WEB漫画誌に連載されるやいなやトレンド入りを果たした人気作品『マイ・ブロークン・マリコ』。注目の新鋭漫画家・平庫ワカが描いた世界観が印象強く、各漫画賞を総なめに! この記事では、『マイ・ブロークン・マリコ』をネタバレ必至で紹介します。未読の人もそうでない人もこの世界観にたっぷり浸ってください。
「死んだ親友の遺骨を奪って旅に出る」
……そんなむちゃくちゃな筋書で読者の脳に衝撃を走らせながら始まる漫画『マイ・ブロークン・マリコ』。
むちゃくちゃなストーリーに思えますが、このマンガがすごい!2020オンナ編第4位ほか、文化庁が主催するメディア芸術祭のマンガ部門新人賞受賞など権威のある各漫画賞でも高い評価も受けています。さらに漫画家や編集者、小説家、脚本家、書店員など各方面からも絶賛の嵐。
本作が掲載されているのは、2018年からKADOKAWAが配信を始めたWEB漫画誌の「COMIC BRIDGE online」。「恋より熱い、なにか。」というテーマのもと大人の女性のための漫画誌として創刊され、日々頑張る女性にエールを送る作品を多く生み出してきました。
そんな作品の中で連載が始まった『マイ・ブロークン・マリコ』は、2019年7月に第1話が配信されるやいなやツイッターで話題に。全4話の本作は、配信されるたびにトレンド入りも果たしました。
原作は、短編漫画『YISKA ―イーサカ―』でデビューした平庫ワカ。新人ながら力強い表現力で圧倒される読者が続出しています。『マイ・ブロークン・マリコ』に続いて刊行された短編集『天雷様と人間のへそ』の一部抜粋を平庫自身のツイッターで発表したところ、SNS上で大きな話題となりました。
この記事では、多くの読者から支持されている『マイ・ブロークン・マリコ』を紹介。未読の方もそうでない方も、あらためて本作が愛されるその理由をお伝えします。
OLのシイノ・トモヨは外回りの昼食中、テレビのニュースで親友のイカガワ・マリコが亡くなったことを知ります。その日は仕事をすっぽかし直帰してしまうシイノ。そんな彼女の脳裏に浮かんだのは、彼女の父親からマリコの遺骨を奪い取ることでした。
シイノがマリコの実家を訪ねると、マリコの父親の再婚相手・タムラキョウコが出迎えます。素性を隠し、なんとかごまかし家の中に入るシイノ。マリコの遺骨をすぐさま奪い取り、持ってきた包丁を振り回しながら窓から逃げ去りました。
シイノとマリコは中学、高校の幼馴染。マリコは実の父親から、中学時代はいなくなった母親の代わりにこき使われ、高校時代は性的虐待を受けていました。
その頃、マリコに何もしてあげられなかったシイノは、今度こそはなんとしてもマリコを救い出したかったのです。マリコにもらった大切な手紙と遺骨をもって、彼女が行きたがっていた「まりがおか岬」に向かうシイノでした。
岬に到着した直後、ひったくりに遭ってしまうシイノを助けたのは、マキオというひとりの男。彼もまた訳ありのようでした。マリコへの気持ちをぶちまけ思わず岬から飛び降りようとしたシイノをマキオが止めます。
そんななか、ひったくり犯人に追いかけられている女子高生を発見し、今度はシイノが助けることに。勢い余って岬からダイブしてしまうシイノでしたが、足の骨折だけで助かりました。
そうして家に帰ったシイノのもとには、マリコの家に忘れてきたパンプスとタムラキョウコからの手紙が。その手紙は、マリコからシイノに宛てた最後の手紙でした……。
シイノが父親から奪ったマリコの遺骨とともに旅をするロードムービーのような物語。それはマリコとの思い出に向き合うシイノ自身の再生の物語でもありました。
- 著者
- 平庫 ワカ
- 出版日
マリコの父親から無事、遺骨を奪い取ることに成功したシイノ。一旦、家に戻り身支度を整えます。子供の頃のように誰にも怒られることなく、ふたりでどこにも行ける。シイノはマリコが行きたがった「まりがおか岬」を思い出します。
最初のおすすめシーンは、行き先が決まり、深夜の高速バスに乗り込むシイノが、マリコの遺骨を抱きしめるところ。遺骨が中学生のマリコになっているイメージシーンです。
本作は動きのある描写が印象的ですが、このシーンでは「動の中の静」とでもいうようなとても静かで穏やかなふたりが描かれています。セリフは一切ありません。
まるで愛しい我が子を抱きしめる母のようなシイノと、現実には叶うことのなかった母のぬくもりに包まれるようなマリコの安心した表情に心を打たれるシーンです。
「まりがおか岬」でマリコへの思いを吐露したシイノはそのまま飛び降りようとします。そんな彼女を止めたのは、マキオでした。彼もまた半年前に同じ場所で飛んだ経験の持ち主だったのです。
