歴史と経済。一見相容れないようなふたつを、見事に融合させた作家である佐藤雅美。彼の代表作トップ5をご紹介したいと思います。読めば経済通になれてしまうかも?
佐藤雅美(さとうまさよし)は1941年生まれの兵庫県育ち。早稲田大学で法学部を専攻していました。
佐藤雅美は歴史もの・時代ものを手がける小説家ですが、ある意味異色の存在と言えるでしょう。歴史もので触れられることが非常に少ない「経済」について非常に明るいからです。法学部卒とのことですので、どこでその知識をつけたのかは不明ではありますが、とにかく非常に珍しい作家であることは否定できません。
ただし歴史と経済をミックスした佐藤雅美の小説は「わかりにくい」と思われてしまったそうで、必ずしもヒット作…とはならなかったようです。この辺に、新しいものを作る人の辛さがありますね。食いつなぐために他業で働いていたこともあったそうです。
しかしそんな佐藤雅美の作品は、多角的な視点を我々に与えてくれます。経済、法律の仕組みを知ることで、新しい歴史の側面を知ることが出来るからです。確かに多少の知識が必要ではありますが、経済的な視点から見ることで、今まで疑問だった点が一気に氷解する――そんなこともあり得るからです。
そんな佐藤雅美のトップ5をご紹介します。
江戸は南町奉行所で内勤をする「居眠り紋蔵」こと藤木紋蔵は、毎回毎回厄介事に巻き込まれます。でも体をおかす奇病のせいでの居眠りばかりしているはずの紋蔵は、不思議と手腕を発揮して事件を解決してしまう――そんな短編集の第6弾がこの『四両二分の女 物書同心居眠り紋蔵』です。
この短編集には、表題作『四両二分の女』を始めとした8編の短編が収録され、特にお金の関わる話が多いのが特徴です。『四両二分の女』はもちろん、「銀一枚」「猫ばば男の報復」「湯島天神一の富」「名誉回復の恩賞」など、多くがお金・財産に関わるお話です。
- 著者
- 佐藤 雅美
- 出版日
- 2005-02-15
「湯島天神一の富」では、両親を失い、長屋で一人暮らしをしている少女が、湯島天神の富くじ(宝くじ)を当てるところから話が始まります。その額、なんと100両。一生暮らしていけるかもしれないその金額に、周りの人々は群がり、なんとか彼女からお金を巻き上げようとするのです。
でも、自分の欲望に正直な人々をなんだか憎めない描写となっています。佐藤雅美はおそらく、わざとそのように書いたのでしょう。お金に群がる人間の滑稽さ、意地汚さ、そしてたくましさが印象に残る一作です。
必ずしも全ての話が「大団円で解決、めでたしめでたし」とはなりませんが、江戸時代の庶民の暮らしや、驚くべき制度について学ぶのにも良い、佐藤雅美の一作でしょう。
こちらも短編集、ただし連作短編集となっています。「八州廻り」とは、関八州(関東)の警察官のような役回りのことで、主人公の桑山十兵衛はこの役を担っています。ずっと旅に出ていることが多い十兵衛が出会う事件、そして家で帰りを待っている娘の八重。十兵衛の死んだ妻はかつて密通を行っており、八重は十兵衛の子供でないかもしれない――。そんな風にして物語はどんどん進みます。
江戸を飛び出して関東まで足を広げた佐藤雅美が、関東の描写を丁寧に行っているこの本。ただし地理が苦手な人や、関東に土地勘のない人は多少読みにくさを感じるかもしれません。
- 著者
- 佐藤 雅美
- 出版日
- 2014-05-09
事件に関しては「八州廻り様」としてある程度の権力を持つ十兵衛も、娘の八重に関してはちょっと対応に困っている所が滑稽であり、同時に右往左往ぶりが気の毒に思えてしまいます。そんな格好悪さとギャップが、十兵衛の大きな魅力になっています。
この本は北大路欣也主演で2007年にドラマ化されています。残念ながらDVD化はされていないようですが、主演の北大路欣也氏が颯爽としていて、佐藤雅美の原作とは異なった印象を与える映像作品であったようです。
