本との出会いは様々です。「何気なく立ち寄った書店で表紙に目がいったから」「好きな作家が新刊を出したから」「今週の注目作品とネットに載っていたから」などが、本を買うきっかけのほとんどでしょう。 しかし、実際にその本を購入し読んだとき「思っていたものと違って面白くない」と感じたり、自然と読まなくなってしまったり、最後まで読み切れずに眠っている本や読んだけど特に記憶に残らない本がある、といった経験をしたことがある人は多いと思います。 そのような経験をした方に是非知ってほしいのが“自分に合った本は何か”と、依頼者のことを考え、おすすめの本を選んでくれるサービス“一万円選書”です。 今回は、この“一万円選書”とは何なのか、サービスが生まれた経緯やこのサービスを展開するいわた書店の店長・岩田さんについてご紹介します。
一万円選書とは、依頼者におすすめな本を岩田さんが1万円分ほど選び、届けるというサービスです。
いわた書店 ホームページ
https://iwatasyoten.webnode.jp/
「いつも同じような本を選んでしまう」「読書したいと思ってはいるが、なかなか行動に移せない」「どんなジャンルの本が自分に合っているのかわからない」など、読書への関心が高いものの、自分自身に合った本がわからなくなっている“読書難民”に向けたサービス内容となっています。
“一万円選書”を受けるためには、“カルテ”が必要となります。カルテとは、岩田さんが選書する際「どういった本が依頼者に合うのか」を判断する材料となるものです。
カルテには、「依頼者の読書歴」「これまでに読んだ本で印象に残っている本ベスト20」といった本に関わる質問から、「年齢」「家族構成」「お仕事の内容」「これまでの人生でうれしかったこと・苦しかったこと」といった個人的な質問もあります。
また「何歳のときの自分が好きですか?」「上手に年を取ることができると思いますか?もしくは、10年後どんな人間になってます?」「これだけはしないと心に決めてることはありますか?」といった依頼者の考え方に関する質問もあったりします。
この選書カルテを岩田さんが読むときは「その人がなぜそれを書いてきたのか考える」といった、岩田さんにとって難しく辛い時間でもあります。
「何を言いたいのか」を想像しながらその背景を考え「この人にとって五年後、十年後がどうなればいいのか」と未来のことも考えて、そのときが乗り越えられる、面白いと思ってもらえる本が選べたらと考えながら選書をしています。
「プライバシーに踏み込んだことも聞くし、なかなかパターン化もできないのが難しいところですが、だからこそ“自分にしかできない仕事だな”」と岩田さんは感じています。
1つの本がその人にとって“面白い”か“面白くない”かは、個人によって異なります。売り上げNo1だからといって、どんな人にも合った本であるとは限らないものです。
ネットで書籍を購入できたり、電子媒体で読書が可能になったり、読書をする手段の選択肢は増えてきています。
一万円選書は、ネットで購入できるという既存の価値に、「その人の人生からみるおすすめの本を選ぶ」という新しい価値を加えていることが、人気の秘密となっているのかもしれません。
部屋2つぐらいの小さな家が6軒つながり1棟となる六軒長屋。2棟で一緒の共同トイレや井戸水を直接パイプで家の中に入れているような簡易水道。共用で大浴場の銭湯のようなお風呂。そのような場所で岩田さんは幼年時代を過ごしました。
友人宅に遊びに行けば、自身の自宅との格差を思い知りながらも、仕事から帰ってくる父親が買ってくれる本を読んだり、近所の人々と生活を過ごしたり、楽しい幼年時代だったようです。
田舎で過ごしていた岩田さんですが、小学校1年生の頃に砂川市に引っ越すことになりました。その当時砂川市は都会的だったこともあり、いわゆる“田舎”からきた岩田さんは、いじめにあうことになります。
後にいじめはなくなっていきましたが、両親が本屋で朝から晩まで働きづめということもあり、家では本ばかり読んで暮らしていました。
小学校の図書室にある面白そうな本は全部読んでしまい、それが終わったら、両親が経営する本屋で手伝っているようなふりをしながら、漫画や雑誌を読む、といった本に囲まれた生活を過ごしていたそうです。
そのような生活を過ごしていると、小学校・中学校の勉強を先に本から学ぶようになり、他の生徒に勉強を教えられるようにまでになっていきました。そうすることで岩田さんは“いじめられないように”小学校、中学校を過ごしました。
「親元から離れたたい」という気持ちから、寮がある函館の高校に通った岩田さん。その高校は全道から様々な人が集まってくることもあり、勉強ができるだけではなく音楽の才能もある、といった共通点を見つけることの方が難しいぐらい個性的な人たちの集まりでした。