そんな中、ひったくり犯を捕まえるために勢い余ってダイブしてしまうシイノでしたが、結局死ぬことはなく足を骨折しただけでした。海に落ちたシイノの傍らにいたマキオは彼女にこう告げます。
もういない人に会うには
自分が生きているしかないんじゃないでしょうか…
(『マイ・ブロークン・マリコ』より引用)
本作では、シイノやマリコの印象深いセリフも多く登場してますが、ふたり以外の第三者からの言葉として強く心に残りました。ましてやダイブ経験のあるマキオのセリフならなおさら。シイノにはとてつもなく必要な言葉だったに違いなく、作者自身が読者にも届けたい言葉だったのかもしれません。
結局足を骨折したシイノは家に戻ります。そこに、マリコの家に置いてきたパンプスとマリコの父親の再婚相手・タムラキョウコからの手紙が入った袋が置かれていました。
こうして日常に戻っていくのだと感じたシイノでしたが、タムラキョウコからの手紙を開けると、そこにはマリコからの最後の手紙が入っていました。しかし漫画ではその中身はあえて描かれていません。手紙に顔を埋めながらうなずくシイノが描かれているだけ。その内容に関しては読者に委ねられています。なんとも本作らしいラストのことか。
マリコはこれまで幾度となく、シイノに手紙を書いてきました。その手紙もこれまでと同様になんてことのない内容だったのかもしれません。もしくは最後の思いをしたためたものだったのかも……。ぜひ、あなたなりの答えを見つけてください。
各漫画賞で高い評価を受け、注目を浴びている『マイ・ブロークン・マリコ』。原作は新人漫画家の平庫ワカです。本作は漫画賞のみならず、多くの読者を虜にしています。これだけ高い評価を受け、多くの人に愛されるその作品の魅力とは一体どんなところにあるのでしょうか。
まず挙げられるのは、物語全体を通して感じられるスピード感や疾走感が素晴らしいこと。親友の死に直面し、何かから逃げるようにひた走るシイノの生の象徴ともいえる躍動感。それはまるで、マリコの死とシイノの生を対比させるかのようです。作品の世界観を表現する独特の作画もスピード感と相まって、登場人物がそこから飛び出してきそうな不思議な感覚に包まれます。
また、世の中に壊されてしまったマリコの自殺という重いテーマときちんと向き合い描いていること。世の不条理さや周囲の人間の弱さなど負の感情を全てマリコに体現させると同時に、それをシイノに直面させるという辛すぎる現実を疾走感で一気に読者を引き込んでいます。そして、私たちは何もできない変わることのない世界の不条理さややるせなさに気付かされていくのです。
マリコの死の真相はわからないまま日常に戻っていくシイノ。そんな彼女にマリコが最後にしたためた手紙は何よりの救いになったことでしょう。ここで手紙の内容を詳しく語らず、読者に委ねる演出も原作者の才能を感じます。
たった4話の物語の中で、1本の長編映画を観終わったような充実感が胸いっぱいに広がる。そんな体験をさせてくれる作品に読者はみな心を掴まれてしまうのではないでしょうか。
テレビブロス2020年12月号
2020/10/23
デビューコミック『マイ・ブロークン・マリコ』が、2020年から2021年にかけて各漫画賞で高い評価を受ける俊英漫画家・平庫ワカ。そんな彼女がこれまで書き溜めた短編を集めたコミックが刊行されました。MFコミック大賞入賞した表題作『天雷様と人間のへそ』を含む全5作品。それぞれの短編には原作者本人のあとがきも掲載されています。なんと高校生の頃に初めて最後まで描き上げたという貴重な作品も掲載。
どの作品も粗削りながら、その才能はすでに開花し力強い画力と独特な世界観が炸裂しています。映画に多く影響を受けたというだけあって、古い洋画を観ているような作品も。
短編集最後に収録されている『ホットアンドコールドスロー』だけは『マイ・ブロークン・マリコ』の後に描いた作品だけあって、その作画も物語もより洗練されているように見受けられます。平庫ワカは、今後の活躍がますます楽しみな期待の新人漫画家ですね。
作者の最新情報は作者本人のTwitterアカウントでチェックしてみてください。作品の一部を掲載することもありますよ。
- 著者
- 平庫 ワカ
- 出版日
新人とは思えぬ類まれなる才能を発揮し、俊英・平庫ワカが描く『マイ・ブロークン・マリコ』は多くの読者の心を掴んで離しません。何度も読みたくなる珠玉の作品です。ぜひ一度は味わってみることをおすすめします。