大藪春彦作品の醍醐味はシリーズ小説にあり!おすすめ6作品をご紹介!

更新:2021.12.14

1958年に『野獣死すべし』でデビューした時、まだ学生だった大藪春彦を文壇に推薦したのは江戸川乱歩でした。そのデビュー作はシリーズ物となり、野獣シリーズは没する前年の1995年までに11作品が世に送り出されました。他にも多くシリーズ小説を執筆している大藪春彦の代表作を通してその魅力が少しでも伝わればと思います。

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体験派ハードボイルド作家、大藪春彦

1935年2月22日、朝鮮の京城で教師の家に生まれた大藪春彦は10歳の時に朝鮮半島で日本の敗戦をむかえました。共同で闇船を雇い日本に帰るまでの1年間、幼い目で日本人警官や憲兵達が朝鮮人になぶり殺しの目にあう姿を目撃したと言います。生きるために盗みを働き、妹の為に血清を求めて走り回りました。闇船に隠れてひと月以上かけての国外脱出を試み、ようやく日本へ帰国しました。

1965年には拳銃の不法所持で逮捕されていますし、罪を償った後には1973年にオーストラリアでワイルドバッファロー43頭を射殺して現地で「ハリー・ザ・キラー」とあだ名されたこともあります。

1996年、61歳で没するまで様々な体験をし、それを元に書かれたであろう大藪春彦の作品をご紹介したいと思います。

まずは「伊達邦彦」シリーズから

シリーズの第1巻でありデビュー作の『野獣死すべし』は、大藪春彦が早稲田大学在籍中に同人誌「青炎」に掲載したもので、当時のワセダミステリクラブ会長の千代有三が名誉顧問である江戸川乱歩に紹介し、雑誌「宝石」7月号に掲載されて大反響を呼びました。

主人公は伊達邦彦。不幸、悲惨を箇条書きにしているかのような書き方で邦彦の曲がった人間形成を詳らかにしていきます。

戦争で受けた心の傷を隠し優秀な大学院生の姿を隠れ蓑に、邦彦は日々ストイックにその身体そのものと体術を磨きます。邦彦にとっては力こそ正義です。その正義とは武器とそれを使いこなす肉体、そして金。自分にとっての正義を貫くため壮大な完全犯罪を計画します。

 

著者
大薮 春彦
出版日


第5作となる『諜報局破壊班員』からは毛色が変わり、まるで日本版ジェームズ・ボンドのようになりますが、愛国心ゼロの痛快スパイアクションと言っていいと思います。イギリス諜報局MI6の手先になり、CIAと闘い、KGB工作員を殺し、モサドを叩く。5作目以降の伊達邦彦に多くのファンがいるのは当然のような気がします。

松田優作主演での映画が一番認知されていると思いますが、1959年の仲代達也、1974年の藤岡弘が主演をした作品にもコアなファンがついています。

以降のタフな主人公が活躍する大藪春彦作品をすんなり読むためにも、まず読んでおきたい一冊です。

サラリーマン版の野獣、「蘇える金狼」シリーズ

会社を食い物にしている薄汚い重役連中から立場を奪い取るために、有能・実直な会社員を演じている朝倉哲也。入社以来2年間という時間を費やし体と頭を鍛え上げ、練りに練った計画を実行していく……のなら既存のハードボイルド小説なのですが、一筋縄では行かないのがこの『蘇える金狼』です。

立てた計画がビシッと決まりません。計画実行資金用にまずは銀行から1800万円という大金を強奪しますが、その金は続きナンバーのホットマネーでした。つまり使えない金です。大金を持っていながらの貧乏暮し。資金洗浄のために一旦麻薬に換えてから使える金に戻す作戦を立てるも、ヤクザの抗争に巻き込まれてしまいます。捕まって命の危険が迫る事もたびたびです。

そのまま悲喜劇にもできるプロットを見事にハードボイルドに仕立てられているのは、作中に登場する「ガン(武器)」と「マシン」の描写に寄るところも大きいでしょう。

 

著者
大薮 春彦
出版日


大藪春彦作品の全てに共通するこだわり、武器とマシンの魅力が如何なく発揮された「犯罪初心者が犯罪者として大成して行くが、最後は無常の闇に包まれる」小説です。映像化も幾度かされており、故松田優作主演のものが有名ですが、1999年の香取慎吾主演のドラマを目にした方も多いと思います。

東洋のロメオ「汚れた英雄」シリーズ

前出の「マシンへのこだわり」が頂点に達したモーターサイクルレース物の傑作です。主人公は北野晶夫。

細身の強靭な筋肉と甘いマスクを武器に女を食い物にしつつバイクレーサーとしての地位を固めていく晶夫は、当初MVアグスタの専属ライダーとして契約したもののその位置は「第一ライダーの引っ張り役」でした。しかしその年の350㏄クラスで優勝、世界チャンピオンに輝き、翌年も同じチームでグランプリを戦いタイトルを獲得します。

 

著者
大薮 春彦
出版日


その後、フォードとの4輪ドライバー契約を結んだ晶夫でしたが、ル・マン24時間耐久レースの途中で多重事故に巻き込まれ死亡してしまいます。あっけないと言えばあっけない終わり方ですが、大藪春彦の中にある「無常」を強く感じさせる作品です。

映画のレースシーンスタントを担当していたバイクレーサー平忠彦の活躍が、より一層この作品を深く印象づけました。

大藪春彦作品最長「アスファルトの虎」シリーズ

自動車レースの最高峰F1に賭けた男「高見沢優」の華麗なる屈辱の世界を大藪春彦が描きます。主人公の表向きの顔は混血の自動車ジャーナリスト、しかしその高見沢が目指しているのはF1世界王者です。アーノルド・シュワルツェネッガーの再来と言われるほどの筋肉を持つジゴロとして、目的達成のためならどんな女にどんな奉仕でもします。

