる自警団の設立、ヘブライ大学の開設など、国家樹立への準備が着々と進行していました。

ユダヤ人とアラブ人の対立は激しくなり、1929年には双方あわせて約600人の死傷者を出した「嘆きの壁事件」が勃発。1936年にもアラブ人による反乱が起き、1939年に終息するまで多くの犠牲者が出ました。

一方でイギリスの政策は定まらず、親ユダヤと親アラブを行ったり来たりして、どちらからも信用を失うことに。結果的にユダヤ人は、自衛の手段としてハガナーだけでなく、イルグン、レヒなどの武装組織を強化していきました。

「第二次世界大戦」が起こると、ナチスのホロコーストに衝撃を受けたユダヤ人たちは義勇兵としてイギリスに協力します。

しかし戦後は、イギリスとアメリカが共同設置した調査委員会が、強制収容所にいる10万人のユダヤ人をパレスチナに移住させるべきだという勧告をしたにもかかわらず、イギリス政府が移民の制限を継続するという矛盾した行動をとったため、ユダヤ人の過激派によって「キング・デイヴィッド・ホテル爆破事件」などのテロ事件が頻発しました。

ここまできてイギリスはようやくパレスチナの統治を断念し、この問題を国連に委ねます。「国連パレスチナ特別委員会」が組織され、「パレスチナ分割決議」を採択。パレスチナを、ユダヤ人国家とアラブ人国家に分割し、エルサレムは国連の信託統治下に置くことが決められました。

「パレスチナ分割決議」にもとづきイギリスによる委任統治が終了した、1948年5月14日、ユダヤ人はイスラエルの独立を宣言します。

するとこれに反発したアラブ諸国は翌5月15日にパレスチナに侵攻し、「第一次中東戦争」が勃発しました。

結果的にはイスラエルが勝利し、パレスチナの80%を占領。1949年には国連への加盟も承認されます。

一方でユダヤ人による虐殺から逃れようと、70~80万人のアラブ人が難民となり、今度はエジプトが占領したガザ地区に雪崩れ込むことになりました。

 

イスラエルの現状は?ヨルダンやレバノンとの関係、ガザ地区など

 

イスラエルは157の国連加盟国と外交関係を有しています。日本とも、日本が主権を回復した1952年に国交を樹立しました。

イスラエルの建国以来、最大の友好国とされるのがアメリカです。アメリカもイスラエルを「中東におけるもっとも信頼できるパートナー」だとし、毎年多額の援助をしています。

また南アフリカとも緊密な同盟関係にあり、兵器の輸出を通じてアルゼンチンやトルコ、インド、中国などとも友好関係を築いています。

周辺国との関係では、建国以来たびたび戦火を交えてきたアラブの盟主エジプトとの間で1979年に、ヨルダンとは1994年に平和条約を締結しました。しかしエジプトの世論調査ではイスラエルを敵視する国民が92%に達するなど、両国の関係が和解に向かっているとはいい難いのが現状です。

現在、イスラエルがもっとも警戒しているのはイランです。核兵器の開発問題やレバノンのヒズボラ、ガザ地区のハマスなど武装組織への援助を通じて、中東における影響力を高めていることに警戒を強めています。

2006年にはヒズボラによる越境攻撃への反撃としてレバノンへ侵攻。さらに「アラブの春」以降続いている「シリア内戦」においてもイランの影響力拡大を阻止するべく空爆を実施しました。

1993年の「オスロ合意」でヨルダン川西岸地区の一部とともにパレスチナ自治政府の統治下に置かれたガザ地区では、2005年8月までにイスラエル軍は撤退しましたが、2006年8月にハマスによってイスラエル軍兵士が拉致され、救出するために侵攻作戦を実施しています。

2007年にはハマスがガザ地区を武力占拠し、以降イスラエルは総延長450kmにおよぶ分離壁や検問所を設置してガザ地区を封鎖。ハマスのロケット弾攻撃に反撃するための侵攻を実施するなど、両者の対立は継続しています。

ガザ地区の面積は、東京23区の6割ほど。そこにおよそ200万人が暮らしていて、失業率は40%以上。人口の8割以上が食糧援助に頼っているとされ、深刻な人道危機として国際社会から注がれる目も厳しさを増しつつあるのが現状です。

 

イスラエルとパレスチナ問題をわかりやすく解説したおすすめ本

著者
山井 教雄
出版日
2015-08-20

 

ユダヤの少年ニッシム、パレスチナの少年アリ、そして智恵のある「ねこ」が4000年におよぶパレスチナ問題をわかりやすく解説した作品。

ただでさえややこしい中東問題について、その混迷をより深めるきっかけとなった「アラブの春」や「イスラム国」をキーワードに紐解いていきます。

日本で暮らしていると、中東問題は遠い国の話のよう。しかし石油や天然ガスなどエネルギー源を依存しているだけでなく、ヨーロッパとの物流に欠かせないスエズ運河もあるなど、中東の安定は日本にとっても決して無関係ではないのです。

あまりにも長すぎる争いの歴史と、複雑すぎる関係に、読み進めていけばいくほど絶望感が込みあげてくるよう。しかし解決の糸口を探るべく、まずは理解をすることが大切でしょう。

文章もわかりやすいので、イスラエルをはじめとする中東情勢、パレスチナ問題について知りたい方におすすめの一冊です。

 

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