非リア充に捧ぐ。クリスマスに読みたい日本のファンタジーノベル【片桐美穂】

更新:2021.11.28

2020年、F1レースのようなスピードで終わりを迎えようとしておりますね。もう何だか色々ありすぎて、何もなかったみたい……。そんな未曾有の事態が起きている今年でも、間違いなくやってくるあの行事がある……。そう! 「クリスマス」。この冬私はクリスマスにピッタリ!?の笑える小説に出会いました。

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ハロウィンの季節が過ぎた頃、気が付けば街にはイルミネーションが着々と施され、クリスマスツリーが飾られ、スーパーではクリスマスケーキご予約承り中との広告が。その横にはおせちのご予約も承っておりまして、「溶け合うことのない2つのイベントが混在しているの私は嫌いじゃない」季節がやって参りました。

バレエ少女だった私にとって、クリスマスと言えばやっぱり「くるみ割り人形」! 何歳になってもこの作品は大好き!大きな絵本をめくっているかのような舞台には、童心に帰らせてくれる何か大きな魔法みたいなものを感じますね。

でも、良い思い出ばかりではなく……。地元のバレエ教室の発表会でこの作品をやったとき、私は第一幕で登場する「兵隊のお人形」役をやらせていただきました。大きな箱の中から登場するのですが、人形なので自らの意思で動けないため、お父さん役の男性のダンサーさんに定位置に運んでいただきました。

その練習で初めて運んでもらった時に言われた一言。「キミ重いね!」

ガーーーン!!! 11歳のバレエ少女には重すぎる一言! 「そんな真っ直ぐ言わないでよ! こちとら子供だよ? ちょっとは気を使った言い方してぇ!」と思いましたね。はい。バレエをやるには軽くなきゃいけないんだ。と、初めて気付いた瞬間でした。ええ。

 

「キミ重いね!」を乗り越えた私

 

今回は、12月だし、くるみ割り人形的なファンタジー読みたいなぁ、なんて思っていた時に出会った日本のファンタジー小説をご紹介いたします。

 

著者
森見 登美彦
出版日
2006-05-30

 

この作品は京都大学農学部を休学中の5回生である「私」の手記である。

華のない大学生活。特に女性とは絶望的に縁がない。そんな私にも3回生の時に「水尾さん」という恋人ができた。長きに亘り、私は「水尾さん研究」を行ってきたが、彼女から一方的に「研究停止」の宣告を受ける。なんと、水尾さんはあろうことか私を振ったのであった!

振られてからも、研究(と言う名のストーカー)を続ける私の前に現れた研究の邪魔をする「遠藤」と言う男。そいつの正体とは……。

そして、季節はクリスマス。妄想とともに生きる男臭い友人たちとの、京の都を巻き込む騒動の行方は。森見登美彦デビュー作にして、日本ファンタジー大賞受賞作!

ざっくり言うと、非モテ男たちの「リア充爆発しろ! クリスマスぶっ壊そうぜ!」の内容なのだが、もうそれが可愛くて可愛くて!

とりあえず主人公の「私」は、ストーカー行為のことを「研究」って言って認めないし、自分の自転車に「まなみ号」って名前付けてるし、自分のナニを「ジョニー」って言うし! 大学生独特のあるある感が満載で憎めない! そんな「私」に心強い精鋭がいる。飾磨(しかま)と高藪(たかやぶ)と井戸だ。彼らは周りから侮蔑の視線を浴びせられながらも、敢えて「四天王」と名乗っている。めっちゃ痛ぇ。彼らは常に妄想とともに生きており、飾磨曰く、

我々の日常の90パーセントは、頭の中で起こっている

 

らしい。ケンタッキーで働くお気に入りの女性店員の家族構成を妄想したり、喫茶店のお姉さんの趣味を妄想したり、どこか虚しさもあるが、4人集まれば最高に楽しい時間に違いない。

同じ方向に向かって、努力を惜しまず突き進み続ける彼らは、まさに青春真っ只中。愛くるしい彼らに私は「絶対良い人見つかるから!」と声援を送り続けるばかりである。まじで、頑張れ!

そして、この手記で欠かせない人物がもう一人。それは、水尾さんのストーカー……違う、研究の邪魔をしてくる「遠藤」だ。ライバルである彼と「私」の不毛な戦いは、クオリティーの高い子供の遊びみたいで、クスッと笑える。ぜひとも小説を手にとって読んでいただきたいが、少しだけ紹介したいと思う。数々の戦いの中で、やはり一番強烈な戦いは「ゴキブリキューブ」だろう。

ゴキブリキューブを御存知であろうか。それは長いこと放置されていた段ボール箱の中や流し台の下などによく見られ、豆腐のような形をしている。(中略)表面が常にむくむくとざわついている。よく観察すると、そのざわついているものは一匹一匹ゴキブリが動いているのだと分かるだろう。

 

このゴキブリキューブを、遠藤のためにわざわざ包装して送る「私」。

どんなニヒルな男でも童心に返ること請け合いといった愛らしい赤い紙袋を入手し、さらに緑色のぴかぴか光るリボンすら入手した。(中略)送り主の名前を書くための小さなカードも購入した。総額五百円もかかったが、親愛なる遠藤氏のためとあれば、こんな出費は痛くも痒くもない。

 

皮肉たっぷりのこのプレゼントの結末は……あぁ! 絶対直接読んでいただきたい!

森見登美彦さんの作品は、読書嫌いだった私には言葉が難しくて、手を出しづらいかったのですが、そんな私を叩いてやりたくなりました。めっちゃおもろいやん! まず、本の厚さが程よくて挑戦しやすいし、思春期の中学生が使いそうな言葉遣いが最高に笑える。

そんな森見さんの独特な言い回しで進んでいく、妄想と日常が入り交じる世界。くるみ割り人形とはまた違うファンタジーの世界。今年の「籠りクリスマス」に、京都のいろいろな場所に連れていってくれて、なんだか懐かしくもあり、しかも夢のような時間を堪能させてくれること間違いなしの一冊だ。


 

[あとがき]

妄想に生きる彼らを見ながら、専門学校の同期と独り暮らしの狭い部屋に集まり「大人なDVD鑑賞会」をムフムフ言いながら開催したことを思い出しました。私も青春してたじゃん。なんだか、いつまでも好奇心の中で生きていきたいと思いましたね。今年くらい現実逃避したっていいじゃない。クリスマスが終わればあっという間に年越しですね。ではでは、皆様、良いお年を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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