女と裏稼業で稼いだ金でレース界に進出して行くという過程は『汚れた英雄』とよく似ていますが、より大藪春彦の趣味や興味が色濃く味付けに使われている作品です。大藪作品の最長シリーズではありますが、その理由は幾重にも重なった高見沢の世界を大藪が余す事なく紹介したからでしょう。女・酒・タバコ・時計・武器・筋肉・スポーツ・マシン・狩猟・戦闘・グルメと貪欲にこだわり抜いた結果がシリーズ物最長作品を創り上げたのだと思います。

 

著者
大藪 春彦
出版日


メインの内容自体は1984年前後のF1界を下敷きにしているため、詳しい方が読むとネタバレしてしまうところもありますが、知っていてもハラハラさせられます。1984年シリーズでニキ・ラウダに0.5ポイント差で負けたアラン・プロストの戦歴がそのまま高見沢の戦歴に被ります。

大藪春彦作品を読む上で、外せないシリーズです。

主人公は女殺人機械「女豹」シリーズ

主人公は大藪作品には珍しく女性の殺し屋です。その名は小島恵美子(エミー)。レズビアンでサディスト、残虐非道な報復屋として世界中を駆け巡るスペイン系のハーフです。

「大藪流男の世界に女の入る隙間なんか無い」、角川の「野性時代」に「非情の女豹」が載った時、大藪ファンならずとも多少本を読む者ならば皆いぶかしがったはずです。しかも巻頭から女の魅力をたっぷりと撒き散らし同性の教え子を毒牙にかけるエミーに、女の武器がこの本のベースなのだろうと勘ぐりガッカリされた方も多かったと思います。

しかし実際のエミーは違いました。敵を殲滅する際にはたっぷりの弾薬を腰に巻き、カモフラザックには予備の弾倉や弾丸、手榴弾まで収め、徹底的に敵を叩きます。大藪小説の真骨頂です。

 

著者
大藪 春彦
出版日
2008-06-12


今までの主人公との違いはどこにあるのでしょうか。それはそれまでの主人公が富や名声のための破壊や殺人を行ってきたのに対し、エミーは破壊のための破壊、殺しのための殺人を楽しんでいる事です。ある意味究極のハードボイルドをこの本で大藪春彦は表現しました。

ただし、この作品以前からのファンを大藪春彦は裏切りませんでした。究極の殺人マシーンを一敗地にまみれさせた男が現れたのです。その男は大藪春彦作品の人気キャラクター伊達邦彦でした。

シリーズ作品が苦手という方にイチオシの大藪春彦作品

石川克也は32歳、新東京製薬でプロパーとして働いています。プロパーとは製薬会社で製造した薬を病院や医者に売り込む仕事です。売り込みに成功すれば報酬は大きいのですが、売り込むまでには医者の接待や病院関係者へのご機嫌伺い等で出費を余儀なくされる厳しい仕事で、ライバル会社は山ほどいます。石川は傲慢な医者たちの要望に応えるため、昼夜を問わず多忙な日々を送っていました。

お愛想笑いをたたえ時には土下座もいとわずご機嫌取りに奔走する石川を、医師らは馬鹿にして下僕のように扱います。しかし普段はその高身長をドブネズミ色のスーツに包み、なすび型の眼鏡をかけて間の抜けたような印象を与える石川は、実は筋骨隆々で眼光鋭い冷徹な男です。西多摩の福生市にあるヨコタ基地のそばにあるアメリカン・ハウスに住み、米軍に所属する友人のボブから非合法に大量の武器を買い取り、それを家の地下に隠しています。

卑屈とも思えるほどの振る舞いで医師らに隷従し、好色な医者には女を世話し、女医やホモセクシュアルの男性医師には自らの体で応えてやる石川の目的は会社の売り上げに貢献するためなどではなく、彼自身の野望のためでした。

著者
大藪 春彦
出版日
2006-06-13

本作を読み始めると、まずは製薬会社と医者や病院との関係に驚かされます。少しでも現実を基に描かれたところがあるのかもしれないと考えると、非常に恐ろしい作品です。さらには医者たちの果てしない色欲と金銭欲に圧倒され、石川の感じる嫌悪感に同調するうち、読者は自然に石川に対し、ある期待を寄せるようになっていくでしょう。

スリリングな展開に心躍らされ、早く結果を知りたいと思って先を急ぎたくなる作品ですが、本筋の周りにも様々な読みどころがあります。

製薬会社と病院の関係や強烈な性描写はもちろんの事、石川の趣味のモトクロスや射撃、兵器類の扱いの描写も見事です。中でも狩猟を得意とする石川の作る肉料理は大変美味しそうで心引き付けられます。一人暮らしの石川が料理をする場面は何故か作品中に多数見られ、作品には描かれていない石川の心理をその料理から推測して読むのも楽しいかも知れません。日本のハードボイルド小説の代名詞といって過言ではない大藪春彦が描く、全編が衝撃的な圧巻の大作です。

『暴力租界』を完成させる事無く61歳でこの世を去った大藪春彦

最近では、大藪春彦作品をよく読みます、という方には中々お目に掛かれません。もちろん当時のままの文章を今読んだところで時代背景も違いますし、大藪得意のメカも変化しています。しかし、根底に流れるロマンや無常は感じていただける筈です。

「草食系男子」などという言葉の入る余地の無い大藪晴彦ワールドを、是非今の若い世代の方達に感じてもらいたいと思い紹介させていただきました。ありがとうございました。

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