第110回直木賞を受賞した佐藤雅美の本作は、江戸時代の公事宿(訴訟をする人が泊まる宿)が舞台です。その宿を切り盛りする喜兵衛は、ある日やって来た若者に「自分の兄が知らない男に金を返せと訴えられた」と相談されます。喜兵衛は最初高をくくっていたのですが、少しずつ「裏」がありそうな気配がしてきます。
「公事宿」という名前すら初めて聞いたという読者が多いと思いますが、佐藤雅美はあえてその公事宿「恵比寿屋」を舞台としました。ミステリー作品ではあるのですが、江戸時代の民事訴訟の在り方、法律などを非常に詳しく展開して読者をぐいぐいと引き込んでくれる作品です。かと言って難しい法律論争などを行って読者を混乱させることもなく、上質な作品となっています。
- 著者
- 佐藤 雅美
- 出版日
- 1996-09-12
作中で語られるのは、江戸時代の民事訴訟のほとんどがお金関連であったと言うこと。お金関連だとどうしても欲が出て訴訟が長引いてしまうそうです。江戸時代から、人間の本質は変わっていないようです。
佐藤雅美の目のつけどころに唸り、話の展開や江戸時代の訴訟制度などを面白く読むことが出来る本作。直木賞を受賞したのも納得の一作です。
荻生徂徠(おぎゅうそらい 1666−1728)は、江戸時代の儒学者で思想家です。江戸に生まれましたが、父が徳川綱吉の勘気に触れたことで江戸を追われました。しかし子供の頃から大変な学問好きであり、独学で学んだ学問を活かして塾を作り、徂徠派と呼ばれる学派を作ったことで知られています。その荻生徂徠の生涯に迫ったのが本作です。
父が江戸を追放されたことで貧困にあえぎ、妻を迎えて子供に恵まれたと思ったら子どもたちに先立たれ、自身は結核に苦しみ…徂徠の生涯はあまりにも苦しみに溢れていました。しかし徂徠には一筋の光明がありました。学問です。学問に全てを費やす徂徠の姿は胸を打つものがあり、まさに「知の巨人」と言うにふさわしいでしょう。
- 著者
- 佐藤 雅美
- 出版日
- 2016-04-23
ただし徂徠には学問の器はあっても、人間としての器は小さい面があったようで、尊敬する人物に手紙を送り、返事が返って来なかったからと言って罵倒するなど、笑ってしまうようなエピソードが挿入されています。徂徠をただ礼賛するばかりではなく、このようなエピソードでバランスをとる佐藤雅美の巧さが表れています。
儒学の解釈に触れるため、多少難しかったり読みにくかったりする点もあるかもしれませんが、読んで損はない一冊です。
幕末。鎖国政策を取っていた徳川幕府が開国した時に直面したのは、アメリカやイギリスなどとの通貨問題でした。外国にねじ込まれた条約と金の交換レートのせいで物価は跳ね上がり、江戸幕府は悲鳴を上げて倒れざるを得なかったのです。そして当時の日本には、アメリカやイギリスの計略に気づく人間がいなかったのでした。
徳川幕府崩壊の理由を経済に求め、経済的な視点から解説したのが佐藤雅美の今作です。小説というよりは学術書に近いかもしれません。ハリスやオールコックなど、教科書に出て来てもあまり印象に残らない人物を中心として話が展開するため、そう言った意味でも珍しい作品ですね。
- 著者
- 佐藤 雅美
- 出版日
この作品の中には薩摩や長州の英雄も、新撰組も登場しません。経済に詳しくない方にはちょっとむずかしい点もあるでしょう。しかし歴史経済小説という新風を歴史小説に送り込み、幕末の新たな形を作り上げた点は大いに評価されるべきです。
幕府側にも識者が全くいなかったわけではありません。水野筑後守忠徳などは、ハリス達に「やりにくい相手」と思われています。この水野忠徳が失脚しなければ、あるいは…と歴史のIFについて考えることが出来るのも良い作品の証ですね。
歴史経済小説の本領を発揮した佐藤雅美の本作、幕末好きなら是非読んでみて下さい。
歴史と経済を融合させた、唯一無二の作家、佐藤雅美。法を知り経済を知り、そして世界の枠組みを知ることで、見えてくるものがたくさんあると思います。是非一度読んでみて下さいね。