岩田さんは「学力はある」と自負していましたが、上には上がいることを思い知らされます。しかしそれと同時に「学校の成績がいいだけでは通用しないぞ、この世界は」と気が付かされたと語ります。
決してそこで心が折れるわけではなく、そういった同級生や先輩・後輩、先生方と3年間一緒に楽しい生活を経験していきました。
高校を卒業後、岩田さんは大丸藤井という商社に入社します。知人に紹介された会社で、見学に行ったときは札幌オリンピック直前の頃でした。
学歴は関係なし。東京大学の出身者がトラックのハンドルを握って「トイレットペーパーを○○に届けなきゃ」と言って走り回っているような会社だったそうです。
岩田さんは「もうみんなが真っ赤っかになって仕事をしていましたが、これは面白そうでしょうがない」と感じ、入社を決意しました。オイルショックをその商社時代に経験をし、そして結婚。結婚後、いわた書店に戻ります。
「ここまでに経験したことが書店業界でも役に立つだろう。やっていけるだろう」と思っていた岩田さんですが、事態はそんな簡単にはいきませんでした。
田舎にあるいわた書店に比べると、都会にある大型書店は書籍の品揃えが圧倒的。この品揃え力の差が売り上げの差となり、出版社も取次店もいわた書店に見向きもしてくれないという状況でした。
そこでまず岩田さんが挑戦してみたことが、砂川地域大学です。年会費1万円で高田好胤さんや立松和平さん、筑紫哲也さん、つかこうへいさん、といった様々な講師を呼び、講義をしてもらう、といった内容。最初は500人ほど集まるといった順風満帆でスタートしました。
しかし、徐々に参加者の人数は減っていき、10年ほど経って断念。
その後、岩田さんが38歳になったときに「もういっぱいいっぱいだから社長を代わろう」という父親の言葉で、いわた書店をリフォームするも、バブル崩壊の時期と重なり、向かい風のなかを生きていくことになりました。
どうにかしようと隣町の新聞店と協力して宅配事業を始めたり、制作したホームページや新聞に入荷した本の紹介文を載せたりと頑張ったものの、岩田さん自身が体調を崩し、入院や手術を繰り返したりとうまくいかない状況が続きました。
岩田さんが一万円選書をはじめたきっかけは、高校時代の先輩からの一言でした。
岩田さんが宅配事業を始めた頃、高校時代の先輩たちとの飲み会に参加。岩田さんはそこで「本が売れないんですよ」と話をしたそうです。
そこで、その話を聞いたある先輩が1万円札を出して「俺は仕事関連の本を読んでいるから、重箱の隅をつつくような面白くない文章ばっかり。これで心がほっとするような本を選んで送ってくれ」と岩田さんに選書を依頼しました。
このとき「これは本屋にとって究極の問いだな」と感じた岩田さん。
「本屋にとって『面白い本を送ってくれ』と言われたとき、この問い掛けに応えられないんだったら、いわた書店には面白い本はないのか。そうだとしたらいわた書店は、面白くない本で商売しようとしているのか、そしたら勝てるわけない」と思ったそうです。
その先輩のことを考えながら選書した岩田さんは、選書した10冊ほどの本を「本当にありがとうございました」と書いた手紙を添えて送りました。
その後、その先輩から「面白かった」という感想と共に「大きな本屋さんに行って見てもどれが本当に面白いのかわからない。“今週、これが売れてます”と表示はされてるけど『今の俺にこれは面白いのかな』と思って悩んでいるうちに、結局買わないで書店を後にしてしまう。だから、俺みたいなやつが100人ぐらいいれば経営が安定するんじゃないの?」と言われたそうです。
当時岩田さんは「そんなうまい話があるわけないじゃないですか」と言いながらも、この件が心の隅っこに残っていました。
一万円選書を続けていた岩田さんですが、2013年頃にご両親や様々なことから書店の経営を続けることが本格的に難しくなり、友人の弁護士や奥さんとも相談し、残り1年間は頑張ってみようということになりました。
そうやって残りの1年を過ごしていた2014年の夏頃、テレビ朝日『アレはスゴかった!!』という番組に岩田さんが出演することになりました。日曜の夜遅くに放送されるということもあり、視聴者のターゲットは若い年代。この年代はスマホ世代ということもあり、そこまでの影響はないと岩田さんは考えていました。
しかし、放送後の翌朝、急上昇ワードに「一万円選書」「いわた書店」が載ったことで、書店に問合せの電話がきたり、ホームページから依頼が200通ほど入ったり、予想をはるかに超える反応がありました。
