2013年、第149回直木賞を受賞した桜木紫乃の自伝的小説『ホテルローヤル』。2020年現在、累計部数100万部を超える大ベストセラー作品が、実力派女優・波瑠を主演に迎え実写映画化されました。桜木紫乃の小説がどのように映画化されているのか。原作の魅力を追いながら、映画『ホテルローヤル』の見どころと合わせて紹介します。
桜木紫乃の描く小説『ホテルローヤル』は、7つの物語による連作短編集です。2013年、第149回直木賞を受賞しました。釧路湿原を望む高台にたつラブホテル、「ホテルローヤル」を訪れる男女の生と性を切なくも瑞々しく描いています。
「シャッターチャンス」「本日開店」「えっち屋」「バブルバス」「せんせぇ」「星を見ていた」「ギフト」と名付けられたそれぞれの作品は、徐々に過去へと遡っていく構成となっており、最後には「ホテルローヤル」の誕生とその名前の由来が解き明かされる物語へと向かっていきます。
ラブホテルという非日常的な場所でくり広げられる人間模様。そこを訪れる客や働く従業員、経営者家族など、みなそれぞれ秘密や問題を抱えながら生きていく様子が情緒的なタッチで綴られています。切なさの中にも感じられる人の温もり。ラブホテルの持つ不思議な魅力がここにあります。
- 著者
- 桜木 紫乃
- 出版日
- 2015-06-25
小説『ホテルローヤル』の原作者・桜木紫乃とは一体どんな人物なのか。また、小説と映画を比べながら、映画のシーンについて紹介します。
小説『ホテルローヤル』を描いたのは作家・桜木紫乃です。2007年オール讀物新人賞を受賞し『氷平線』でデビューを果たしました。「新人とは思えない傑出ぶり」と評されたほど確かな実力を持った作家です。
北海道で生まれ育った彼女の小説は、常に北の大地が舞台となっています。そこに漂う閉塞感と人々の生活の中から滲み出る性愛などを多く描いています。それは、桜木紫乃がこの土地で感じ得たものから生み出したものです。そんな作品を次々と発表していくなか、2013年に自身の体験が色濃く反映された『ホテルローヤル』を発表しました。
桜木の実家はもともと理髪店を経営していましたが、次々に新しい商売に手を出しては失敗。彼女が15歳の時に本作のモデルとなるラブホテルを開業したそうです。そこで手伝いながら、見聞きした過去を掘り起こして描かれた作品が、小説『ホテルローヤル』。2012年まで釧路に実在した実家のラブホテル名がそのままタイトルに使われています。
小説の中で繰り返し登場する釧路湿原。実在する釧路の長閑な街並み、国道沿いの道、どれも物語をつづる上で非常に重要な要素のひとつです。桜木の描く空の色、風の音、作品から伝わる空気感は、そこに行ったことのない人でも空想しながら読み進めていくことができます。
映画では、小説の舞台となった釧路など、全編北海道での撮影にこだわりました。それは作品を形作る上で非常に重要な要素であるとのこだわりからです。
また、物語が繰り広げられるラブホテル「ホテルローヤル」は桜木に書き起こしてもらったホテルの見取り図をもとに、働いていた時の様子をヒアリングしながら世界観を構築していったそう。ホテルの外観から、物語の舞台となる部屋の細部までリアルに再現しています。
小説に登場する場所を映画の中で実際に見ることができ、作品の理解度もより深くなります。そんなところもぜひ確認してみてください。
原作小説ではラブホテル「ホテルローヤル」を取り巻く、さまざまな人を主人公にした物語が連なっています。廃墟となったホテルローヤルで投稿ヌードのモデルとなる女性、夫の貧乏寺を守るため秘め事に身を置く妻、背負っていたものから解放され旅立っていくホテル経営者の娘、狭い我が家で夫と肌を重ねることのできない専業主婦、親に捨てられた女子高生と妻の浮気に耐える高校教師、働かない年下の夫を持つ従業員の女性など。みなそれぞれの事情を持ちつつも、懸命に生きる人々を描いています。
映画『ホテルローヤル』では、原作者・桜木紫乃より「お好きなような作ってください」との言葉をもらい、7つの短編を映画化するためにいくつかのアレンジが施されています。
小説の中ではひとつの短編の主人公であった雅代。「ホテルローヤル」の経営者夫婦との間に生まれ、高校を卒業するとそのままホテルを継ぐことに。映画ではこの雅代を中心に、原作では各話の主人公であった登場人物たちが繋がっていきます。特に、雅代の物語である「えっち屋」に登場するアダルトグッズメーカーの営業マン・宮川との物語を膨らませ、雅代の孤独を浮き彫りにしました。
この雅代をNHK朝のテレビ小説『あさが来た』などで知られる若手実力派女優・波瑠が演じています。宮川を青森県出身の松山ケンイチが方言を交えながら演じました。二人の緊張感溢れるクライマックスシーンは必見です。
さらに、原作小説の中の一遍「本日開店」が大胆にカットされました。映画の中で大きな意味を占めるのが「ホテルの一室で起こる出来事」。その部屋を中心に物語が進行していくので、部屋を舞台としていない話はカットしたと監督が語っています。また、「せんせぇ」に登場する教師と女子高生のホテルローヤルでのシーンは小説には描かれていません。そこも映画オリジナルとして描かれています。
ホテルローヤルの従業員であるミコと和歌子。彼らはミコを主人公とした物語「星を見ていた」に登場しますが、雅代と触れ合うシーンは描かれていません。映画ではこの3人が一緒に働き、ボイラー室でお菓子やお茶を飲みながらくつろぐ姿が登場します。原作者の桜木紫乃もこのシーンが印象に残ったようです。
ラストで雅代が旅立っていくシーンでは、釧路の街並みを過去と現在が交差しながら描かれていきます。こういった時間がクロスする描写は、映像表現ならではではないでしょうか?
このシーンからは、本作が主人公・雅代の再生の物語でもあるということがうかがえます。彼女を取り巻くすべてのことから救われてほしいという監督の想いが強く反映されたシーンです。雅代は、きっとこれからの人生を自由に強く生きていけるだろう、と予感させるシーンでもあります。
原作者・桜木紫乃が映画化を快諾し、映画の作り手たちはそれに応えるように試行錯誤しました。映像として成立させる上での最高の結果を残しているのではないでしょうか。原作者と映画製作者の互いの信頼関係で成り立った理想的な作品が映画『ホテルローヤル』です。
映画『ホテルローヤル』は11月13日(金)よりTOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー、配給はファントム・フィルムです。
公式サイト:https://www.phantom-film.com/hotelroyal/
Twitter:@hotelroyalmovie
桜木紫乃の実体験が色濃く反映された小説『ホテルローヤル』。実写映画化によってさらなる魅力を発見することができました。映画を見たあとはまた小説を手に取りたくなり、小説を読むと映画で登場したシーンが瞼の奥に浮かんでくることでしょう。作品の楽しみ方が広がりますね。