「番組の影響もすぐに収まるかな」と考えていた岩田さんですが、3日間経っても依頼の連絡が収まらず、慌てて受付を終了。結果555人ほどの依頼があり、全てのメールに対応した結果、本を送り返すまでに1年間かかってしまったそうです。
この経験をふまえ、その次の年からは抽選にし、抽選で選ばれた方にカルテを送り返してもらい、そのカルテの内容をもとに選書する、という制度をここで取り入れました。それでも、抽選の申し込みには約3000通。そこから月に100〜150人にカルテを送付したり、様々なテレビ番組でも紹介してもらったりと、今でも反響が続いています。
書店業界では、スマホはなにかと敵視されがち。コミックは電子配信をしているし、雑誌も読めてしまう時代。「スマホがあるから本が売れない、漫画も売れないんだ」と目の敵にした岩田さんでしたが「そのスマホ世代が私を見つけてくれてたんです」と語ります。
一万円選書のサービスを行っていたなかで、以前岩田さんがある方につくった一万円選書のリストを、別の方から見せられ「避難所に届けてほしい」という依頼を受けたことがあった岩田さん。リストを作成した方に以前届けた本が、震災による洪水で流されてしまい、それを聞きつけた別の方が「お見舞いとしてプレゼントしたいから、同じ本を送ってあげてほしい」とメールで岩田さんに新たに申し込んだのです。岩田さんは「着の身着のままで、さぞかし心細いことでしょう。本でお役に立てるなら」と早速、本を送りしました。「一万円選書が、僕の手元を離れても、何かのきっかけになって人と人の心をつなげているということに感動したエピソードです」と教えてくれました。
「本屋をやっていて毎日面白い本に出会うのに、その本が売れないことにもったいなさを感じることがある」という岩田さん。「そのため、取次店から配本されるものをただ売るということではなく“誰にどんな本を売りたいか”を今後も大切にしていきたい。ただ店を開けていればいいということではなく、読みたい本も、読むべき本もありすぎる。だから私がそれらの本を“ただ読み続けていく”ことが誰かの役に立つ。いわた書店や私の役割は“本と読者をつなぐこと”」と話してくれました。
今は一万円選書をなるべく長く続けていくことを目標としている岩田さん。「一万円選書は、読者になる人たちにどうやったら信頼してもらえるかがポイント。必要なのは教えることではなく、励ましです。私が送った本を通じて『大変だったね』の一言が伝えることができたらと思います。また、今が自分の生き方に一番無理なくできているし、一番やりたかったことができている。無理に広げよう、大きくしようと欲張らずやっていきたいです。」と、今後のいわた書店や岩田さん自身について教えていただきました。
- 著者
- 裕文, 鹿子
- 出版日
福岡の老人介護施設「よりあい」が舞台となる、鹿子 裕文氏による実話をもとにした書籍。森のような場所に出会ったお金も権力もない人々が、様々な出来事が展開していくなかで特別養護老人ホームづくりに挑みます。「老い」という人間誰しもが迎える事実に、楽しくもあり、胸に刺さる内容となっています。
介護の話は、私自身の身近な話でもあるため、自分の体験と重ねながら読むことができました。文章も面白くおすすめの本です。
- 著者
- 渡辺 京二
- 出版日
書評紙編集者などを経験しながら、河合塾の福岡校講師として務めていた渡辺 京二氏による作品。1999年度和辻哲郎文化賞を受賞しています。幕末時代から明治時代の間に日本に訪れた異邦人による数多くの文献を読みあさり、近代の日本が何を失ってきたのかを問いた大作です。
江戸時代の“本物の歴史”が書かれた本だと感じています。庶民がどうあったか、そこには歴史の授業では習わない暮らしがあったことを気付かされました。本を読めば読むほど、どうしても何でもわかった気になってしまいます。でも本から得たいことは“自分には知らないことがあること”を知ることだと、わからせてくれた作品です。
今回は“一万円選書”についてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。先述したように、本との出会いは様々です。「どの本を選んだらいいのかわからない」と感じたことがあるならば、自分のことのように自分を考え、自分に合った本を選んでくれる“一万円選書”を通すことで、人生の支えとなる本に出会えるかもしれません。今までとは違う、一万円選書という新しい本との出会い方で“自分に合った本は何か”の答えを見つけてみてください。
本を贈るという仕事 書店員秘話
「ひとりひとりに合った一冊を届たい」そんな思いで働く書店員さんにインタビューしてきました。